魔王様、あらわる!①
気が付けば2ヵ月も経ってた・・・。
恐ろしいです。
次回更新は、4月5日です。
「リィドルフ・フォン・アードルベルグ卿
レディ・アリィシア・フォン・アードルベルグ様」
舞踏会会場の入り口で、リィドルフ兄様と、
私の名前がコールされると、
既に会場入りをしていた人達の目が私達に止まった。
いつも思うけれど、壁の花に徹していたい私には
この様に周囲の目を集める瞬間が、とても苦手。
視線から逃れる為、今すぐ、この場から走って逃げたい
という気持ちで胸がゾワゾワする。
「アリィ、緊張しない。腕をギュッと掴み過ぎだよ。」
「あっ、ごめんなさい兄様。」
そんな気持ちが無意識のうちに、エスコート役の
リィドルフ兄様の腕をギュッと掴んでいた。
「まぁ、確かにこういう人の目が集まるのって、
何時まで経っても、俺も慣れないね。」
「兄様もですか?」
「そうだよ。
なんだか、魔物の巣にはいった獲物みたいだろ?」
魔物の獲物って・・・
でも、まぁ確かに・・・。
フロアに入る時に名前を呼ばれると、
先にフロアに入っている人達の目が入口に集まる。
自分より爵位が下であれば、余程の事がない限りは
チラリと目を配せて終わる場合も多いけれど、
社交界の華と呼ばれる様な人達だとか
流行の先端を走っている様な人だとか
最近の話題を振りまいている人だとか
自分より爵位が上の人達の名前が呼ばれたりすると
『今日は、どういう装いで』とか
『誰が誰と一緒に来たのか?』とか
『どんな顔をして来たのかしら』とか
顔に張り付けた微笑みで心を隠しながらの
お互いの動向を探り合っている。
アードルベルグは四大公爵家の一つで、
辺境を守る程の防衛力と攻撃力を持つ領として
どの会に出ても、人の目を引いてしまう。
歴代のアードルベルグ公爵・・・
今は私のお父様だけど、『東公』と呼ばれる事が多い。
アードルベルグが、王都から見ると東の場所に
位置する事から『東の公爵』つまり
『東公』と呼ぶんだそうだ。
会場を見渡すと・・・いない。
確か、今日は来ている筈だけど・・・
と視線を泳がせたけれどお父様の姿を見つける
代わりに、私とリィドルフ兄様を見る人の視線に
ぶつかった。
リィドルフ兄様も、アードルベルグ公爵嫡男として
社交界にも頻繁に顔を出しているから、私達を見る
ぶしつけな視線にも笑顔で応える余裕さえある。
こういう会に参加するのって、
今までの子供のままの私だったら
『お父様もリィドルフ兄様も、パーティ好きなのね』
とか思っただろうけれど、
社会人だった日本人の記憶が混ざる今の私は
『自領の利益の為とはいえ、
仲良くもない人達の間に入って
社交辞令を言わなきゃいけないなんて大変よね』
って思ってしまう。
大人の社交場は、本当に気を遣う。
自分の言動や行動で、知り合いが増える事もあれば
社交界から排除される事もあり得る。
地球にある様な文明の利器が、ある様な無いような
そんなこの世界では、隣の領であっても頻繁に
顔を合わせる事は難しい。
こういう場で、お互いの懐具合を探りながら
自領に有益な出会いを探す。
仲間内の、ただ楽しむだけのパーティじゃなくて
気心の知れない人達の間で、お互いを探り合い
談笑を交わすなんて大変だし・・・
ほんと、疲れるだけだわ・・・と私は思ってしまう。
けれど、今の私の考えと、
クリスベル姉様やトリフェリア姉様は
今思い返しても、大分違う。
姉様達は社交界では
色んな意味でいつも目立っているみたいだけど
私が苦手とするこの視線集中を嬉々と捉えていて
「あの、人を値踏みする様な視線を肌で感じる時って
とてもドキドキするわよね。
戦いのゴングが鳴らされた感がするのよ。
だから、出来るだけ私はゆっくり入場する事に
しているわ。
だって、早くフロアに入ってしまったら、
私に向けられる視線が少ないじゃない?
私のドレスは、いつでも話題の的だもの。
だったら、じっくりと値踏みされる目で
見られた方が良いでしょ?
