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オマエと俺 アナタと私    作者: 志多滝埼可
1/6

【その1 融合編・ 前篇】

1 成田将也と佐倉実籾


県立総南高等学校・空手道部、男子14名、女子5名、合計19名。

部員数は柔道部、剣道部ほど多くはないが、決して小さな部ではない。

しかし実力は県大会ベストフォーがこれまでの最高成績。インターハイに何度か出場している柔道部や剣道部と比べるとどうしても見劣りしていた。

いた? そう過去形である。今年の総南空手道部はインターハイを狙っている。


それは去年入部した成田将也(なりたしょうや)佐倉実籾(さくらみもみ)


成田は10歳頃から町道場で空手を習い始めて中学生になっても続けていたそうだ。中学1年のとき初段を取得、3年のときに二段位を取得した。

身長175センチ、体重68キロ、空手選手としては中肉中背といったところ。だが天性の瞬発力は他の追随を許さない。この能力により他校から付けられた二つ名は「ワープの成田」。


もう一方の佐倉は家が空手道場を経営していて、そこの師範である父親から物心ついた頃から習っていた。母親は父親の弟子だったそうだから、佐倉実籾は空手道のサラブレットだと言える(こちらも二段位)。

身長165センチ、体重52キロ。小顔で手足が長く見えるそのスタイルはアスリートと言うよりモデルのようだ。


空手道は柔道や剣道と異なり統一されていない。流派により技が異なる。ちなみに2人の流派も異なっていた。

そして2人とも町道場出身だ。去年入部したばかりの頃は、2人とも高校生空手の試合ルールに慣れておらず、試合慣れしている先輩たちからポンポン「技あり」や「一本」を取られていた。

これが良い刺激となった。

2人とも性格が素直で経験者振ることはなかったから先輩たちから(良い意味で)可愛がられ、高校生空手のルールに慣れるよう、男子・女子先輩たちが熱心に指導した。また2人の同期となる男女部員たちも見処(みどころ)がある者ばかりだった。まさにこの年は新人の豊作だった。


今年、これら新人は2年生となり「先輩」と呼ばれるようになった。

今年は形・組手ともにこの2人を軸に県大会を突破できる勢いが総南空手道部にはある。

1年生の仮入部期間も終わった。男子4名、女子2名が入部した。


部活終了後の部室での雑談。

「よぉー、成田ぁー、帰りにラーメン食ってかね?」と今井圭太(いまいけいた)

「そうだなぁー。おい吉田と坂木はどうする?」

「行くに決まってんじゃん」と坂木龍介(さかきりゅうすけ)

「オレ、今日はパス。金欠だ。」こっちは吉田泰弘(よしだやすひろ)だ。

「心配するな。オレがスーパー特大大盛り、挑戦して賞金ゲットするから」成田が誘うと、

「オメェーに奢られたくねぇなぁ。ならば自分で挑戦するわ!」吉田が応える。

道着を脱いだ彼らの身体は全身これ筋肉で締まっている。


駄弁だべりながら部室を出る2年生の後ろに1年生4人が黙って付いて来る。3年生は受験のため部活が終わればサッサと帰ってしまう。

ちなみに部室は一部屋の真ん中に壁を”継ぎ足し建築”してもらい男女別々になっている。出入り口も別々だ。女子側が鍵付きの本来のドア。男子側は仮設ドアで鍵は南京錠を使用している。


