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karute.5

 昼食を終えて一息ついた開たちは一つ問題があることを話し合うことにした。客人としてもてなしているハチをどうするかと。

 開は異人症のことをあけのに隠すためにオブラートに包んで今後の方針を伝えることにした。


「今日の所は泊まってもらうとして……秋田さん、明日俺と付き合ってくれないか?」

「お兄さんと二人でどこかに行くの?」

「まあな。秋田さんは追われているそうだし、彼を匿ってくれる人の所に連れて行こうと思うんだ。学校はサボることになるが、そうも言っていられないからな」

「そういう事なら構わない。むしろ歓迎だ」

「わざわざ学校を休んで行くのなら今から行けばいいじゃない」

「お前がそれでいいのなら構わないが……」


 開の言い方にあけのは小首を傾げ、その様子に隣にいた晶はそっと「連れて行ったらもう秋田さんとはお別れになるからよ」とあけのに耳打ちした。


「そういうわけだ、あけの。お前とは今日でお別れ……せっかくだからなにか思い出の一つくらい残しておきたいんだ」

「じゃあさ……カラオケでも行かない?」

「カラオケ? いいとは思うけれど、どうして?」

「歌って、みんなで歌うと思い出になるわよ。私もくまの家ではよく歌を歌ったし。それに……私もカラオケなんてくまの家にあるカラオケ機械しか知らないから、せっかくなのでちゃんとしたお店で歌ってみたいのよ」

「いいじゃないか。あけのに俺の十八番を聞かせてやろうじゃないか。腰を抜かすなよ」


 あけのの意見にハチはすっかり乗り気になり、四人はカラオケボックスに向かった。

 駅前にあるエミーに向かうと、少し広めな席を取った。あけのの希望で約半日の六時間コース、入室が二時過ぎなので夕飯の時間まで歌うことになる。


「流石に長すぎないかな。ちょっとはしゃぎ過ぎよ、あけの」

「大丈夫だって。一人一時間におやつもつまんだらすぐ終わるって」


 あけの以外は流石に長すぎないかと顔に出ていたがふたを開ければ杞憂に終わる。なにせあけのが懐メロメドレーをとめどなく入力したからだ。くまの家にあるLDカラオケにある曲すべてをあけのは歌おうと意気込む。

 結局七時を回るまであけのはマイクを独占した。全曲を歌いきると電池が切れたように座りあけのはマイクを手放す。


「ようやく俺の番か」

「十八番……聞かせてね」

「任せておけ」


 ハチはマイクを握ると見た目のいかつさににあわないラブソングを歌い出した。

 彼が中学生の頃に流行った他三人には古臭いその歌にあけのは聞き惚れた。曲調よりもハチが意外にも綺麗な高音でシャウトすることに惹かれたのだ。

 開や晶も意外な美声に驚いていたがあけのの惚れ方はそれどころではない。一曲歌いきったハチにあけのは抱き付く。


「凄い! 凄い、凄い! ハチってこんなにいい声で歌うのね」

「あんまり褒められると照れるな。同僚とかはカラオケだと裏返るから変だって笑われていたんだが」

「きっとアンタの美声に嫉妬してそういうことを言ってたんだろう。お世辞抜きで上手いと思うぜ」


 煽てられたハチがその後マイクを手放すことは無く、結局六時間をほぼハチとあけのの二人が独占して歌い続けた。流石に二人も声の出し過ぎで喉が痛いようで、あけのなどついにうたた寝を始めるほどである。

 寝ているあけのを背中に抱えたまま四人はエミーを後にして家路につく。

 通りの途中に街灯がついていない区画があり開はそれを見て小首を傾げる。昨日まではちゃんと電気がついていたのにと。開の感じた予感は悪い方向で当たっていた。四人を遮るように灯りの見えない陰には黒服の男たちがいたのだから。

 男たちは四人を止めた。


「申し訳ない。我々はこういうものだ」

「こういうってどういうものだよ。暗くてよく見えないぜ」

「これは失礼、我々は組織の人間だ。秋田さんには以前説明しましたよね?」


 ハチはつい舌打ちしたくなる。せめて明日の朝まではあけのと一緒にいたいし、それに開のツテと違って組織の方は信用していないからだ。ハチはつい黒服を睨み、鼻息が荒くなる。


「落ちつけ、秋田さん。キレたらアンタの体に毒だ」

「彼の言うように落ち着いてください。我々も無下に扱うつもりは……」

「匂いでわかる。アンタ個人はそうでもアンタの上司はそうとは限らないだろう。それに聞いておきたいことがある……まるで俺の居場所がわかっていたかのようだな?」

「そこにいる川澄あけのさんのおかげですよ。なにせ先日あなたが逃走した際に接触した人間ですからね。彼女の足取りを追ったら見事にあなたまで見つかったというわけですよ」

