バックアップ①
1〜3話ダイジェスト
普通の高校生・木宮司義は強盗に襲われて命を落とした。が、彼は異世界召喚されて第二の生を歩むことになる。
だが、事はそう甘くない。彼を喚んだ少女——フィリア・ストレイスは、彼のことを『スピリット』と呼び、『ラグナロク』というバトルロワイヤルに参加するよう急かしてくる。その戦いで勝てばあらゆる願いが叶うという。彼は現実離れした状況に戸惑いつつも、生き返って元の世界に帰るため戦いに参加する事になった。
『スピリット』には召喚特典として幾つかの魔法が与えられる……はずだったのだが、司義の場合、魔法欄は黒塗りだった。こんな事はフィリアにも初めてだという。その真相を聞く為、2人は『ラグナロク』を総括する男『ヴァン・レオンハルト』がいる教会を目指すことになった。道中の森で2人をスライムが襲う。司義はフィリアから託された『魔銃』でスライムを倒すも、その衝撃で離れ離れになってしまう。フィリアは司義との合流を試みるが、突然現れた霧に阻まれて身動きが取れなくなる。そこに現れたのは黒いコートとシルクハットを纏った、殺し屋の『スピリット』だった——。
でも、怖気付くわけにはいかない。兄さん、父さん、そして母さんは、三年前に死んでしまった。その時からストレイス家の時間は止まってしまった。
貴方達が積み上げてきたものを、私が取り戻す。止まってしまった時間を、私が再び動かす。そのために、私は戦っているのだから———!!!
「どうした?そろそろ限界の筈だ」
ほとんどの魔力を右腕に集めたところで、『守護』を解除する。
「気でも狂ったのか……⁉︎ ならばいいだろう、遠慮なく殺らせてもらおうか」
右手で手刀を作り、脳内で燃える槍のイメージを作り出す。そして、それを実現するための大魔法の詠唱を始める。
「我が右腕よ、燃え盛れ、貫け。そして溶かせ! ハァァァァ………」
「まさか……⁉︎ させるかっ!」
奴が短剣を突き出そうとしたその時に。
私は右腕を、奴の心臓へと刺した。
「なっ………こ、これは……ぐぁっ……」
私の腕の半身は槍と化し、奴の肉体をじわじわと溶かす。奴は苦悶の表情を浮かべていた。
「ぐ……はぁ……身体がぁ……とけ……」
服が次第に溶けてゆく。また、奴の肉体から溶けゆくにつれて、魔力の煙が溢れ出てきた。スピリットが魔力によって出来ている事と深く関わっているのだろうか。この辺りは気になる点だ。もし、余裕が出来たらキノミヤで調べてみるのも悪くない。
「ぁ゛……………」
そして、奴は完全に溶け切ったーー僅かな呻き声を残して。即ち、跡形も残さず消え去ったという事だ。その様子を見て、私は『魂溶かす深炎の槍』を解除した。
スピリットというからには強敵だと思っていたが、全てが全てそうという訳ではないらしい。まあ、キノミヤもあんな不甲斐ないし……。
ともかく、早々に戦いが終わって助かった。不幸中の幸い、というやつかしら。
これで残りはあと八た———
「うっ……⁉︎」
身体が、前触れもなしに、尋常ではない痛みに襲われた。
そうだった。アラドヴァルを使えば多大な痛みが生じる。私としたことが忘れていた。仕方ない、ここで少し休んでから行こうーー。そう考えていた私の前に、予想外の出来事が訪れた。辺りが未だに真っ白だったのだ。そう、つまりはーー。
「霧が……晴れてない⁉︎」
あの霧が奴によって作られたものだというのは明白だ。だったら、奴を倒せば、魔法の効力は無くなり、霧が晴れるはず。なのに霧が晴れないだなんて……。
まさか奴はまだ、生きて———⁉︎ だとすれば、さっきのは偽もーー
「くっ……か……ら……だ……がっ……」
気をつけて、キノミヤ———。
◇◇◇
先程から奇妙な事が起こっている。大きさには違いこそあれど、同じスピリットの気配がそれぞれ別の場所からするのだ。おまけに、奇妙な霧まで現れた。
一体、何が起こっているのだろうか。さっきまで楽観的だった俺はだんだんと不安げになっていた。
「ほぉ……貴方がストレイスの御息女のスピリットか……」
突如、背後から声がした。低く、不安を煽るような声だった。
「……誰だ⁉︎ どうして俺を知っている⁉︎」
俺が背後に振り向くと、そこには紳士服の男がいた。彼は紳士的なお辞儀をした。
「私の名は懐刀。勿論、仮の名だがね。貴方の事は遠くから見ていたよ」
姿勢は整っていて、まるでお手本のようだった。だがーー頭を上げた一瞬の表情からは、邪悪さの片鱗が伝わってきたように感じた。
嫌な予感がする。早く逃げなければ。しかし、霧のせいでそんな事は出来そうもない。ここはーー奴から情報を得るしかない。危ないやり方だとは思うけど、フィリアが来るまでの時間稼ぎにはなるかもしれない。
「一体、何が目的だ……⁉︎」
「本日はーー貴方を殺しに来た」
ーー不味い。 その予感は、悪くも的中してしまったようだ。奴は短剣を取り出して、刃先を俺の方に向けた。本能が叫ぶ。このままでは殺される———と。
「ハァァッ!」
奴はこちらへ走って来て、短剣を振りかざす。俺はすんでのところで攻撃をかわした。しかし、攻撃の雨が止むことは無い。俺にはそれをかわしきる程の体力はなかった。当然、次第に疲れが目立つようになってくる。
「ぐっ!」
奴の短剣が体にかすった。これに動揺してしまい、回避するスピードが遅れた。そして、しばらくしない内にボロボロになって、その場に倒れこんでしまった。
「これで終わりか……。思っていたより呆気が無かったが……。む?これは……ふむ、とりあえず貰っておくか」
奴は不思議そうな目をした後、近くに落ちていた魔銃を拾い、ポケットにしまった。そして、とどめだ、と言い放ち、短剣を突き刺そうとする。
俺はもう、いやまた、死んでしまうのか。異世界に来てからまだ丸一日も経ってないというのに。
ああ、思い返してみれば、こちらに来てからロクな事など一つもなかった。勝手に召喚され、勝手に戦いに巻き込まれた挙句、何一つ魔法の才能がないと宣告された。そして———再び、死の恐怖と対面した。
当然、死にたくない。でも———その為に何ができる? そして、生き残って俺は何をするんだ? 果たしてこの世界で、俺は何ができるんだ? 無力な俺ができる事。それは———。
「持てる力の限り、戦い抜くことだ! 俺を頼りにしてくれた、フィリアの為に!!!」
「ぬっ⁉︎」
すると———どこからともなく、声が聞こえた。男のようだったが、聴いたことのない声だった。
『ならば描け。己の手で、強き武器を。そして叫ぶのだ。己がこの世界にいるという証ーー呪文を』
「貴方は……⁉︎」
『某は何者でもござらぬ。さあ』
声が途切れた後、俺の手の平が光り始めた。何が何だか分からない。だが、やらなければやられるだけだ。このチャンスを無駄にしてたまるかーー。
俺は声に従う事にした。即興で呪文を叫び、竹刀を空に描いた。
「『描画』!」
手の平に宿る光は輝きを増し、空まで届いた。その姿は、まるで天まで届く塔のようだった。その輝きが消えた時、俺の手には一振りの竹刀が握られていた。
これがどういう理屈かはわからない。それでも、これで奴と戦える!
「何ッ⁉︎」
奴が一瞬怯んだ。その隙を狙い、俺は力を振り絞って起き上がり、胸に一撃を叩き込んだ。
「はぁっ!!」
「ぐっ……」
奴がよろめく。しかし致命傷には至っていないようで、すぐに体制を立て直した。俺は続けて攻撃する。が、攻撃は短剣に阻まれて傷は与えられなかった。奴は、目を光らせて言い放つ。
「まさかこんな奥の手があったとは、私にも想像できなかった。貴方は中々のやり手のようだ———。だが」
今度は、語調を荒くして言い放つ。
「所詮は素人のお前が、この私に敵うはずがない!『乱斬』!」
奴は斬撃の嵐を繰り出した。俺はそれを防ごうとする。だが技術の差は次第に目に見えて大きくなり、遂には押し負けてしまった。
「ぐはっ……」
弾き飛ばされ、竹刀は壊れてしまった。気づけば霧も濃くなっていた。奴の姿を見るのも一苦労だ。
「今度こそ終わり、か」
「いや、まだ終わらせない。終わってたまるか!『描画』!!」
「まだ吠えるかーー負け犬め!その程度では、私は倒れない!アーッハハハッ!!」
俺はもう一度呪文を唱え、空に刀を描いた。すると前ほどの大きさではないが、光が現れる。しかし、その輝きは辺りの霧すら打ち払う程に濃いものだった。
程なくして、光が消え刀が出来た。その刀はまるで新品のように輝いていた。
俺は刀を両手で握りしめ、構える。奴の脇腹に当てる。その一点だけに意識を集中させた。奴は両手を広げ、いかにも余裕といったようだった。俺は刀の先を左上へ向け、脇腹へと振り下ろした。
「はぁっ!!!」
調子に乗っていた奴は、殺し屋とは思えないほど隙だらけだった。その隙に、倒させてもらう!
「ぐっ……ぐはぁ……」
奴は今までに無いぐらいよろめいていた。おそらく、今までのダメージが蓄積されていたのだろう。しかし、それでも奴は言葉を発した。
「クッ、残念だが潮時ですか……。今度は逃さないからな」
負け惜しみとも取れる発言をして、奴は去って行こうとした。だが、逃しておいては不味い気がした。ここで倒しておかなければ、次は本気でくるに違いない。彼を従える魔道士だって付いてくるだろう。
相手はただの人じゃない、英雄だ。多少無茶だし、もちろん恐怖もある。だが、やるしかないーー。
「逃すかっ!はああっっ!!!」
刃先を奴へ向けて、勢いよく突いた。恐怖心も確かにあったが、それはひとまず、心の片隅に押しのけて。
「なっ……ぁ……」
刀が奴の肉を貫いた。返り血はなかったが、奴を苦しめるのには十分だったようだ。俺は恐々と刀を抜いた。
「き……さま……っ……」
「ほん……と………にっ……し……ろ………う…………‥」
意味深な叫び。その意味を問う間も無く、奴は倒れた。スピリットだからなのか、死体は残らなかった。
思い返せば命の危機でこそあった。が、新しい力に目覚めることができたから、結果オーライじゃないだろうか。スピリットも一体倒せたし。あんなに凄い光が出ていたのだから、フィリアだってすぐに助けに来てくれるだろう。
———ってあれ?