「ねぇねぇラーメンて聞こえたんだけど私たちも混じりたいな」

部室の外に佐倉実籾がいた。1年生女子を従えている。

2年生女子は佐倉がリーダー格となっている。

練習中は後ろに縛っているロングヘアーを解くと女性でも憧れそうな端正な顔立ちの綺麗な女子高生。

空手をしているから宝塚男役の美しさかと思うかもしれないがそんなことはない。ヒロイン役の方が似合いそうだ。

ただ目の輝きからは気が強そうな性格に感じる。


更に家が道場を経営しているせいか人に教えるのが上手いので、男女とも1年生は皆佐倉になついている。

「みんな安心して。今日のラーメンは私ら先輩の奢りてってことにするから」

吉田が佐倉の腕を引き小声で話す。

「ちょい待てよ。俺たち先輩は5人、対して1年は男4人に女2人の6人だぞ。金、足りんのかよ」

「大丈夫。私もスーパー特大大盛り挑戦するから。1年たちには普通の大盛り食べさせれば私ら3人の賞金でトントンになるじゃない。」

吉田が驚き顔で、

「佐倉、お前、食いきれるのか?」

「大丈夫、佐倉ならラクショー、ラクショー」

成田がチャチャを入れると佐倉はすかさず成田にローキック。

「痛てぇ!」

これはいつものふたりの戯れ合い。気にする者はない。


「新聞部デース!!」

1団の前に長い髪をポニーにして赤色の下縁メガネをかけた女子、新聞部部長、榊原琴里(さかきばらことり)が現れた。その後ろにはカメラを持った女子がいる。

「今年の総南空手道部は勢いに乗っているそうで県大会の気合加減を教えて下さい。どうですか?優勝狙ってますよね。インターハイ進出は期待して良いのでしょうか!!」

矢継ぎ早にまくし立てる。

そのとき成田のほうからキューッと変な音が聞こえた。

カメラを持つ女子がクスリと笑う。

「そういうことは部長に聞いてくれよ」

吉田が応える。空手の実力はともかく成田は性格がマイペースなので、二年生のリーダー格はこの吉田泰弘が(にな)っている。


「いやいや、その部長さんが・・・」

榊原が腕を組み眉間にシワを寄せ

「我が部の主力はもう二年生たちだから」

と重々しく言う。空手部部長のマネをしているらしい。

「オレ、ハラ減ったぁ~」成田が大声を出すと

「オレも」「オレも」

と一団は榊原琴里の両脇をすり抜けていく。


「ちょっ・・・ちょっと待って下さい。実李(みのり)! 写真撮った? えぇまだ! じゃあ皆さん集合写真だけでも」

赤色メガネ榊原琴里は再度1団の前に立ち頭を下げる。

「いいんじゃない。写真くらいなら」

「そうだな」

成田に吉田が答えて皆が集まる。


カメラ担当の女子は何も言わずカメラを構えてピカッとフラッシュ。

そして左手人差し指を立てる。もう一枚ということらしい。

再びフラッシュ。

これで終わりかと思ったら、カメラ女子はまた指を立てた。

今度はカメラをいろいろ操作してフラッシュ。ペコリと頭を下げる。

「じゃあ行こうぜー」

吉田を先頭に空手道部一団は校門へと向かった。


その後ろ姿を見ながら榊原がカメラ女子に言う。

「ねぇー実李、最後の1枚は私的に撮影したんでしょ」

その顔はニヤケている。

「そんなことはありませんよ」

カメラ女子、夕狩実李(ゆうかりみのり)はすまして答えた。


2 下駄箱


「あれ? これって・・・!?」

ある朝、自分の下駄箱の前で成田将也はキッチリ5秒間、固まった。

自分の上靴の上に封筒が置いてある。

これは多分アレだ。将也は眉間にシワを寄せる。だが口元は緩んでいる。


将也は左右を見て人がいないことを確認すると封筒を素早くブレザーのポケットにねじ込み、今度は出来るだけフツウに上靴を履き履いて来たスニーカーを下駄箱に入れる。

彼は左右を確認したが下駄箱場の数メートル先にある階段上部は見ていなかった。

だから将也はその一部始終を佐倉実籾が目撃していたことを知らない。


どこで読もうか?

この封筒の中身はアレかもしれないのだ。とうてい昼休みまで待てない。

しかし朝の予鈴まであと・・・15分もない。

でもせっかくのアレをトイレなんかで読むのはイヤだ。初めてもらったモノだから。

男子だってそれくらいの気遣いはある。

あそこにしよう。


将也は階段を駆け上った。屋上に出るドアのある踊り場。あそこなら人は滅多に来ないし、読んだら直ぐに駆け降りれば遅刻することはないだろう。

将也は一向(ひたすら)に駆け上がった。何人かの生徒を追い抜いた。追い抜いた生徒のひとりに佐倉実籾がいたことには、もちろん気付いていない。

屋上ドアの前で右手でポケットから封筒を取り出すと思わず左手でガッツポーズ。


「成田将也さま」

封筒に書かれたこの字は間違いなく女子の字だ。

封筒の裏には何も書かれていなかった。

おそるおそる封を開け手紙を取り出し、読む。


成田将也さま

もしわたしでよかったらおつきあいをしてくれませんか?

