04 ドリームドリーム宝くじ協会
銀行から出ると、新奈はまたタクシーを捕まえた。
坂本にもらったドリームドリーム宝くじ協会の地図を運転手に示し、スマホを取り出し、会社に電話をした。
今日の精神状態では仕事もまともにできそうもないので、半休をお願いした。
ランチに通勤鞄を丸ごと持ってきていてよかった。
このまま、協会に行ったら家に帰ってじっくりさっきの冊子を読もう。
──3億円か……。3億円……。
興奮で胸が熱い。
心臓が口から飛び出しそうと言うのはこういう事かと実感した。
バクバク動悸がおさまらない。
「お客さん、ここじゃないですかね?」
タクシーの運転手がある建物の前で停車した。
落ち着いたレンガ調のまるで洋館みたいな建物だ。
「ありがとうございました」
新奈はタクシーを降り、建物に近づくと入口へ向かった。
エントランスも豪華な造りだ。
受付に電話が置いてあり、新奈はその受話器を取った。
「いらっしゃいませ。ドリームドリーム宝くじ協会でございます。ただ今、お迎えに参ります。少々お待ち下さいませ」
「はい……」
流れるような喋りの男の声がした。クセがなく品のある声だ。
受話器を下ろすと、エントランス奥の扉から黒いスーツを着た細身の男が現れた。
首に黒いループタイをしているのが見慣れなかった。
新奈はゴクリと唾を飲み込んだ。
「あの……私、宝くじが当たりまして……」
こんな時、どういう風に言うのが正解なんだろう。
新奈は不安感に押しつぶされそうになりながら男に言った。
「それはそれは。大変おめでとうございます。わたくし、ドリームドリーム宝くじ協会の夢野と申します」
糸目の瞳で笑顔を浮かべ、夢野は新奈に名刺を渡した。
「橋本新奈と申します。あの、銀行に行きましたら、こちらの協会に行くように言われまして……」
「橋本様ですね。わざわざお越し下さりありがとうございます。応接室にご案内致します。こちらへどうぞ」
夢野はにっこり笑いながら新奈を奥へと促した。
夢野について行き、新奈は本日二度目になる豪華な部屋へと通された。
暖かな臙脂色の革張りのソファに座り、向かいに夢野が腰掛けた。
「それでは橋本様、宝くじの確認をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい!」
新奈は財布から宝くじを一枚取り出した。
そっと夢野の方に向けて、テーブルの上に置く。
「なるほど。おめでとうございます。橋本様は一等の当選者でございますね。」
夢野は笑顔のまま、テーブルの上にあった書類箱から紙を一枚取り出した。
「我がドリームドリーム宝くじでは、一等の当選者の方には当選金の3億円とともにこちらの副賞をお渡ししております。ドリームドリーム宝くじ自慢の副賞となっております。きっと橋本様にも御満足していただけると思います」
夢野が両手で差し出した紙を受け取る。
そこには、こんな文章の羅列があった。
不老長寿。魔法使いになる。理想の容姿になる。若返る。異性になる。タイムトラベルをする。異世界転移。
──何これ? 意味が分からないんだけど? どういうこと?
特にこの最後のやつとか全く意味が分からないんだけど?
「あ、あの、」
「はい。」
「あの、この……異世界転移って……」
何ですか?
「さすがです!橋本様!お目が高い!異世界転移をご希望ですね!」
「え!? あの、」
ただ質問しただけなんだけど……。
「きゃあ!!」
夢野に話しかけようとする新奈の周りを、白く光る大きな魔法陣が包み込んだ。
何これ!?
「当選された3億円はあちらでご使用できるように金に変えさせていただきますね。本日の金のレートは金1g4300円ですので、端数は貨幣としておきます」
「あの!! ちょっと!!」
待って下さい!!!
白い魔方陣はどんどん輝きが増し、新奈の視界が白く染っていく。
「それでは、行ってらっしゃいませ、橋本様。異世界での生活を存分にお楽しみ下さい」
夢野は糸目のまま笑顔で新奈に別れの挨拶をする。
ただその笑顔は白い光に包まれた新奈にはもう見ることができなかった。
──誰か助けて!!!
そのまま、魔方陣が消滅し、新奈の姿はこの世界から消えた。
一人残った夢野はにっこりと笑顔を浮かべていた。