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karute.4

 スーパーで魚介類を買った帰り、開は自分をつけてくる気配に気づいた。おそらく先ほどの男だろうと、家の前で開はその気配に呼びかける。


「いい加減出て来い。来たければついて来い」


 開の予想通りに気配の正体は翔で彼は言われるがまま顔を出した。

 翔からすれば開の行動の意味がよくわからず彼に問いかける。


「俺を招いてもいいのか? 俺に秋田の居場所まで案内したら、目に入った途端に秋田を襲うかもしれないのに」

「その気があったら普通、俺をつけて家の場所を確認してから逃げるなり仲間を呼ぶなりするだろう。場所さえわかれば襲うのはいつでも良いんだからな」

「ったく……かなわないな。今回は引き上げるがこれだけは言っておく。秋田が危なくなったらそのときは俺も手伝うよ」

「そうか……ところでお前、名前なんだっけ?」

「そういえば言い忘れてたな。堤翔だ……そう言うアンタは?」

「俺は叢神開だ、よろしくな翔」


 互いの自己紹介を終えて翔は帰って行った。

 もう日も沈んでいた事もあり開は夕飯を誘ったが翔は断った。

 開も「そうか」と返して家に入ると晶が彼を出迎えた。


「ただいま」

「おかえりお兄ちゃん」

「今日はこれでパエリヤを作るから、あけのと下拵えしておいてくれ」


 開はレジ袋を晶に手渡す。

 晶は言われたとおりにあけのを台所に呼び魚貝の下拵えを始めた。

 下ごしらえを二人に任せた開は今のうちにとハチに話す。


「秋田さんちょっといいか。大事な話がある」

「その様子だとあいつを倒したのか?」

「まあな……これから言う話はあんたの人生にかかわる。二人だけで話したい」

「人生って言われてもなあ」

「隠すことはない。あんたが異人だってのはわかっているさ」

「なぜそのことを、もしやあんたも組織と関係が?」

「心配するな俺は敵じゃない。さっきも追っ手と戦っただろ」

「じゃあなんで?」

「ウチの家業の関係でな」


 開はハチに簡易的に叢神家の事を説明した。

 叢神家は代々伝わる叢神流剣術を伝える古武道の家系で、その絡みでいわゆる超能力についても熟知していた。応仁の頃を発祥とする異能を狩るために代を重ねた研鑽の末に異能に至った一族。主に江戸時代に目立って活躍した。しかし世界的な近代化の並で超能力者の類が歴史の表舞台から消えていく過程で叢神流も下火となり、今では開たち宗家が細々と流派を伝えるだけになっていた。

 ただ明治時代以降に目立つようになった異人症に対して暴走した患者を始末するための力として重宝され、組織がまだ出来たばかりの時期にその力をふるった。今では立派な対策部隊が編成されたことで過去の遺物として叢神流は組織から身を引いたが、純粋な剣術として世に広げようと世界を巡っている開の両親に師事する人間は組織にも多い。


「―――あんたの家は化け物退治の専門家ってわけか」

「元だけどな」

「それで、人生に関わる話というのは? やはり異人症についてか?」

「そうだな……その前に、あんたは自分の能力のことをどのくらい理解している?」

「普通より力も強いし動きも速い、それくらいかな」

「あんたみたいなタイプは異形化以外は身体能力の向上が主だし自覚はしにくいか」

「自覚?」

「異人症はいわゆる先祖返りみたいなもの……歴史の流れで超能力を継承しなかった人間の末裔がふとしたきっかけで力に目覚めた結果、その力に飲み込まれて化け物になる病気なんだ」

