いざ!舞踏会
更新が遅いです。やっと出来ました。
次こそは!早くUPします。
パカパカパカパカ
カラカラカラカラカラ
乾いた馬車の車輪と
馬の蹄に付けられた蹄鉄が
石畳に響かせる音が耳に入る。
馬車に揺られて王宮に向かう私は、
変な緊張感に包まれてムゥと口を結んだ。
ドキドキと高まる鼓動は、これからの出来事に
期待して高鳴っている訳ではない。
むしろ、私に課せられたミッションを
見事に遂行できるかどうか、その重圧に
かつてない程の緊張感を覚えていたからだ。
アードルベルグと異世界である日本の記憶が混在する
今の私は、今までにも舞踏会や社交界に参加した事が
あるのにも関わらず、なんだか初めて会に参加する様な
そわそわする様な変な心持ちだった。
着せられたドレスや宝飾品も、
綺麗に結い上げられた髪も、
私を舞踏会に向かう気持ちにワクワク感を増す為の
起爆剤として最高のものが用意されていた。
それなのに、そのワクワク感も、
大丈夫だろうかという心配のドキドキする気持ちで差し引く
と、ドキドキ感の方が上回っていた。
「どうしたんだい?ひどく緊張している様だけど」
馬車の中、私と相向かいに座っているリィドルフ兄様が
頬杖をつきながら、私の様子を面白そうに見ている。
「ひゃぃ・・・・だ・・大丈夫です。」
ああぁ、ドキドキする・・・
口から心臓が飛び出そう・・・なんて思っている時に、
不意にリィドルフ兄様に声を掛けられたものだから思わず、
返す声が上擦った。
リィドルフ兄様は私の返事を聞いて一瞬、
目を丸くしたけれど、
その後、クックックックと小さな笑い声を出した。
「久しぶりの舞踏会だから・・・という訳だけじゃない
緊張ぶりだね。
母さんに言われた事を考えていたのかな?」
「いえ・・・そういう訳では・・・」
「アリィにしてみたら、母さんの課題は難しい課題か。
任務を遂行するには、いつもの様に壁の花で居続ける
という訳にもいかないし。
でも・・・まぁ・・・・頑張れ。
俺は、いつも応援してるから」
リィドルフ兄様・・・その笑顔は、
何だか面白い事がありそうだって表情に見えますけど・・
と思いながらも
「・・・・はい・・・」
と答えるしか出来なくて、私はシルクの手袋をはめた手を
ギュッと握りしめるだけだった。
※ ※
王宮で行われる舞踏会開催まで、あと4日と迫った日、
舞踏会に向けて王都へ出発する私と、
私のエスコート役を担ったリィドルフ兄様を見送ろうと、
お母様、そしてセドリックと執事と侍女と・・・
私が舞踏会に出席する為に、色々と助けてくれた面々が
屋敷の扉の前に集まってくれた。
パティは、私に付き添って王都に行くために、
馬車に乗せた荷物のチェックをしている。
「リィドルフ、アリィシアのエスコートは貴方に任せます。
頼みましたよ」
「ええ、分かっていますよ母さん。
アリィの事は、私にお任せ下さい。」
お母様は、リィドルフ兄様の言葉にうなずき返すと、
踵を返して、私を見つめた。
「アリィシア・・・」
「はい・・・・お母様」
たおやかな貴婦人を地で行くお母様は
私を見て、何時もの様に笑顔を浮かべた。
「アリィシア、貴女の装いはクリスベルが揃えました。
貴女に似合う、最新のドレススタイル。
何処に出しても恥ずかしくありません。
自信をもって行ってらっしゃい。」
「はい・・・精一杯、頑張ってきます!」
私はお母様の言葉に拳を握りしめて、強く頷いた。
舞踏会への強制参加を命ぜられてから、私は死ぬ思いで・・・
死ぬ気じゃなくて、本当に死ぬ思いでダンスのレッスンを
受けてきた。
『赤い靴』の女の子の様に、休憩も殆どない位に踊りまくり、
「お嬢様・・・・苦しい時も、笑顔!笑顔を忘れては
なりません。
ダンスの腕は付け焼刃ですから、
こうなった以上は、とにかく笑顔で乗り切るしか
ありません!
ほらっ!腕が落ちてきましたよ。
笑顔が引き攣っていますよ!スマイル!スマ~イル!
この調子で、あと10曲!!」
2時間踊りっぱなしで、更に10曲追加って・・・
鬼!鬼ですよ、この先生は!!!