そして、私を見た瞬間に心の内から出る
悔しさに顔を歪める姿を見ると・・・私は
「勝ったのね」って、胸が躍って、嬉しくなるわ」
と、何だかクリスベル姉様の発言がおかしい。
「私もクリス姉様と同じね。
私の名前が呼ばれると、
私がわざわざ探しに行かなくても
目的の人物が勝手に近寄ってくるのよ。
探す手間が省けて楽でいいじゃない。
相手は自分の優越感と虚栄を満たすための噂話を
私にしたくてしたくて溜まらないんだもの。
私が、そう誘導しているのにも気が付かずにね・・・。
『聞いてあげるから、私の所へ来て頂戴』
『私の欲しい情報を、与えて頂戴』って。
本当に、お嬢様達は可愛いのよ。
そして、私は、彼女達に新たな使命を与えてあげるの」
フフフっと笑うトリフェ姉様。
『・・・・もしかして悪者ですか?』
と聞いてしまいたくなる程の黒い笑顔を浮かべている。
・・・・・見なかった事にしよう・・・。
えっと・・・姉様達は、何だか、
いや・・・参加目的がかなり違う気はするけれど
かなり社交界を楽しんでいる。
まぁ、確かに、姉様達はいつも注目の的だから、
楽しみがあった方が楽しいだろうし、いいのか。
それに、そう言う心境で培ったものが影響しているのか
姉様達は社交場でいつも堂々としているらしい。
「・・・・でも、その分、人の目が集まるでしょ?」
私とは全然心持が違う。
私はどちらかというと、人の目から逃れたい。
ジッと見られる事には不慣れなんだもの。
壁の花でいいのよ。本当に・・・
放っておいて欲しい・・・・っていつも思う。
自分が必要だと感じたら、自分で動くから・・・って
だから、ここ最近は兄様の側にいて笑顔で
予防線を張っているんだけど、姉様達は二人顔を合わせて
「あら?集まって貰えなきゃ、
私の戦いが始まらないじゃない?」
「そうよ?私の目的を誘き寄せるのに
手間が省けていいじゃない。」
といって
『アリィ・・・もしかして、人の視線が集まるのが嫌なの?』
と、いつも不思議そうな顔を浮かべる。
人の目を集める為に、わざわざ真打登場的に遅れて会場入り?
いやいやいや、姉様達の方が不思議な思考でしょう!
私が姉様達みたいに、心臓に毛が生えている様な
強心臓の持ち主だったら良かったのにと思うけれど、
私は壁の華に徹していたい方だから、
名前を呼ばれて私に視線が集まるのは
昔も、今も凄く苦痛なのよ。
「アリィ・・・・ほら、笑顔。
母さんの課題をクリアするには、
まず印象を良くしなきゃ。」
はっ!そうだった。
姉様たちの事を考えていて、ボーっとしちゃったわ。
さっき見渡して思ったけれど、会場のあちこちから
私や兄様を値踏みする様な不躾な視線が飛んでくる。
すっごい見られてる・・・。
あ~、何だか嫌な汗が背中に浮かんできそう。
私がウムムムと口元を動かすと。
「笑顔だよ。アリィ・・・
ダンスの先生にも言われたって言ってただろ?」
リィドルフ兄様が、笑顔を振り向きながら、
私にだけ聞こえる声でボソっと言った。
『とにかく、笑顔で乗り切って下さい!』
私に死の3か月間レッスンを与えてくれた
ダンス先生が、刷り込む様に呪文を唱える様に
私に常に言っていた言葉が脳裏をよぎる。
そうだわ。
伊達に死ぬ思いで笑顔を浮かべるレッスンを
受けてきた訳じゃないわ。
笑顔・・・ね。よし!
こうなったら、とにかく笑顔を浮かべてやり過ごす作戦よ。
言葉が分からなかったら、笑顔で乗り切るっていう
日本人的な考えだけど。それで行こう!
「うん。そうそう。
どんな感情があっても、笑顔の下に隠しちゃえば
ちょっと知り合っただけの相手だったら、
アリィの心の内なんて見えないからね。」
うっ!
リィドルフ兄様には、
私の心情が手に取る様に分かるみたい。
「・・・・リィドルフ兄様がいつも
笑顔を浮かべているのって
もしかして心の内を見せないため・・・だったり?」
「まぁ・・・・それも一理あるね。
所詮、ここの出席者達は、自分や自分の領の為に
優位に立てる材料を探しているからね。
わざわざ、こちらから話題を提供してやる必要は
ないだろ?
あっ、でもアリィの前の笑顔は作り物じゃないよ。
アリィは面白いなって思っているから
ついつい笑顔が浮かんでしまうんだ」
「・・・・面白い・・・ですか?」
「そうだね。面白いだろ?最近のアリィは。
階段から落ちる以前のアリィに比べて行動的だし?