「病気なら治るのか? 力を失うことは少し残念だが、命を狙われるくらいならこんな力は要らないよ。治せるなら治してくれよ」

「それが出来れば苦労はないんだ。だから人生に関わる話と言ったんだ」

「?」

「残念ながら、はっきり言ってあんたは手遅れなんだ。並みの方法じゃ治療しても治る見込みは五パーセント未満だ」

「なんだと」

「組織の連中が殺しに来たのもわかるよ。今のうちに殺した方が早いからな」


 開の言葉にハチは茫然とした。


「お兄ちゃん、下拵え終わったよ!」

「続きは後で話すから、あけのには知られないようにな」

「早くしてよ!」

「はいはい、今行くよ!」


 あけのに呼び出され、開は台所に向かう。二人の手伝いもあってパエリヤは一時間ほどで完成した。


「秋田さん、遠慮なく食べてくれ」

「ハチ、お兄ちゃんは料理上手だから大丈夫だよ」

「なんだかさっきから世話になりっぱなしだな……う、美味いな」

「でしょ!」

「あけのは家に着たばかりのくせに自慢しすぎ!」

「晶、そんなこと言っても……」

「そういえば、あけのが二人の家族って言っていたがそれはどういう関係だ? 孤児だって言ってたよな、あけの」

「秋田さんを捜しに行く前に話し合って、あけのをウチで引き取ることにしたんです。なので家族と」

「友達の家に居候ってわけか」


 ハチとあけのが開の料理を気に入ったこともありパエリヤはすぐになくなった。

 開はハチとの話の続きをするために風呂の準備をし、あけのと晶を風呂場に押し込んだ。

 少し強引ながら自分たちも汗をかいたと二人は素直に従う。

 こうしてまた二人きりになった開は話の続きを始める。


「さっきの続きだ。

 確かに軽度の異人症ならいくらでも対処法がある。患者自身が力に振り回されないようにリハビリすればいいし、その力を引きはがす方法もある。でもアンタは症状が進みすぎているんだ」

「それは……」

「さっき雑木林で寝ていたのはアンタが暴走した結果、あそこまで逃げてきたんだろう? たぶんその時に一時的にも化け物になっていたはずだ。体の形に異常が出てしまうようだと十中八九手遅れってわけさ」

「だったら……キミも俺に死ねと言いたいのか?」

「そんなつもりはないさ。でもその力を引っぺがせば治せるとは言え、死ぬ可能性が高いことだけは覚悟してほしい。ボールマンⅢ型まで進行すると無理やり引きはがすのは命にかかわることだし、ましてアンタに残された時間では自力で病床をコントロールできるようになるには時間もなさすぎるからな」

「なんだか怖くなるな。ちなみにだが、もし治療しないでいた場合は俺はどのくらい生きていられるんだ?」

「化け物としてなら殺されるまでは生きていられるさ。ただ人としては……よくて二週間かな」

「それだけか」

「それでも力を使わないようにした場合の話だ。むやみに力を使ったら一気に時間が縮んじまうから気を付けてくれよ。奇跡ってやつが起きればまだ違うだろうけれど、そんな都合がいい話はなかなかない。ただ一か八かの賭けに出るには充分な時間だよ」

「賭けか……少し考えさせてくれないか」

「その方がいい」


 話が終わるとハチは風呂に入って床についた。


――――


 叢神家をあとにした翔は美玲の元に戻った。


「美玲さん、ただいま」

「翔、なにしていたの。それにホシはどうしたのよ?」

「預けてきた」

「預けたって一体誰に?」

「年齢は同じくらいなのにえらく強い奴だ。名前は叢神と言うらしい」

「誰よそれ」

「俺だって聞きたいよ。でも俺の交差爆裂拳を軽々と防いで思気神の上から俺をノックアウトしたんだ。社長ならしっているんじゃないか?」

「聞いてみるわね」


 美玲は光に連絡して事の状況を説明した。

 状況を飲み込んだ光は深いため息をしてから美玲を叱る。


『この件はもう関わるな。私から持ちかけた話を止めろと言うのは申し訳ないが、これ以上キミが出来る事は無い』

「何故ですか?」

『叢神開はキミと同じ高校二年生でありながら皆川が咽から手が出るほど欲しがった逸材……叢神流の次期後継者、異人退治のエキスパートだ。彼の手に秋田八兵衛が渡った以上、なにもやることは無いよ』


 皆川とは組織の異能関連事件を取り締まる特殊部隊、ブレイバーの総司令官である。光の経営する異能探偵事務所サークルラインはこの皆川とは仲が悪い。

 叢神開はそんな嫌いな相手が認めるほどの逸材だと光は美玲に伝えた。だが腕利き、しかも同学年の男が横から手を出したからという理由で美玲も引き下がりたくない。


「だからと言って半端に投げ出したくはありません」

『そうか。なら叢神君の邪魔をしない範囲でなら好きにするといい。だが予め言っておくが……これ以上、組織にこの件を連絡するなよ。面倒なことになる』

「今回は皆川さんも関わっていないって言っていたじゃないですか。それなら面倒はないと思いますが」

『四班の隊長……アイツが面倒なんだ。名雲はこと異人症に関しては皆川に近い殲滅主義者だ。一方で叢神君は穏健派。この二人は確実に方針が違うんだよ』

「それでは、もし名雲が秋田八兵衛の行方を知ったら……」

『確実に叢神君と衝突するだろう。そんな渦中に首を突っ込んで万が一があったら心配なんだよ』


 光は二人を心配していた。彼女の見立てでは美玲と翔は二人掛りでも名雲にも、開にも歯が立たないだろうと。故に二人にはこれ以上の関与を止めるように諭す。止めてくれれば被害は産まれないと安直に考えたからだ。