目の前が……霞んで……
————————————————————————
夢を見ていた。
家のリビング、自分の部屋、キッチン。高校への通学路。親友の真斗と歩く光景。部活の先輩の健さんに真琴さん。日々の授業風景に友人とのたわいもない会話。
そのどれもが今となっては味わう事の出来ない光景なのだと、改めて感じたのだった。
「おはよう、司義君」
男の声と、月明かりに起こされた。気づけば俺は建物の中にいて、ベッドに寝かされていた。室内は石造りだが、特に特別な石を使っている訳でもなさそうだった。だが、フィリアの屋敷とは違って、なんだか神秘的だった。おまけに、僅かながら嗅いだことのない匂いもする。
目の前にいた彼は初老の男、というのが的確なように見えた。彼は黒服の上から白いコートのようなものを着ており、金色にも似た、黄色をした帯のようなものを首にかけていた。また、服には金色をした鳥のマークがついていた。
「あの、ここは……?」
「案ずることはない。フィリア君は隣で寝かせてある。ああ、そうそう。君の心を『読心』で読ませてもらった」
心を、読む……?これも魔法か。 魔法ってのはそんな事まで出来るのか。だとしたら……そんなことが出来るこの人は一体……何者だ⁉︎
「私の名はヴァン・レオンハルト。魔道教団本部長だ。そうそう、『描画』は魔力消費が大きいから、気をつけるのだぞ」
「えっ、魔道教団って……まさか⁉︎」
彼は木製の杖をつきながら言った。なんと、知らない内に目的地に到着してしまっていたようだ。
「さて、まずはこちらへ」
魔道教団本部長、ヴァン・レオンハルトは、俺を一階へ連れていった。正面には紫色の巨大なタペストリーがかかっていて、中央に金色の鳥を模したマークが描かれていた。床には赤く、華やかなロングカーペットが、部屋の奥に置かれた十字架のモニュメントへ向かって敷かれていた。
さらに机の上には、怪しげな瓶や道具が沢山置いてあり、団員らしき人物が作業をしていた。いくつかの瓶からは煙も出ている。先程感じた匂いはここから発されたものだろう。
流石は魔道教団本部、という訳か。フィリアの屋敷とは明らかに雰囲気が違う。何というか、禍々しいというか……。
彼は大きな羅針盤のようなものの近くの椅子へ腰掛け、杖を置いた。そして、俺に座るように促した。俺は近くから、木製の椅子を持ってきて座った。
「これは……?」
「これは魔計器と呼ばれる代物だ。血液を一滴垂らすだけで、その者がどのような魔法を宿せるか……いわゆる魔力適性を測定することが出来る。では、さっそく始めようか。君はそのままにしていなさい」
実を言うと少し怖かった。しかし、これも自分のためだと思い、俺は渋々了承した。彼は呪文を唱えた。
「『吸給血』」
俺の血が吸われたかと思うと、それは少しの間固形となり、宙を漂っていた。間も無くしてその血が落ちた。
魔計器が血に反応して淡い光を浴びる。光は黄色、そして白色をしているようにも見えた。
「ふむ……司義君の魔法の適性は並、といったところか。次に属性だが……」
ゴクリ、と息を飲む。
「『雷電』と『閃光』の二属性持ちだ」
その言葉を聞きて湧き上がってくるのは、魔法を使えることを喜び、騒ぎたくなる気持ち。だか、それを抑えて応答した。
「二属性持ち……それって凄い事なんですか?」
「それ自体はそう珍しくはない。魔法には、『火炎』、『水流』、『突風』、『大地』、『雷電』の五属性がある。まぁ、その中の二つ以上を持つ者なら、それなりにいる。珍しいのは『閃光』の方だ。なんせ発現するのはごく希で、レオンハルトの濁りなき血を引く者の中でも、限られた才を持つ者しか使えぬ魔法だからな。まあ……使いこなせるかどうかは君次第ではあるがな」
「そ……そんなに凄いんですか⁉︎」
「ああ、だがうぬぼれるな。『閃光』を使えずとも、優れた魔道士なんぞいくらでもいる。君の主人であるフィリア君の様にね」
けれど、そんな忠告を耳に入れずに俺は騒いだ。
「やったー!!! これで俺も異世界最強だぁっははっははぁ!!!」
馬鹿みたいに騒いだ。剣道の時に出す掛け声の何倍も大きな声で。
「最強! 最強! 最強ぉ!」
それに呆れたヴァンさんが痺れを切らし、呪文を唱えた。
「ーー黙れ、若者よ!『閃光』!」
彼の手から出た光は球となり、俺を直撃した。
「ゔぁ⁉︎」
俺はその場に倒れ込み、意識を失った。
————————————————————————
「起きたか、司義君。まさか君があんなに腑抜けていたとは…………」
体感にして三十分ほど経っただろうか。俺の目の前には怒り顔をしたフィリアとヴァンさんがいた。
「はぁ……アンタってばもうちょっとちゃんとしなさいよ!仮にも英雄だってのに礼儀もなってないの⁉︎」
彼女の説教には、怒りと呆れが混ざっていた。激怒する彼女の勢いに押されて、俺は即座に謝った。
「あんなにはしゃいでしまって、本当にすいませんでした!!!」
俺は頭を下げながら、震えるように詫びた。静寂の後、彼が口を開いた。
「頭をあげなさい。確かに、自分が特別な人間だと知った時、普通の若者ならあんなにはしゃいでも可笑しくない。初対面の人間の前でそうするのは、流石にどうかと思うがな……」
「まあ、今回は特別に許してあげるってヴァンさんも言ってたわ。ああ、それと」
「それと?」
彼女の顔が神妙な面持ちになる。
「戦う覚悟は出来た?」
昨日と同じ問い。だが答えは違う。生で戦いを味わい、俺は変わった。
「ああ……。出来たよ」
それを聞いた彼女は、どことなく綻んだ顔をしていた。頃合いを見計らって、ヴァンさんが話し始めた。
「それでは、私からラグナロクの詳しい解説をさせて貰おうか。君らは知りたいのだろう? ラグナロクの概要を」
俺たちはうなずいた。彼が語り出す。
「今回のラグナロクは六回目となる。各国の代表者五名と、民間の魔道士の合計十名で執り行われる。勝ち残りし者には、この世界の創造主の権限の一部、王の指輪が与えられる。それを使えば、あらゆる魔法を行使することが出来る。世界を超越し、異なる世界へ跳躍することすら可能だ。まあ、何を成すかは君達次第だがね」
流暢に語る彼。彼の話には、色々と気になるところが出てきた。その中で最も気になったものについて、俺は問いかけた。
「すいません、この世界の創造主って何者なんですか?」
「ゼロ・レオンハルト。私の遥か遠い遠い先祖だ」
「そ、創造主の……血を引いてるって……」
あまりの衝撃の真実に開いた口が塞がらない。俺を置いてきぼりにして、彼は話を続けた。
「彼は三千年前、魑魅魍魎の蔓延るミドガルドに降臨した。そして、魑魅魍魎を討ち倒し、人々が安心して暮らせるようにした。その上、彼は我らに文化を与えた。魔法もその一つだ」
「へぇ……凄いんですね、その人は!」
俺は心の底からゼロ・レオンハルトを尊敬した。世界を救ったという、偉大すぎる功績を成し得た彼は、完璧な英雄と言って差し支えのないように思えたからだ。
「君もそう思うか。では、ついでだ。彼が作り出した五大国の簡単な説明でもしておこう」
彼の話はこうだった。大陸の南に位置する国、サマノーアは、農民に優しい政策をとっているため、民衆からの支持が厚い。東には第二の王都とも言われるパルシアがあり、貿易が盛んだとか。
サマノーアの西にあるのがヴェルゴンド。北には森が、南には砂漠があり、自然溢れる国だ。その中でも一番の名所はザルバ山で、寒冷ではあるが頂上からの景色は美しいという。
大陸の北に位置するサンタリア帝国は、別名魔法帝国とも呼ばれる。国内では魔法を用いた独自の交通網が発達しており、自立して動く機械人形があるほどだとか。
そこから海を渡り、北西にあるのが島国アンドーア。付近に住む魚人族と協力して、政治が行われている。そのため、島国ながらかなりの国力を保有している。彼らの水軍は世界一だとか。
最後に、大陸の東にあるのがフォドルク。考古学的に価値の高い遺跡が多く存在しており、近年、研究が進んでいるらしい。
「まあそんなところか。本当ならもっと教えたい事があるのだが……」
「もしかして、忙しいんですか?」
彼は腕に目をやる。その視線の先には腕時計のような物があった。
「ああ。それに、君らに肩入れしすぎては、周りから疑われてしまうのでね。今、餞別を取ってくるから待っていなさい」
彼は二階へ上がった。その間に俺は彼女に聞いた。
「ねぇ、ヴァンさんが着けてるのって……」
「陰陽計よ。太陽が出ていない十二時間を陰の時、太陽が出ている十二時間を陽の時として一日二十四時間で表すものよ」
どうやらこの世界では、毎日、日の出から日の入りの時間が同じだそうだ。彼が戻ってきた。
「金貨五十枚。金額にして五十万ザック分だ。慎重に使いたまえ」
「ありがとうございます、法主」
彼女がお辞儀をした。俺も少し遅れてお辞儀をした。
「次はヴェルゴンドへ向かうといい。あの国の神殿では、『雷電』の魔法を目覚めさせる儀式が可能だからな」
「「ありがとうございます!!」」
ピッタリと、二人の声が重なった。
「そうだ。君の黒塗りの魔法だが……」
俺達が魔道教団を後にしようとした時、彼が思い出したかのように発した。
「あのような例を、過去に数人見たことがある。彼らの場合は、実戦経験を積む事で魔法が会得されていった。おそらくだが———君も同様の例だろう。まあ、分からないことがあったらまた聞きに来たまえ。出来る範囲で力になろう」
俺はお辞儀をして、その場を後にした。
◇◇◇
あれから俺たちは王都サマノーアの宿屋に泊まり、少しだけ王都観光をした。
俺は土産屋さんに寄ってみたのだったが、王都の品物はどれもこれも興味深いものばかりだった。奇妙な彫り物や、魔法を使った目覚まし時計などだ。とりあえず、目覚まし時計を買ってみた。
次に向かったのがよろず屋。バンダナを巻いたマッチョのおじさんが店主をしていた。とりあえず最低限の装備を買った。銅の剣に鎖帷子、十字のマークがついた銅の盾と、なんだかよくあるRPGの序盤の装備みたいになってしまったが。
そうそう。店主のおじさんが行き先を聞いて来たので、ヴェルゴンドへ行くと言った。そうしたら、「あそこだけはやめとけ」と言われたのだ。何故かと言うと、あそこでは今、内乱が起きているだからだそうだ。
ーー事の発端は、前国王の逝去。その死はあまりにも突然で、後継者問題を引き起こしてしまった。生前、彼が態度を明確にしていなかった事も相まって、国内は彼の次男、ハダー・ヴェルゴンドと長男、グルード・ヴェルゴンドの派閥にそれぞれ分かれた。
対立は混沌を極めた。結果として勝者となったのは、『白亜の騎士』と呼ばれる最強の騎士を味方につけたハダー派だった。
それはいつの間にかハダー派に属していて、白亜の鎧を纏っていた。その剣技は鷹の如く素早く、剣の威力は竜の爪のように強く、グルード派から恐れられたとか。
彼の登場により内乱は鎮圧されるかに見えた。だが、グルード派はしぶとかった。彼らの残党が次に持ち上げたのが、まだ十にも満たない少女、ミューネ・ヴェルゴンドだった。
彼女はヴェルゴンド王国の第一王女であり、魔法の才能に溢れていた。それ故に、王国中心から離れた離宮で魔法の英才教育を受けていた。
彼女は、残党達の要請を承諾した。程なくして彼女は、ハダー派討伐のための部隊『緑衣隊』を結成した。
その部隊は、民衆や騎士、そして機械人形により構成されている。一見、弱そうに感じるかもしれないが、彼らの結束の硬さは凄まじかった。なんと、ハダー派の拠点を次々と陥落させるほどの強さを誇る。
この動きをハダー派が見逃す訳もなく、ハダーは王都の制圧を急ぎ、王としての正当性を高めた。そして今、国内の主要組織はハダー派が牛耳っている。
「ってな訳でな、ヴェルゴンドは危険な国になっちまったんだよ。あんたらがどうして行きたいかは知らんが、どんな理由があるにせよ危なすぎる。まっ、急がば回れってやつだ」
彼が警告した。
「俺達はヴェルゴンドの神殿に行きたいんですけど大丈夫ですかね……?」
「いや、大丈夫な訳あるか。あそこには、神殿は国王の許可がないと入れないっていう法律があるんだよ。どうして行きたいかは知らんが、やめとけ、やめとけ」
確かに内乱が起きてる国にノコノコと向かうのは、飛んで火に入る夏の虫だ。だが俺の魔法を増やすためには、ヴェルゴンドへ行かなければいけない。でも、他にも『雷電』が覚醒できる場所はあるかもしれない。やはり避けておくべきか。
いや待て、あの殺し屋のような奴が、次いつ襲ってくるかは分からない。ならば、早めに戦う手段を増やしておかなければならない。俺はきっぱりと言った。
「いや、俺達は何が何でもヴェルゴンドへ行きます。どうしてもそこへ行かないといけないんです!」
おじさんも分かってくれたのか、渋々頷いてくれた。
「———分かったよ。そこまで言っても行くんなら、俺はもう止めねぇ。だがよ、こいつだけは忘れんな。いいか、関所で『この国の王に相応しいのは?』って聞かれたら、躊躇わずに「はい、ハダー様です」って答えるんだ。分かったな?」
「はい」
「ええ」
俺達は頷いた。そして、彼に感謝の言葉を告げると、ヴェルゴンドへと旅立った。
————————————————————————
ヴェルゴンドまでの道のりは、決して近いとは言えなかった。
街道が舗装されているとは言っても、馬車もない俺達はただただ歩くしかなかった。これは苦痛だった。
加えて食料問題もある。魔法が発達しているとはいえ、保存技術は存在していないらしく、どこかから食料を調達ーーつまり、命を頂かなければいけなかった。
……まぁ、食料を確保してくれたのはいつもフィリアだったが。これに関しては本当に申し訳ない。
そんなことがありながらも、五日ほどでサマノーアとヴェルゴンドの関所に着いた。いかにも西洋の要塞といった形をしたそれは、山と山の間にずっしりとそびえ立っている。
そこには二人組の番人だけがいた。俺が遠くから眺めていると、片方の番人が話しかけてきた。
「そこの二人組よ。どのような目的でここへ来た?」
「はい、ハダー様を支えてこの国の内乱を鎮めるためです」
……もちろん嘘だ。
「なるほど。では、この国の王に相応しいのは誰だと考える?」
もう片方の番人が問いかける。
「もちろん、ハダー様です」
「ハ、ハダー様です」
「よし、通れ」
門が開かれた。ここからがヴェルゴンド王国の領地か。何となくだけど、雰囲気も違う気がする。俺たちは用心して道を進んだ。
しばらく歩くと、村が見えてきた。村というからにはのどかなところなのだろうと、勝手に想像していた。しかし、そこからは叫び声が聞こえてきた。煙も見える。どうやら戦いが起こっているようだ。
「これは……。ねえ、助けに行ってもいい?」
「ええ。ただし、中立で立ち回ってね。いい?」
「ああ」
「じゃあキノミヤ、剣を出して」
「ええと……これでいい?」
買ったばかりの銅の剣を鞘から出した。
「行くわよ。『付加・突風』!」
彼女が呪文を唱えると、剣を風が纏った。俺達は村の方へ向かった。戦っているのは、緑の衣を着た人々と鎧の騎士達。おそらく緑衣隊のメンバーと、ハダー派の騎士だろう。
緑衣隊は荒削りながらも、騎士に攻撃を加えていた。彼らの中には、村人に危害を加えている者もいた。俺達は、そういう奴らを村人から遠ざけようとした。
「村人に手を出すな! ハァッ!」
「『水流』!」
「ぐはっ!」
俺達は順調に、村人に危害を加えようとする奴らを倒していった。しかし、そこへ機械人形の大群が現れた。
「目標確認。排除を開始する」
機械人形。全身が機械で、黒い装甲をした人型兵器だ。声は無機質で、赤い瞳には生気が宿っていない。
奴らは腕についたマシンガンをこちらへ向けると、連射を始めた。俺は必死に避けながら、奴らへと近づこうとする。彼女は呪文で応戦していた。
「『火炎連弾』!」
しかし奴らは怯むことなく、攻撃を続けた。
「どうして⁉︎私の魔法が効かないだなんて事があるわけ……ええぃ、これでもくらいなさい!『炎牙』!!」
彼女の前に、炎でできた狼の牙が現れた。それは機械人形へ向かって飛んで行き、奴らを噛み砕こうとした。が———。
「外部装甲の損傷ーーゼロ。排除を継続する」
……効いていないだって⁉︎ あんなに強そうな魔法が⁉︎俺は戦慄した。一体こんな大群にどうやって立ち向かえばいいのか。
すると、どこからともなく、一人の甲冑を着た男がやってきた。
「……ん⁉︎」
「やれやれ、救援要請を受けて来たが、酷い有様だな……ん?ここは危険だ、少年にお嬢さん。何、あのガラクタ共は私が成敗するから心配御無用だ」
驚くほど白い鎧の中から、溢れ出る魔力。太陽のように光り輝く剣。
「貴方は……?」
「我が名はガレス。白亜の騎士にして、ハダー様の剣たる者なり!」
さっそく白亜の騎士と遭遇してしまった。名前はガレスというそうだ。この名前、どこかで聞いたような……?
