プロローグ
「ママ、あのお姉ちゃん泣いてるよ?」
「たっくん、お姉ちゃんを見ちゃだめよ」
揺れる電車の相向かい席に、母親に抱かれた男の子が
私を指差し不思議そうに首を傾げ、
母親は、慌てて子供の視線を自分に向けさせると、
罰が悪そうに軽く会釈しているのが見えた。
そんなに気まずそうにしてしまう位なのか
と思ったけれど、あふれでる涙は止まらない。
結んだ唇がわななき、時折ヒックと嗚咽が漏れる。
電車の中で、いい年の女が鼻水をすすりながら
泣いてたら、何が起きたんだと、
そりゃ思うはずだ。
会社で辛い事があったとか
恋愛問題なのかと思っているだろうけれど
まさか、スマフォで見ているアニメをみて
激泣きしているとは思わないだろう。
「あっ、アリィが死んじゃうなんて・・」
視聴が終わった画面を見つめながら嗚咽する。
私の激押しキャラが、
今日の放映で正義のヒロインに倒されてしまった。
しかも、胸元を袈裟斬りの上に
ヒーローの腕がお腹貫通って、
悪役だからって、扱い酷くない?
ヒーローにお腹貫通を受けたのは、悪役ヒロイン、アリィ。
彼女は、神官が着る様な真っ白なロングドレスを身に纏う。
しかし、神官の装いと違うのは、スカートには戦い易い様にと
前身ごろの左足の辺りにスリットが入っている事だ。
足を蹴り出したり、踏ん張ったりする為の
実用的なデザインになっている。
胸元の部分はレース生地があてられ、
アリィの女性らしい胸が、
見えるか見えないかで描かれていて、
更にスカートの裾には、
瞳の色と同じ菫色と銀の糸で花や草の刺繍が入り、
戦闘の時にチラチラと見え隠れする程良い筋肉のついた
スラリとした足の見せる服は、チラリズム満載の
コスプレヤーに人気の服装だ。
そして、その服を身につけたアリィの神々しい姿は、
まさに神!とファンの間で大人気だったのに、まさか、
その美しい服がアリィの血で赤く染まっていくなんて!
信じられない!
しかも、その側で、敵を倒したって抱き合う
ヒーローとヒロインって
ちょっと、ちょっとちょっとだよ。怒りしかないよ!
私がスマフォを見ながら大泣きしながら見ているアニメは
『魔法少女セレス』という五人の愛の戦士が、
人間界やエルフ界を巻き込んで魔族と戦うストーリーだった。
ヒラヒラきらびやかなコスチュームと、
変身シーンのカッコ良さ、
魔法少女が、人間界やエルフ界の王女様で、
容姿も派手なら必殺技を放つ前の思わずリアルな世界でも
口ずさみたくなる様な、ながったらしい魔法詠唱、
ヒロインも敵もキャラデザが美麗と
今年の下半期で一番人気のあるアニメだ。
私は毎週欠かさず見た上で
DVDも買いそろえる程のFanだった。
話の内容は勧善懲悪ものとして描かれ、
正義のヒロインが数多の困難を乗り越え
仲間と手を取り合い、ヒーローと淡い恋を育みながら
戦っていくという展開は、
まあ、ありきたりな感じは否めないけれど
時折サイドストーリー的に盛り込まれる
敵役のラブストーリーに、年甲斐もなくときめいてしまい、
それから毎週欠かさず見ていた作品だったのだ。
しかし、こういった魔法少女の
ヒロインは、10代のピチピチ女子高生とか中学生が多いよね。
何故に三十路の魔法少女はいないんだろう。
いや、三十路って言ったら、魔法少女じゃなくて魔女か。
そうなると、ヒラヒラミニはキツイかな。
ん~、でも、今は10代よりアラサー、アラフォー
アラフィフ世代の方が人口多いんだから、
その層狙った魔法少女作った方が、売れるんじゃないか・・・
などと考えていた時に始まった『魔法少女セレス』で、
またヒロインは女子高生かい、でもキャラデザ綺麗めで
好みだわぁと思っていた私の画面を見つめる瞳に映ったのは、
悪役ヒロイン、アリィシアこと「アリィ」と、
魔王ヴァシュロンクルーザー「ヴァロン」の
悪役なのに、こんな純愛良いの?的な展開に
私のハートは鷲掴みされて、
ヒロインそっちのけで夢中になったのだ。
来月、40にもなるのに?まだアニメ見てるの?