「わかりました。そこまで言うのなら邪魔はしません」

『美玲は物わかりが良くて助かる。くれぐれも無茶はしないように翔にも言っておいてくれ。あと忘れないうちに言っておくよ。キミの社員カードにいくらか入金しておいたから好きに使ってくれ』


 美玲は光の説得に折れた。光が一度頼んだ依頼をこうもあっさり撤回するのだから、彼女の言うように下手に手出しをしたら危ないのだろう。

 それに光から電子マネーではあるがささやかな報酬を頂いたところである。明日は日曜日で学校も休みだと美玲は気持ちを切り替えて翔を誘うことにした。


「―――ゴメンね、今回のお仕事がパーになっちゃって」

「仕方がないって。結局俺たちもホシを捕まえられなかったわけだし」

「それなんだけれど……ちょっとだけど社長がお金を送ってくれたのよ。電子マネーだから使えるところが限られているけれど、駅前のお店なら問題ないわ」

「そうか。俺はいいから何か美玲さんが好きなものを買って来たら? ケーキとかさ」

「そうしようかとは思うけれど……明日ちょっと付き合ってもらえないかしら」

「付き合うと言ってもどうせ荷物もちでしょ?」

「そう腐らないでよ。お昼をご馳走するからさ」


 買い物と言っても駅前の商業デパートだが、ちょっとした買い物でも翔を連れて歩けば気晴らしになる。

 美玲は身近すぎて自分で気づいていないが、目の前にいる堤翔という少年が好きなのだ。


 翌日、美玲は翔を連れて駅前に繰り出した。

 手持ちのお金は電子マネー一万円分、今日はこれで楽しむつもりである。

 最初に二人が目指したのは本屋だった。


「まずは本でも買いましょうか」

「いいね」


 本屋に入ると二人は各々目当ての本がある売り場に向かう。

 美玲が最初に見に行ったのはファッション誌である。美玲はサークルラインの面子がみなファッションとしては個性が強いので、それに染まりすぎないようにと一般的に流行りの服装には気を遣うようにしていた。

 なにせ一番年が近い先輩はバイク乗りという都合もあるとはいえやたらと革のライダースーツを愛用しているし社長の光に至ってはゴシック趣味である。特に光は「この服は今は亡き思い人への喪服みたいなものだ」と言っているほどで、美玲には聞いたら面倒なことになる話を抱えているのだろうとしか思えなかった。

 バイトゆえに直接会うことは少ないとはいえそんな人々の隣にいると自分のセンスも染まりそうだと美玲は心配していた。


「このくらいでいいかな」


 十分ほど雑誌を目に通して頭の中にある流行ファッションのイメージを固めると、美玲は次のコーナーに移る。続けて向かうのは実用本、いわゆるハウツー本の売り場である。

 一応は堤家の庇護下にあるとはいえ一人暮らし、しかも女子として美玲も料理には興味がある。だが自分で味見をしてもあまり美味しくないので料理の本はよく買って読んでいる。それでも一向に上達しないばかりか翔にはいつも嫌な顔をされるので意地になっており、余計にドツボにはまっていた。


「肉じゃがか……アイツはこういうの好きなのかな? 今どきは古いって聞くし」


 美玲は肉じゃが特集の料理本を手に取るとあとは適当にと文庫本売り場を物色してから会計を済ませた。

 美玲が本を選んでいる間、翔はある一冊の本を見て小首を捻っていた。クラスメイトに勧められた壬生日向守という作家のライトノベルを見つめながら買おうか買わないかと悩んでいた。