そんな俺を背に、彼は呪文を唱えた。
「『付加・聖炎』」
一瞬にして彼の剣を炎が纏った。しかし、普通の炎とはどうやら違うようだった。それは、聖なる炎と形容するのが相応しいような炎だった。
「狂いし機械よ!地へ帰れ!ハァァーッ!!」
「外部装甲の損傷———測定不ノーー」
彼の一撃は聖炎を纏い、機械人形を両断した。奴らのパーツは聖炎に焼かれ、しばらくすると完全に燃え尽きた。
「す……凄い」
俺は唖然とした。奴らをたった一撃で倒してしまった。それでいて、彼は平気な顔で立っている。
「あの……ガレスさん」
「……ああ、何かな?」
彼が反応した。
「今のは一体、どうやって……?」
「先程の剣技か?……何、君にも何れ出来るであろう。常日頃から、鍛練を怠らず居ればな。騎士たる者、主君に尽くすべく日々精進しなければならんぞ。それでは」
そう言って、彼は去っていった。
その後、俺の元にフィリアが駆けつけた。彼女は俺の状態も気にしているようだったが、真の監視は違うところにあるようだった。
「ねぇ、キノミヤ。白亜の騎士についてどう思う?」
「どうって……」
「私は、彼がスピリットだと考えているわ。武器屋での話を信じるとしたら、彼の経歴は不明。加えて、超人的な力を持っている。召喚されたとしてもおかしくはないわ。貴方、何か心当たりはない?」
「心当たり、か……」
引っかかりがあるとすれば、その名前ぐらいだけど……。
はっ⁉︎ そう言えば……! 確証は無いけど、一つ言える事がある!
「ーー彼の名前を本で読んだ事がある。本の名前はーー『アーサー王伝説』」
その言葉に、彼女はかじりつくような眼差しでこちらを見る。
「アーサー王……⁉︎ と言うことは、ガレスも彼の仲間だったと言うこと?」
「え、えっと……多分そうだった……と思う」
自信が無いせいで、しどろもどろな答え方をしてしまった。
ーーしかし、アーサー王の名前をフィリアが知っていたのは意外だった。彼もまた、過去のラグナロクに参戦していたのだろうか……?
————————————————————————
本日泊まっていく予定だった村が滅茶苦茶になってしまったので、俺らは急いで他の村へ向かった。で、今いるのはさっきの村から三時間半ほどかけて、辿り着いたカボツ村の宿屋だ。
戦いの疲労もあり、さっきまでヘトヘトだったが、宿屋の御主人が、村の名産のカボツを使った料理を振舞ってくれたお陰で元気が戻って来た。
ちなみにカボツとはカボチャによく似たーーいや、よく似過ぎた野菜だ。まぁ美味しいからいいのだが。
さて今現在、俺の隣のベッドでフィリアが眠っている。勿論手を出したりはしない。
俺は近いうちに、ハダー派かミューネ派かどちらにつくかを決めなければいけなくなるだろう。それを決めるために、彼女の意見が聞きたいのだ。
俺はフィリアの肩を優しく叩いた。
「ごめんなさい、疲れてるからまた明日ね」
そんな嘘をついて逃げてから十五分は経っただろうか。鈍感なアイツは気づいていなさそうだが、今の私は狸寝入りをしている。
そして考えている。白亜の騎士、ガレスを擁するハダー派につくか。機械人形を保有するゲリラ部隊である、緑衣隊を持つミューネ派につくか。
確かに緑衣隊は強そうだ。ゲリラ部隊というものは定石の戦法をとらない。それに民衆の期待もあり、底の知れない機械人形まで従えている。もしかしたら、ハダー派より上かもしれない。
だが村を壊すような真似を続けるのは、決して賢いとは言えない。機械人形はガレスにいとも容易く倒されてしまったし、このまま村を滅茶苦茶にし続けていれば、いずれ民衆の反感を買う。
他に期待できるのは魔法の才能に優れたミューネと緑衣隊の底力ぐらいだが、どちらも不確定要素にすぎない。
しかし一方でハダー派の悪い噂も聞こえてくる。ここに着くまでも、そのような話をする人を何人か見た。金や女絡み、権力闘争などだ。
———ーよし、決めた。
私は決意を抱き、眠りについた。
————————————————————————
部屋に光が差し込み、部屋が明るく照らされた。私は光に起こされた。振り子式陰陽計は、陽の時一時を指していた。こんなに早い時間だし、キノミヤはまだ寝てるだろうな。
私はベッドから出て、寝巻きから着替えようとする。かばんから着替えを出して、上を脱いだ。キノミヤが寝てる内に着替えを済ませようとして、急ごうとして一気に下まで脱いだ。次は下着を脱がないと。そうしてコルセットを脱いだ、その時だった。
「あれ?フィリア、もう起きて———」
なんと、アイツが起きていたのだ。アイツは振り向こうとした。私は慌ててコルセットを着け直そうとした。しかし異性に半裸の姿を見られた焦りから慌ててしまい、コルセットは落ちてしまった。
「きゃぁっ……‥…やっ………見ないでっ……」
しかし時すでに遅く、恐ろしい事にアイツは私の方を見ていた。私は即座に両腕で胸を隠した。胸は何とか見られずに済んだ。だが、恥ずかしい姿である事には変わりない。
「ごっ……ごめんっ!悪気は無かったんだ!!決して……そのっ……」
しかしその視線は私から離れる事はない。あっ、こいつは確信犯だ。
ああ、逃げ出せるものなら逃げ出したい。けれど逃げ出したら逃げ出したらで、今度は私の方が変態扱いされてしまう。ここはアイツに穏便にしてもらうしかない。私は羞恥心を抑えてこう言った。
「わ、私の裸なんか見てもっ……面白くなんかないわ!今すぐ後ろを向きなさいっ……!私がいいって言うまで振り向いちゃダメだからね!」
アイツは顔を赤らめながら渋々、分かったよと言って後ろを向いた。私は片腕で金髪を撫でながら心を落ち着ける。そして心が落ち着いたところで両腕を胸から離し、着替えを再開する。
「っ……‥いいわよ」
着替えが終わり、アイツが振り向いた。アイツは若干残念そうな顔をしていた。スピリットと言えども、アイツはそういう年頃だから仕方ないーーと。そう自分に言い聞かせる。
ひとまず、朝食を食べる為に一階の食堂へ向かった。
ちなみにキノミヤは私より先に着替えていた。こんなに早く起きて何をしていたかと言うと、どうやら『描画』で日用品が作れないか試していたらしい。作れることは作れたそうだが、魔力が持続せず、すぐ消えてしまったとか。
「さて、昨日の話の続きだけどあれから私なりに考えてみたの。私としては、ハダー派につく方がいいんじゃないかと思うわ。確かに、今勢いがありそうなのはミューネ派よ。でも、機械人形を使って村を襲うなんてことを続ければ、その勢いも評判も、近くない内に落ちる。加えて、ハダー派には白亜の騎士がいる。彼の強さは貴方も知る通り。多少黒い噂はあれど、所属するメリットは大きいはずよ」
キノミヤの反応を待つ。しかしアイツは上の空。まさかと思うが、まだあの時の事を思い浮かべて……。
「ちょっと!聞いてるの⁉︎」
「んっ?うん、聞いてるよ」
その時のアイツは、ボーっとしていて話を聞いていなかった、とでも言い出しそうな顔をしていた。このまま話してても堂々巡りなので、ヴェルゴンド城へ向かいながら説明するとするか。
————————————————————————
私達はヴェルゴンド城に着くと、ハダーの重臣らしい、リアン・ブザールという女性に、彼との面談を所望した。彼女はとても綺麗で、黒服がなんとも様になっていた。ハダーが来るまでの間、私達は応接間で待たされていた。
「フィリアってお城に来るのは初めて?」
隣に座っているキノミヤが聞いてきた。
「いや?初めて来たのは五歳くらいかしら。確かサマノーア城だった筈よ。その時私のお父様は———」
ここまで話して気づく。これ以上話せば、私の恥ずべき過去を晒す事になってしまう。よし、不自然でもいいから話を打ち切ろう。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「大丈夫⁉︎まさか食中毒にでも……」
「いえ、大丈夫よ。私の事は気にしな……ゴフッ!」
うん、うまく騙せてるわ。アイツが単純なのもあるけど、私の演技力も中々のものじゃない?
「落ち着いて!今すぐ医務室に連れてくから!」
———ーーは?
「ううん、私のためにそこまでしなくても」
「どうしても心配なんだ!別に、行って損はないだろ?」
「えっ……ええ」
どうしよう。後には戻れないところまで来てしまった。ここはおとなしくアイツに従うしかない、か。過去がバレるよりはマシだ。
————————————————————————
「彼女は———ーー無事です」
ドアが開かれ、声がした。俺は思わず歓喜の声を漏らした。正直、最初はフィリアの事を少し気に食わない奴だ、なんて多少だが思っていた。
でも、今ではその態度も軟化してきているように見える。俺とフィリアがだんだん仲間になってきている、そう思ったのだ。
「フィリアを助けてもらって、ありがとうございます!」
俺はお辞儀をした。看護婦のお姉さんも心なしか嬉しそうだった。俺は医務室に入り、フィリアの顔を眺めた。室内に医療器具といえる程のものは無かった。が、すっかり元気そうだ。
「よかった……」
彼女が助かった事は確かに良かった。良かったのだが。
「キノミヤ……助けてくれてありがとう……」
「フィリア、帰ろう」
「えっ……まだハダーとの面会が……」
「フィリア、こっちへ」
俺は彼女の手を引き、人目につかない場所へ連れ出した。そして小声で言った。
「実はフィリアが寝てた二時間を使って、俺は城下街を廻ってたんだ。そしたら、色々とハダーの悪い噂が聞こえてきた」
「あのねぇ、アンタは……」
彼女は真剣な表情で話していた。しかしそんなのは百も承知。俺にも俺なりの理由がある。
「女性関係や金、権力を巡った争いに———」
「そんなの私でも分かるわよ!それでも、機械人形で見境なく村を襲うミューネ派よりはマシじゃない?」
彼女は一層語気を強めた。俺は落ち着いて返す。
「もし……ミューネ派がハダー派と通じているとすれば?」
「……え⁉︎」
「これは俺が街で得た情報から考えついた結論だ。緑衣隊が従える機械人形は、何故か傷一つつけることが出来ないらしい。でも、ガレスが奴を倒したのを俺はこの目で見た。これはガレスの持つ剣にカラクリがあるんだろう。ーーどんなものかはまだ分からないけど。
一回話を区切ると、息を吸った。
「それに緑衣隊の勢いは凄まじいが、何故か主要部の制圧には乗り出せていないって。機械人形で見境なく村を襲うなんて非効率的な事をするより、主要部を襲った方が早いと思うんだ。これは、実はミューネ派はハダー派と繋がってるって事じゃないかと思って」
彼女は呆気に取られていた。いくらに賢くても、二つの勢力が裏で繋がっているという柔軟な発想には至らなかったのだろう。———自分で柔軟って言っちゃうのはちょっとまずいが。
「なるほど……ね。そして恐らくミューネ派の株を下げる事で、自らの信用を上げている……。分かったわ。だったら、ハダー派について、内側から真相を暴くとしましょう! 分かったわね?」
「ああ!」
その後、リアンさんが取り計らってくれてハダーとの面会が叶う事になった。
俺たちは玉座の間で彼の到着を待っていた。辺りには、大理石で作られた柱や真紅の絨毯、神々しいステンドグラスがあった。これぞ、正に玉座の間という感じだった。
奥の扉が開く音がした。そこから、金のショートヘアをした、冠をつけた男が現れた。赤い高級そうなマントを纏っており、彼が王だと一目で分かるようになっていた。
彼は玉座に座ると、冷たい視線をこちらへ向けた。そして目を見開くと言葉を発した。
「遠路はるばる御苦労様。私がこの国の王、ハダー・ヴェルゴンドだ。君がフィリア・ストレイスか。ところで、隣にいるのは君の従者か?」
「「⁉︎」」
完全にバレている。初対面にもかかわらず。もしかして彼も———。
「もしかして、ハダー様もラグナロクに参加して……」
「ああ。ガレスは私のスピリットだ」
どうやら、読みは当たってしまったようだ。だが、こんな強いスピリットにどうやって勝てばいいのだろうか。
彼が玉座から立ち上がり、こちらへ歩いてきた。
「君らは憎くき緑衣隊を潰すべく協力してくれるのだろう?ならば見返りとしてラグナロクでの同盟を約束しよう。どうだね?」
「えっ……⁉︎」
にわかには信じがたい話だ。だが悪くない。受け入れない理由はないのではないか。
「はい、俺に手伝わせてください。必ずや国内平定の支えとなってみせます」
