【その2 融合編・後篇】
5 佐倉実籾と夕狩実李
夕狩は佐倉を校舎裏に連れ出した。
「さぁゆっくりお話ししましょ」
「何の話しよ?」
「将也クンのこと。アンタ将也クンのこと好きなんでしょ、」
「ありえないわよ」
「ほんとうに?」
「・・・・・・」
「ほら、やっぱり」
「だとしても、どうだって言うの?」
「アンタ、ウザがられてるよ」
「成田クンがそう言ったの?」
「将也クンはそんな酷いこと言わないわ」
「じゃあアナタの言い掛り?」
「将也クンを見ていれば分かるわ。前は部活に行くときはヤルゾーって感じだったけど今はそうじゃない。アンタが面倒を掛けるから」
「想像で人を非難しないでよ」
「まだ分からないの!?今は大会前で大切なときなのよ!それをあんな役に立たないことに将也クンを付き合わして!」
「アナタ、空手のことが分かるの?」
「アンタ、本当に空手でしか将也クンとの繋がりないんだねぇ」
「・・・」
「空手のこと、ある程度だったら分かるわ。だって私、ブンヤだもん」
「ブンヤ?」
「と言うよりアンタ、男子のことまるで分かってないのねぇ~」
「(ん・ん・ん・ん・ん・ん・ん・ん・・・)
「ともかく将也クンに面倒を掛けて欲しくないの!」
「アナタ、何様よ!」
「将也クンのカノジョだよ」
「話にならない」
「じゃあ、こうしましょうよ」
夕狩は右手を差し出した。
「?」
「私たちお友だちにならない? 名前も同じ漢字だし。ハイ、握手」
「・・・ハァー!?・・・」
「お友だちならお友だちのカレシに面倒掛けないよね?」
「お断り! アナタ、私がキライなタイプ!」
「お互い様だよ~! 気が合うね、だから、ね、握手!」
「アナタに成田クンの何が分かるのよ!」
「やっとホンネが出たね! 私だって知ってるよ~、 誕生日や食べ物の好み、好きなマンガ、暇なときは何をしているかとか」
「何してるの?」
「教えてあーげない、」
「(ムカツク!!)」
「今、私にムカついたでしょう!!」
「~~~~~」
「いいよ、殴っても。あっ心配しないで。誰にも言わないから !!」
その言葉が終わると同時に佐倉は夕狩の鼻柱に正拳突きを放った。もちろん寸止めで。
「アナタ?」
「平気だよ」
普通の人間なら目の前に何かが来ると反射的に眼を閉じる。
しかし夕狩はずっと佐倉を見詰めたまま眼を閉じなかった。
「こんなヤクザ紛いな事を怖れていたらブンヤは務まらないのよ」
「私たち、お友だちになれそうにないわね」
冷たく言い放ったつもりだったが、
「同ー感ー! でも将也クンに面倒掛けたら次は許さないからね!」
実李はオチャらけた口調で更に冷たさを醸し出した。
実籾は眉を顰めて「どっちがヤクザよ」と言うと、
実李の顔から笑顔が消え冷たい表情になり「私、アンタにちゃんと言ったからね」と言って、
夕狩実李は佐倉実籾に背を向け校舎入口の方に去って行った。
その日から部活で佐倉は成田に組手をせがまなくなった。
佐倉は思った。
憎らしいが確かに夕狩さんの言う通りだ。今は試合用のポイントを取り合う組手練習が大切な時期だ。
倒す倒されるのガチンコの組手は試合には何の役にも立たない。
佐倉も自分の練習をポイント用に切り替えた。
すると今までは遠巻にされていた感じだった1年生も「先輩、先輩」と色々相談してくるようになった。
「ヨッシャ、もう一本来い!」
成田も活発に組手の練習をこなしている。
佐倉は自問自答する。
らしくさせていなかったのは自分だったのではないか?