夕狩実李


だれ、夕狩実李って? 暫し考えたが思い当たらない。

いけね、もう時間だ。

手紙を封筒に入れ直し、カバンの一番奥に押し込んで、将也はダッシュで教室を目指した。

四階建ての校舎。2年生の教室は三階にある。


「っと! 危ねっ!!」

人とぶつかりそうになり将也は両の足に急ブレーキを駆ける。

三階の階段を降りたところに佐倉実籾が立っていたのだ。

「危ねぇーな、何でこんな所に立ってんだよ、佐倉」

「成田クン、何か嬉しそうね」

「んなことねぇーよ」

「鼻の下、伸びてるわよ」


その時、予鈴が鳴り始めた。

「じゃあ、また部活でな」

将也は教室を目指した。ギリギリでセーフだった。


自分の席に着くと将也はクラスの女子の名前をひとりひとり思い出す。

夕狩実李という名前の女子はこのA組にはいない。

空手道部では? 1年生を含めていない。

では違うクラスか?

全校生徒は914名。女性はその半分弱の450名。

全校生徒名簿は有るのだろうが、個人情報ということで教師か生徒会役員くらいしかこの名簿閲覧の許可は下りないだろう。

せめてクラス名を書いてくれれば良かったのにな・・・


教師や生徒会役員に「夕狩実李さんて誰ですか?」なんて聞こうものなら絶対に理由を問われる。

理由を言えば夕狩さんは恥をかくことになりかねない。

将也はこの手紙に対する返事のしようがないことに途方にくれる。

授業中、その事ばかりを考えてみたが、どうしようもないと結論にしかたどりつかない。

部活が始まる頃には、これは何かのカラカイとかドッキリとかなんかじゃないか? と考えるようになった。

部活のとき佐倉実籾はさり気なく成田将也を見ていた。

いつもと変わらない。そんなわけない!


1年と少し前、

「よぉ、佐倉じゃねぇか!?」

「成田クン?」

高校入学式の時に初めて2人は同じ高校に進学したことを知った。

以前から2人はお互いを知っていた。

空手道場の交流会、県内の子どもが出場するわんぱく空手大会、全空連・県支部主催の昇級昇段審査。

何度も会っていた。

それに2人とも空手天才キッズの異名を馳せていたから、市内で何かの催し物があるときは大人から形の演武をさせられたりしていた。

そうは言っても小学校、中学校は違ったし空手以外の理由で会うことはなかった。


だから入学式の時に話しかけられた佐倉は

「成田クン、カッコ良くなった…」

と密かに頬を染めていた。

でも成田は相変わらずのマイペース、自分をどう思っているのか分からない。

こちらから告るのは…何かイヤだと思った。

せっかく空手道部のある学校に入学したんだし、成田クンも空手道部に入るだろうし空手の練習に専念するほうがモヤモヤと悩まずに済む。

そう思ってこれまで過して来た。


「成田クン、私の組手の相手になってくれない?」

準備体操と基本技稽古が一通り終わったとき佐倉は成田に言った。

「なんだよ、いきなり?」

「いや?」

「いいよ。」


2人は拳サポ(拳を守る防具)と佐倉のみメンホー(顔面を守る防具)を被る。

この部では何故か男子と女子が組手をするときは男子はメンホーを付けないという習わしがある。

「「お願いします」」

お互いに立ち礼をした後、

「いつでもいいぜ」

成田はフットワークをしながら右拳を突き出す。佐倉も自分の右拳を突き出しタッチする。

これが組手開始の合図となる。


両者はフットワークをしながら相手の出方を見守っていたが、

フュッ!

佐倉が突然右後ろ回し蹴りを繰り出す。成田はそれをスゥエーで躱す。躱した上体を戻すと同時に刻み突き一閃。

一発目が佐倉のメンホーを(かす)る。

成田はそのまま横蹴りにつなげ佐倉を自分の背後に廻り込めないようにする。

やはり強い。

佐倉は思う。自分は英才教育を受けたかもしれないが、成田のは違う。

天性のものだ。


佐倉はフットワークを停めて夫婦手(めおとで)の構えをとった。

すると成田もフットワークを停めて両掌を前に構える前羽(まえば)の構えをとる。

これでポイントを奪い合う競技空手ではなくなった。

佐倉は前に出ている左足を前に滑らす。

キュッ

しかし成田は音に動じない。フェイントは通じない。


イァー!!!