なんて、時折、驚かれる事もあるけれど
小学生の頃、少ないお小遣いを全てコミック購入に費やし
そのままスクスクと育った私が、大人になり
給料を貰うバリキャリになって、昔はできなかったけれど
今は異世界転生ものにハマって、
コミックや小説を大人買いしている私が、
年齢を重ねたからと言ってアニメや漫画を
嫌いになる筈もない。
まぁ、確かに小学生の頃に読んでいた様な
自分に近いシチュエーションのコミックは読まなくなったし
20代の頃に比べたらアニメを見る機会は減って、
流行りの声優さんが、さっぱり分からなくはなったけれど
自分の食指が動きそうなものはないかと、新作アニメを
パトロールしていた時に見つけたのが
魔法と剣、美形、屈強、魔法詠唱と純愛と言う
てんこ盛りのこの「魔法少女セレス」に
ハマるのは必然だった。
しかも、私はどちらかと言うと
正義のヒロインよりかは、
悪のカッコ良さにひかれる。
痛いとか、残虐とか、そう言うのは好きじゃないけれど
ヒロイン系統のアニメに出てくる悪役って、
色々悲哀に満ちてるし
しかも、この『魔法少女セレス』の悪役が純愛で
お互いの存在しか見てないし、
カッコいいヒロインやヒーローに
誘惑されてふらふらしないという、
最強のキャラ設定が最高に好きだった。
英雄 色を好むって言うから
ヒーローがモテモテなのはしょうがないにしても
押しキャラが、 恋愛で苦しむのは好みじゃない。
現実世界は、TVのニュースをみれば今日もどろどろとした
痴情のもつれからくる事件で溢れてる。
夢見る世界までも、
そう言うのに侵されて欲しくないと言うのが
私の考えだ。
魔法少女セレスの登場キャラである、「アリィ」こと
アリィシアは、20代後半ぽい設定。
年齢は、はっきりしてない。
悪のヒロインとは言えど脇役だから、
設定も二十代後半と曖昧だ。
魔法少女が人間やエルフのチーム構成なのに対して
アリィは、龍族。しかも、龍族なのに
戦う時は、背中に天使の翼が生えてくると言う、
一瞬の見た目では、アリィは実はヒロインなんじゃと
思わせる出で立ちで
年齢設定してない割には、見た目と衣装に武器、
戦う理由設定が、しっかりしていた。
アリィは、名前の由来が宝石の
アイオライトからくる菫色の瞳に、
背中まで伸ばしたブルネットの髪を翻して戦う美女で
面白い事にレイピアと魔法を使う魔法剣士と言う設定だった。
登場した時は既に片翼が黒色で、
お腹貫通時の戦う姿は四枚羽根、
羽根の色は左側2枚が黒色、右側が白色だった。
サイドストーリーでアリィの素性が描かれた回がある。
アリィは、天空を治める国の第一王女として生まれ、
小さい頃、天空の城で会ったヴァロンに一目惚れをし
お嫁さんになりたい、いつかヴァロンの下にいくならば
一緒に戦う女になると心に決め、
小さい頃からレイピアを手に取り
娘を溺愛する父王や兄を説得し、
嫁を渋るヴァロンにアタックしまくって
何とかヴァロンのお嫁さんをゲットするという、
健気な可愛い子として描かれていた。
第2段のサイドストーリーでは、
ヴァロンが年の離れた自分ではなく
同じ種族の者と結婚をした方が幸せになると
アリィを突き放していたが、
アリィは、
伴侶にしか見せない普段は現さない翼をヴァロンに見せ、
想いが通じたキスをすれば、真っ白な羽根が黒く染まるから、
もし染まらなければ、婚約は破棄してもいいからと
必死になって口説き落とし、そっと重なるだけの口付けが、
アリィの翼を黒く染め上げ、
お互いの気持ちを確かめあって・・・
と言う、本当は、アリィ達を主人公にしたかったのでは?と
放送後のネット掲示板が炎上する位の反響だった。
アリィと、ヴァロン押しの私が
何度も繰り返し見て、
部屋のベッドの上で悶えたのは言うまでもない。
アリィの左右の翼の色が違ったのは、
王妃になる前だったから。
ヴァロンと気持ちが通じあった時に
元の白い羽根の半分が黒く染まり、
完全に王妃となったその印として魔族の黒色を纏うなんて
まさに、ヒーローとヒロインじゃない。
あ~、サイドストーリーで
二人の結婚式やってくれるのかな?
ワクワクしてたら、魔法少女が魔界に参上である。
どっちが悪役だよ!と、画面に向かいながらツッコミする私。
しかも魔法少女が魔界に乗り込んでくる放送回。
初めから、嫌な予感しかなかった。
なにしろ、前回のエンディングの後に画面が真っ黒の状態で
ヴァロンの『アリィィ』と叫ぶ声が入っていて
今日の放送は、気が気じゃなかった。
まさか、アリィが?