「くそっ!」


 ハチは握り拳で空を切り悔しがった。やはりあけのを自分の問題に巻き込んでしまったと。

 だがまだあけのには危害は及んでいない。だから今は正面から組織を追い返そうとハチは考えた。


「……まあ、アンタらの誘いはお断りとだけ言っておく。俺は別の所で治療を受けるつもりだ、アンタらに管理されたくはない」

「―――それでは困りますね―――」

「名雲さん」


 黒服の奥から白服の男が前に出る。

 名雲と呼ばれたこの男をハチは忘れていない。

 ハチにとっては事の発端ともいうべき彼らの上司、ブレイバー第四班班長、名雲京一を。


「往生際が悪い……今のあなたはもはや手遅れです。この場で殺してあげた方が有情というものですよ」

「穏やかじゃないな。何故秋田さんを殺したがる!」


 名雲の態度に開は怒った。

 彼の感情はダダ漏れである。ハチを殺したいと闘気をたぎらせておりそれが狂信的で開も怖いと思うほどである。故に開も怒りで返したのだ。


「異人症に侵された奴はもう人じゃない。あんなもの……化け物に先祖返りしたようなものだ! だから異人症感染者なんて放っておけないのだよ」

「そんなのテメーの理屈じゃないか!」

「邪魔をするつもりか? 死んでも知らないぞ叢神!」


 名雲は虚空を掻き毟る。

 すると突風が吹き荒れて開とハチを強く押した。

 こんな状況ではあけのを抱えたままにできないと、一歩下がったハチは晶にあけのを預ける。晶はあけのを抱えると何も言わずに家まで走った。

 何人かの黒服が晶の後を追うが開とハチにはどうしようもない。今はただ目の前の相手をどうにかしなければと二人は身構える。


「いくら古流の名門とはいえキミは素手だ。私の風に勝てると思うなよ!」


 名雲は指を折った右手を突き出して、ピンピンと人差し指、中指、薬指を弾いた。

 彼の使う技は風霊術と呼ばれる空気を操る術法、指で弾き飛ばした空気の弾丸が開を襲う。

 名雲はハチなど楽に殺せると思っている。だが開の方は異人症感染者ではないので無暗には攻撃できない。無力化するにしても殺すとなれば、やむおえない不可抗力でなければならない。

 そのため名雲は殺傷力の高い『風の刃』を封じて『風の弾』で攻撃した。

 開は右手に気を籠めて手刀一閃で弾丸を防ぐ。少し痛いがそれでも直撃するよりマシである。


「痛いじゃないか。それにアンタ……俺の事を知っているのか?」

「川澄あけのの調査をしたときに偶然知ったまでだ。天叢雲のムラに神様のカミと書いてムラカミなどそんな苗字はまず他にいないさ」

「そういうことか。だったら俺の事も調べているってことか!」

「当然。だからこうして穏便に済ませようとしているのですよ。いくらあなたが達人でも素手で出来ることは限られているからね!」


 名雲は三発の風の弾を同時に放つ。開は防ぎきれずに両肩にずしりと弾丸を受けてしまう。

 拳骨で力一杯殴られたように両肩が痛いがそれでも開は下がらない。


「それ! それ!」


 被弾で鈍った開の隙を突くように名雲は弾丸の雨を降らす。

 開も拳を握りしめて気を籠め、両手で弾丸を防いでそれに応じる。

 本当は避けたいが下手に避ければ目の前の相手は狙いをハチに変えてしまう。かと言って耐えるのにも限度がある。

 膠着状態のまま押される開は口撃に出る。


「ぐ!」

「降参しなさい」

「降参? ハッ! 異人症差別をするアンタに頭なんて下げるかよ。そもそもなんでアンタは秋田さんを殺したいんだ。まだこの人は狂っていない、やりすぎだ」

「聞くまでもない。人に危害を加えた異人症患者はすべて駆除する。それが私のルールだからですよ」

「いつ秋田さんが危害を加えた?」

「彼は黙って……いや、おぼえていないかもしれませんが……彼を最初に私の事務所に招いた際に、私の部下二人が癇癪を起した彼に襲われて重症を負っていますよ」

「本当なのか?」

「それは―――」

「その態度、うっすらでも覚えているようですね。理解してもらえたかな叢神君……わかったのなら手を引いてくれないかな」


 どこかそわそわとした態度のハチに開も察した。名雲が言うことは事実なのだろうと。

 ハチも忘れたいと思ってはいたが確かに名雲の部下を半殺しにしたことは覚えている。翔を相手にしたときもそうだがハチは相手が自分を殺そうとしていると感じると見境がなくなるのだ。一度殺されかけた経験による一種のPTSDなのかもしれないが、名雲の部下や翔を相手にしたときに殺す気で力を振るっていた。