佐倉は前手の夫手(おとこで)を成田の片羽の手に掛けて隙間を()(あけ)けつつ後手の妻手(つまで)を成田の顔面に突き込む。

しかしそこには成田の顔はなく、代わりに右足が自分の顔面に飛び出して来た。

成田は自分の左手をつかむ佐倉の夫手の力の方向に併せて自身の身体を旋回させたのだ。

公相君(クーシャンクー)小の形の最後の方に有る技である。

成田は右足を佐倉の顔に当てずにそのまま直地し、側転して立ち上る。

佐倉は構えを解くしかなかった。


「…さすがね」

「いやいやいや…」

道場内の部員から拍手が起こる。


いつもの成田クンだ。

佐倉はホッとすると同時に自分が情けなく思えた。

ラブレターをもらって舞い上がった成田クンをトッチメテやろうと思った自分を。

その後は通常の練習をみっちりやって下校となった。


みんなで最寄りの駅に向かう途中、

「オレ、ちょっと忘れ物。学校に戻るわ」

成田が突然に来た道を戻り始めた。



3.夕狩実李


成田は皆で駅に向かう途中、感じていた。

何か靴がヘンだ…

右足つま先辺りに変な詰め物みたいなものがある感じだ。

立ち止まり右靴を脱ぎ中に指を入れると紙屑が入っていた。

紙屑ではない。便箋の切れ端だ。

拡げてみると

「急で本当にごめんなさい。部活が終わったら校舎裏に来てください。待ってます。 夕狩実李」


あの子だ。

成田はできるだけ冷静を装いつつ

「オレ、ちょっと忘れ物。学校に戻るわ」

と言い来た道を引き返した。


最初は普通に歩いていたスピードが次第に速くなる。

部活が終わってから部室で少し駄弁ったから、もう30分は経っている。

最後は殆ど走るように校舎裏に廻ってみると、1人の女子生徒が俯き加減で立っていた。


どこかで見たような顔?