鬼の様なメニューを笑顔でさらりというダンスの先生を見て
げっそりとした表情を浮かべた私に、
「お嬢様、ファイトです!たった、10曲で終わりです!」
と、有難くない励ましをしてくれるパティと
「もう少し、ゆっくりリードしますからね、
感覚を掴んで下さい」
と、私の相手役として何十曲も踊っている筈なのに、
息一つ上げず、顔色一つ変えない執事長のセドリックに
「・・・・・げっ・・・限界が近いんですけど・・・」
と泣き言を言うと、紳士の如く優しい笑みを浮かべて
「疲れた時は、私に体重を預けてくださっても
大丈夫ですよ。
舞踏会当日も男性のリードに合わせて、
過剰に力を入れ過ぎないのがポイントです。
さぁ、頑張りましょう!」
励ましてくれるけれど・・・。分かっていたけど・・・
甘やかしは一切なしの言葉が返ってきて。
ほんとに、ここの人達の底なしの体力は、
凄すぎますよ・・・。
私は、運動不足でフラフラですよ!
あぁぁぁぁと心の中で叫んでいる私を余所に、
セドリックは私をクルクルと回す・・・。
そんな3ヵ月を過ごしてきた。
この死ぬ思いレッスンを、なんとかやり過ごしたおかげで
3か月後には、どんなに疲れていても
笑顔だけは顔に張りつかせるスキルを身に付けた。
何事も、やった事は無駄にはならないみたいだ。
むしろ、無駄になったら嫌だけど・・。
踊りの腕は・・・・まぁ、人並み程度にしかならなかった
けれど、3か月のレッスンの割にはそこそこは踊れる様に
なったって、最後は先生になんとか及第点を貰う事ができた。
今、お母様達の見送りを受けながら、
その過酷な日々が走馬燈の様に私の頭の中を蘇り、
この苦労がやっと報われる・・・とりあえず終わるんだ、
と思うと、何だか妙に気合が入った。
でも、私の
『やってやりますよ!見ててください!』
という、変な熱血症状を見たお母様は、
私を見てニコリと笑いながら
パシリと、手に持った扇子を鳴らすと
「その意気込みは、とても素晴らしいわ。アリィシア・・・
ですが、わかっているとは思いますが、
今回はただ踊る事が目的ではありませんよ」
釘を刺す様に、またピシっと扇子を鳴らす。
その音に、ビクッと身体を揺らし
「はぁ・・・い」
気の無い返事を返すと、途端に、お母様の笑みは
キラキラと輝きを増して
「あなたも、もう18歳。クリスベルやトリフェリアの様に、
良い人を見つけて連れていらっしゃい」
と言った。
舞踏会に向かう娘を、キラキラと輝く笑顔で見送るお母様。
なのに、なんだろう・・・。お母様の背後から恐ろしい程の
オーラが立ち昇るのが見える気がするのは。
私がレイピア使いとしての訓練を始めると、暫くして
何となく周りの殺気やら、
気配やらを感じ取れる様になってきて、
今まで感じていなかったものも感じとれる様になって、
グランツが
『アリィの家の人達は、メチャクチャ強いよ』
と言っていた意味が、何となくわかる様になってしまった。
例えば、お母様の恐ろしいまでのオーラも、
私が今まで感じていなかっただけで日常運転らしく、
その証拠に、私がその背後に見える何かに
『うぉぉ・・・』
と笑顔を引き攣らせても
セドリックも、侍女や執事たちも全く動じることがない。
知らなくて良いものもあるんだって、私、知りました。
ああ・・・お母様・・・
何だか私・・・お母様の笑顔が・・・・怖い・・・。
何だか、とても怖いんですけどぉぉ・・。
心の叫び声が、頭の中でリフレインする。
「あっ・・・あのお母様・・・」
「何ですか?アリィシア」
ああっ・・
キラキラな笑顔が眩し過ぎて、薄ら寒いです・・。
「もし・・・・私が見つけられなかったら・・」
「見つけられなかったらとは、何をですか?」
分かっているくせに、私の言葉をオウム返しの様に
繰り返すお母様。
「ど・・・・努力はしますけれど、
今回で、見つけられるかは分かりません。
頑張りますけど・・・私の・・・その結婚相手は・・・」
「アリィシア・・・」
お母様はまた、ピシャっと扇子を打ち付けると
クッと赤い唇の口角を上げた。
何だろ・・・さっきは感じただけだったけど
ヒョォォっと冷たい風が私の顔を打ち付ける気がするよ・・・。
物理的に感じる気がする。
あぁ・・リィドルフ兄様・・・
兄様は、お母様に似たのね・・・