夕狩実李、思い出すだけでも、ウザい、小憎らしい、イヤなオンナ・・・
でも自分にはないものを持っていることは認めざるを得ない。
お昼休みは2人で夕狩の手作り弁当を食べているらしい。
毎週週末は2人で何処かに出掛けているらしい。
こう思うと胸の中がモヤモヤしてくる。
考えないようにしようと思っても、道場にいる成田が目に入るとモヤモヤしてしまう。
こんな気持ちはイヤなので、佐倉はそのモヤモヤを打ち消すように巻藁突きを始めた。
女子なので拳サポを付けて突くが威力は確実に鍛えられる。
同じ動作を左右繰り返すだけなので集中できる。
ふと気が付いたら30分くらい突いていた。
フゥー・・・
しかし佐倉はは自分がどんな形相で巻藁を突いていたかは気付いていない。
しかもその形相が周囲をドン引きさせていたことも。
新聞部部室。
数人がパソコンを使って記事を作成している。
キーボードをたたく音だけがする静かな部屋だ。
その中にデスクの上に上半身をつっ伏している女子生徒。
夕狩実李だ。
「実李、どうしたの?」
榊原部長がその肩を揺する。
「あい」
夕狩がダルそうに顔を上げる。
「今日は元気ないじゃない。どうしたの? 成田君とケンカでもしたの?」
「相手は成田君じゃありません。でも疲れマチタ・・・」
再びデスクにつっ伏す夕狩実李だった。
6 成田将也
最近、成田は気が付いた。
夕狩実李が持って来るお弁当はいつもカラフルだ。
白飯、肉または魚、色々な赤い野菜、様々な緑の野菜、そして白色または茶色の野菜、卯の花、ヒジキや昆布などの海藻類。これはいわゆる完全食品というものではないか?
お陰で空手も以前より調子良く練習できるようになった気がする。
これは夕狩実李に感謝するしかない。
「夕狩さん、今度の土曜日に映画を観にいかない?」
「うん、いいよ。何の映画?」
「・・・・・・・」空手バカな自分が情けない。
「アニメだけど『世界の片隅で出会ったふたり』っていう映画、評判良いみたいよ」
「じゃあ、それにしよう。それからさ、映画のあと、何か甘いもの食べようよ」
「うれしい」
「それで、あの、悪いんだけど、どこのお店が美味しいか教えてくれないかな。あの、映画も甘いものも、あ、今はスイーツって言うんだっけ。オレ、あんまし詳しくないから。」
「お任せ下さい」
「映画もスイーツもオレが奢るよ。いや、奢らせて下さい。夕狩さんにはご馳走になってばかりだからさ、せめてもの恩返しというか・・・」
夕狩はイタズラっ子っぽい笑顔で成田を見詰め、
「ならばもうひとつ、ご褒美がほしいなぁ」
「いいよ、何でも言ってくれ」
「じゃあ・・・成田君のこと将也クンて呼んでいい?」
「いいよ」
「それから将也クンは私のことを実李って呼んで頂戴」
「わかった、実李さん」
「ちがう、実李、み・の・り!」
「なんか照れる」
「ご褒美くれるんでしょ」
「わかった、実李、今度の土曜日一緒に映画とか観に行こう」
「はい、喜んで」
土曜日、2人は映画を観てスイーツを堪能した後、実李がレジャーランドの夜のパレードを見たいというので訪れた。
「門限とかあるんじゃないのか?」
「うん8時まで。でもまだ4時だから帰宅時間は1時間とみて3時間は楽しめると思う。」
休日のレジャーランドは大勢の人がいた。
「あの、はぐれないように、あの、手を繋いでもいいかな?」
将也は正面を向いたまま言った。耳が赤くなっている。
実李も将也を見ることなく「うん、いいよ」と自分の手を将也の手に預けた。
レジャーランドの夜のパレードは光と音楽のワンダーランド。
将也はその迫力に圧倒された。
「実李はこういうとこ、良く来るの?」
「たまに、かな」
「オレは小学生以来だ」
「今日はどう?」
「楽しい!」
と言った拍子に将也は実李の手を少し強く握ってしまった。
「ごめん、痛かった?」
「んーん、ご心配なく」
そして実李は頭を将也の肩に寄り掛けた。
実李の香りが将也に伝わる。
すると将也の心拍数が上がり始め、パレードの様子は目には映るのだが、頭が何を見ているのか理解できない状態になる。
ただ感じるのは言葉では表現できないホンワリとした気分、いつまでも続いて欲しいと思う気分。
気が付いたらパレードは終わっていた。
「じゃあ、帰ろうか」
「はい」
「今日はありがとうな」
「そんなこちらこそ」
将也は実李の家のある駅まで送った。
翌日の日曜日は特に予定はなかった。
前日は朝から夜まで遊んだので今日はしっかりと自己練習をするつもりだ。
あと少し勉強も。
朝10時頃、佐倉からメールが来た。
今日道場は休みだから一緒に練習しよう、という内容だった。
でもなぁ~ 佐倉の道場に行くには電車で三つも先の駅に行かなければならない。
「今日は1人で練習する」と返信したら、
即座に「リア充爆発しろ!」という返信が来た。
なぜ爆発?