身長は高くない。自分の胸くらいしかないから160センチ前後だろう。

髪の毛は両肩くらいで内側に軽くカールされている。

やや長い睫毛でやや吊り目がちだが鼻筋は通っていて小さな赤いくちびる。

いわゆる「かわいい系」の顔立ちの子の表情が成田を見ると花が咲いたようになった。


「来てくれたんだ!」

「・・・うん」

「この前はごめんなさい。返事がないなぁなんて思ってたけど、名前だけじゃ分からないよね」

「・・・いや…オレも・・・何かすべきだとは思ったけど、思い付かなくてさ」

「そんなことないよ。わたしっていつも肝心なことが抜けるんだよね。だから新聞部でも記事は書かせてもらえなくてカメラ担当ばかり」

「あ、あの時のカメラ女子!」

「・・・ひどい、顔見ても分からなかったの?」

「わるいわるい」

「うそうそ、成田君は悪くないよ。わたしって地味だから」

「そんなことは・・・ないと思うけど」

「ほんと、うれしい」


こう言うと夕狩実李は成田に頭を下げて右手を差し出した。

「わたしと付き合ってください」

「男女逆じゃねぇか」

成田は苦笑しながら夕狩の手を握った。

すると夕狩は笑顔を大爆発させて「やったぁー!!」とピョンとジャンプする。

「本当にオレなんかでいいのか?」

「何でそんなこと言うの? 成田君カッコ良いよ。成田君のカノジョになれたら友達に自慢できるくらいなんだよ」

「じゃあ、宜しく御願いします。」成田は夕狩に頭を下げる。

「こちらこそ不束者(ふつつかもの)ですが宜しく御願いします」夕狩も頭を下げる。

「じゃあ今日は帰ろうか。もう遅いし」

成田が言うと

「そうだね。一緒に帰ろう」

夕狩が答える。

2人は並んで歩きだす。


その直後に校舎裏の角から素早く木陰に身を隠す影がひとつ。

「明日も組手をやらないとダメみたいね」

その影は佐倉実籾だった。

急に戻る成田をそっと追いかけてきたのだ。

女のカンは恐ろしい。


翌日の佐倉はローテーションで成田と組手をした。

1回2分で相手を変えていくやり方だ。

佐倉は顔を(しか)めている。

案の定というか、今日の成田クンの組手には(プレッシャー)が全く感じられない。

盛んに攻めているようでも一突(ひとつ)一蹴(ひとけ)りが軽くて「一本を獲る」という感じが全くない。

攻撃が浅すぎてこちらは(さば)くことも()なすともできない。

なんかハラが立って来た。

佐倉はフットワークを停めて前羽の構えをとった。

成田は一瞬意外な顔をしたがフットワークは停めない。

佐倉は成田の前手を掴むと身体をクルリと回して間合いを詰める。平安(ピンアン)三段の技だ。

そのまま右肘を成田の顔面に飛ばす。


現在の空手の試合では肘を使うことは殆んどない。

これはさすがに成田も意表を付かれた。スェーして躱そうとしたが佐倉の肘先が成田の鼻先を(かす)った。

()め!」

審判を勤めていた吉田が組手を停める。成田の鼻から血が流れポタポタと床を濡らす。

「・・・らしくない!」

佐倉は成田を一瞥すると道場の隅の棚にある救急箱を取り

「はい」

脱脂綿を成田に渡した。

成田は黙ってそれを受け取り鼻に詰めた。

佐倉は雑巾を絞り成田の鼻血で汚れた床を掃除する。

成田は黙ってその様子を見ていた。


翌日は土曜日、顧問は来ない。練習は自主練となる。

夕狩は昨日メールで成田を映画に誘っていた。

成田は快諾した。練習は夜にすれば良い。


「どうしたの! その顔!!」

待ち合わせ場所に現れた成田将也を見て夕狩実李が声を上げた。

昨日の佐倉実籾の肘は成田の鼻の皮を少しだけ擦り剥いていたのでそこに絆創膏を貼ったのだ。

「別に心配する必要はないよ。あ、やっぱカッコ悪いかな。こんなの貼った男と一緒なんて」

「そんなことはないよ。(かえ)ってワイルドっぽくてカッコいい」


夕狩が誘った映画はSFアクション映画。ある惑星を支配する悪の帝王にヒーローが戦いを挑み無事囚われの姫を救い出すというもの。

内容はベタだが男女ともに楽しめるストーリーでCG効果が工夫されていて迫力はかなりあった。


次に2人はファミレスで食事をする。

成田がジャンボハンバーグ定食をガツガツ食べていると夕狩は楽しそうに

「成田君って食べっ振りがカッコいいね」

「普通だよ、男なら。と言うか、食べっ振りがカッコいいなんて初めて聞いた」

「ねぇ、今度お弁当作って持って行ったら食べてくれる?」

「うれしいけど、なんかワルイよ」

「乙女心わかってないなぁ。カレシにお弁当作るのは女子の憧れなんだよ」

「なら喜んで頂きます」

「やった! がんばって可愛いドカベンを作って来る」

「なぜドカベン?」


食事の後、ショッピングモールを探索し夕狩は可愛いものを探し、スポーツショップでは成田が防具やグローブをみていると夕狩が言った。

「ねぇ、殴られるとやっぱり痛いんでしょ」

「痛いっちゃ痛いけど、まぁ試合中は夢中であんまり気にならないな」

「すごいんだぁー」

「ふつうだよ」


帰りの電車の中で夕狩実李が聞いた。

「あの佐倉実籾さんて言う人、強いんだよね」

「あぁ女子ではかなり強い方じゃねぇーかな」

「成田君とではどちらが強いの?」

「わかんねぇーなぁ」

「えぇ、成田君なら勝てるんじゃないの?」

「いや、この傷はアイツから付けられたんだ」

と鼻の絆創膏を指さす。

夕狩実李の顔が一瞬険しくなったが直ぐに笑顔に戻し「じゃあ、佐倉さんて強いんだね」

と無邪気()()()微笑んだ。


4 お弁当


翌週から夕狩実李は成田将也のお弁当を持って来るようになった。

その初日はスマホメールで食べる場所を知らされた。校舎の屋上だった。

昼休みに屋上に行ってみると

”ここは、こんなん、だったんだ”