彼は表情一つ変えずに聞いていた。フィリアは、これは私のセリフだったのに……とでも言いたげな顔をしてこちらをチラッと見ていた。
「ふむ。君らがいれば百人力だ。我が兵よ、聞け!今此の時から、緑衣隊掃討作戦を始める!明朝、ガルドアの森へ集結せよ!」
「オー! オー!」
室内を警備していた兵士らから声が聞こえた。彼らもこの時を待ちわびていたのだろう。
「君らには後で話したい事がある。まあ、後で呼ぶから私が手配する部屋で待っていてくれ」
「「はい!」」
一体この先にどんな真実が待つのか。どんな脅威が待つのか。それは分からない。ただ今の俺達に出来ることは一つ。全力を尽くす事だけだ。
◇◇◇
「君らへの話とは他でもない、緑衣隊掃討作戦の事だ」
深夜。ハダーは俺達を呼び出すとこう言ったのだ。
「こんな時間から軍議ですか⁉︎随分早いんですね……」
「軍議といえば軍議だが、今回は相談に近い」
相談? こんな夜深くに、一体どんな話がされるのだろうか。先程の会食で話せなかった話だ。とても重要で、内密な話なのだろうが、具体的に想像できない。
「奴ら、緑衣隊の本拠地であり我が国の離宮があるのが、ここから北にあるガルドアの森だ。奴らはそこを完全に我が物にしている。機械人形が闊歩し、兵どもが貪り歩き、数多くの罠が仕掛けてあると聞く。そこでだ」
彼の眼差しが一層強くなる。
「君達には『不意打ち』をしてもらいたい」
「不意打ち、ですか?」
フィリアが問い返す。
「ああ。実は離宮には、緊急事態に備えて隠し通路が作られている。その通路はここから南、ザルバ砂漠にある塔に繋がっている。君達にはそこから緑衣隊へ奇襲を仕掛けてもらいたいのだが」
……なんだって? 超重要な任務じゃないか。本当に俺らに任せていいのか……? 正直言って不安だが……。
「あの……本当に俺達だけでいいんですか?敵も奇襲を想定してるんじゃ……」
しかし彼はその指摘を気にもしなかった。
「木宮司義、フィリア・ストレイスよ。私は戦いが嫌いだ。ましてや親族同士での争いはね。今回の戦いも、出来るだけ早く終わらせたいのだよ」
彼は立ち上がり、窓の近くへと歩きながら言った。
「君達の実力が如何程かは正直言って分からん。だがな、私に協力するという事は、それに相応しい覚悟を持っているという事だと、私は思うがね」
覚悟……か。もしかしたら、俺はラグナロクに参加せずともよかったのかもしれない。戦いに関わるあらゆる物から逃げ出してしまって、一農民として静かに生きていく事も出来ないとは言い切れない。
でも、こうして今、俺はラグナロクで勝ち、願いを叶えるために危険を顧みずに行動している。だったらもう、それが覚悟だ。ならば、こんなところで怖気づいていちゃ始まらない。
彼は窓の外を眺めていた。俺は彼に話しかけた。
「その役目、俺にやらせてくれませんか?」
彼は少し考えた後、頷いた。
「よかろう。ストレイス殿も、異論は無いかね?」
「ええ」
「ならば決まりだ。厚着を手配しておこう。すぐに支度したまえ。もし迷ったら塔を目印にしろ。では」
彼は部屋から出た。俺達はそれぞれの部屋に戻り、支度をした。
————————————————————————
砂、砂、砂。
見渡すばかり何も無い。先程からどれほど歩いたかは分からないが、遥か遠くに見える塔は一向に近くならない。それに寒い。砂漠の夜が寒くなるとは知らず、最初は厚着を脱いでいたのもあるが。今は厚着を着ているので多少マシになったが、それでも寒い。
「なあ、フィリア。瞬間移動できる魔法とか無い
の?」
「ある訳ないでしょそんな便利な魔法……ああ寒っ!」
そんな冗談交じりの話をしながら歩いていた。『描画』で自転車かバイクでも作って乗れば楽なんだろうけど、砂漠で動く保証はないし、俺の魔力が持つかも分からない。
「あっ……! あれをああすれば……出来る、出来るわ!」
フィリアの声が上ずり、目が輝いた。まさか、瞬間移動する魔法を思いついたのか⁉︎
「キノミヤ、『描画』で竹刀を作りなさい。銅の剣も出して。剣先を下に向けるのも忘れずに」
瞬間移動という訳では無さそうだが……。
「一体どうして……? まあいいか。『描画』!」
手の平に光が現れると、竹刀が現れた。俺はきちんと剣先を下に向けた。銅の剣も鞘から取り出し、剣先を下に向けた。
「『付加・水流』!『水流』!」
すると俺の刀から水が噴き出し、その水圧で俺ごと空へ上がった。彼女の方は手から水を出し、軽々と空を飛んでいる。もしかして、これで行くつもりか⁉︎ 俺は恐る恐る、剣先を傾ける。
「うぉっ!へへっ……」
おやおや、思っていたより楽しいぞ。前にテレビで見た、水圧で空を飛ぶヤツに似ている。あれはパイプが繋がってないと飛べなかったはずだが、これは魔法を使っているので何処でも飛べる、という訳か。
俺ははしゃぎながら塔へと向かった。意外な事に、彼女は嬉しそうだった。もっとも、これは子供のような嬉しさではなく、自分の頭脳を自慢したげな顔に見えたが。
気づけば日が登り始めていた。地平線は輝き、砂漠は光を反射して黄色に光っている。塔が間近に見えてきた。彼女は魔法を解除し、俺達は地面に降りた。正直言って楽しかった。また機会があればやってみたい。
そこから少し歩くと、塔の入り口が見えた。そのレンガ造りの塔は、そこそこの高さだった。俺達は中に入った。
塔の中には上へ上がる階段と本棚一つがあった。これはあれだろう。明らかに本棚の下に入り口があるパターンだ。俺は早速本棚をどかした。すると、やはり地下へ続くはしごが出てきた。
「なんと言うか……分かりやすい隠し場所ね」
どうやら、彼女も同じ事を考えていたようだ。
俺らは地下へ降りた。そして再び歩き出した。先程よりも長い距離だった。さすがに苦になってきたので、彼女としりとりをやって、時間を潰そうとした。提案したところ、どうやらそちらにも似たような遊びがあるらしく、理解してくれるのが早かった。
……けど、よくよく考えたら、こちらの言葉と向こうの言葉は元々別の言語。それが翻訳されて擬似的に話せるだけで、二人が同じ言語を話してる訳じゃない。つまり、しりとりは成立しなかった。
そんな感じで何時間歩いただろうか。分からないが、良いところまで来たのは確かだ。現に、開けた場所に着いた。きっと休憩を取る為の場所なんだろう。
だが、特に貴重そうな物がある訳でも無く、変わったところも無かった。俺達はさっさと通り過ぎようとした。だが。
「………っ⁉︎」
どこからともなく矢が飛んで来た。すんでのところでかわしたが、気配一つ感じない。一体どこから。振り返っても誰もいない。
「まさか……前に……⁉︎フィリア!気をつけて!」
「正解だぜ、絵描きさん」
男の声が聞こえた。
「絵描きさんってのは俺の事か⁉︎ おい、どこにいる!」
「さぁ、当てて見な!」
男は挑発してきた。すると彼女が呪文を唱えた。
「大地よ、起き上がれ!『岩石剣山』!」
地面がせり上がり、沢山の岩の柱が出来た。だがそれでも、男がどこにいるのかは分からない。しかし、声だけは聞こえた。
「魔道士さんも中々面白い魔法が使えるみたいだな。こういうのは早めに手を打っとかないと……なっ!」
声の後に、矢だけが、空中から飛んで来た。俺は、ギリギリで矢を視認して避けた。だが、攻撃は始まったばかりだった。矢は再び飛んで来た。同じ方向から飛んで来たので、楽に避けられた。———だが。
「うわっ⁉︎」
突如、背後を刺すような痛みが襲う。痛みに耐えながら背中を見ると、なんと矢が刺さっていた。
「い……いつの間にっ……⁉︎」
恐る恐る矢を抜こうとしたが、手が震えて抜けない。逆に痛みが増していく。見かねたフィリアが駆けつけ、矢に手をかける。
「ま……まさかっ⁉︎ 抜くのか……⁉︎」
「安心して———痛みは一瞬よ」
———ズバッ!
勢いよく、体から矢が抜き出された。矢は血まみれで、正直見てられない。
「あ……ありがとっ……」
『痛みは一瞬』とは言われたが、それでも痛いものは痛い。俺は痛みに耐えながら、再び矢の出所を探す。左から飛んで来たかと思えば今度は右。右かと思えば背後から飛んで来る。そんな、出所が分からない攻撃にあっさりと翻弄された。
それが何十回か続いた時、彼女は何かを察したのか、矢が来た方向に『火炎連弾』を放った。攻撃は両方とも的中した。彼女の方は深く刺さっていなかったのか、すぐ矢を抜いていた。一方、地面には土煙が立ち込めた。それが晴れると、長髪の、緑のマントをつけた男が現れた。彼は飄々とした顔つきで立ち上がり、喋り出した。
「へぇ……。若い割には冴えてるじゃねぇか。あんたらの噂は聞いてたが、中々やるねぇ」
長い茶髪を触りながら、彼は笑っていた。その声はさっきの、矢を射った相手と同じ声だった。
「その声……! お前、何者だ?」
「自分か? 自分はロビンフッド。ミューネ・ヴェルゴンドのスピリットだ」
なっ……何だって⁉︎ あのシャーウッドの森の英雄、ロビンフッドが目の前に……⁉︎
ロビンフッドといえば、愉快な仲間達と力を合わせて、為政者を打ち負かしてきた英雄。そのロビンフッドが、目の前に。俺はあまりの衝撃に固まってしまった。
「じゃあアンタを倒せば、私達の目的は果たされるって事ね」
そんな事も気にせず、彼女は呪文の詠唱を始めた。
「はぁっっ……『十字炎』!!」
しかし奇妙な事に、魔法は放たれなかった。
「どうして⁉︎ええい、もう一回よ!はぁっっ……っ⁉︎……ぅ」
彼女はロビンフッドの矢に貫かれ、倒れてしまった。俺は怯えながらも刀を創り、彼へと向かって行った。
「フィリア……⁉︎ くそっ……『描画』!」
彼は短剣を構える。彼は余裕の表情を崩さなかった。
「ほお、面白い魔法だ。だが、自分に勝てるかな?」
「知るか! はぁーっ!」
「ふっ!はっ!」
武器と武器がぶつかり、金属音が鳴り渡る。弓矢で知られた英雄だが、どうやら短剣の技能も高かったようだ。加えて、俺は素人。勝てるはずもなく、俺は押されてしまった。
「やっ!」
「ぐわっ!」
俺は弾き出されてしまった。彼が弓を構える。
「じゃあトドメだ。『眠りの矢』!」
それは俺に直撃し、意識が朦朧とする。そして、視界が暗闇に包まれて———。
◇◇◇
混濁とした意識の中、ふと目を覚ます。目覚めれば、そこには見知らぬ天井とシャンデリアがあった。腕に違和感を感じて目線をやる。すると、そこは縄で縛り付けられていた。中々しっかりと縛られてて、俺ごときが足掻いても抜けられそうにはなかった。
「起きてください……起きてください!」
体が揺さぶられる。同時に、聞いた事がない少女の声も聞こえる。
「起きたんですね。はあ、全く……いくらなんでも眠りすぎですよ!」
眠りすぎって言われても。さっき襲われたんだから仕方のない話だろ。って、それよりも———。
「君は何者?ここはどこ?」
「私はヴェルゴンド王国の第一王女、ミューネ・ヴェルゴンドです。で、ここは貴方達が忍び込みたかったであろう離宮です」
「なっ……‥君が緑衣隊の……トップなのかい?」
目の前にいる十三くらいの女の子、ミューネ・ヴェルゴンド。短い銀髪に、黄色いショートドレスを着た彼女こそが、緑衣隊のトップだ。ーーあくまで形式上は。噂には聞いていたが、所詮お飾りだろうと。そう思って聞いたのだが。
「ええ、そうです。見てわからないんですか?絵描きさんったら」
「…………そうか」
現実はそう甘くはなかった。よく考えれば、彼女は魔法の天才。政治や軍略にも長けているということなのか。
「で、貴方の目的は?」
早くも本題に迫ってきたか……。正直言って怖い。だが、なんとかするしかない。俺は、声を波立たせながら問いに答えた。
「対話だ」
「嘘ですよね?目が泳ぎまくってますよ」
間髪いれず、彼女が言った。
「ほんとは……さしずめ暗殺とかじゃないですか?」
完全に見破られてしまったようだ。胸の中が見透かされてしまったような、寒気がする。ここからは小細工なしで、腹を割って話した方がいいかもな。
「……ああ。君の兄さん、ハダーの命令だ」
「やっぱりですか。名前は?」
「スピリット、木宮司義。日本人だ」
彼女は、その名を聞くや否や考え出し、言った。彼女の瞳が氷柱の如く鋭く、冷たくなる。
「木宮……ですか。残念ですがそんな英雄、ラグナロクの記録にはありません。それに貴方からは大した魔力も感じられません。という事は利用価値もなさそうですね。どうせ生かしておいても害になるだけでしょうし。残念ですが、ここでお別れですね」
「おい、待て!俺を殺すのか⁉︎」