見えない氷の礫が
私の顔にビシビシ飛んできてます。そして顔に食い込んでます・・・。
痛いです・・・。
一瞬現実逃避しかけた私を呼び戻す様な
お母様の優しい声が耳に届いた。
「アリィシア・・・私たちアードルベルクの女は
結婚をしようが、
結婚ではない別の生き方を選んで生涯一人で暮らそうが、
自分できちんと選んで決めたのであれば
他家では許されない事でもアードルベルグでは、
選んだその道を進む事が許されます。分かっていますね」
「はい・・・」
そう。
アードルベルグは、その成り立ちが他家と違う。
初代領主は、元は王都騎士団の団長だった。
彼は、当時の国王陛下の妹君、お姫様と恋愛関係に
あった。
でも、恋愛関係にあったお姫様には家が決めた許嫁がいて
その恋は実らないと思われていたけれど、
初代領主は諦めが悪くて、お姫様の許嫁とお姫様をかけての
決闘を申込み、相手を自らの手で打ち負かして
婚約者としての地位を勝ち取った。
そして、お姫様が騎士団長の下へと降嫁する時に、
国王陛下は騎士団長に、アードルベルグの家名と公爵の爵位
それに領地を与えて下さった。
騎士団長は初代アードルベルグ領主となって
お姫様をお嫁さんにして・・・
そして今の私達がある・・・という事に由来し、
貴族の中でも珍しく、本来、家同士が決める
子供の結婚相手を、当人自身が見つけてくる事も
許される家だった。
領主として家督を継ぐ事が決められた男子でさえも
初代様と同じ様に、自分で伴侶を選ぶ事が認められている
くらいなのだから、家督争いには全く影響のない女子に
他家のしきたりの様な婚姻制度がないのは
言うまでもない。
まぁ、中には自分で相手を見つけるのは難しいし
面倒だからと、親に任せるといった事も
あったみたいだけど、
一番上の家督を継ぐ予定のリィベルト兄様も、
アードルベルグの初代様の例に習って
自分に相う婚約者を王都の学校で勉強している間に
見つけてきたし、
他家へ養子に入ったラルフ兄様も、
クリスベル姉様やトリフェリア姉様も、
ちゃんと自分で結婚相手を見つけてきた。
ちなみに、お父様とお母様もらしい・・。
そう、つまりこのアードルベルグの家は
恋愛一家なのである。
アードルベルグの次期当主になるリィドルフ兄様のお相手は
公爵家に嫁ぐには遜色ない伯爵令嬢だったから、
家同士で決めた許嫁なのかと思ったけれど、
そうではなくて、ちゃんと恋愛をして婚約を決めたらしく、
多くの候補者中から何が決めてで
婚約するにまで持って行けたのかと
リィドルフ兄様に聞いてみると、一番の決め手は
「まず、俺と性格が一番合っていたし、
一緒にいて、凄く楽だったからかな。
それに、俺を外見だけで判断しないし
俺自身をみてくれるから、
これからの人生を一緒に過ごすのが
楽しいと思えたから・・・かな」
と言っていた。
私には、まだよく分からないけど・・・。
まぁ、いつも余所行きの顔をしなきゃいけないのは
凄く疲れるから、そうしなくて良いのは
素敵だなとは思った。
思ったけどそれまでで、だからどうだとは考えた事もない。
そんな積極的な人達の中で、
色恋沙汰からものすごーく遠い世界で生きてきた私は、
この世界で既に18歳になっていたけれど、
お付き合いをした事もなければ、婚約者候補の
一人もいなかった。
貴族の女性の婚姻は凄く早くて
最初の舞踏会で相手を決める人もいるらしい。
つまり、私がトラウマになった様な舞踏会とか、
そういう場所で顔見知りになって、相手を決めて・・・
ということに大体の人はなるらしいけれど、
私は未だに婚約者の一人もいない。
このままでは、行き遅れに・・・という
危険水域な年齢に達しているそうだ。
世間一般的にはね。
アードルベルグは恋愛主義が認められている土地柄か、
一般的よりは、もうすこし適齢期は遅いけれど
まぁ、私の年ぐらいになると、
皆そこそこ活動はしているらしい。
でも、私の中にある「今どきの日本で考える」ならば、
18歳なんて、まだまだ結婚相手なんて考えられない。
日本人だった彼女は40歳間近だったけれど、
思い返してみても結婚はしていなかった。
恋人はいたり、いなかったりしていたけれど、
本人は特に寂しい思いはしていなかったし、
自由な時間を闊歩して、サイコー!