と思うくらい多勢のカップルが一緒にお弁当を食べていた。


「成田君」

振り向くと入口の傍に夕狩が既に来ていた。

「ここで食べましょう」

空いているところに2人で座る。


その場所は階段室の裏側で学校の裏庭が見える。

あそこで出会ったんだよな、と成田は4日前のことを思い出す。

4日前までは女の子とお昼を食べるなんて想像もしていなかった。

「はい」

お弁当を差し出される。

「ほんとにデカいな!」

「ウフフ」


蓋を開けると唐揚やマッシュドポテト、プチトマトにナポリタンの添え物、きんぴらゴボウ等々、なかなか豪勢なお弁当だ。

白飯には海苔で「ガンバッテ!」と書いてあった。

「ありがとう」

成田はひとつひとつを味わいながら残さず食べた。

本当に美味しかった。


雨の日は体育館のアリーナに来るように言われた。

そこが雨天時のカップルのお食事処となっていた。

「夕狩さん、いろんなこと知ってるんだね」

「そりゃー私だってブンヤ(新聞記者)のハシクレですから」


夕狩実李(いわ)く、非リアからの迫害を避けるためリア充たちは自然と落ち着ける場所に集まり、そこがリア充コロニーを形成していったそうだ。


夕狩が作るお弁当はバリエーションが豊富で飽きがこない。

ご飯もある日はチャーハンだったり、ふりかけ和えだったりした。

「毎日お弁当作るのって大変じゃね?」

成田は心配して夕狩を見る。

夕狩はにっこり笑って「言ったでしょ。乙女の夢が今実現しているんだよ。」

「でも」

「成田君、いつも美味しそうに食べてくれるから私も嬉しいんだ」

「今度映画でも奢らせてくれないか」

「ほんとう! 嬉しい!」


このようにお昼の成田は実に充実しているのだが、部活では困ったことが発生していた。

佐倉実籾がやたらに組手をしようと迫ってくるのだ。

佐倉との組手は試合用ではないから、あまり気乗りしない。


今日も適当に流していたら、

☆★!?…… 突然息が詰まった。

部員たちが一斉に成田を囲む。

「おい、大丈夫か?」

「軽く飛べ、飛べ!」

佐倉の蹴りが男子の急所に入ってしまったのだ。

その場で軽く数回ジャンプして体内に入り込んでしまったモノを外に戻す。

「…らしくない…」

「おい佐倉! 最近オマエおかしいぞ!」吉田が声を荒げる。

「………」

「成田に謝れよ!」

「ごめんなさい」棒読みだった。


その夜、成田のスマホに

「明日、大切な用事が出来たのでお弁当を持っていけません。本当にごめんなさい。」

夕狩からメールが入った。

「了解。気にしないで。」

成田はメールを返した。


その次の日の朝、佐倉実籾が所属する2年C組の教室に他のクラスの女子が入ってきた。

その女子は佐倉実籾の席までまっすぐに来てにこやかに言った。

「私は新聞部で2年E組の夕狩実李。あなた佐倉実籾さんでしょ」

「そうだけど、なに?」

「ちょっと部活に関するインタビュー、良いですか?」

何事かと2人を見ていたC組生徒は自分たちの視線を各々の話相手や読み物に戻す。


それを待っていたかのように夕狩の顔から笑みが消え視線鋭く佐倉につぶやくように言う。

「お昼休みに話があるんだけど、付き合ってくれない?」

声は低く小さいが怒気が含まれていた。

その言葉と目力(めぢから)に圧倒されて佐倉も小声になる。

「お昼休みにはお昼ご飯食べるんだけど」

「そんなもんチャッチャッと食べちゃいなさいよ」

「あんた、何なの?!」

「将也クンのカノジョ」

「だから何なのよ」

「アンタ、みっともないよ。後はお昼休みに、いい? 迎えにくるから」

「・・・・・・・・・」

夕狩実李は再び笑顔を作りながら、

「はい、ありがとうございました~!」と言い教室から出て行った。

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