 女子高生探偵とその助手が主役の推理活劇のようだがどことなく表紙に書かれたヒロインが美玲に似ていて気になってしまう。しかも件の作者はお色気シーンが売りだと友人に熱弁されている。普段は異性として意識しないように我慢しているが、つい翔も美玲に対して劣情を抱きそうになる。我慢しているというだけあり深層心理では翔も新藤美玲を異性として好きである。だからこそこの本を買うべきか悩んでいた。


「ええい!」


 翔は清水から飛び降りるが如く意を決してその本を購入した。

 偶然ながら翔と美玲はレジで隣り合い別々の店員から会計を済ませる。互いに相手が買った本を見ていないが、お互いに知られたくないと思ってその手の本に触れないようにした。

 本を買い終わると時刻は十一時を超えてちょうど昼時になる。少し早いが混雑を避けるための開店一番目にはちょうどいい。


「奢ってくれるとは言ったけれど、何処に行くんだ? あんまり高い店だと俺の方が困るよ」

「予算は一人二千円……ちょっと奮発するけれど高すぎるってことは無いわ」

「二千円か……俺の小遣いじゃ一回行ったらほとんどパーだぜ」

「私だって頻繁にはいけないわよ。でも、だからこそお仕事でお金が入った時くらいは……ね」


 美玲は何げなくウインクし、その仕草に翔はドキっとして顔を赤くする。

 翔は先ほど変な本を買ったからだと自分に言い聞かせて心の奥にふたをした。


「李氏厨房……ここね」


 駅ビルの最上階、レストランフロアの奥にある店に美玲は翔を連れてきた。

 この李氏厨房は香港出身の李さんが起こした店で、薫り高いが辛さは少ない赤いラー油炒飯が隠れた名物である。美玲にとってはちょっとした思い出の味、両親が生きていた頃に何度か訪れた近所の老舗である。


「李氏厨房か……父さんはあんまり連れてきてくれないんだよなあ。母さんと二人して中華なんて出来あいの惣菜か来珍で充分だって」

「あはは。確かに来珍も悪くないけれどね」


 来珍は駅から離れたところにあるラーメン屋でラーメンは大したことは無いが中華総菜は美味いと評判の店である。混雑していると注文してから来るまでが遅いという難点があるとはいえ手軽に安価で中華料理を楽しめるため人気は李氏厨房よりも高い。

 それでも美玲は李氏厨房の方が好きである。なにより思い出の味には代えられない。

 二人は開いたばかりの店に入った。


「いらっしゃい」

「二人です」

「あい、二名様ご来店」


 美玲たちは奥の通路側に通された。

 窓ガラスから見える外の景色は次第に集まりだす人の動きを写していた。


「何にしようかな」

「私は決めてあるわ。焦ることは無いからゆっくり選んでよ」

「来る前から決めてたの?」

「ええ」

「ちなみに何?」

「辣油炒飯と春節淡雪」


 辣油炒飯はこの店の知る人ぞ知る名物である辛くないラー油の炒飯、春節淡雪はグリンピースを使ったかに玉である。名前だけ聞いても判らない翔に合わせて美玲はメニュー表の写真を指差して彼に教えた。


「炒飯にかに玉か……じゃあ俺もそれにあわせるか」

「決まった?」

「うん」


 翔の注文も決まり美玲が店員を呼び止めて注文をオーダーする。翔が選んだのは上湯炒飯……すなわちスープ炒飯と広東芙蓉蟹……すなわち日本でも広く普及している広東風かに玉だった。

 速さは美味さというのか注文して十分ほどで二人の元にはアツアツの料理が運ばれてきた。

 早速二人は「いただきます」と手を合わせて料理に箸をつける。


 駅ビルの料理店で美玲らが中華を堪能している頃、叢神の家では開と晶が木刀を交えていた。毎週恒例の組打稽古である。


「ほう、朝稽古か」

「私も初めて見るけれど……なんていうか凄いね」


 ハチとあけのは打ち合う二人を見物していた。袈裟に胴切り、真っ向など晶が繰り出す攻撃を開はことごとく受け流す。鎬を削ると表現されるように開は鎬の部分を当てて晶の太刀筋を反らしていた。