その分、思いもつかない事をしてくれるから
見ていて面白いんだよね。」
「面白いって・・・・」
「一生懸命にやってて、可愛いなっていうか、
微笑ましいというか・・・・。
見ていて、飽きないというか・・・
そういう感じかな?」
・・・・なんだか、リィドルフ兄様の私に対する発言が
ペットを見ている飼い主的な発言が並んでいますけど・・・。
「・・・そっ、そうですか。」
「今も、こんなに可愛い笑顔を浮かべていて
周りの男たちがアリィを見て顔を染めているけど
アリィは全然周りが見えてないだろ?
そのギャップがね、面白いよね」
「リィドルフ兄様・・・・・」
何それ。
私がいっぱいいっぱいの気持ちで
人の目の中を歩いている時に
兄さまは、私と回りの様子を比較して
楽しんでいるって・・・。
まぁ、確かに。
自分で言うのもなんですが
『今日の蒼薔薇ドレスのアリィシア』は、
めちゃくちゃ可愛い仕上がりです。
何処か他人様に捉えてしまうのは、
『魂の器だった日本人』の記憶が、私の姿をどうしても
アニメキャラとして認識してしまって、自分の姿なのに
「可愛いわ。素敵だわっ・・・私・・・」
って、ナルシスト・・・
いえ、押しキャラを愛でる目線で見てしまうのは・・・
もう、しょうがない。
だって、『アリィシア』と
『魂の器だった日本人』の記憶が
まだしっくりと落ち着いていなくて、
「あれ、今の考えは・・・私のだった?」
「・・・これって、はしゃぐ所かな・・・」
と、18歳とは思えないどこか大人びた
若者行動を制御する考えが頭の端っこに浮かんで
その都度、やっぱりまだ思考的違和感がね、
出てきちゃうのよ。
でも、悪い事ばかりじゃない。
レイピアの練習着の時と同じ様に、
着飾った『アリィシア』の姿は、
この他人脳のお蔭で、必要以上に楽しめてしまう
自分がいます。
だから、綺麗に着飾った『私』を見るのは最高ですよ!
もっとも・・・出来るだけ壁の華になりたいと思っている
今までのアリィシアの性格もそのまま残っているから
「見てぇ~!『私のアリィシア』のこの姿を見て~!」
という、『アリィシア』を見せびらかせたい気持ちと
「やだ・・・もう、静かに、ひっそりとしていたい」
という気持ちが混在して、凄く複雑な感情が渦巻いてます。
今の私の頭の中は。
今も、そんな複雑な気持ちが渦巻いているのを
リィドルフ兄様は察したんだろうか。
それとも緊張と捉えたのかは分からないけれど
「今日のアリィは、兄の俺から見ても
完璧な公爵令嬢だよ。
本当に可愛い、自慢の妹だ。自信を持って大丈夫。」
腕に絡ませた私の手をリィドルフ兄様は、
絡めていない手で私の手をポンポンとすると、
ニッコリと私に向かって微笑んだ。
すると、会場のどこからか、キャーッという
甲高い声が聞こえてきたけど・・・。
何だろう。何かあったのかな?
私がその声に顔を動かすと、
私の耳に兄様が、
「だから、気を付けるんだよ。
世の中は良いヤツばかりじゃなくて、
悪いヤツもいるからね。
迂闊にダンスフロアから消えたりしないこと。
俺の見える範囲にいれば助けられるけど、
知らない間に消えられたら、助けるものも
助けられなくなるからね。
いいかい?」
「助けるって・・・・間に合わないって・・・・?」
「まぁ・・・・社交場だからね」
口の端をクッと上げて笑う兄様の言葉を
ゆっくりと頭の中で反芻すると、
何だかとても怖い想像が浮かんでしまった。
「・・・・分かりました。
リィドルフ兄様の目に届く範囲にいます・・・
というか、側にくっついています。」
今の私、魔法剣士を目指していたとしても
実戦でその力が使えるかと言えば・・・かなり微妙。
私は力強く、リィドルフ兄様と腕を組んでいるのとは
反対の手をギュッと握りしめた。
「まぁ、万が一の対策だよ。
でも、今日は会場には父さんもいるし、
勿論、俺もいるし、
アードルベルグを敵に回すようなヤツはいないと
思うけどね。念の為の注意だよ。
それに・・・・」
リィドルフ兄様が視線を私の手に落とす。
兄様の左腕に腕を絡めた私の右腕。
肘丈のシルクの手袋を嵌めた手首には
一粒の大きな宝石がついたゴールドの
バングルが嵌められていて、
兄様はそれをジッとみている。
「もし仮にアリィに危険が及ぶ様になっても
守り石もあるみたいだし・・・。大丈夫かな?」
ねっ、と言われて私はドキッとした。
白い手袋に嵌めた金色のバングルには、
大きな宝石に見える、魔石が一つ付いている。