彼女が呪文を唱える。
「凍りなさい、遍く水達よ。万物を裂く刃と成れ!『氷結刃』……」
彼女が氷の剣を作り出し、俺の喉元に当てる。途端に周囲の空気が冷たくなった。
「ま、待ってくれ……!」
「いいや、待ちません」
彼女は徐々に、剣を近づける。それは俺の恐怖心を育むのに十分だった。剣が肌を撫でる。喋る事すら叶わぬようになって、思わず身震いしてしまう。
ついに、ここで終わってしまうのか。前は何とかなったが、今回は何とかなりそうにも無い。自らの事を話しすぎたか、そんな過ぎたことを後悔した。そして、今どこにいるか分からない、けどこの世界で一番大切な、俺の仲間へ心の中で叫んだ。
今までありがとう———フィリア。
「姫、お待ちを! この者を殺してはなりませんぞ!」
なんと、ローブを着た老齢の男性が止めに入ってきた。一体どうしたというのかーー。
「アドニス⁉︎ どうしてですか⁉︎」
「星が指し示したのじゃ———彼は我らの救いになると」
「なんですって⁉︎」
彼女は喉元から剣を離した。あれ程殺気立っていた瞳も、少しは柔らかになっていた。
「たっ……助けてくれたんですか?俺を」
「うむ。じゃが勘違いするでないぞ。お主が我らと協力しないというのならば、お主は即座に命を落とすと思え」
突きつけられた条件は、死か服従かの厳しい二択だった。アドニスと呼ばれていた男性は、ローブの中から鋭い眼差しを光らせていた。
「おっ……俺は……」
正直なところ、俺はミューネ派をほとんど信用していない。二つの派閥が通じ合っているとしても、彼女らが何を思い手を組むのか。その裏には、どうも邪悪な陰謀を感じずにはいられない。だがーー今はこんな状況だ。
「貴方達に……協力しますっ………」
俺はそう言わざるを得なかった。それを聞き、彼女は剣で、俺の腕を縛っていた縄を切ると、魔法を解除した。それを見て、男性はローブを脱いだ。すると白髪が露わになり、着ていた黒い服がはっきりと見えるようになった。
「ワシはアドニス・ブザール。ミューネの世話係じゃ。今回は姫の思いに答え、参謀をしておる。ワシは星占いも得意でな。星占いをしておったら、お主が我らを救う未来が見えたものでな」
「アドニス、具体的にどういう事です?」
「ふむ……あの白亜の騎士が、お主に討ち倒されるイメージが見えたのじゃ」
俺が、白亜の騎士を倒す⁉︎
あの大魔法を使う、聖なる騎士を⁉︎
そんな大それた事、俺にはイメージできなかった。しかしここで変に喋れば、さっきの二の舞だ。
「だからさっき俺を助けてくれたんですね……ありがとうございます。分かりました。俺、素人なりにやってみます」
だから見栄を張った。殺されない為の、俺なりの最善の策。もしこれでピンチに陥ろうとも、死んでしまうよりはマシだと。
「了解です。これからよろしくお願いしますね、絵描きさん」
「うん。君の事は何て呼べばいいかな?」
「えーと、『姫』と呼んでください」
「…‥…はい。分かりました!」
俺は若干引いた。が、飲み込んでおいた。おそらくだが、社会人はこんな状況を何度も何度も乗り越えて生きてるんだろうな。
そこから少しの間、俺の境遇について話していたが、突然ドアが開いた。外から入ってきたのは、あのロビンフッドだった。
「よっ、絵描きさん。元気そうじゃねぇか」
ロビンフッドは気さくに手を振った。俺は少し震えたが、手を振り返した。
「んで、これからどうするんだ?まさかあんた、こちら側に着くつもりじゃないだろうな?」
「ああ」
「………へぇ。まっ、魔道士さんも助けてやったし、当然っちゃあ当然か」
魔道士さんって……フィリアの事だよな⁉︎
「フィリアを……助けてくれたんですか?」
「まあな。自分はこう見えても薬草には詳しくてね。体によく効くヤツを煎じてやったぜ。一時間もすりゃ、眼を覚ますだろうよ」
その瞬間、心の底から安心感が湧き上がってきた。
「ありがとうございます!でも、どうして貴方が……?」
彼はマントを触りながら言った。
「魔道士さんには、魔法を一時的に使えなくする『魔封の矢』を撃っちまってな。その後遺症が心配だったってのもあるけど、一番は、これ程の魔力の持ち主を逃したくなかったのさ。まっ、簡単に言えば同盟が結びたかったのさ」
「同盟⁉︎」
思わぬ話が飛び込んできた。果たして彼らと同盟を結んでいいものか。仮ではあるが、ハダーらとも口約束してしまったし……。
「まっ、それは魔道士さんが目覚めてからにするとして」
彼はミューネの近くにより、何やら耳打ちをした。すると彼女の顔色が一変した。
「………何ですって⁉︎………‥そんなっ……」
「ロビンフッドよ、一体何を話したのじゃ⁉︎」
アドニスが彼を問い詰めた。しかし彼は口笛を吹きごまかした。そして話を切り替えた。
「さて、悪い知らせが一つあってな」
室内の空気が静まり返った。
「このガルドアの森を、ハダー共が包囲しているみたいだ」
「えっ…‥⁉︎ 大事じゃないですか⁉︎ なんで教えてくれなかったんですか!」
「悪りぃ悪り‥…」
「悪りぃで済むなら騎士団は要りませんよ!」
彼女が彼と言い合いを始めた。今はそれどころじゃないというのに。というか、この状況は俺としても非常にまずい。
もし裏切りがバレれば、ガレスと遭遇してしまえば、間違いなくアウトだ。だが、今ここで裏切ってしまえば———今すぐアウトだ。
だったら、選択肢は一つ。
「皆さんやりましょう! 何とか勝って、この国に平和をもたらしましょう!!」
喧嘩していたミューネとロビンフッドがこちらを向いた。アドニスも、注目していた。
「うむ、それでこそ星が指し示しし者よ!」
「……ええ、足を引っ張らないようにお願いしますね」
「ふっ、やってやろうじゃねぇか」
◇◇◇
「ハダー様。戦況が出ました。兵数はこちらが五千で、緑衣隊が千三百と推定されます」
「そうか。して、今は何時だ?」
我が若き王、ハダーが返した。彼は自軍に有利な戦況を聞いても顔一つ変えなかった。
「今は陽の時、五時二十三分です」
リアンが淡々と答えた。
「そうか……あと三十七分、か」
王は余裕そうだった。私には王の考えは知らされていないが、恐らく我が能力を使うのだろう。
王と言えば。かつての我が王、アーサー・ペンドラゴンの事を思い出す。
ああ、王よ。貴方は偉大なお方でした。貴方は若くして選定の剣に選ばれ王となり、聖剣を携えて多くの国を統一するという偉業を成し遂げた。そして我ら円卓の騎士を従え、我らに華々しき活躍をさせてくださった。
しかし、王が作った平和は悲しき事に長く続かなかった。王妃ギネヴィア様と、湖の騎士ランスロット卿の不倫の発覚をきっかけに、円卓内での不和が広がってしまったのだ。そしてランスロット卿は王を相手取り、戦いが始まってしまった。王はそれを受けて立った。
さらに王の不在中に国を任された円卓の騎士の一人、モルドレッドも裏切った。彼は王と、王の姉であり私の母であるモルゴースとの間に産まれた子であり、いわゆる不義の子だった。今となっては裏切りの理由は知る由も無いが。
そして私はその裏切りを鎮圧するために赴いた先で、ランスロット卿との戦いでの疲労もあってか、奇しくも敗れてしまった。
ああ、出来るならば貴方と最期まで付き添っていたかった。そう悔やんだ事が何度あっただろうか。例え今の主に仕えていようが、その思念は消えない。
「———よ」
「ガーーよ」
「ガレスよ」
はっ、とさせられた。思わず貴方の事に没頭してしまったようだ。
「はっ、何でしょうか」
「今回の戦い、お前が要となる。物思いにふけるのもいいが、気を抜かぬようにな」
「承知致しました」
戦いの時は刻々と迫る。私は王の剣となり、野望を実現する。ただそれだけだ。
◇◇◇
こうして俺とロビンフッドは前線へ、ミューネとアドニスさんは離宮に残ることになった。そういえば、何故ハダーとミューネは違う髪色なんだろうか。いや、まさか……な。
真実が分からない以上、こんな事を気にしていては、戦いの邪魔になってしまうだろう。生憎、切り替えられる程、戦士として出来上がってはいない。
前線へ向かう最中、俺は思い切って彼に聞いてみた。
「ロビンフッドさん、姫はどうしてハダーと違って銀色の髪をしてるんですか?」
彼が答えた。
「ああ、確かミューネ———お嬢ちゃんは幼い頃、希少な魔法である『氷結』を発現したらしいんだ。そいつは強力だったが、それ故に体を蝕んで、しまいにゃ髪が銀色になっちまったんだとよ」
俺は二人が腹違いの子では無かったことに、安心と少しの驚きを浮かべた。俺はさらに聞いた。
「『氷結』ってそんなに凄い魔法なんですか?」
「ああ。なんせ、熱エネルギーを増幅させて火を起こす『火炎』を反転させて、更には『水流』と掛け合わせて、なんと氷を作れるようにしたんだからな」
「ふ〜ん……」
実を言うと、あまりよく分かっていない。どうやって魔法を反転させるかとか、フィリアは教えてくれなかったし。大体、熱エネルギーって何なんだよ!化学はもう沢山だ!
「へぇ〜。その調子だと、もしかして考えるのは苦手なタイプか? ん?」
「いやっ……人並みには得意ですよ!」
「ふーん……そっかぁ……」
彼がニヤニヤとした表情を浮かべた。何だろう、この悪い先輩みたいなノリは。まさかロビンフッドがこんな軽いノリの人だったとは。今までそんなイメージを抱いた事が無かったから意外だ。
「おーいー! アーニーキー!」
「ん、タッスか!待ってろ、新入りを紹介してやるからな」
向こうから声がした。彼は俺を連れて駆け出した。その先には三人の男がいた。ロビンフッドと同じように、緑の衣をつけていた。彼らは大学生ぐらいの背格好をしていた。加えて、とても不可思議な髪型をしていた。左からリーゼント、アフロ、寝癖と並んでいる。
「レッド、タッス、クロウ。こいつが新入りの木宮司義だ。なんと、自分と同じスピリットだとよ」
「「「マジっすかー⁉︎」」」
三つの大声が重なった。
「皆さん、誤解しないでください…… 俺は手違いで呼ばれただけですから———」
「でも、でも!凄いっすよ!手違いで呼ばれるって!よっぽどのラッキーじゃないっすかー!」
「い、いやぁ……」
アフロをした男に絡まれた。この声は、多分タッスだ。
「タッス。木宮が困ってるだろ?そういうのは、よくないぜ?」
「クロウ…… それもそうかー!ゴメンなー!」
寝癖の男が助け舟を出してくれた。でも、この人も言っちゃ悪いが、根は彼と近い気がする。
「そ、それはそうと……皆さんはどうして緑衣隊に?」
リーゼントをした男ーーおそらく彼がレッドだろうーーが真っ先に答えた。
「それはっ!兄貴が俺らの村を救ってくれたからっすよ!長い髪と緑の衣をたなびかせて、母ちゃんを助けてくれた姿はサイコーにカッコよかったっす!」
「だよなー!まるで物語から飛び出して来たヒーローみたいで震えたぜー!」
二人の目は赤子のように輝いていた。嘘がつけなさそうな彼らの顔を見て、俺がロビンフッドに抱いていた疑念は少しずつ晴れかけていた。
「へぇ、兄貴と二人はそんな感じの出会いだったんすか。でも、俺と兄貴の出会いもドラマティックだったっすけど」
寝癖男のクロウが呟く。
「聞かせてやれよ、新入りに!」
「クロウとの出会いもイカしてるんすよー!一度でいいから聞いてってくださいよー!」
それを合図にリーゼントとアフロが発し出した。声は一層高まっていた。
「いいぜ。じゃあ自分とクロウの出会い、話してやるとするか。………ん? この気配は……?」
突然、ロビンフッドが辺りを見回し始める。
「ロビンフッドさん、何か……?」
「……騒ぎすぎたか。敵に見つかった。お前ら準備しとけ」
「「「りょーかいっす!!!」」」
三人が元気一杯に応えた。
もしかして、いやもしかしなくても、見つかったのって彼らの大声のせいじゃ———いや、今はそんな無粋な事を考えるのはやめよう。
俺は銅の剣を取り出し、臨戦態勢に入る。周りも武器を構え、一気に空気が張り詰めた。その中の一人、ロビンフッドが指を鳴らす。
「機械人形 Ver.F-G-D 、戦闘システムを起動する 」
森の暗闇に、無数の無機質な目が赤く光る。程なく、黒い体をした機械人形らが、どこからともなく姿を現わす。ロビンフッドが号令を放つ。
「行くぞお前らぁぁぁ!!!」
「応!!!!!!」
森の静寂の中に、威勢のいい叫びが響き渡る。ついに、戦いの始まりだ。
◇◇◇
「———ーてください、魔道士さん」
うっすらと声が聞こえる。若々しく、甲高い声だ。