見たい様な、見たくない様な複雑な気持ち。
放送時間が夜7時からだから、帰りの満員電車だな・・
と思ったけれど
1週間待たされた私には、録画で見る選択はなくて、
電車の中でリアルタイムの時間にスマフォを使って見ることに。
物語は、ヴァロンの魔界の王城のシーンから始まった。
ヴァロンは、魔法少女達との戦いを望んではいなかったが、
魔族の世界を広げる事を望む魔族達が勝手に王を旗印に、
人間界やエルフ界に戦争を仕掛けていた事が
分かった所からだった。
戦う理由がないヴァロンは、魔法少女達の魔界侵攻に、
結界を張ってやりすごそうとしていた。
魔王の力は強大で、普通ヒロイン系のアニメだったら
絶対、勇者の力が上で勝てる筈もないのに、
魔法少女セレスのラスボスであるヴァロンは、
ヒロイン、ヒーローと同等、
もしくはそれ以上と言う無茶な設定だった。
ヴァロンは、アリィと同じく魔法も使うし剣も使う
屈強の体つきをした大きな体を持っていた。
騎士の様に使うために身につけた胸板の厚さと
短く揃えらた黒い髪と黒い瞳。
威風堂々、王とはと言った出で立ちに精悍な顔つき。
まさに、アニメの世界にしか存在しない様なキャラで
アリィと並ぶ姿や、
アリィをすっぽりと胸に抱き抱える様にする姿は
「はぁぁ、似合い過ぎる。綺麗過ぎる。最強すぎる」と
二人のイラストを描いたものを雑誌でみつけて切り抜きし
パスケースの中にしまって、時々見ては悦に入っていた。
だから!そんな強いヴァロンが守る魔界で、
なんでお姫様であるアリィがレイピアを持って戦い
更に、お腹に穴まで開けなきゃ行けないのよ!
しかも、息を引き取るアリィは一人ぼっちなの?
と思わずにはいられなかった。
戦いに乗り気でないヴァロンを戦いにの場に引きずり出す為の
策略に巻き込まれたアリィ。
ヴァロンの治める魔界を守りたいと、
結婚式の準備を一時中断して戦って死ぬ?
アリィはさ、強い訳よ。
負ける筈ないと思ってたけど、1 vs 5の戦いの上、
本来の力の一部を封印されていたから、
最後には、遅れてやってきたヒーローも混ざって、
アリィは負けてしまうのよ。
ひどいよ~、と涙なくしては見れない展開の上、
死に逝くアリィが薄れ行く瞼にヴァロンを思い浮かべながら
左手の薬指にはめた婚約指輪に右手を重ねながら
「あなた・・に、会いたい」
って涙をこぼしながら死んでいくって、
アリィがどんだけ悪い事したんだって、
脚本を書いた作家に呪いを送りたくなるくらい辛すぎて、
電車の中だって事を忘れて、涙が止まらなかった。
しかも、追い討ちをかける様に
エンディングの後、次週の予告の様に映像が続き
アリィを倒したと喜ぶヒロイン達を横目に、
よろけながら、血溜まりのアリィに近寄るヴァロンが映り
アリィの死を知ったヴァロンが
血溜まりからアリィの亡骸を胸に抱くと
慟哭の叫びを上げるシーンで終わった。
黒い瞳が黄金に輝くと言う、ベタな展開。
そしてタイトルコールと次週のタイトル
「絶対絶命!魔王降臨」だもの。
見終わった後は、呆然よ。
うぅと泣く私は、帰宅時ラッシュに浮いていたけれど
そんな事、全く気にならなかった。
職場の人間がみたら、
きっと、明日は話題の人になるだろう。
30分位、電車の座席でメソメソした私は
自分が降りる駅で座席から立ち上がると
窓ガラスに映る私の目の、
泣いて腫れた姿をみてハァとため息をついた。
泣きすぎで、頭がフラフラする位に疲れている。
気持ちも、ドヨ~ンとしていて足元がおぼつかない。
だから階段を降りる時、
駅の階段をハイヒールで踏み外したのは仕方ない。
頭をしこたま打ち付けた時にメリッと言う音と
遅れて感じる激痛が私にもたらされた時も、
アリィとヴァロンの事を考えていて、
『来週、ヴァロン、本流発揮になるのかぁ』
と遠くに人の人の声を聞きながら、
猛烈な眠気に私は意識を手放していった。
ゆっくり更新ですが、よろしくです。