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karute.6

 開とハチは予定を早めて翁の元を訪ねる。

 本業は鍛冶屋なのだがある技能を持つがゆえに「異人症治療の専門家」と言われている十三代目愛染を。

 号の愛染とは独語のアイゼンの当て字で江戸初期の混乱期に訪日した南蛮人の末裔と言う。


「爺さん、いるか?」

「入れ」


 インターホンを押すとスピーカーから翁の声がする。

 翁の同意を得た二人は屋敷に上がると、簡単な自己紹介と現在の状況を伝えた。


「面倒なことになったな。邪魔されると余計に治療しにくいんだが」

「露払いは俺がやる。だから爺さんには秋田さんの治療を頼む」

「それは構わんが……お前さん、少し悔いておらんか?」


 開は翁の言葉に小首を傾げる。確かに死ぬ可能性の方が高く彼も恐怖心があるだろうとはいえ、そういう意味ではないとカンでは察していてもそれが何なのかわからないからだ。


「俺は……」

「コレか?」


 翁は小指を立ててハチに見せつけた。


「えっと……そういうのじゃないんだ、そういうのじゃ」

「でも女絡みなのはあっているようだな。お前さんの顔に書いてあるわ」

「女……って、秋田さん、恋人とかいたのか?」

「だからそういうのじゃないんだ。ただ、あけのと別れが予定より先になってしまったからな。それが気がかりなだけだ」


 そういうハチの顔は少し赤くなっていた。


「もしかして……アンタ、あけのに惚れたか? 俺だって彼女とかいないけれど、あけのは結構かわいいと思うしなあ」

「だからそういうのじゃないと言っているじゃないか。ただ、なんとなくアイツがいると安心するんだよ」

「ふむ……という事は共鳴か」

「あ……そういう事か」


 翁の言葉にハチの心境を察した開も気付く。そういえばあけのはハチに共感するものを感じていた、ならばハチも同様なのかと。

 異人症の感染者は先祖返りによる異能を持つとともに第六感が優れる。そしてその超感覚は同類と出会うことで深く共鳴し互いに惹かれ合うことがある。

 開の見立てではあけのも発症こそしていないとはいえ、発症の可能性の高い因子保有者ホルダーとしてはなかなかの素養である。未発症でも共鳴するあけのと同様に、発症済のハチもまた彼女に惹かれてもおかしくない。