これが実李が言っていた「非リアからの迫害」なのか?
将也は自分からメールを発信することは滅多にない。
その日、実李からのメールは来なかった。
月曜日、朝のホームルームで担任教師が言った。
「今朝は校長先生から全校生徒に向けた放送があります。」
暫くするとスピーカーから校長の声が流れてきた。
「報道されているので一部の方はご存知かもしれませんが、昨日、当校の生徒が亡くなりました。
2年E組の夕狩実李さんです。通り魔殺人事件に巻き込まれたのです。
警察からの説明では夕狩さんは勇敢にも犯人の犯行現場を写真撮影し、その際、犯人が子どもを刺そうとしたので自分の身体を呈して身代りに刺されてしまったとのことです。
皆さん、ここに夕狩実李さんのご冥福を祈って1分間の黙祷を捧げましょう。
では、黙祷・・・・」
成田将也はただただ愕然とするしかなかった。
7 融合
夕狩実李のお通夜の日、成田将也はセレモニー会場「夕狩家」の中にいた。
本来は学校から同じクラス2年E組の生徒と新聞部部員のみが参列する予定だったが、新聞部部長 榊原琴里が学校と掛け合ってくれたので、成田将也も参列することができた。
御焼香を上げる順番としては新聞部8名の学年順、E組の出席番号順となり、将也は一番最後の御焼香となった。
遺影の前で合掌する将也。
なんで実李が死ななきゃいけないんだ。
というよりオレさえ付いていればナイフを持った奴なんて簡単に捻じ伏せられたのに。
実李がこんな目に遭っていたときオレは何をしていたんだ。
悲し涙だか悔し涙だか分からない涙が滲み出てくる。
「あなたが成田将也さん?」
喪服を着た女性が将也に問いかけた。
頷くと
「実李の母です。成田さんには実李が大変お世話になったそうで・・・」
「すいません・・・オレさえ付いていたら、あんな犯人に実李が・・・夕狩さんが刺されることはなかったのに。ほんとうにすいません」
実李の母親に頭を下げると、やはり喪服を着た男性が
「娘は男を見る目があったようだな。ありがとう、成田君」
優しく肩を叩いてくれた。
「実李の顔を見てやってくれませんか?」
実李の母親に促されて柩の中を覗いた。
そこには実李がいた。
やすらかな表情でまるで眠っているように見えた。
しかしその顔は人形のように微動だにしない。
「実李は将也クンが将也クンがって毎日楽しそうに私に話していたのよ。主人は微妙な顔をするから遠慮していたみたいだけど…」
すると実李の父親が
「成田君、今日まで実李を大切にしてくれてありがとう。感謝する」
と頭を下げてきた。
「いえ、オレ、いや僕こそ夕狩さんにはいつも元気をもらっていましたから」
腰を直角に曲げてお辞儀を返した。
「さぁ、そろそろ失礼しましょう。成田君」
榊原部長が成田の背中を片手で抱くようにして会場の外まで移動させてくれた。
お通夜からの帰り道、成田はまだ実李の死が実感できないでいた。
そういえばこの道、学校から帰るときに実李と一緒に歩いたな。
『将也クン』
実李の声が聞こえたような気がした。
将也は立ち止まり振り返ったが誰もいない。
空耳かな。そうだろう。だって実李は死んだのだから。
『将也クンってば!』
左右を見ても誰もいない。
『上を見て』
顔を上げると夕狩実李が宙に浮いていた。
???