「起きてください、魔道士さん」
小さな手が、眠っている私の体を揺らす。目覚めると、短い銀髪をした少女がいた。
「………ん?ここは…… 貴方は誰?」
「私はミューネ・ヴェルゴンド。色々言いたい事はあると思いますが、取り敢えず付いて来てください!」
「えっ……⁉︎」
私は絶句した。目の前にいる彼女は、反乱の首謀者の名前を名乗った。それにも関わらず、その態度からは到底敵意があるとは思えなかったからだ。それに、目覚めて突然手を引っ張られて、少し現状が飲み込めていないのもある。
「貴方っ……私をどうするつもり?」
「助けるつもりです」
「………」
私を助けるだって?どうも胡散臭い。到底信用出来る話ではない。生かして、利用するというのならまだ分かる。だが、助けるというのはどうにも腑に落ちない。
「事情は後で話します。さあ、行きまし———」
その声は、ドアの開く音にかき消された。
ドアの先には、老齢の男が立っていた。黒服の彼は、どこか不気味な笑みを浮かべている。
「おやおや、姫。ワシに内緒で何をなされておる?」
「アドニス、私は———」
彼女の口からは、言葉にならない微かな息が出ていた。それを見て、彼は顎に手を添えた。
「ふぅむ。使い魔め、やはりワシの計画を密告しておったか。……まあよい。どのみち、お主らを生かしておく気は無いからのう。計画がバレたとて、お主らが死ぬ運命には変わりないわい」
何⁉︎ 目の前にいる男は、主君の命すら奪おうとしているというのか。彼を生かしておくのは危険だーー。
彼は腕の陰陽計を見て、「あと七分か」と呟く。その間に、私は立ち上がり右手を突き出す。
「『水蛇』!」
放たれた水は蛇のように進み、彼に巻きつく。程なくして彼の動きは封じられた。
「くっ………ははは」
だが。
「はははははっ!!」
それでも尚、彼は不気味な笑いを続けていた。ミューネが彼に問いかける。
「アドニス……やはり貴方は、ハダーと……?」
「いいや……それよりも上じゃ……。だが、そんな事を知ったとて何になろうか」
ニヤリ、と顔を歪めた。
「なんせ、お主らはあと少しで……死んでしまうのだからなぁはははははは!!!」
「何ですって……⁉︎」
心を抉る言霊。それには、虚言だと思わせない程の迫力と恐怖があった。
「ふふふ……この言葉を信じるか否かは、小娘供。お主ら次第じゃ。ではさらばじゃ。『光瞬動』!」
「……っ!アドニス……。何故……」
私達が動揺している隙をつき、彼は逃亡した。意味深な言葉と、幼い首謀者の哀しみを残して。
「………魔道士さん。私は前線にいるロビンフッドの元へ向かいます。貴方は待っていてくださーー」
彼女の微かな声を、断ち切って言った。
「いいや、私も行くわ。恐らくだけど、外は戦場のはずだから」
「どうしてっ……それを?」
「魔道士の感、かしら。あと……アイツの言葉も気になるし。兎に角、誰かいないか二人で探るとしましょう」
彼女は少し考えた後、小さく頷いた。
————————————————————————
ロビンフッドの掛け声に押されて、俺たちは一斉に駆け出す。緑の衣を着た人々と黒い機械らが進む姿は圧巻だ。
「うおおぉー!」
森を抜け、平原へ出る。そこには千は優に超える兵が布陣していた。彼らは俺たちを見ると、すぐさま動き出した。
「逆賊どもめ! 我々が相手だ! はぁーっ!」
「うぉぉぉ!!!」
「目標確認。排除を開始する」
彼らは統率された動きで攻めてきた。だが、俺達はそれには動じない。緑衣隊のメンバーは、一人一人が自分の意思で動いているように見える。それ故に訓練を受けて型にはまった、ハダーの兵士らの不意を突くことが出来ているのだ。新型兵器である機械人形の導入も大きいだろうが。
さらに、こちらにはロビンフッドという文字通りの英雄もいる。彼の気さくな性格と類稀な弓矢の腕は緑衣隊を率いるのにピッタリだ。これならハダー軍どころかガレスさえ倒せるかもしれない。
「隙ありぃ!!」
「うっ!」
突如として、鷲のマークがついた鎧を着た敵兵が、剣を振りかざす。俺は少し遅れて打ち返した。
スピリットになったとしても、素人は素人。相手に押され気味になってしまう。全力を出せば何とかなりそうではあるが、そうしてこの先、生き残れるとは思えない。だから倒されない程度に力を出し、つばぜり合いを演じた。救援が来るのを待って。
「木宮ー!! 助けに来たぜー!」
「タッスさん!」
アフロをした彼は、勢いよく剣を振った。剣筋は力強く、敵兵の剣を弾き飛ばして、気づけば敵はその場に倒れていた。
「ほら、力まず行こうぜー!」
「……ああ」
俺達は連携プレーで敵を倒していく。俺とタッスとでタイミングよく攻撃していき、一人、また一人と倒していく。中には血が出てる人もいたが、まだ死んでないはずだ、そう信じるしかない。
「うぉー!初めてにしては上出来じゃんかー!」
彼が笑顔で言った。だが俺はまだ、素直に受け入れられる程、状況を飲み込めていない。緑衣隊と共闘するとは言ったものの、やはり実際に戦場に出てみるとーーその異常さに寒気がしてしまう。
ああ、こんなのなら変に内戦に介入しなけりゃ良かったのにと、今更ながら己の不甲斐なさを悔やんだ。俺は愛想笑いで返す。
「ありがとう」
それを聞くや否や、彼は再び駆け出して戦闘を始めた。俺も慌ててついて行く。だが、その途中で。
「君は……⁉︎」
「……貴方は⁉︎」
聞き覚えのある声。溢れんばかりの魔力。まさか……。俺は声の方へ視線をやる。
「ハァ……そういう事、か。まさか君が我々を見限っていたとは……口惜しき事だ」
彼ーーガレスは顔を落とした。しかし、すぐに正面を向き、目を見開いた。
「ーーだが」
白銀の鎧に添えられた鞘から、煌々と輝く剣が取り出される。その姿は騎士の模範その物。両陣営の視線が、一斉に彼に集まる。
「このガレス、可能性に満ちし若人と相見えれる事を光栄に思うぞ!」
彼は剣を突きつけた。気づけば周りの兵は捌けており、俺達の決闘を演出していた。最早出し惜しみしている場合ではない。全力で、あの人にぶつかろう。俺は剣を投げ捨て、空に刀を描く。
「『描画』!!」
空気が一気に張り詰める。今の俺には、周りで固唾を飲んで見ている人々や木々、太陽すらも敵に思える。彼から放たれる威圧感のせいだろうか。
だが、いや———だからこそ柄を握る。目の前の、只唯一の決闘相手に向かって。
「はあーっ!!」
「ふっ!」
俺は彼に向かって刀を振りかざす。だが、彼は、その一撃一撃を的確に受け止めている。恐らく刀を見るのは初めてだろうというのに。ただ俺が未熟で、彼が手慣れているという事だろうか。
彼の隙を伺い、脇腹に一撃を叩き込もうとする。だが彼の前には無意味でしかなかった。
「むっ、遅いっ!」
重く、速い一撃が刀に叩き込まれる。俺は勢いよく吹き飛ばされてしまい、倒れ込んでしまった。
「痛っ……!」
俺は体に鞭を打って立ち上がる。そして再び刀を構え、力の限り振り下ろす。だが、それもいとも容易く受け止められてしまう。その時、彼に力では敵わないという事を、体で理解させられた。
その時に『このままでは埒があかない。一度退き、策を考えろ』、と直感に訴えられた気がした。俺はそれに従う事にした。
だが、果たしてどうすべきか。純粋な『力』では無理だ。『描画』で破壊力の高い武器を作ったとしてもーー作れるかどうかすら怪しいがーー俺の技量がついていかないに違いない。
ここは———今ある刀を最大限に生かす構えをするしかない。そう、今まで部活で学んできた技術を今こそ発揮する時だ。
俺は右足を引いて、体を右斜めに向ける。そして刀を右脇に取り、剣先を後ろに下げて構える。相手から見て自身の急所が集まる正中線を正面から外し、こちらの刀身の長さを正確に視認できないように構える。
「なっ……⁉︎」
彼が神妙な顔をする。無理もないだろう。これは脇構えという、れっきとした日本の剣術の一つなのだから。
実戦用の構えの一つだが試合では専ら使われない為、知名度は低く練習される事も少ないとか。だが、うちの部活の顧問は、俗に言う刀オタクだったので、彼の方針で俺達は脇構えを練習していたのだった。
ガレスが身構える。だが、今回は前のように飛び出したりはしない。彼の集中力が切れかける、その一瞬のみを狙う。俺は脇構えを続ける。暫くの間、辺りに静寂が広がった。先に集中を切らさぬように、意識を強く保つ。その時だった。彼が僅かに構えを崩したのは。
「やあぁぁっ!!」
威勢のいい掛け声と共に即座に斬りかかった。背後から遠心力と共に放つ一撃は、彼を大きく蹌踉めかせた。
「ぐっ……!」
彼が姿勢を立て直そうとする。だが、隙を与えはしない。俺は素早く斬りかかる。それを見た彼は剣で防ごうとしたようだが、こちらが一手早かった。斬撃が彼の腹部に命中する。彼はより一層蹌踉めき、その場に膝をついた。彼が言葉を発した。
「………見事だ。やはり、君は私の見込み通りだったようだ。剣筋も見事、将来性も秀でている。更に……」
彼は俺の刀に目をやる。
「その奇妙な形状の剣を瞬時に形成する能力。君自身は自覚していないようだが、能力だけでなく剣自体も鋭利で希少だと見受けた。だが……」
彼は剣を取り立ち上がる。そして、剣を鞘に納めながら言った。
「世辞にも剣を使い熟しているとは言い難い。未だ君は剣の本来の主人に成れていないのだろう。人格も誇り高き騎士からは程遠い……」
彼の金色の目が、俺をまじまじと見つめる。まるで心の奥を見透かしたかのような語り口に、ついどきりとしてしまう。
「そこで、だ」
沈黙が流れる。それは第二ラウンドの合図か、はたまた———。
「如何だ、私の弟子にならないか?」
「えっ⁉︎」
思ってもいなかった誘い。思わず気の抜けた声を出してしまう。
「何だと⁉︎」
「おい、マジかよ……」
「ガレスさんは正気か⁉︎」
周囲からは動揺の声が。しかし彼は一言で鎮静させた。
「静かにしたまえ。此れは私と木宮君の話だ。………さて、君がこのまま裏切りを続けるのならば、当然容赦はしない。だが高みを求めて、私に弟子入りするのならば、今回の離反は水に流そう」
「水に流すってことは……緑衣隊の皆さんも……?」
「彼等は別だ。まあ、君の帰還を切っ掛けにして、和解が成立する可能性も考慮の上だが」
「そうか……」
俺は心の中で唸った。俺が彼の弟子になるというのは一理ある。実際、俺にはラグナロクで通用する程の力はまだ無い。彼の元で修行するのも悪くは無い。
だが、それでは果たしてフィリアはどうなってしまうのか。彼女は懇願すれば助かるような気もする。けれどーーよく考えてみると彼女は緑衣隊の人質にされてるようなものだ。彼女が助かる保証はない。
それに、だ。仮にこの選択をしたとして、勢いづいたハダー派によって、戦局は彼らにとって有利な方へと傾いていくだろう。それでは、俺一人の都合でこの国の命運を決めてしまうようなものだ。それだけは不味い。余所者の俺が、この国の人達を振り回してはいけない。
「さあ、答えを」
よし、俺は決めたぞ。俺は彼に向かいはっきりと言った。
「すいません……お断りします」
周囲へと一斉にどよめきが広がる。ある者は歓喜の、またある者は失意の声を漏らしていた。そして、その言葉を聞いた彼の眼差しが次第に鋭くなる。遂に、彼は剣に手をかけ剣を抜いた。
「ふむ……。誠に残念だ。本来ならば君だけは助けようと思っていたのだが……」
目を見開き、言い放った。
「裏切り者にかける慈悲など無い。緑衣隊諸共消え失せろ……!! ハァァァ…………」
彼は剣を天に掲げる。すると剣身が輝き出した。それを見た俺は一目散に逃げ出した。
「助太刀するぜ。『魔封の矢』!」
十秒程走っただろうか。背後からロビンフッドの声がしたので恐る恐る振り向いた。彼が放ったのは相手の魔法を封じる技。これでガレスの技は封じられた…………筈だったが。
「⁉︎」
なんと剣身は変わらず光り輝いており、彼もまた微動だにしていなかった。一体何故……。だがそんな事を考えてる暇はない。俺は再び一目散に逃げ出した。
彼は剣を掲げる。そして堂々と叫ぶ。
「『殲滅すべし熱烈雨』!!!」
剣から放たれた炎は天へと昇った後、雨のように降り注ぐ。それは戦場一帯を火の海に変えた。それはまるで、地獄絵図のようだった。
「なっ…………」
ある者は逃げ出し、またある者はそれでも戦いを続けていた。俺の付近も炎に包まれていて、容易には逃げ出せなさそうだった。
さあどうする。火傷を覚悟で逃げ出すか。でも、何処へ?
