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記憶という名のパンドラの箱  作者: 時雨笠ミコト
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友人の顔

駄文注意!

よろしくお願いします!

舗装はされていないが、踏みならされた道を一つの人影が進む。

旅衣装に大きなバックパック、大きなトランクが目を引いた。

その人影が、一つの国を瞳に映した。

◇◇◇

「また来るね」

そう言って部屋を出る。

いつもと何ら変わりない日常。

ただ一つ、建物から出た瞬間に視界に飛び込んできた生き倒れの人以外は。

反射的にその人を拾い上げ、家へと連れ帰る。

とりあえず食べ物と飲み物を与えてみると、パクパクゴクゴクと、かなりの量を口の中にあっさり納めて、私に深々と頭を下げた。

『@mかh。<:*?』

全く分からない言葉で話しかけられて狼狽する。

「えっと?あの?」

言葉が通じないと分かると、今度はジェスチャーで何かを伝えてくる。

何度も何度も繰り返されるうちに、それが『挨拶』を指していることが分かった。

「言えってこと?…えっと、こんにちは」

そう言うと、何かを理解したらしく、数秒考え込むしぐさをしてから、こう言った。

「はじめまして、こんにちは。ご迷惑をおかけしてすみません。ありがとうございます」

聞きなれた言語にホッとする。挨拶をしただけで言語を探り当てたらしく、ペラペラと昔からここに住んでいたかのような流暢な言葉が紡がれた。マルチリンガルだろうか?