「心残りがあると失敗しやすいからな。その子も呼んでやったらどうだ?」

「呼べるかよ。十中八九これから死ぬか廃人になっちまう姿を見せられるか」

「だが十中八九を十中七くらいにすることくらいは出来るわい」

「本当か?」

「ワシを誰だと思っている。あとな……お前は大人を甘く見過ぎだ、この件はもうお前ひとりで何とかしようと思うんじゃない」

「どういうことだよ」

「そろそろいいですかね」

「?!」


 ふすまの奥から聞こえた声に開は驚く。

 先ほどコテンパンにした彼が何故ここにいるのかと。


「また会いましたね」

「くそっ! よく考えれば異人症対策の専門チームなら、当然爺さんのことも知っているはずなのに」

「落ち着け、開」


 隣の部屋から現れた名雲にがなる開を翁は諌める。


「私も『今は』手出ししませんよ。翁との約束ですからね」

「秋田さんを殺しに来たんじゃないのか?」

「私としては今のうちに処分したいのですがね……翁の頼みなら多少は考えを曲げるくらいできますよ」

「なかなか重そうな患者と聞いたら黙ってられんわ。こいつらは危ないと言ってすぐ殺したがるが、ワシからすればもったいないの極みだ」

「それで何度失敗していると思っているのやら」

「後片付けも自分でやっているからいいじゃないか」

「心配する方の身にもなってほしいものですよ」


 翁がいう「もったいない」。それは彼の使う治療法に関係がある。

 愛染の技は人の身から魔を削りだす。その魔は異人症患者にとっては病気の根源たる因子そのもの。

 魔に剣と言う形を与えることで魔剣を生み出す異形の刀匠、それが歴代の愛染である。治療というのは単なる結果に過ぎない。

 翁にとっては魔剣を作る過程で患者が死ぬことなど単なる失敗としか思っていない。

 患者の命よりも魔剣作りに失敗することをもったいないと感じる思考回路である。

 その点で、翁は少し常人とはズレていた。


「───なので、叢神君……先ほどの事は手打ちにしましょう」

「そう言われてもなあ……」


 開は名雲が下手に出たことに困ってハチの顔を見る。


「俺は構わない。これ以上、アンタらが俺に危害を加えないのなら水に流そう。それに俺もアンタの部下には迷惑をかけたんだ、これでお相子としようじゃないか」

「話が早くて助かります」


 大人たちが自分の都合で話を進める最中、開はこれでいいのかと戸惑う。

 だがそれを嘲笑うかのように事態は流れていく。翁が呼べと言った彼女すらも、ここに集うまでに。

 少女の軽い足音が近づいてきて、彼女は襖を開いて現れる。


「ハチ!」

「この声、あけのか」

「噂をすれば影が差すか。追ってきたあたり、これは本格的に共鳴しておるわ。

 なあ開、ちょっとあの子からも抜いていいか?」

「やめろ!」

「冗談だ。だいたい未発症から抜いても失敗しやすいから無駄だしな」


 口では冗談と言っているがこのジジイならやりかねないと開は凄む。

 そんな膠着状態の中、あけのとそれを追って来た晶が上がりこんでくる。晶もあけのも、二人して走ってきたようで息を切らしていた。


「ハチ! もう会えないかと思ったよ」

「あけの……」


 俺はそのつもりだったとハチは言いかけるが口をつぐむみ。彼女の気持ちを汲んで気を使う。

 それに頭では二度と会うつもりはなかったとはいえ、ハチもまたあけのに会えたことがうれしかった。


「熱いのう。お嬢ちゃん、コイツに惚れてるだろ?」

「え?! そんなことはないって、おじいさん」

「まあいいが……お前さんがあけのちゃんでいいんだよな?」

「そうだけれど───」


 そんな二人に翁は水を差す。

 遠慮が足りない、だが二人にとっては避けられない話をもって。


「なら落ち着いてワシの話を聞くんだ。コイツの治療についての話だ。これからコイツの中にある因子を引き離す。手術みたいなものだが運が悪いと死ぬから、今のうちに別れの覚悟をつけてほしい」

「おじいさん……何を?」


 急な話にあけのは困惑するが、翁はお構いなしに続けていく。


「いきなりで悪いが、出来るだけ早くコイツの中にあるあるものを取らねばならん」

「急にそんなことを言われてもわからないよ」

「わからなくて結構。だからわからないなりに、これから手術がもし失敗したときの覚悟をしておけという話だ」


 翁の話を聞いてあけのの顔は青ざめた。

 訳の分からないまま目の前の彼を手術すると告げられて、しかも生死を賭けたものになると言われても背筋が凍る以外にない。物心ついたころから親がいない孤児とは言え親に近い人間の死に目など初めてである。あけのが恐れるのも無理はない。

 唇まで青いあけのを安心させようとハチはそっと彼女の手を握る。翁など茶化したくてウズウズするほどに甘酸っぱい二人の空気はあけのの顔に血を通わせる。


「心配するな、俺はこんなことでは死なない。だから手術が終わったら聞いて欲しいことがある」

「わかった。いってらっしゃい」


 手を握り合って冷え切った胸に暖かいものが宿るのをあけのは感じた。

 きっと彼も同じだろうとあけのは思う。

 握って来た彼の手は冷や汗で冷たかったが、次第に暖かくなったのだ。「他人事なのに心配して青ざめる私を勇気づけようとして出した空元気が彼自身をも勇気づけた」とあけのは解釈した。