とビール片手に叫んでいたぐらい。
その時の記憶が混在している今の私はどちらかというと、
「18歳で相手なんて、嘘でしょ?」
という気持ちの方が強い。
それに、13歳の時の社交会デビューでの記憶が
かなり私の心理的な部分に影響をしている事は確かで、
『自分に近づく相手は、私が目当てでなく、
私の後ろにあるものが目当である』
という事を、子供ながらに理解してからは、
どうにも恋愛事には消極的になってしまった。
「アリィシア嬢、貴女はとても素敵です」
とか、
「貴女ほど、美しい女性は見た事がない」
なんて、社交の場で幾度となく歯の浮く様なセリフを
言われてきたけれど、心が動くどころか胡散臭く感じてしまい
『初めて知り合った女性に対して、
こんな口説き文句を言ってくるなんて
相当言い慣れているとみたわ・・・。
ヤダヤダ、まったく絶対にイヤ!
笑顔だけど、腹黒よ。怖いわぁ。
はぁ・・・・物語に出てくる様な白馬の王子様が・・とは
流石に思わないけれど、
せめて、私じゃなきゃ駄目って言ってくれる人じゃないと
駄目よね。
私がアードルベルグの娘じゃなくても、構わないって
言ってくれるぐらいじゃなきゃ、これからの長い人生、
みせかけの夫婦で気を使って生きていくなんて
絶対に御免だわ』
と、心に浮かんでいた事を微笑みの下に隠して
私は徐々に壁の花と化していき、
最近ではリィドルフ兄様やラルフ兄様の側で、無言の
『声を掛けないで。私に構わなくても結構です。』
の雰囲気を醸し出していた。
そう、トラウマになってしまった私には、
クリスベル姉様達の様な自分の側にいてくれる誰かを、
舞踏会で見つける気なんかさらさらなかったからだ。
そのおかげで、どんなに誘われても
「ごきげんよう・・・」
とか
「また、機会がありましたら、その時に・・・」
とやんわり断っていたら、
気が付けば私と同じ位の女性が婚約を結ぶ相手は
既に相手が決まってしまい、今に至ってる。
それでも全く気にしていなかった私は、
お母様に指摘される通り誰かと出会う為の努力は
一切してこなかった。
「アリィシア。
結婚だけが女性の生きる全てではありません。
ですから、貴女が結婚をしなくても構いませんよ。
でも、だからと言って最初から努力をせずに
見切りをつけるなど
沢山ある選択肢の一つを、放棄する様なものです。
他家とは違い、私達には自由が認められている。
しかし、それは努力をした先に見つけられるもの。
結婚をする気にはやはりなれない・・・
という言葉を紡ぐのは、その努力をした後の話」
スイィと手に持っていた扇を私に向けると、お母様は鋭い目を浮かべた。
「私は、貴女が自分に相応しい人を選ぶのであれば
身分は気にしません。
クリスベルの様に騎士団の中から選ぶ事も許します。
貴女はこのアードルベルグを継ぐ必要はありませんから
貴女が幸せになるのであれば、私は満足です。」
「・・・はい」
「そして、結婚ではなく貴女の好きな事に身を置く。
その選択をしても構わないのです。
今までの貴女は、確かに趣味に勤しんでいました。
読書に刺繍・・・。
趣味に勤しむ姿は私も感心する程でしたから、
アードルベルグの領主の娘として必要な
ダンスのレッスンや
敵を打破する力をつける訓練をしない事も
戦うという事から離れていた事にも、
今まで多目に見てきました。・・・ですが」
ギラリと光る瞳は何でしょうか、お母様・・・。
その瞳は、獲物を刈る時の瞳では・・・・。
「多目に見てきただけであって、
許していた訳ではありません」
向けられた瞳の強さに、私の唇がヒクリと歪む。
「先程も言いましたが、結婚をすることだけが
幸せになる選択肢だと思ってはいません。
でも、私が旦那様、貴女のお父様と出会えた様に、
貴女との出会いを待ち続けている誰かと巡り合う
可能性があるならば、
あなたにも大切な人を見つける努力を経験してもいいと
思っているのです。
努力して出会えなかったというのであれば、
『出会えたなかった』という結果を得た訳ですから、
いつか巡り逢う時まで、ゆっくりと探していけばいい・・
という結論に至ります。
ですが、貴女は『面倒』『自分には向いていない』
という理由だけで、今まで、