「私はセラ。しがない行商人です」

セラさんは肩まである黒髪を低く束ねていて、白い肌と金色の目の美しい容姿をしていた。

ここいらでは見ない色合いだが、彼女にはとても似合っているように思えた。

美しいのだが、中性的かつ一切特徴のない美しさで、どんな人だと問われたら。「ただただ美しい黒髪金目の人だ」としか答えられないだろう。

声だけを聞いたら、年齢も性別も分からないような曖昧な声。けれどなぜか美しく耳に心地よいと思った。

「行商人?」

疑問に思い口に出してみると、はい、と肯定された。

「行商、旅をして各地の物を買い集め、売っています。『エキドナ』という店名で」

にっこりと微笑まれる。そして、数日後に出発するので、それまでここに泊めてもらえないかと問われて、了承した。


旅人兼行商人のセラさんが居ても、私の日常は何ら変わりなかった。

基本の生活習慣的にセラさんと私が共に行動することはないからだ。

朝、私が起きる頃にはセラさんはもう起床してどこかに出かけている。

昼、私がパン屋に働きに出ている時間、セラさんは行商人として仕入れたり売ったりをしているらしい。

夕方、私は仕事帰りに友人のもとを訪ねている。セラさんが何をしているかも知らない。ただお仕事らしいのは分かった。

夜、ご飯はこの時間に食べます、と伝えておいた時間ぴったりに帰ってきて、一緒にご飯を食べる。二人が一日で初めて顔を合わせる時間だった。

郷土料理を振る舞うたびに、恐る恐る口にしては夢中になってパクパクと食べ進めるので、その可愛らしい姿に毎晩癒されていた。

そんな日々が、約五日ほど続いた。


ある日、朝起きると、珍しくセラさんが家にいた。

「今日の夕方、ここを出ようと思いまして」

そう言いながらはにかむ姿は可愛らしかった。

着々と旅荷物を詰めていくセラさんを朝食の塩バターパンを齧りながら横目で見る。

『エキドナ』の商品を色々見せてもらったが、私の気に入るものはなかったことを思い出した。

セラさんのバックパックは少しだけ神秘的だ。

世界の欠片を大量に詰め込んだような、そんな不思議な空間。

そこまで考えて、気づけば一つのことを口走っていた。

「セラさん、よければ私の友人に会ってくれませんか」

慌てて口を閉じたがもう遅い。セラさんはぽかんとした表情で突っ立っていた。

大慌てで撤回しようとするよりも早く、微笑みながら二つ返事が返ってきた。

「ええ、構いませんよ」


セラさんを連れて訪れたのはいつもの場所、国立病院。

この国屈指の実力者ある医者たちと、最先端の技術が揃う、この国最高峰の病院。

その病院の特別病棟、その三階の端。

その部屋に一人で、私の友人は生活している。

「…入るよ」

二回ドアをノックしてから、私は部屋に足を踏み入れた。

友人は、長い茶髪を手櫛で梳きながら嬉しそうに私を出迎えたが、後に続くセラさんに目を剥いた。

セラさんの旅の話を聞いて、または異国の物を見て触って、友人も私も大いに楽しんだ。

そこで私にある一つの希望が生まれる。

友人は治るのではないか。医者は「最善を尽くした。患者に前向きな気持ちがあれば必ず完治する」と言っていた。

ここ最近、友人はずっとふさぎ込んでいた。けれど、セラさんのおかげで今、昔と同じように笑っているのだ。

セラさんが持つ、国の外の【欠片】は、やはり友人にとっては薬と成り得た。

私は計画の成功に、大人げなく歓喜した。

そんな私に、友人がこう言った。

「ねえ、私とセラさん、二人っきりにしてくれないかな」


赤髪の少女が出ていき、私と病衣を纏った茶髪の少女だけが残される。

夕日が差し込み、赤く染まる病室で、茶髪の少女は静かに私にこう言った。

「これから、嘘は吐かないでください」

「分かりました」

私がそう言うと、茶髪の少女は意を決し、絞り出すように吐き出すようにこう言った。

「私の病気、治りますか」

「いいえ」

「……もって、あとどの位、ですか」

「あと、三カ月もてば【奇跡】でしょう」

暫くの沈黙。

そして今度はこう聞いてきた。

「【他の国】で、この病が治る可能性は」

「例によりますが、大抵の国では八割以上かと」

「……他の国では、この病は、どんな名前なんですか」

「結核。治療法は確立されている、忘れられつつある病です」

またも沈黙。

今度はかなり長く、何かを考えているようだった。

そして唐突に、何の脈絡も関連性もなさそうなことを言い始める。

「私、お父さんが旅人だったんです。

だからいろんなことを知っていて、帰ってくるたびに子守唄のように枕元で聞かされてました。その中で、お父さんが繰り返し繰り返し、しつこい位私に聞かせた話があります。

それは、『黒髪金目の美しい行商人の話』。」

「…へぇ?」

「ただただ美しい行商人で、黒髪金目であることしか覚えていない。

その行商人は『記憶』を商売にしていると」

「彼か彼女かも教えてもらえなった。でもそれが、教えなかったのではなく教えられなかった…男か女か分からなかったとしたら。」

「結局何が言いたいんですか?」

「貴方ですよね?記憶の行商人『パンドラ』って」

沈黙。

しかし今度は私によってもたらされたもの。

すうと息を吸って微笑み、こう言った。

「記憶の行商『パンドラ』…それが『エキドナ』の裏の店。

自力で見破ったのは貴方が初めてですよ。

さあ、ご利用するもしないもご自由に。けれど二つだけご了承くださいませ。

記憶はさながらパンドラの箱。良いも悪いも、開けるまでは分からない。故に、ご利用は自己責任でお願いいたします。

また、代金その他は、貴方の中にある『価値のある記憶』にてお支払い願います」

「支払いは記憶…私の中で価値のある…なら、これでどう?」

手を当てるよう促され、額に手を当てて記憶を読み取ると、素晴らしい景色が私の中に飛び込んできた。

夕日、星空、雨、朝日、雪、虹、花、月………

日常のありふれたものが、これ以上なく美しく、記憶の中で鮮やかに色づいていた。

「なるほど…末期の目には全てが憎らしいほど美しく映る、ですか」

「ええ」

まるで聖母のように美しく、柔らかい微笑みを浮かべた茶髪の少女は、静かに告げる。

「私の願いは……」

◇◇◇

踏みならされた道を、一つの人影が進む。

その手には、仕事道具である小瓶が二つ握られていた。

一つは仕事の対価、『末期の目に映る風景』の記憶が入った小瓶。夕日のような優しくも激しい赤色の液体となった記憶がちゃぷちゃぷと揺れている。

もう一つは、一人の少女が抽出を願った、もう一人の少女にとっては、絶対になくしたくなかった記憶。

『赤髪の少女の中にあった、茶髪の少女に関する全ての記憶』。

人影…行商人は思う。

(馬鹿な人間もいたものだ)

と。

行商人が少し見てすぐに分かるほどに明らかに、赤髪の少女にとって、茶髪の少女はそれこそ全て、生きる理由だったのに、それを奪ってしまうなどと。

絶望?喪失感?茶髪の少女が死んだことによるそれらはもたらされることはなくなった。それが彼女の願いであり望みだったのならば、成功だ。

けれど、その選択がもたらすのは決してHappy Endなどではない。

(むしろBad Endだろうに)

けれど、それを教えてやるほど行商人は優しくなかった。

生きる意味を失った少女、もうすぐ死んでしまう少女。

その二人が相手を思いあうがゆえに選んでしまったの結末も見届けず、行商人は歩を進める。


短編な感じで続きます!

よろしくお願いします!

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