実李は将也の前にスゥーっと降りて来た。
『良かった、将也クン、私を視ることができて・・・』
「実李・・・生きていたのか?」
『ごめんなさい。死んじゃった』
「だって・・・今、ここに・・・」
『将也クン、私にキスしてください』
「は?」
『明日になれば私の身体は荼毘に付されてしまいます。
そうなったら今度こそ将也クンに会えなくなってしまいます』
実李は目を閉じて顔を将也に向ける。
将也は実李の身体を抱いたが温かかった。それにあのときの香りもした。
将也はゆっくりと自分の口を実李の口に重ねた。
甘い感じがした。
すると
『ありがとう。これで私はアナタの中で活きていける』
頭の中で声が聞こえた。それと同時に温かさや香りはなくなった。
『これでアナタと私はいつもいっしょだよ』また頭の中で実李の声がした。
「そうだな」将也は素直にその声に応じた。
翌日、部活のときに将也は違和感を覚えた。
相手の動きが複眼的に視える気がするのだ。
自分の目は相手の目を中心に全身の雰囲気を察するのだが、相手の目を見ると同時に相手の背中が見えたり、相手の膝が横から見えたりして、相手のこれからの動きが手に取るように分かるのだ。
ワープの成田、相手が動く前に相手の死角に廻り込み攻撃すれば、全て高得点ポイントとなる。
よく成田の組手をする坂木すらネを上げた。
「成田ぁ~、たまには打たせててくれよ~」
「成田クン、いいかしら?」佐倉実籾が名乗りを挙げた。
お互いに礼をして構える。フットワークはない。
最初からガチンコだ。
「おいおい、お前ら」吉田が2人の間に割って入る。
「大会前にケガなんてカンベンしてくれよ」
成田は構えを解いた。
「逃げるの!」佐倉が大声を上げた。
成田の眼付きが変った。冷たい光を放ち始めた。
成田は構えをとる。
「おい、成田! え?」
成田を抑えようとした吉田は硬直してしまった。
威圧感がハンパなかったのだ。
「いくよ!」佐倉が左順突きで様子を窺う。ボクシングのジャブのようなものだ。
しかし左拳先には成田の姿はなく、
ゾクリ
と背後に殺気を感じた。後方に右肘打ちを放ちそのまま腕を伸ばして拳鎚打ちに繋げる。
腕に何かが掠ったがそれよりも自分の脇腹肝臓の辺りに違和感がある。
見ると騎馬立ちになった成田の右肘が当たっていた。
「クゥゥゥゥ」
佐倉は息を低く吐きながら前蹴り回し蹴り後ろ蹴りと左右の蹴りで成田との距離を取ろうとする。
しかし成田は蹴りを退って躱すのではなく左右に避けるので距離は広がらない。
距離が広がらないなら!
手技を色々繰り出してみたが全てギリギリのところで躱されてしまう。
「ハァー、ハァー、ハァー」佐倉の息が上がってしまった。
対する成田は汗一滴かいていない。ただ蔑むように佐倉を見下ろしている。
この感じ、どこかで感じたような・・・
佐倉は負けを認めるしかなかった。
成田は以前より無口になった。
時々ボーッとしている。その時は何故か楽しそうに口元が緩んでいる。
1年生は怖がって成田と距離を置き始めた。
そして県大会が始まった。
総南高校は運悪く初戦で強豪校、八俣東洋学園高校に当たってしまった。
団体戦では先方吉田が勝利、次鋒今井が引き分け、中堅坂木は判定負け、副将安崎(3年)は引き分け。
つまり勝負は大将である成田将也に委ねられることになった。
八街東洋学園の大将は190センチ以上の巨漢だった。
両者はコート中央でお互いに礼をする。
審判が「始め!」と試合を開始させる。
八街東洋学園の大将、篠塚はフットワークを使い始めたが成田は動かない。
「舐めやがって!」
篠塚は成田に上段回し蹴りを放った、つもりだった・・・が、訳の分からない衝撃を受けて目の前が真っ白になった。
「止め!」審判が試合を止めた。篠塚が膝から崩れるように倒れたからだ。
篠塚の回し蹴りが届く前に成田が放った上段追い突きは一部審判にしか見えなかった。
コートに医師が上がり篠塚の容態を見ると顔色を失った。
会場がざわめき始める。
篠塚は死亡していた。
VTRで何度も様々な角度から成田の突きを調査したが、成田は当てていなかった。
篠塚の顔を見ても打撃痕はない。
よって反則事故ではない。
結局は原因不明の事故として試合は総南高校の勝利となった。
後味の悪い勝利だった。
8 成田将也と夕狩実李