その努力を怠ってきましたね。
分かっていますよ・・」
「はい・・・・」
「今回の舞踏会は、王家が主催となって開かれるため
国中の多くの方が集まります。
アリィシア、今までの自分を変えたいと思って
努力している貴女にとって良い機会です。」
そういうと、獲物を刈る目から優しい何時ものお母様の目に戻って
「今までしてこなかった努力をしてきなさい。
そして、殿方から1つや2つ、次に逢う約束でも
取りつけていらっしゃい。
そういう努力は、貴族の子女として生まれてきた
他家の女性は必ずしているのです。
三女であるという自由な立場を利用して、
努力をしないという振る舞いは、もう終わり。
これが、今回、私から貴女に課した課題です。
結果は・・・
あとで、リィドルフから聞かせて頂きますから。
頑張りなさい」
そういうと、またニコリと笑みを浮かべて
「・・・・さぁ、行ってらっしゃい。
気を付けて行ってくるのですよ」
先ほどの迫力とは別の花が咲き誇る笑みを浮かべた。
優しく諭す様な口調でお母様は言ったけれど・・・
プレッシャーが凄いんですけど・・・。
「分かりました・・・・。行って参ります・・・」
笑顔の迫力に押されて、ゴクリと唾を飲み込みながら
頷く私は、出掛ける前から燃え尽きた様な顔で。
「ええ、母さん。楽しいお土産話を期待していて下さい」
と、何故か楽しそうに笑うリィドルフ兄様は笑顔満開で。
そんな好対照な二人を、
『お嬢様、頑張って!ファイトです!』という侍女たちの
視線を感じながら、引き攣った笑顔で私は
ヒラヒラと手を振った。
※ ※ ※
そして、今に至る。
リィドルフ兄様は、ずっと何だか楽しそうだ・・・。
最近思うのは、リィドルフ兄様は楽しそうな事が
好きだって事。
今も、お母様から与えられた課題にテンションが
下がり気味で、なおかつ、変な武者震いをしてしまう
私の心情を分かっていてもそれを見るのが楽しいらしく、
ニコニコが止まらない。
今までの凄く優しい・・・と思っていた人物像が
最近、崩れていく気がする。
「アリィ・・・そんなに心配しなくても
今日のアリィはとても素敵だから、
アリィが黙っていても、向うから声を掛けてくるよ。
お母さまの課題も、難なくクリア出来るね」
「・・・・・そうでしょうか・・・」
そうリィドルフ兄様は言ってくれけど、
私は全く持って、気が乗らない。
でも、自分で言うのもなんだけど、
今日の『アリィシアコーデ』は、
確かに最高に素晴らしい出来だった。
ドレスのテーマは『蒼薔薇の淑女』。
私自身を一輪の蒼薔薇に見立て、
ウエストからスカートへ鮮やかに咲き誇る花をイメージし、
深い青色と白の生地、そして青いサテンオーガンジー風の
透ける布を幾重にも重ねて、花びらの特徴が出る様に
計算されたものだった。
ドレスはプリンスセスライン。
腰から下がふんわり広がっていて、
もしダンスでステップを間違えても分からないし、
ウエストが引き締まって見える。
胸元はビスチェタイプ。
ビスチェって、胸を強調しウエストを絞る様な
コルセットなもので、
袖がなくて胸元を留めてあるかの様なスタイルだった。
ただ私はまだ18歳という事もあって、
あまり肌の露出がない方が好ましいと、
ビスチェの上に取り外しの出来るヨークをつけている。
袖丈が肩先を覆う程度の比較的短いレース袖で出来た
ヨークは、背中の部分でボタンで留めている。
オーガンジー風の透けた布で出来たそれは、
透け感が肌を覆い隠していない為に重さを感じさせない。
オークとドレスの間、
背中部分若干出ているけれど、ドレスの後ろ部分のリボンが
大きな青い薔薇の形に作られていてる分、
背中がちょっと見えた方が青薔薇がスッキリ目立つ
から、敢えてチラ見せよ!と、
クリスベルお姉様がバックショットまで考え抜いた
素敵なものだった。
身ごろには異なる柄のレースを使って、
微妙な色の濃淡で染め分けを行い、
複雑な表情が出るよう仕上げている蒼薔薇のドレスは、
社交界には詳しくない私でさえ、
『今日は絶対に、これが一番素敵だわ』
と自信を持てるものだった。
このドレスをパティが着せてくれた時、
自分の姿を鏡で見て、
ああぁ・・・なんて素敵なの・・・最高!