 ハチも自衛隊での訓練で多少の心得があるとはいえ、剣道でも銃剣道でもない開の技術には驚かされるばかりである。


「素人目線だと……剣道ならインターハイでも目指せるんじゃないかな、あの二人」

「確かに下手な剣道有段者よりは強いだろうけれど、流石にそれは難しいだろう」

「なんで? 剣道も剣術も似たようなものじゃない」

「剣道っていうのはあれで結構ルールに縛られた競技なんだ。古流の技っていうのは剣道のルールでは不利になる場合も多々あるし、第一あの切り方では剣道では不利なんだ」


 ハチは二人が振るう木刀の太刀筋を指さした。


「ああいうふうに振り切った切り方は剣道ではやらない。普通、パンとハリセンで叩くように切るんだ。その方が無駄が少ないからな」

「そういうものなんだ」


 組打を始めてから三十分ばかりが経過する。

 一向に開は攻めに回ることなく晶の太刀を受け続けていた。晶の額には汗がにじんでいるが開は平然としている。その様子にハチは開が優勢だと思い、あけのは全く攻めに回らない開よりも晶が有利だと思って様子を眺めていた。


「そろそろ〆に入るぞ」

「一応言っておくけれど……怪我しないようにね、お兄ちゃん」

「わかっているよ。お前のほうこそ気をつけろよ」


 開は晶に確認を取ると一歩下がってから剣先を晶に向けて構える。これが突きの構えであることなど素人のあけのにも理解できる。

 ザッ! っという音が立つほどに力強く大地を蹴った開は右手での片手平突きを晶に放つ。矢のような開の突きを晶は紙一重で躱し、そのまま懐に飛び込むと、右足を軸に独楽のように高速で一回転して木刀で切り上げた。


「あ!」


 あきらは思わず目を覆いそうになる。あけのには晶のカウンターが開に炸裂したように思えたが、よく見ればそれは違っていた。開は素早く後ろに下がって晶の攻撃を躱し正眼に構えていたからだ。

 晶も構えると二人は向き合い、しばし威嚇しあったうえで刀を収めた。

 あけのは二人に水を入れたコップを渡し、ふと思ったことを晶にぶつける。


「晶……そういえば聞いたことがなかったけれど、剣道とかはやらないの? 昔はスカウトされていたりしたじゃない」

「剣道ねえ……中学までと違って、高校でやるつもりはないわね。私のやり方はあくまで剣術だから、競技には向いていないのよ」

「でもさ、あんな風にアニメみたいな動きができたら日本一だって狙えそうじゃない」

「……さっきも言っただろう、あけの。そういう問題じゃないんだ」


 あけのは純粋に友達がすごい力を持っているのなら周りにも認められていいのではないかと思い聞いたのだが、ハチがそれに割って入った。

 ハチの否定にあけのは少しだけ涙ぐむ。


「ハチは無理だって言うけれど、私はそう思わないから聞いてみたのに……」

「あけのは上を知らないからそういうことを言えるんだ。それに彼女も困っているようだから、詮索は止めておけよ」

「そうなの?」


 晶はハチの言うように少し困っていた。叢神流のことをあけのに話すのは良いが、中学時代のちょっとしたトラウマはできることなら教えたくないからだ。あけのが剣道と叢神流の違いを実感し、競技剣道から身を引くことを決めたとある日の出来事を。

 ハチはそれをかすかに汗に交じって香るフェロモンをかぎ分けて見抜いていた。だが親友に気を使わせたくないとも思い彼女はそれを否定する。


「そんなことはないよ」

「詮索したのは俺の方だったか。すまんな」

「気にしないでください。でも、確かに秋田さんが言うように上には上がいるから剣術の片手間で上に行くなんて無理よ。私は父さんたちみたいな剣術の先生を目指しているけれど、それは剣道で上を目指すのとは違う道だし」

「へえ……お兄さんもそうだけれど、二人とも将来のことを結構考えているんだね」

「自営業を継ぎたいなんて、俺はあんまり先を考えていないと思うぜ」

「お兄ちゃんはすぐそうやって茶化す! それに元はといえばお兄ちゃんが───」

「その話はまた今度にしてくれ」


 開は茶々を入れたらやぶへびになったと庭先から逃げ出した。

 晶が言いたかったことは「叢神流を開が継げば自分にも別の道があったのかも入れない」ということだが、この話は主に晶が開に対して持っている攻め文句にすぎない。昔は別として今は晶の方も乗り気なので開に立場を取られるというのも少しシャクなくらいなのだが、嫌味の一つとしては効果的なので晶はたまにこの話を武器にしていた。

 逆にいうとかつての開も叢神流の後継者を目指しており、その道を違えたことに多少の負い目を感じているわけだがこのことにあけのやハチは気づきようがなかった。

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