06 森からの脱出
夜が明けた。
新奈は一晩中膝を抱えたまま地面を睨んでいた。
夜の森は恐ろしかった。
星の光は葉陰に遮られ、その暗闇の中をけたたましく鳥の声が響き、風に揺られ葉がざわざわと音を立てる。
森の奥には何やら生き物の気配も感じる気がして、新奈は一晩中眠れなかった。
しかし、その恐ろしい闇も段々と煤けて、明るい日差しが見え始めた。
──動かなくては。
このままここに居続けてもしょうがない。
人に会って、保護を求めなければ。
──もしここがどこか遠い外国の地であっても、人と会えさえすれば必ず助かる道筋が見えてくるはずだ。
新奈は茶色い合皮の通勤鞄を引き寄せ、中身を確認した。
金色の刺繍のある長財布、スマホ、充電器、ポーチ、ファンデーション、リップクリーム、ハンドクリーム、クシ、髪ゴム、お薬手帳、痛み止めの薬、吐き気止めの薬、ランチに買ったペットボトルのお茶がボトル3分の1ほど、スティックタイプのキャンディ、母と雛子にお正月に貰ったお守り、スケジュール帳、三色ボールペン、ハンカチ、定期券、家の鍵……あとは金のインゴットが2本と二種類の金貨が3枚ずつ。
スマホは昨日確かめた。案の定、電波は届いていなかった。
はっ、と気がつき慌てて新奈はスマホを起動させた。
残りの電池残量は半分くらいだった。
──私の馬鹿!! なんで夜の内に電源を落としておかなかったのよ!!
これでは充電なんてすぐに切れてしまう。
電源を切ろうとしたつもりが、新奈の指は画像のアプリを開いていた。
──お母さん、雛子……。
母や雛子と楽しそうに過ごしている自分の画像を見ながら、新奈はまた涙が滲みそうになった。
──泣いてる場合じゃない。ちゃんと動け!私の指!
新奈は今度こそスマホの電源を落とした。
通勤鞄の内側のチャックのついたポッケにスマホと充電器、お守りを入れてチャックを閉めた。
そして金のインゴット二つを横にして鞄の底に敷き詰めると、細々としたものをポーチに入れてその上に乗せ、ペットボトルは端の隙間に詰め込んだ。
長財布を開き、小銭のチャックつきのポケット部分に6枚の金貨を入れて、ポーチの上に乗せると鞄本体のチャックを閉めた。
しかし、思い直して鞄を開けると、新奈はキャンディのスティックから一粒を取り出し、包み紙を開いて口に入れた。
はちみつとゆずの味がする。
キャンディスティックをポーチにしまうと、もう一度鞄を閉めた。
新奈は何だか気まずさを感じながらキャンディの包み紙を半分だけ地面に埋め込み周囲をしっかりと踏み固めた。
まるでゴミを捨ててるみたいで気は進まないが、これは金塊を埋めてる地面が近くにあることを示す印だ。
銀紙なら普通の紙よりは丈夫だし、光が当たれば反射してくれる。
新奈はカーディガンを着て、通勤鞄を持つと、木の枝を箸のように2本合わせてある方向に向けた。
これから新奈が進むべき方向だ。
これが人のいる方へ向かうのか、森の奥へと向かうのか、そんなのは分からない。
でも行くしかないのだ。
新奈は金塊を埋めた赤い花の木を見つめた後、枝を向けた方向へ踏み出した。
── 一、二、三、四……。
一歩一歩、歩数をカウントしながら、森の中をできるだけ真っ直ぐ、新奈は進んで行った。