って、ナルシストっぽいって自分でもわかっているけれど
叫ばずにはいられなかった。
日本人の記憶がチラホラでる今の私が
鏡の中の自分の姿を見ると、どうしても頭の片隅で
自分が好きで夢中で見ていたアニメの『アリィシア』を
思い出してしまい、自分の姿なのにどこか他人の様に
自分を観察してしまうのは仕方がないし、
好きなキャラクターの若い頃を見ている
みたいなときめきで眺めてしまうのは許して欲しい。
知らない人が、鏡に映った自分の姿をみて
「ほうぅぅ・・・」
と言っていたら、危ない人と思われるのは
分かっているから。
本当に、気が乗らない舞踏会であったとしても
このドレスを身にまとってクルクルと踊るだけなら
絶対に最高で、素敵な夜になったに違いない
力を込めて言えるけれど・・・。
課題の事を考えると、やっぱり気が滅入る。
額をギュッと皺よせ、白い絹の手袋をはめた私が
ドレスの裾をギュッと握り寄せるのを見て、
リィドルフ兄様が
「気が乗らないのは分かるけれど、
あまり重く考えたら駄目だよ。
せっかく綺麗に仕上げてもらったのに、
もったいない。
アリィも、この日の為に沢山練習したんだから、
楽しまないとね。
それに、今日はいつもより沢山の人が来ているから、
こんなに素敵なレディに仕上がったアリィと
仲良くなりたいと男たちが来るだろうから、
母さんの課題なんてすぐにクリア出来るよ。」
と励ましてくれる。そして
『変な男には気をつけなくちゃね。迂闊についていっちゃ駄目だよ』って、変なアドバイスまで・・。
リィドルフ兄さま。そういう問題でしょうか・・・。
私は思っている事を口にした。
「でも、兄さま・・・。
その方達は、私の事が目当てではなく
兄さまや、父さまと懇意になりたい為に私に
声を掛けてくるんです。」
「・・・まぁ、それもあるだろうけどね」
シレッと答えるリィドルフ兄さま。
何を今さらという表情を浮かべた兄さまが思い当たった様に、
「あっ、もしかして、アリィはそれが嫌だったのかい?」
とパチンと指を鳴らした。
「・・・・だって、私ではなくて、
アードルベルグの力が欲しいから
私に近寄ってくるんですよ?
クリスベルお姉様達みたいに、
お姉様達が好きだとか、そういうのではなくて
・・・下心満載なんだもの・・・」
「まぁ、しょうがないと思うよ。」
気にしない、気にしないとリィドルフ兄様が言う。
「アリィ、大概の男は出世欲がある。
特に家督を継を継がない男や、家督を継ぐにしても
爵位が低い家督の男にしてみたら
自分より身分の高い貴族の娘と仲良くなれれば、
自分にとって良い事に違いないと考えるのは、
仕方がない事なんだ。
特に、アードルベルグは普通ならば貴族の、
遜色ない爵位でなければ婚姻関係にはなれないという
しきたりから外れて、お互いが気が合えば婚約を結べる。
しかもアリィは、こんなに素敵な女性だからね。
チャンスがあれば、男だったらって・・・
賭けるヤツラも出てくるだろう。」
「・・・・・でも・・・」
「だから、そんな事でクヨクヨしていても意味がない。
その中から、自分に合う人を見つければいいんだ。
自分ではなく、自分の後ろにあるものに
興味を惹かれる奴なんて選ばなきゃ良いだけさ。
そうだろ?」
「まぁ・・・確かに、そうなんですけど」
「アリィ・・・欲の強いヤツラは多い。
俺は欲がありません、無欲ですってヤツラ程、
途中で気が変わる場合が多い。
まぁ、ギラギラしすぎているのも問題だけど
でも、全てのヤツが、そういうヤツラじゃないさ。
それに、そんな事でへこたれるなんて、
アードルベルグの女が泣くよ。
クリス達も通った道だ。
彼女達はそれを承知で舞踏会で交流を深めていた。
そして、自分にとって大事なものを見付けて行った。
勿論、彼女たちの、それぞれの目的や趣味もあったから
アリィとは違う意味で楽しんでいた部分はあるけれど、
でも、自分と同じ方向を向いてくれる人を
探しだしたんだ。」
まぁ、クリスもトリフェも身近にいたんだけどね・・と
リィベルト兄様は笑う。
「手痛い裏切りや、裏の顔を見てクリス達も