ーーいいや、この際そんなのは関係ない事だ。八方塞がりになって、取り返しがつかなくなる前に動き出さなきゃ。そう決意すると、俺は必死で駆け出した。
◇◇◇
「何ですか…………これは」
「……酷いわね」
外に広がっていたのは、燃え盛る戦場。それはまさしく、文字通りの惨状だった。まさか、これが奴の言っていた事だったのか。
「うっ……くすっ……くすっ……」
右側からミューネの泣き声が聞こえた。その姿はさながら三年前の私のようだった。彼女はこうも付け足した。
「わたくしは……このくにのみんなをまもりたかっただけなのに……まわりのきたいに……答えたかっただけなのにぃ……! なのに、どうして……どぉしてっ……!」
どうやら、相当に参っているようだ。天才で王女だと言ってもまだ八歳。精神面は出来上がっていなくて当然だ。私は彼女の頭に目線を合わせ、頭に手を添える。
「泣かないで。こうなったのは決してあなたのせいじゃない。悪いのはあなたの周りにいる、あなたを利用しようとしている人達よ」
「でっ……でもぉ! みんなが…………」
手を彼女の脇に入れ、優しく抱きしめる。昔、よく母さんが私にしてくれたように。
「よしよし、あなたは頑張ったわ。これは仕方ない事だった。そうよ、あなたは悪くないわ」
彼女を一層、ぎゅっと抱きしめる。胸の鼓動が、温もりが伝わってくる。
「んっ……⁉︎ おかぁ……さま……」
どうやら彼女は、母親の温もりを思い出し、それに浸っているようだった。彼女が落ち着くのを見計らって、さらに声を掛ける。
「でもまだ諦めちゃダメ。今ならまだ助けられる命があるわ。さあ、私と一緒にやりましょう」
「っ…………はい!」
彼女の体からそっ、と手を退けた。私は彼女の手を取ると一緒に立ち上がった。
「水魔法は使える?」
「ええ……、完璧です」
その瞳には、まだ涙が浮かんでいた。
「じゃあ一緒に。行くわよ!」
二人は同時に右手を突き出し、叫んだ。
「『透水頭布』!」
「『水烈球』!」
放たれた二つの水球。私が放った水球は、燃え盛る戦場の真上で弾け、水を辺りに撒き散らす。彼女が放った水球は、燃え盛る戦場を優しく包み込むかのように広がり、火を消していった。とりあえず、これで火傷する人は格段に減っただろう。
だが、当然———これだけでは救えるはずの命も救えない。私は彼女の手を取り、負傷覚悟で戦場へ駆け出した。
————————————————————————
ハァ、ハァと息を漏らす。叫び声、金属音、風の音など、周りからは様々な音がするが、今の俺には自身の呼吸音しか耳に入ってこなかった。
フィリアがいる離宮を目指して、既に五分は走ったかというところで、戦場の方へと振り向いた。火の手は収まっていたが、まだまだ戦いは続いているようだった。俺も戦場に戻るか?
いや———全身が疲労しきった俺が、彼女を救いたいが余りに、余計な選択をして戦況を悪化させた俺が、戻ってもすぐに討たれるだけだ。ここは慎重に進まなければ。
「くらえっ!!」
突如として、背後から声がした。振り返ると、緑のマントをつけた男が切りかかってきていた。即座に銅の剣を取り出し、斬撃を防いだ。男の一撃は力強く、すぐに押し負けてしまいそうだった。だが、ここで負ける訳にはいかない。
「はぁーっ!」
俺が繰り出した斬撃に男がよろめく。だが、それでも男は向かってくる。それは錯乱した心からか、それとも俺への復讐心からか———。打ち合う程に俺の力は弱く、男の力は強くなる。そして、遂には俺の方が倒れ込んでしまった。男は目を光らせて剣を突きつけた。こいつ、やはり俺を殺すつもりか。隙を見て逃げ出そうとした、その時だ。
「とどめだぁ……っ……⁉︎」
何処からともなく飛んできた氷の球が男の体に被弾し、男を瞬時に凍らせた。球の出所を見るとフィリアとミューネの姿があった。
「フィリア! 姫! 無事だったんだね!」
「ええ、何とか」
「ふん、貴方に心配されなくても大丈夫ですから!」
ミューネは相変わらず冷たかった。でも、だ。さっきの氷の魔法はおそらくミューネが使ったもの……。
「素直じゃないな」
そう、思わず呟く。
「はっ! 絵描きさん、何か言いましたよね⁉︎」
なんと、ミューネが反応してしまった。
「いやいや、言ってないから!!」
「いや、確かに口が開いたの、見ましたよ⁉︎ 嘘にも程がありますよ⁉︎」
「気のせいだって!」
俺達がつまらない言い合いをしているところに、フィリアが人差し指を口に当てながら言った。
「しっ……。こんなことしてたらさっきの二の舞よ。ミューネ、アドニスに知られていない秘密基地とか無いかしら?」
ミューネが顎に手を当てながら考える。少しの間の後、彼女が喋った。
「ありますよ。魔道士さんは他の方々と待っていてください。先に私と絵描きさんで行って、安全を確保しますから」
「了解。フィリア、よろしく」
彼女が頷いた。俺とミューネは森を抜け、秘密基地へと向かった。
————————————————————————
ガルドアの森から南東、ガルド川の下流にその洞窟はあった。そこがミューネが秘密基地と呼んでいた場所、俺達の反撃の足掛かりとなる場所だ。道中にはバーサークラブとかいう蟹型の魔物や、オークの群れなんかがわんさかいた。
が、彼女の強力な魔法のお陰で、当分は目立つところには現れないだろう。
俺は彼女の後ろを慎重についていく。なんせ洞窟内部は視界が悪く、音らしい音といえば、湧き水の音と俺達が歩く音だけ。『描画』で懐中電灯でも作れればよかったんだが———どうにも想像力が足りず、できなかった。
そういえば、先日『描画』の実験をしたのだが、日用品———いわゆるシャーペンや消しゴムは簡単に作れた。もっとも、常に気を張っていないと消えてしまうようだったが。戦闘中に消失するとかいうことがないのはそのためだと思う。日用品以外では、竹刀、剣道用の防具、刀が作れた。
「そろそろ着くはずです」
彼女が言った。そこから歩みを進めると、開けた空間が見えた。パッと見た感じでは、武具や金銀財宝が溢れていた。さらにそこから奥へと続いているらしく、いくつかの穴が見えた。おまけに、何人かの人影も見えた。
「ここが……秘密基地……」
「ようこそ、自分達の最後の砦に」
ビクッとした。どこからともなくロビンフッドの声が聞こえたのだ。
「もう、ロビンフッドったら……。『自然との共生』で勝手に姿を消さないでくださいよ……」
「ゴメンよ、お嬢ちゃん」
ロビンフッドが姿を現した。彼の長髪が風に靡くことはなく。
「絵描きさん、ちょっといいか?」
彼は俺を呼び出した。俺は承諾する。彼女は一体何を話すのか、と気にしているような目でこちらを見ていた。
「白亜の騎士のことだが———あいつの力の源は太陽だ。比喩でも何でもなくな」
「それは一体……」
俺が言い終わるのを待たずに、彼が畳み掛ける。
「そもそも、だ。ガレスなんて、アーサー王伝説じゃ白い手なんて言われて揶揄された騎士。何故あいつがあんなバケモノじみた力を持っているのか。さっき、あいつがガラティーンの名を発した時、ハッキリしたぜ」
……ガラティーン⁉︎ どこかで聞いたことが…………。
「ハッ! もしかして……本当は……⁉︎」
ようやく気づいたか、と言わんばかりの彼の眼差し。
「そうだ。白亜の騎士はガレスなんかじゃない。あいつの真の名は、太陽の騎士、ガウェインだ」
ガウェイン。その名はアーサー王伝説内にて度々語られる。彼は太陽の祝福により、朝から正午までは自らの力を三倍に増幅させる。更に太陽剣ガラティーンを所有しており、その力を借りて数多の敵を討ち果たしていった。
勇猛果敢な性格から、アーサー王の片腕として働き、また多くの伝説を残した。その技量も、その人間性も、まさに騎士の模範たる人物として相応しいものと言えるだろう。おそらくだが、今のヨーロッパでも憧れとする人はいるだろう。
そして———。今現在、異世界ミドガルドにて、俺達に立ちはだかる存在として君臨している。その事は、俺を大いに驚かせた。
「何、だって……⁉︎」
「何だよ、急に鳩が豆鉄砲を食ったような顔なんかして……」
ロビンフッドが指摘した。だが、これは当然の事じゃないだろうか。ただでさえ強い相手が、数々の武功を挙げた存在だと知ったのだから。
「……だったら、ロビンフッドさんにはあるんですか? 何か、勝つための作戦が」
俺の問いに対して、彼は悠然と答えた。
「あるぜ。多くの逸話が残されてるってことは、多くの弱点を晒してることでもあるからな」
「ガウェインの弱点……? 太陽が出てない時は本来の力を発揮できない事ぐらいしか……」
「そのぐらいしかが、大切なんだよ。どんなに無茶な作戦でも、一つ芯が通ってれば、確率はゼロじゃなくなるからな」
なるほど。これが彼の出した結論、ということか。どんなに無茶でも決して諦めない。無謀とも取れる訳だが、彼らしい理論だとも取れると思う。
「そうか……。分かりました。俺、貴方の作戦に賭けてみようと思います」
「おっ、それは良かった。じゃっ、続きは魔道士さんが来てからとするか」
————————————————————————
テーブルの上に広げられた地図。それはヴェルゴンド王国の地図だった。俺とフィリアはそれをまじまじと見つめた。ミューネの小さな指がヴェルゴンド城を指す。
「ここが我が国の王都。今回の戦いでこちら側の兵力は半数?上に減少し———かねてより計画されていた王都侵攻計画は不可能となりました。そこで皆さんの意見を聞きたいと思います。では、タッスさん」
タッスが元気よく手を挙げた。彼と仲が良さそうだったクロウ、それにレッドは、ヴェルゴンド城付近の秘密の拠点に僅か十人程の仲間と潜伏し、情報を探っているらしい。
「はいー! ハダー達をおびき出して一網打尽にするのがいいと思うっす!」
「……話聞いてました? はい、次」
ミューネにたしなめられ、タッスがしゅんとした。その後も緑衣隊の面々が意見を出し合ったが、これと言った決定打は出なかった。
機械人形を使い強行突破する策。潜伏している分隊を使いハダーを暗殺する策。
だが、どの策でも白亜の騎士を確実に討ち取る方策が無いという点が浮き彫りとなったのだ。そんな中、俺の中にはある策が浮かんでいた。
「すいません、姫。俺にも作戦を言わせてくれませんか?」
「いいですよ。さあ」
「まず、陰の時四時にここを出て、七時くらいに王都へ侵攻する。分隊には前もって伝えておいて、到着の一、二時間前から城下町で騒ぎを起こさせる。そうして住民の人達がいなくなったところで、本隊を投入する」
「待ってください。正面突破で勝てるとでも思ってるんですか?」
例の如くミューネが反論する。だがーー俺には確固たる勝算がある。
「白亜の騎士ガレス———ーその本当の名前はガウェインというんだ。奴は俺が元々いた世界では有名な騎士で、数々の冒険譚を残している。そして奴の弱点は———」
「夜の間は本来の力を発揮できないことだ」
唐突に、ロビンフッドが割り込んできた。
「ちょっ……⁉︎」
「奴は日の出から正午の間、自身の能力を三倍にパワーアップする性質を持つ。そいつはかなり厄介だ。だが、言い換えれば夜の間は奴はフルパワーを発揮出来ないってことになる。その時を狙うのが適切だって、絵描きさんは言いたかったんだろ?」
ええ、そうですよ。その通りですよ。でも、さすがに割り込むのは大人気ないと思うんですが。
「まあ、はい」
「ってな訳だ。別に、お前らは心配する必要はねぇ。こっちにはスピリットが二人、ついてるんだからな」
辺りがどっ、と湧く。俺としては、過度に期待されるのはあまり好ましくないが………。
「では、決まりですね。軍議はこれにて終了とします」
周りの人たちは、洞穴の奥へと立ち去って行った。それを見届けた後、俺はフィリアに声をかけた。何故、今回の軍議で一言も発しなかったのか。手柄が取られて悔しくないのか、と。
「わざとよ。部外者の私達が作戦を決める形となれば、大なり小なり不満が出るでしょ。そうなれば、緑衣隊全体の士気に影響がでるわ。そういうことでしょう、ロビンフッド」
「フッ……流石は魔道士さん。冴えてるじゃねぇか。ついでに、一つ頼まれてくれねぇか?」
彼は髪をいじりながら喋り続けた。
「あんたら二人に、城内への侵入任務を頼みたい。ハダーを殺せとは言わねぇ。そこら辺はあんたらに任せるぜ」
またもや侵入の任務か。実力的に不安はあるが、やるしかない。
「はい!」
今度こそは、侵入しようとしてる最中に襲われませんように。そう心の中でお祈りした。
「……待ちなさいキノミヤ。貴方、まさかこのままで侵入しようと考えてるんじゃないでしょうね。私達がヴェルゴンドに来たそもそもの目的、忘れたとは言わせないわよ」
……まずい、正直言って忘れていた。頭を捻って、必死に思い出そうとする。
「『雷電』の覚醒……だった、よね?」
フィリアが、やっぱりかと言わんばかりの呆れ顔をした。俺が『雷電』を覚醒させるには、国から許可を貰い神殿で儀式を受けなければならない。果たして、内戦中にそんなことが可能なのか———ー。
「出しますよ」
突然、割り込んでくる声があった。声の主はミューネだった。
「え?」
「だから、儀式の為の許可ですよ。ここに王族が一人、いるんですから」
彼女は彼女自身を指差した。この際、正統な後継者がどちらか、なんてのは関係ないということか。
彼女は洞穴の中へと入って行き、しばらくして出てきた。その手には立方体型の、紋章が刻まれた水晶が握られていた。その紋章には、中央に馬に乗った騎士が、上側には勇ましい鷲が描かれていた。
「はい。これがあれば、ザルバ山にあるトロヴァル神殿の扉を開くことができます。くれぐれも用心してください」
