05 森の中
眩しく輝く白い光に包まれて目をつむった新奈は、薄れてゆく光を感じ取り、そっと目を開けた。
新奈は森の中にいる。
訳が分からない。
今日は訳が分からない事だらけだ。
その中でもこれは酷い。
なぜか新奈は森の中に座り込んでいるのだから。
ストッキング越しに草がチクチクする。
大きな木に囲まれて、鳥のさえずりが聞こえる。
森だ。
さっきまで、豪華な建物の中で男と話していたはずなのに。
──そうだ!夢野!!
あの男はなんて言っていた?
──異世界転移を選ばれるとは素晴らしい!
そう言ってはいなかったか?
何? じゃあ、ここは異世界? 何の冗談なの?
しかし、目に映るのは木や草ばかりで、深い植物の香りがするし、地に着いた手には草と土の感触がある。
──とりあえず、ここが異世界かどうかはおいておいて、森の中にいるのは確かだ。
左からチカッと日光が反射した気がして振り向くと、そこには金のインゴットと数枚の金貨があった。
新奈は本能的な恐怖を感じた。
──このままじゃ危ない!!
新奈はその辺の草を引きちぎると、金塊の上にふりかけた。
金の光が見えなくなるまでそれを繰り返し、なんとか金塊は草の下に隠れた。
──取られる!!
反射的にそう思い金塊を隠したが、ここは森の中だ。
いったい誰がこの金を奪いに来るというのだろう。
しかし、目の前に金塊が現れてみると、新奈はその金塊を隠さずにはいられなかった。
失うのが怖くて怖くて仕方がなくなった。
こんな変な状況で、お金の心配をしているなんて、なんて馬鹿らしいのだろう。
こうなってくると、また不安感が襲ってきた。
草をかけただけで良い訳がない。
──掘ろう。
周囲を見回すと、赤い小さな花の咲いた低木があった。
金のインゴットを一本手に取ってみる。
片手では重いが、両手で持てばどうということはない。
三キロ位だろうか?
新奈はそのインゴットを振りかぶり、赤い花の木の下の地面に突き刺した。
穴を掘って金塊を埋めよう。
今はそれしかできることは無い。
手に持つインゴットはどんどん重くなってくる。
それでも必死に新奈は土を掘った。
金を隠さなければ。
こんな森で、しかもそこは異世界かもしれなくて、訳の分からない状況で、必死に穴を掘っている。
汗まみれで、手は土まみれで、振り上げるたびに金のインゴットは重くなる。
それでも、恐ろしい不安感がその手を止めさせない。
新奈はただただ無心に穴を掘った。
金のインゴットは23本あった。
金貨はサイズの違うものが二種類、3枚ずつあった。
とりあえず金塊21本を穴に埋めて、2本と金貨を手元に残した。
通勤鞄に入るのがそれくらいで、それ以上の重さには新奈が耐えられそうになかった。
掘り返した土が分からないように、あちこちから少しずつ草を根ごと抜いて穴の上に移植した。
穴を掘っている途中に脱いだ黒のカーディガンはその辺の低木の上に置いている。
金塊を埋めた木とは別の低木に背をもたれ、新奈は荒い息を吐いた。
──ここはどこなの? 私はどうなってしまうの?
必死に穴を掘っていた時には消えていた思考がまた戻ってきた。
宝くじに当たって、銀行に行って、ドリームドリーム宝くじ協会に行って、そして今、森にいる。
気がつくと新奈は泣いていた。
涙なんて流したのは何年ぶりだろう。
少し薄汚れた白いブラウスにポタポタと涙が落ちる。
日が暮れてきたのだろう。
辺りがだんだん薄暗くなってきた。
これは悪い夢で、全部全部悪い夢で、目が覚めたらいつも通り、雛子と住む二人のアパートで……。
膝を抱えたまま新奈は金塊を埋めた地面を睨みつけた。
いつの間にか新奈の涙は止まっていた。