悩んだ事もある。
でも、それを乗り越える度に彼女たちは
強く美しくなっていった。
そして、それに負ける事はなかった。
行きついた先に、二人ともそれぞれ相手を見つけただろ。
彼女たちが、どんな姿を曝しても平然と受け入れるだけの
大きな懐を持った男をさ。
俺はアリィにも、そういう人を
見つけてもらいたいんだ」
「リィドルフ兄様・・・」
「勿論、社交界で出会うのは男ばかりじゃない。
同じ貴族の女性もいる。
見つけるのはなにも、恋人や結婚相手に限らないんだ。
友達、悪友、仲間とか、ライバル・・・。
アリィは今まで家の中に引きこもっていて、
家の人間だけと関わってきた。
勿論、それだって悪いことじゃない。
でも、外に目を向ければ、世の中には
色んな人間がいる事が分かる。
良いヤツも、悪いヤツも、沢山ね。
それを知る度に、アリィは大きくなれるよ。
目の前の事を見る事も大事だけれど、
もっと大きく視野を広げて、
知らないものを探しに行く、
大きな世界を知って欲しいんだ。」
リィドルフ兄様が、私に語りかける様に話す。
・・・今まで、社交界に出るって嫌な事ばかり
見ていたけれど、考えを変えれば確かに
そういう風に考える事も出来る。
私は狭い箱庭の生活を送って来た。
それに不自由を感じた事はなかったし、満足もしていた。
でも、それ以外の世界もあるんだよって、
兄様が今、私に教えてくれている。
「アリィ・・・アリィはアードルベルグの娘で、俺の妹だ。
アードルベルグが力を持っていることも、
公爵家の娘である事実も、変える事は出来ない。
だから、なんだっていうんだ。
たかが、それぐらいじゃないか。
その力に群がってくるヤツラがいたら、
その中からアリィの事を本当に思ってくれる
ヤツを探せばいい。
そして、それを得る為にアリィが持っている
力が必要だったら、その力を利用すればいいって、
俺はそう思うんだ」
「リィベルト兄様・・・」
「それに、今回は特別な舞踏会なんだよ」
「特別って?」
「隣の国の王妃になるために嫁がれたビオラ王女、
もう、隣国の王妃殿下だけど、
ビオラ妃が久しぶりに里帰りされたんだ。
その為の歓迎式典の意味合いもある。」
「ビオラ王女様が!」
頭の中に13歳の時以来のストロベリーブロンドの
優しい王女様の顔が浮かんだ。
「そうか・・・アリィもお会いした事があるんだよね。
5年振りかな?」
「・・・・そうです。確か、結婚前にお会いしたのが
最後でした。」
「そうなのか・・・。
アリィは、王女・・・今の王妃殿下の嫁がれた国の事は
知っているかい?」
「えっ・・・と、ヴァルディア王国でしたよね」
「そう・・・・ヴァルディア王国。魔王が守る国だよ」
まっ・・・・魔王!?
「魔王って・・・・・悪魔って事ですか?」
リィベルト兄様の言葉に、私の中には一瞬にして
角の生えた黒いマントを翻す魔王像が出来上がった。
この世界にも魔王がいたのかと、驚きを持って。
「んっ?違う違う、悪魔じゃないよ。
まぁ、ある意味悪魔に近い『魔王』なんだけど・・・。
この世の者とは思えない程に強い力を持つ
王兄殿下が守る国って言う意味なんだ。」
「王兄?隣の国の王様って、第一継承権のある方が
継ぐ国ではないのですか?」
「いや、王兄殿下には第一継承権はない。
生まれた時から、二番目に生まれた子供が
第一王位継承権を持つと定められた国なんだよ。
代々ね・・・・。」
「・・・そう・・・なんですか」
王位継承権は、大体生れた順番で付けられる事が多い。
男性のみで順位をつけるところ、
男女構わず、生れた順番で順位を付けるところ様々だけれど、
ヴァルディア王国は違うんだ・・・。
へぇと、私は興味深くリィドルフ兄様の言葉を聞いていた。
「今回、王女の里帰りに一緒に随行されている。
今回の歓迎式典は、王女の里帰りと共に、
随行されている王兄殿下の歓迎式典でもあるんだ。
ただ・・・」
「ただ・・・・なんですか?」
聞き返す私に、リィベルト兄様はフっと笑みを浮かべ
「・・・・アリィは、王兄殿下の顔を見る事が出来るかな?」
はっ?