『将也クン、完全勝利でしたね』
「いや、運が良かっただけだよ」
『運も実力のうちって言われてるよ』
しばしば将也の頭の中に実李が話しかけてくる。それは将也にとって楽しい時間となっている。
周囲はそんな成田を怪訝に見ていた。なにしろ相手は死亡したのだ。
なぜそんなに平然としていられる。
2回戦目、相手は特に名のある高校ではない。
先方、次鋒、中堅が連続して勝利して2回戦突破。
副将戦、大将戦は消化試合のカタチとなった。
先程のことがあったせいか、成田将也が試合コートに上ると会場はしーんと静まりかえった。
それが相手校の大将にプレッシャーとなった。
成田との試合が開始されても相手校の大将はフットワークを使って逃げ回るばかり。
審判から注意を受けても逃げるので成田の判定勝ちとなった。
副将も勝利していたので5人全勝で3回戦に進出。
『将也クン、ひとりだけ活躍できなくてザンネンだったね』
「しょうがないよ。たまにああいうヤツもいるから」
『そうなの? でも今度はきっと活躍できるよ』
「あぁ任しとけ」
この時の将也は傍から見るとボーッとしているようにしか見えない。
3回戦目、準決勝だ。自己記録更新に部員の熱気も上がる。
先方吉田が勝利、次鋒今井が判定負け、中堅坂木は勝利、副将安崎(3年)は判定負け。
またしても試合結果は大将戦にかかることになった。
「始め!」
今度の相手校の大将は果敢に成田を攻め続けるが成田はすべて躱してしまう。
今度は成田が試合に積極性がないとの注意を受けてしまった。
試合が再開される。
相手が技を仕掛けようとしたそのとき、成田の蹴りが相手の鳩尾に放たれた。
当てていない。
しかし相手は腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。
ハァー、ハァ―、ハァー、と荒い呼吸。顔が見る見る青ざめていく。
審判が試合を止めた。
過呼吸症候群を起こしていたのだ。
相手校監督はこの試合を棄権した。
念のためVTRにて成田の蹴りを確認したが、成田は当てていない。
総南高校の勝利となった。
総南高校、決勝戦進出である。
相手は八俣東洋学園と並ぶ強豪校、鮒橋南高校だ。
先方吉田が判定負け、次鋒今井が判定負け、中堅坂木は判定勝ち、副将安崎(3年)は引き分け。
今度も大将戦に勝利がかかった。
だが成田将也が試合コートに上っても相手選手は上がって来ない。
相手高校の監督と何やら揉めているようだ。
ようやくコートに上ってきた。
「始め!」
「とりゃぁー!」
開始と同時に相手選手は気合声を上げた。
フットワークで成田の周囲を動きながら攻撃を仕掛けるが成田は尽く躱してしまう。
「エイヤー」
相手はまた気合声を上げた。
「セイヤ―」
技を掛けていないのに気合声を上げる。
成田はなんかウザいと感じ始めた。
ウルセーんだよ・・・
そんな目で相手を見たら、
ヒ!
相手の動きが止まった。
その隙に成田は上段回し蹴りを放つ。もちろん寸止めした。
するとまたしても相手はヘナヘナと倒れてしまった。
「一本!」
審判が宣言し総南高校の勝利が確定した。優勝だ。
しかし相手の選手は起きてこない。
医師がコートに上り選手を診察すると深い溜め息をついた。
またも選手が死亡していたのだ。
総南高校は大会優勝旗を得たが会場の拍手はカタチばかりのものだと全ての部員が感じていた。
女子の試合では下馬評通り佐倉実籾が形試合で優勝した。
(女子は部員数の関係で団体が組めない。)
帰りの電車の中、部員は誰も口を開く者はいなかった。
優勝凱旋だと言うのに。
将也は皆と少し離れた電車のドアの近くに立って外の過ぎ行く景色をボーッと眺めている。
『将也クン、やったネ!』
「ありがとう」
『すごくカッコ良かったよ。今日の将也クンの活躍、一生忘れないから、って私、死んでました~』
「いや、実李はオレの中で活きているんだろ」
『・・・私、将也クンに出会えて良かった。こんなに大切にしてくれて・・・』
「ヨセやい、今さら」
「この電車もレジャーランドに行くとき実李と一緒に乗ったな」
これは将也自身の考え。
時々、将也の記憶の中に実李の記憶が入り込んで来ていることに将也は気付いていない。
もしかしたら実李も自分がそうしていることに気が付いていないかもしれない。