地球にある『アレキサンドライト』に見えるその石は、
昼の自然光の下では黒にも見える様な深い青緑色で、
夜の人工光の下では私の瞳の色と同じ紫色へと姿を変え、
リィドルフ兄様の言葉に反応する様にキラリと光った。
実は、この石の正体は『グランツ』である。
もともとグランツは姿なきものだったけれど、
私が形を作ってしまって、今までの様に
私の『魂』にへばりついて守る存在には
戻れなくなってしまったらしく
どうしたら私を守れるか・・・と二人で沢山考えた結果、
『そうだ・・・・これから俺が言う通りにして。
そうしたらアリィの事を、今までと同じ様に、
目に見えない存在として守る事が出来る筈だよ。』
「えっ・・・と、どうするの?」
『俺はアリィの魔石に宿って、側で守ることにする』
と言い、グランツは、私がグランツの指導で
魔法の練習する時に産み出した魔石を宿り木にして
私の『魂』から、私が生み出した『魔石』へと
その身の置き場を変えた。
魔石って、普通は自分で生み出す事は出来ないし、
この世界にある魔石は、
魔物が持っていたり
どこかにあるダンジョンの宝箱から出たり、
先祖代々から受け継いだリ・・・
というものらしく、自分で魔石を生みだしている人は、
いないだろうという事だった。
グランツ曰く、
私の魂は、もともとこの世界の住人じゃないから
魔力をもっていて生み出す事も出来るかもしれないっていう
グランツも半信半疑のものだったけれど・・・・
グランツの教えの通りにやってみて・・・・
ウンウン唸りながらイメージしまくったら・・・・
コロン・・・
なんと、私の手のひらの中に光の色によって色が変わる
魔石が生み出された訳です。
ビックリですよ。
というか、何もないところから何かを生み出すなんて、
やっぱり異世界人になったんだなって
しみじみ感じてしまいました。
アニメの世界の住人の様になってしまっている自分が
何だか凄く不思議。
そして、グランツはその魔石の中に身を寄せてというか
吸い込まれる様に魔石の中に入って行って
今、私の手首を飾る宝石の中から
私を守ってくれる事にしたらしい・・・。
『オレは、アリィを守りし魔石グランツになる』
と言っているけれど、正直な事言って、
どうして形あるものが、モノに宿る事が出来るのか、
その仕組みが全く分からない。
でも、まぁ、ここは地球から考えると異世界だし、
魔法も魔力もある世界だから・・・そういう事も
出来るんだろう・・と無理やり自分を納得させた。
そして今日は、会場にパティが一緒に来れないから
『アリィを守りし者』としての本領発揮だと言わんばかりに
『それを必ずつけていく事。オレがアリィを守るからね』
と魔石を付けた金色のバングルを渡してくれた。
どういうエンチャント・・・
つまり、魔法効果を掛けたのかは分からないけれど、
手首にはめて見るとブカブカだった輪っかの径が、
シュッと縮まって、ちょうど良い大きさのバングルになった。
魔石がついたこのバングル・・・。
嵌めているだけで、気持ち的にかなり頼もしいという
安心感がある。
まぁ、グランツがどれだけ強いのかは見た事はないけど
グランツが自分で私の守護者を名乗ってるくらいだから
凄いはずよ!・・・・うん・・・多分・・・。
リィドルフ兄様は、私の金のバングルについた魔石を
ジィっと興味深く覗き込んでいる。
まるで、中にいるグランツが見えるみたいに・・・。
「へぇ・・・綺麗だね。
緑色だったり、紫色に変わったりするんだね。
この緑・・・黒にも見えるし・・・
黒の瞳と紫の瞳みたいに見えて、何だか面白いね」
そう言うとリィドルフ兄様は
「アリィを守ってくれるみたいだから、
なくさない様に、しっかりと身に付けておくと良いね」
とグランツが宿る石を一撫でながら
「・・・・・・・・・」
何かを口の中で呟いていたけど、私にはリィドルフ兄様が
何て言ったのかを聞き取る事は出来なかった。
私が、何て言ったんだろうとリィドルフ兄様を見上げると
何かに気が付いたのか私にボソっと耳打ちをして
「アリィ・・・母さんの課題をクリアする前に、
社交界の通過儀礼がある様だよ。
笑顔で乗り切ってしまおうね」
「・・・・・へ?」
私がリィドルフ兄様が向ける視線を辿ると
『げっ・・・・』
着飾ったご婦人方の集団が話ながらも
真っすぐに私達に向かって近づいて来る事に気が付いて
私は思わず、心の中で唸ってしまった。
明日か、明後日には次話をUPしたい・・・出来ればなぁと
思ってます。
遅々と進まない。あああぁぁぁぁ