顔を見る事が出来るって、その人、仮面でも被っている訳?
角の生えた黒マント姿に、かぶりものを思い浮かべ、
『悪趣味・・・』と思ってしまった。
「・・・・・えっと、それはどういう意味で・・・」
「・・・・まぁ、実際にお会いすれば分かると思うけど、
なかなか顔を見る事は難しいんだ。特に女性はね」
それは・・・どんな奇天烈なかぶりものなの??
『魔王』様の姿を思い浮かべる私は、さっきまでの
舞踏会における課題に心を揺らされていた事も忘れて
色んな想像を巡らせていた。
こういう時は、昔取った杵柄じゃないけれど
オタクの知識がフル動員されてしまうのよね。
「えっと・・・・・それは、顔を隠されているとか、
仮面をつけているとか・・・そういう意味でですか・・」
「いや、顔を隠されてはいないんだ。
けど・・・見る前にね・・・。
王兄殿下にお会いすると、耐えられない人が多いんだ」
なんと!そんなに奇怪なマスク姿ですかっ!!!
「俺達は王に拝謁する際、王兄殿下にも挨拶する事に
なるだろうから、実際に体験してみればいいよ。」
私の悶々と考え込む姿を、面白そうな瞳で
リィベルト兄様が見ていた事に私は全く
気が付いていなかった。
「ねっ?外に出れば、
こんなに面白い事が転がっているんだよ。
アリィには、『魔王』様がどんな人か
凄く気になるんだね。
今日の楽しみが出来て良かったじゃないか。」
次から次に姿を変えていく『魔王様』は、
私の中で、ついに人型ではなくなってしまい
『いやいや、さすがにそれは無いだろう・・・』
と突っ込みを入れた所で、
私の目線をリィドルフ兄様の目線に合わせた。
「もしかして・・・兄さまは、その王兄殿下と
お知り合いなのですか?」
「うん・・・・まぁ、知り合いかな?」
「魔王様と・・・・そうですか・・・・」
「でも、・・・・俺は、アリィは大丈夫だと
思っているんだ。
他家のお嬢様達だったら耐えられないかも
しれないけど・・・
アリィなら大丈夫。
でも、正直な気持ちとしては、
本当は、逢わせたくない気持ちもあるけど・・・
しょうがないし・・・」
「・・・えっ?それって・・・どういう意味で」
リィドルフ兄様は私の問いかけが聞こえなかった様で、
「とにかく、今日は色んな事を経験しよう!
アリィの18歳の舞踏会だ。
きっと、素敵な出会いがあるさ」
楽しみだね。気分乗って来た?
と、私の問いかけに答えることはなかった。
「・・・・・はぁ・・・」
確かに、今の私の頭の中は
その『魔王様』の事がいっぱいだった。
一体、どういう人なんだろう・・・。
他家のお嬢様には耐えられないって、
一体どういう事?
考えても、想像出来ない・・・。
そう考えていると、
馬の蹄はカカッと音をたてて鳴りやみ、
馬車が止まった。
「さぁ、着いたね。準備はいいかい?」
ドアが開けられる。
階段の先に、煌びやかな光が零れる入口が大きく開かれ、
着飾った紳士淑女が中に吸い込まれる様に消えていく。
「アリィ、君はとても素敵で可愛い女性だ。
だから、自信を持っていて良いよ。
アードルベルグの力は、
アリィを幸せにする為にあって
不幸にする為にある訳じゃない。
俺は君の幸せをいつも願っているんだ。
昔からね・・・そう・・・ずっと昔からね。
幸せに・・・今度こそ・・・」
「・・・・・・・リィドルフ兄さま・・?」
どういう意味だろう?
訝し気に首を傾けた私に、リィドルフ兄様は
先に馬車を降りると
「さぁ、僕の可愛いレディ・・・行こう!」
腕を差し出した。
私は馬車を降りると、ドレスの裾を直し
顔を上げて『いざ!決戦の地へ』と脚を進めた。
次回は、いよいよ魔王様が登場・・・。かも。