 だからこそ「いってらっしゃい」とハチを送り出すことにした。


「じいさん、頼む」

「合点承知の助じゃ」


 翁は袖にタスキをかけると、ハチと名雲、それに開を連れて奥の部屋に向かった。

 これから抜き出す「魔」の影響を受けかねないという判断であり、あけのも手術室に付き添いの人間を入れないのと同じと座して待つことにした。

 しめ縄で囲われた四角いリングを見下ろす仁王像。

 仏に見られながら、ハチの治療が始まる。


「我引き抜くはあやかしの血!」


 刀の柄を持ち出すと、翁はそれをハチの背中に押しあてた。

 ぶつぶつとハチには聞きなれない梵語の呪文を唱え始まるとそれに呼応して触れた部分が熱い。

 次第に熱が凝り固まる感触がハチを襲い、強烈な眩暈と吐き気に倒れそうになる。だが翁は「寝るな」と声を張り上げる。

 ここで寝たら治療は失敗、無理やり「魔」を剥がしても死ぬだけである。

 それを施術前に聞いているからこそ生き残るためにハチは堪え、魔剣のために翁は励ます。

 利害一致のウィンウィンではあるが儀式を成功させたいのは互いに同じである。


「だいぶとれたわ」


 三十分ほど経過すると、柄から立派な三尺ほどの刃が見えていた。黒の混じった薄い茶色、ヒグマのような色をした魔剣である。

 後は切っ先だけであり、ここまでくればまず失敗はないと見物人の開や名雲は安堵した。

 そしてついに力強く引き抜いたそれは、切っ先まで完璧な刃になって翁の手に握られた。


「成功しましたか。おめでとうございます」

「よく言うよ」


 嫌味にも聞こえる名雲の賛辞に、ハチもへとへとではあるが軽口を返した。それを見て開ももう安心かと詰まっていた息を吐き出す。

 魔剣をうっとりとした目で見つめる翁、疲労で立ち上がることすらできないハチ、珍しく死ななかったかと思案する名雲と四人ともバラバラの感情を抱いていた。


「ひゅお~」


 そんなめいめいの意識を集めるかのように、部屋の中に一陣の風が吹いた。

 閉じきった部屋の中、隙間風すらあり得ないはずなのに。


「ん? なにかやったのか」


 開は名雲を見て言う。風のない室内で風が吹いたのなら、風を操る名雲の仕業だろうと。

 だが名雲は言いがかりだと言わんばかりに小首を傾げる。彼もこの風に違和感を得ていた。


「私ではないですよ」

「じゃあ今のは?」

「ぶおおおお!」


 次第に風は強くなりついに空気が噴き出す音が部屋に響いた。

 音の出どころはハチの背中。ちょうど翁が魔剣を引き抜いた位置である。

 ハチは白目をむいてうずくまり背中を天に向けている。そんな状態の彼の背中から吹き上がる風と共に、漏れた魔が部屋に充満し始めた。


「離れろ!」


 翁が叫び、開と名雲は自然とハチから離れる。

 吹き上がる魔は次第に緑色の蒸気となり、靄は天上に集まり形を成す。

 本来なら魔剣として取り除かれているはずだったハチに宿る因子はまだ残っていたようで、それが魔獣という形を得て牙を剥く。


「ARRRRRRRRRA」


 それは熊のような形となった。

 煙でできた魔獣は目を赤く輝かせると目の前の獲物に飛び掛かる。

 一見すると煙の塊に過ぎない腕を大きく振りかぶらせて、その先端が名雲を襲う。


「フン……んぐあ!」


 鼻息交じりで名雲は風の障壁を張り防ごうとするがそれは叶わない。

 煙のように見えても実体は因子のもつエネルギーの集合体、名雲の風など貫くのは容易い。

 風のおかげで力を反らせたとはいえその奔流は名雲を突き飛ばすのには充分だった。


「大丈夫か?!」


 殴り飛ばされた名雲は気絶したのか返事がなく、開もこれには冷や汗をかいた。

 ガードの上から殴り飛ばすその火力、名雲のような芸ができない自分では当たったら気絶では済まないだろうと。

 せめて武器の一つでもあるのなら違うが、丸腰のままでは触れただけで反撃されそうな眼前の敵とは戦えない。どう戦えばいいのかと。


「開! これを使え!」


 動転する開に翁はその手に持った剣を見せつけた。

 出来立てほやほやの魔剣、眼前の化け物とは兄弟の関係にあるそれを。


「貸してくれ」


 開は魔獣を挟んだ向かいにいる翁の元に走った。

 対面する魔獣が振り回す腕を恐る恐る触り、跳び箱の要領で跳ねて翁の元にたどり着く。

 翁から剣を受け取ると、開は真打登場とばかりに切っ先を野獣に向ける。

 素手なら怖くて戦いたくないが、見事な刀をその手に持てば気も大きくもなろう。


「秋田さんを開放しやがれ、この最後っ屁!」


 魔獣は細い煙が管のように伸びてハチと繋がっていた。それを見た開は繋がりを断ち切ってハチを起こすことが出来れば彼が開放されるのではと仮説を立てる。

 八相の構えに魔剣を構えると、開は素早く魔獣の懐に飛び込んだ。

 そのまま振りかぶって袈裟懸けに魔剣を振るい、ハチと魔獣が繋がる箇所を断とうとする。だが魔獣もここが弱点であると証明するかのようにガードを固め、体をくねらせて沈み込んで両腕を下げて防ぐ。