 だがそんな彼でも開は救いたいと思っている。例え手遅れで治療も一時の夢に過ぎないとしても、彼を人間らしく死なせてやるために。


「それでも断る。なんでもかんでも力尽くに殺せば解決っていうアンタのやり方は気に食わないからな!」

「ならばもっと痛い目を見てもらおうか!」


 名雲の弾幕は激しい。もう少し緩いか、あるいは武器さえあれば突破可能なのだがこのままでは押し切られてしまう。

 残る手立てはハチを見捨てて回避しながら距離を詰めることだがハチを危険にさらすからと開には決断できない。開の額には脂汗が浮かぶ。

 その膠着を破ろうと、開の後ろで傍観していたハチは吠えた。


「うおおおお!」


 黒服たちはハチに武器を向けて身構え、名雲も視線をそちらへ移す。

 その隙に開は一歩間合いを詰めるのだが吠えたハチは開の前に駆け出した。


「うぐ!」


 名雲の放つ弾丸を駆け寄ったハチは体で受けた。確かに痛いがハチには耐えられない程ではない。

 異人症としての力を抑え込みつつ壁になったハチのおかげで開はチャンスを得る。ハチの体を陰にして名雲に開は近寄る。


「なに?!」


 名雲が驚くのも無理はない。ハチの大きな背中で身を隠した開は名雲の目線を置き去りにした。

 認識できない死角を突いた移動で気づくのはもはや倒れる直前だろう。懐に飛び込んだ開は奥義を放つ。

 懐に飛び込んだ開は左のアッパー……秘技「ちんこすり」で名雲の顎を叩く。チンを擦りあげられた名雲は脳震盪を起こした。

 当身の奥義に名雲は耐えられず、眼光は揺れて焦点が定まらない。そんな状態になった名雲は次の術など使えない。開はトドメと言わんばかりに名雲の鳩尾を殴りつける。


「ぐおおあ!」


 脳と内臓のダメージに名雲は悶絶して地面に倒れ込んだ。

 呆気にとられる黒服たちに開は啖呵を切る。


「アンタらの大将は倒した! 続けるのなら相手になるぜ」


 名雲はこの場にいる黒服の誰よりも強い。そんな名雲を気絶させた少年に黒服たちは誰も勝てる気がしていなかった。元はと言えば少年は敵では無い。ならばここは引き時かと黒服たちは名雲を抱えてその場を後にする。


「これで大丈夫か。秋田さん、平気だったか?」

「大丈夫だ、問題ない。今回は力も抑えられたさ」


 隙を作るために盾になったハチに開は駆け寄った。


 一方その頃、家に到着した晶は木刀を構えて玄関に陣取っていた。追っ手が来るかもしれないと警戒しての行動である。そのまま誰も来ないまましばらくして、晶は開から電話を受けた。


『一先ず連中のボスを黙らせた。俺達はもう愛染爺さんのところに行くから留守を頼む』

「ちょっと、お兄ちゃん?」


 開は用件だけ済ませて電話を切った。予定を早めて例の場所にハチを連れて行くと知り、晶は少し頭を抱えた。なにせあけのはずっと眠っている。彼女に気の毒だと晶は残念そうに肩を落とす。


「ん……」


 そうこうしているとあけのも目を覚ましてしまって彼女は眠い目を擦る。

 気が付くと玄関に寝ていた自分の状況に困惑するあけのに晶は状況を説明した。開とハチが既に出発したことを。


「―――じゃあ、もうハチとは会えないの?」

「残念だけど、秋田さんに急用ができてもう行ってしまったのよ」

「でもさ……それならわたしの方から会いに行けばいいんじゃないかな」

「ダメよ」

「どうして」

「それは……」


 晶は言葉に詰まる。何故ハチに会いに行くことが出来ないのか、その答えを告げられないからだ。

 晶も異人症のことはある程度知っているし、ハチのような重度患者は良くて廃人多くが死ぬことを知っている。つまり避難と言いつつこれから死にに行くのと内容に差がない。

 それゆえ晶もハチを今のうちに殺そうとする名雲らの意図も判っている。いくら愛染翁が治療の名人と言っても確実に治る保障どころか万が一のこともあり得るからだ。


「残念だけれど、私達はここでお兄ちゃんの帰りを待ちましょうよ」

「いや……わたしは……」


 わたしは彼にお別れを言いたい。

 あけのはそう言い残して家を飛び出す。行先も判らず闇雲だがその足は確実にハチの元に向かっていた。

 晶もそれを追いかける。


「それで……まんまと逃がしたという事ですか?」


 あけのが家を飛び出した頃、意識を取り戻した名雲は部下の報告を聞いて青筋を立てていた。

 いくら手加減していたとはいえ開に負けたことは少し気に入らない。それ以上に異人症に逃げられたことが腹が立つ。

 だが放っておけば秋田八兵衛が人外になることなど叢神開も承知のはずだろうと名雲も考える。ならば彼らは何処に向かうか、その答えは単純である。


「まあいい。彼は秋田を治すつもりだ。ならば彼らはあそこに向かう」


 名雲も当然ながら愛染翁の事は知っている。

 なので彼らは開の行動を先回りすることにした。

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