 刃は魔獣の腕の途中で食い止められて、開が振り抜くと傷こそつくがそれもすぐに塞がってしまう。


「この!」


 仕切り直しと言わんばかりに開は再び振りかぶり魔剣を振り下ろした。

 だが何度やっても刃は魔獣を断ち切れない。煙のような腕でありながら、まるで硬い芯が入っているかのように刃が途中で止まってしまうのだ。

 下手に押し切ろうものなら魔剣を取られてしまうだろう。それを直感しているからこそ開は何度も傷をつけてはもどかしい顔をする。

 また魔獣もやられっぱなしなことは無く、開の斬撃の合間には正拳で殴りつけてくる。幸い硬い芯は腕にはあっても拳には無いのか、立てた刃を殴る魔獣の拳はチーズのように裂けてくれる。

 手が痺れるほどの衝撃とはいえこれならいくらでも防げる。


「ちくしょう」


 だが膠着状態というのもそう長くはない。

 魔獣の方はいくら腕が裂けてもすぐに塞がるのだが、開はそうもいかないからだ。

 攻撃するのにも防御するのにも開の体力は削られている。そろそろ開も目がかすんでくる。


「開、代わるか?」

「いらねえ!」


 見かねた翁は手を貸そうとするが開はそれを拒否した。翁の力を知っている開からすれば彼ではやり過ぎてしまう。失敗しても自分で処理してきたというのは、今のように因子が暴走しようとも力尽くでねじ伏せられてきたという意味に他ならない。

 だが翁のやり方ではハチの命はまず間違いなく絶たれる。彼の技はそういうモノだ。


「GRRRU」


 魔獣の側も埒が明かないと思ったのか唸り声をあげると、腕を大きく振りまわした。

 腕を回転させて拳を加速させ、タイミングを計ってバシュンという炸裂音と共に魔獣の腕が発射された。

 単なる拳打よりも速いロケットパンチに面食らいつつ開は正面に受けて切り飛ばすが、ろくろの腕はそれでは終わらない、切断されて二つになった腕は反転し、二本の槍となって背中から襲ってきたのだ。


「しまった!」


 受け止めた衝撃に痺れて開は身のこなしが遅れ、それ故にこのままでは死ぬだろうと察する。

 せめて避ければどうにかなると思えども、避けきれそうにない。脇腹くらいは確実に貫かれるだろうし、そうなったら次の一撃など防げそうにない。

 一か八か、この魔剣の力を使ってみようかとも思うが決断する時間はない。

 一応の回避行動こそしているが死に体となっていた開だが、彼を一陣の風が救う。


「―――さっきまでの威勢はどうしましたか?」

「アンタ!!」


 数分の失神から目を覚ました名雲が自慢の風でろくろ腕を反らしたのだ。

 回避行動との合わせ技で腕は畳の下に突き刺さり、そのまま軒下を通って元の腕に戻る。


「露払いは私がやりましょう。キミはその剣でトドメを」

「わかっている」


 一呼吸ついて二人は体勢を立て直した。

 目の前の魔獣は思っていた以上に強い。正直ここまでの強さは開としてもイレギュラーである。

 それほどまでにハチがもつ因子は強大だったのか。

 もはや翁に遠慮している場合ではない。開は魔剣を壊すつもりで魔獣に挑む。


「あああああ!」


 開は魔剣を構えると腹の奥から声を出した。

 切っ先に気を籠めて魔剣の力を開放する。

 刀身は震えだして熱を帯び、その熱で真っ赤に光り出す。

 魔剣は己が魔を燃料に震えていた。


「喰らええええ!」


 開は魔剣を大上段に構え、チェストの一閃で駆け寄り振り下ろす。

 先ほどまでは食い込んだ魔剣をそのまま取られないようにと遠慮していたが、力を開放すれば防げないだろうと開も予想している。それだけ翁の魔剣を信頼しての太刀筋である。

 今まで通りに魔獣も腕で斬撃を受けるが解放された魔剣には通じない。ダイヤモンドのように硬い骨でも魔剣の刃はバターに当てた熱いナイフのように通る。腕を斬り下ろし、頭を割り、体を裂いた。開きにされた魔獣は動きを止め、その隙を逃さずに開は魔獣とハチとのつながりを断った。

 こうなればエネルギーの供給減を失った魔獣もそれまで、力の塊は己を維持しきれずに塵と化す。


「御粗末!」


 それは切り伏せた魔獣への弔いなのか、それとも苦戦し返り討ちになりかけた自分への戒めなのか。

 御粗末という言葉と共に刃先の魔を振り払うと、ハチとの繋がりを失った魔獣は消え失せた。

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