「うん。でもフィリアがいるから、よっぽどのことが無い限りは大丈夫ですよ、姫」
「いえ、魔道士さんにはお留守番してもらいます」
———ー今、何て? この八歳児、サラッと鬼畜なことを喋ったようなーー。
「……なるほど。神殿までの道中をキノミヤ一人で行かせて、魔法の覚醒?外でも成長を促す。そうよね? 姫」
どうやら、このフィリアの考察は正しかったらしく、ミューネが笑顔で頷いていた。と、いうことは。
「は……はは」
「おいおい……苦笑いしても何も生まれねぇぜ?」
「作戦開始は三日後なんですから、さっさと行ってくださいよ!」
「まあ……気をつけてね、キノミヤ」
どうやら———今日から潜入任務が終わるまでの日々は、辛い三日間になりそうだ。
————————————————————————
「うわぁぁぁぁ———ー‼︎⁉︎」
必死で平原を駆け抜ける。背後を振り向けば、狼に似た魔物の群れが。どうしてこうなった。魔法を出し惜しみしてたから———だろうか。
でも、なんだか異世界に来たばかりの頃を思い出して、懐かしい。あの時は魔法も何もなかった。それこそ、あの殺し屋に襲われた時のように。あの時は、我ながらよく頑張ってたと思う。
勿論、今だって頑張ってない訳ではないが。魔法が使えないなりに、ということだ。
よし、やってやるか。俺は軽く目を閉じ、精神を落ち着かせる。さっきまで慌ててたのは目を開けてたからだ。あえて周りを見ない。そうする事で逃げる事に集中する。剣道部で学んだ座禅の応用だ。不安の類のものは捨て去り、今している行動に集中する。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
息を切らしながら、必死になって走った。不思議と辺りの感覚が流れ込むかのような気がし、目を閉じていても不安はなかった。そろそろかというところで目を開けて立ち止まると、先程と景色が変わっており、魔物の群れも見えなかった。
「成功か……!」
そう、小さく呟き、溜息を吐いた。さて、これからどうしようか。ザルバ山とやらは秘密基地から西にあるとか言っていたが、果たしてどうやって行くのだろうか。登り方に至っては想像もつかない。なんとしても三日で帰ってこなくてはいけないというのに。俺はなけなしの食料が詰まったかばんを見つめて、思案に暮れていた。その時だ。
「………ん?」
ふと、視界に登山家のような格好をした男が入って来た。彼は西へと向かっているように見える。これはまさか。俺は慌てて呼びかける。
「あのー! すいません!」
即座に男が反応した。
「ん、どうした?」
振り向いたその顔は、一般的に美形と言われるような顔立ちをしていた。彼は青い眼をしており、茶髪をテンガロンハットの下から覗かせていた。
「俺、ザルバ山に登ろうと思ってるんですけど、もしかして貴方もですか?」
彼は首を縦に振った。
「よければ……山頂まで案内して頂けませんか?」
「いいよ。オレも一人で行くのは寂しいと思ってたところだからさ」
彼は笑顔で、快く承諾してくれた。彼によれば、遠くに見えるあの山こそがザルバ山であり、山中には凶暴な魔物もいるらしい。
だが———登山通の彼は比較的魔物の少ない道を知っているそうで、俺もそこまで案内してもらえた。その道の入り口に差し掛かった時、彼はこう言い放った。
「オレもついて行こうか?」
親切から来た一言というのは、当然分かっている。だが———。フィリア達は俺の成長に期待してくれている。今回わざわざ一人で送り出したのも、成長を期待しての行為だ。だったら、それに応えるのが筋じゃないか。
「いや……お気持ちだけ受け取っておきます。自分を鍛えたいので」
それを聞き、彼はその場を離れた。だが。
「君も、オレと同じで守りたいものがあるんだね」
去り際に、彼がそう囁いたように聞こえた。
「グォァ!」
奇声をあげ、襲いかかる巨大な熊。三メートル、いやもっとあるだろうか。俺は『描画』と呟き、空に刀を描く。実体化した刀が手に重みを伝えている。
「やぁっ!」
俺は切先を右上に向け、勢いよく斬りかかる。刀が熊の体を触れる。だが分厚い毛皮に阻まれてしまい、倒すには至らなかった。その証拠に、奴は何事もなかったかのように叫んでいる。
「グオォォァ!!」
次の瞬間だ。奴が爪を大きく振りかぶってきた。俺は咄嗟に刀を構え、奴の一撃を防ごうとした。だが———。
「ぐっ……ぐぐぐ……」
奴の体から繰り出される重圧。それが、刀を通じて俺を震わせる。圧は次第に強くなり、ついには刀が折れてしまった。
「なっ……⁉︎」
その場に弾き飛ばされた俺は、ただ茫然と奴を見上げていた。下から見上げた奴は、一層恐ろしく見えた。刀も折れてしまった今、再び刀を作っても同じ事だろう。つまり、対抗する手段はない———。
「くっ……!」
どうする。どうする、俺。奴の隙を見計らって先へ進むか。ああ、それが一番現実的だろう。だが———奴のような魔物が他にいないとも限らない。奴を倒す方法は? ———ああダメだ、思いつかない。
いっそ、他の道を通るか? いや、あの旅人によれば、ここが一番簡単な道だとか。それはつまり、ここで逃げ出してしまえば、俺は目的地にたどり着けないということだ。
俺はこのままでいいのか? このまま、弱っちいままでいいのか?
「———ーいや、いい訳ないよなっ……!!!」
そう、自身に返した。ならば、道は一つしかない。新たな強き武器を描き、立ち上がる時だ。
「『描画』!!」
俺がイメージしたのは奴を貫く武器。それは———魔銃。絶大な火力を誇る武器だ。同時に、俺が初めて異世界で使った武器でもある。俺はそれを空に描いた。眩い光と共に、魔銃が実体化した。
「いくぞ、熊!」
俺は奴から間合いを取り、引き金に手を掛ける。この武器は絶大な火力こそあるが、その分反動が大きい。だから確実に、早く仕留める!
「はあぁぁ……『大爆炎』!!!」
引き金を引いた。放たれた真紅の弾丸は、奴の肉体に直撃した。
「———グオォァ⁉︎」
次の瞬間、着弾点が赤く光り出し、多量の熱が放出された。奴は苦しそうな声を吐き出す。それを聞き、俺は即座にその場から逃げ出した。前の二の舞は困るからな。その後すぐに、背後から大きな爆発音が聞こえてきた。
————————————————————————
視界がぼやけている。ここに辿り着くまでに魔力は大方使い果たし、体力も限界だ。それでも———俺は辿り着いたんだ。ザルバ山の山頂に。さて、トロヴァル神殿はどこに……。
「うっ⁉︎」
不意に、俺の体を激痛が襲う。ここまで一人で無茶してきたツケが来たか。
「はぁっ………ぐっ……」
腹が痛い。思わず手で腹を押さえる。だがーー次の瞬間。俺の頭、腕、胸すらも痛みに襲われた。
「ああああっ……ぐはあああぁっっ………!!!」
文字通り、全身が痛い。俺は苦痛に満ちた叫びを続け、その場にのたうちまわる。くそっ、こうも痛くちゃ動けもしない。何とか、ここで痛みに耐えな———ー
「がああぁっっ………ぐはあああぁぁっっ!!!」
激痛が思考を遮断した。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
視界が暗闇に覆われていく。比喩でも何でもなく、もう死んでしまいそうだ。ああ———どうせなら、誰か腕利きのスピリットと一戦を交えてから、二度目の人生を終えたかった。そんな時代遅れの侍のような考えが湧き上がってきた。
だが、今更どうにもならない。これまでたくさんの命の危機が襲ってきたが、今度こそは———。
「大丈夫か⁉︎ これを食べろ!」
聞いたことのある声と共に、口が力もなく開いた。ふと目をやると、どうやら、彼は草を俺に食べさせようとしているらしい。空腹の肉体に自然の成分がしみる。
「うっ………お……れ……は?」
しばらくしない内に、全身に気力が戻ってきた。もちろん、全快には程遠いが。それにしても———助けてくれたのは誰だ? ゆっくりと、上に目をやる。
「おっ、目覚めたか。オレだよ。久しぶり……ってほどでもないか」
青い瞳に、整った茶髪。つい三時間ほど前に会った旅人だ。彼はあいも変わらず眩しいほどの笑顔を浮かべていた。
「貴方はさっきの………えーっと……」
「ハロルド。ただのしがない旅人さ」
彼は笑顔で答えた。その表情は、疲れ切った俺の心を、わずかだが温めた。
「そうだ。君はなぜ、こんなにボロボロになってまで、この山に登ろうと思ったんだい?」
「強くなりたかったんです。俺を頼りにしてくれる、フィリアの為に」
「………やっぱりか。おっと、今のは気にしないでくれないか」
———ん? 彼は俺の事情を察しているのだろうか。彼、ハロルドは旅人ということだから、そういう話をよく聞いたことでもあるのか。
「さて、と」
彼は一息つき、どこかへ行った。後を追ってみれば、そこにはキャンバスと画材が雪の上に置かれていた。キャンバスの中を覗きこむ限り、どうやら景色を描いていたようだ。
「これ、貴方のですか? 上手いですね」
その言葉を聞いて、彼が振り向いた。
「ありがと。オレ、絵描くのが趣味なんだ。世界中の綺麗な景色を、オレ自身の手で描くために旅してるのさ」
彼はどこか照れ臭そうにも見えた。現に、顔が少し赤くなっているように見えた。
「さあて、続きに取り掛かるか」
彼は画材の山から筆を取り、絵を描き始めた。
「ありがとうございました」
俺はそう、彼の背中に向けて言った。
さあ。いよいよこの時だ。俺に足りない力。それを手に入れる時だ。あたりを見回せば、神殿らしきものが見えた。早く行こうとはやる気持ちを抑えて、慎重に向かった。
————————————————————————
「ここが……」
まず、目の前には大理石で出来た建物が荘厳に構えていた。正面には馬に乗った騎士と、勇ましい鷹のレリーフが付いていた。ついに、ついに辿り着いたのだ。このトロヴァル神殿に。
手の震えが止まらない。これは緊張か、それとも恐怖、はたまた歓喜か。
その震えた手でカバンから立方体型の水晶を取り出した。これを神殿の入り口を塞ぐ扉の窪みにはめる。すると、扉に黄色い光筋が樹形図のように通り、扉が開いた。
中からは、この山とは違った異質な気配が放たれている。俺は覚悟を決めて、中へと歩みを進めた。
雷の神殿こと、トロヴァル神殿。内部には荘厳とした雰囲気が広がっていた。最深部へと続く薄暗い道には、鷲のレリーフが何個も並んで彫られていた。
その道を、一歩一歩歩いていく。中に響く音は、自身の足音だけだった。それが余計に緊張感を増幅させる。
道の果てから、徐々に光が流れ込んでくる。終わり、いや、新たなる始まりが近いと確信した。俺は、その光の方へと駆け出していく。その光の先には———。
————————————————————————
光を辿った先は、一面が白い空間だった。明らかにこの世の場所とは思えない。その空間は、神聖な気を放っていた。
「ホッホッホ。 よく、下界がこんな大変な時に来たものだのう。して、用はなんじゃ」
そこには、半裸のムキムキマッチョの爺さんがいた。頭には草で出来た冠が乗っかっていた。それは、俺がいた世界で月桂樹と呼ばれている植物とそっくりだった。
だが、なんというか———緊張が無駄になった気がする。神ってのは、本当にこんな軽い口調なのか……?
「———あの、お名前は………?」
「トロヴァルス。皆からは親しみを込めて、雷神トロヴァルス様と呼ばれておる」
トロヴァルス様、か———。今の話に変なところは無さそうだったし、そもそも普通の人がこんな神殿にいること自体がおかしいし。でも、やっぱりどこか、まだこの人、いや神を信じ切れない。つい、冷たい視線を向けてしまう。
「———なんじゃその眼は。そんなに儂が信用できぬというのか。どうせ目的は分かっておる。ほれ、『雷電』をくれてやろう。それで信じるだろ?」
俺は即、首を縦に振った。いくら信用出来ないとは言え、只者ではないのは確かだ。話に乗ってみるのも悪くない。
「ほう、物分かりの良い若者じゃのう。それじゃ、行くぞ……。しっかり立ってろ」
彼はどこからともなく杖を取り出した。そして、杖の先を俺に向ける。
「ゲラダゲダガヲグゾラボヂズバギビボロボボ!!!」
神の祝詞が空間を包む。次第に祝詞は黄色い光となって、俺の方へと向かってくる。光は俺の中へと入って行った。それと同時に、俺の体に違和感が訪れる。
「はぁっ!」
神の掛け声。それを合図に杖から、白き衣のような光が放たれた。それが俺を優しく包み込む。体中に駆け巡る雷の魔力が収まったのだろう。ただ、それでも、今までの自分とはどこか違うような気がした。
「———ーどうじゃ? 力がみなぎってくるであろう?」
「はい。でも、これだけで本当に魔法が使えるんですか?」
「ならば、やってみよ」
その言葉に従い、俺は右手を天へ突き出した。前にフィリアがやっていたのを思い出しながら。
「『雷電』!」
すると俺の腕を雷が纏い、一つの球に収縮して手の平の上に現れ———なかった。体には未知の感覚が流れ込んできたので、てっきり使えるもんだと思っていたのだが。これで本当に合ってるのか?
「………あの、これで本当に合って———」
その時だった。体内の魔力が急激に増し、腕へ帯電する。それは、まるで体内から虎が外へ出ようとしているようで。俺は思わず叫びを上げてしまった。
「———ーあっ、があぁぁぁっ………‼︎⁉︎」
情けない声を聞き、溜息をつく神様。彼は杖を空間の中へ片付けた。そして豪快に笑いながら発した。
「ホッホッホ。お主、中々面白い体質の持ち主じゃのう」
「………それは一体、どういう……⁉︎」
「その内分かる。その時を待っておればよい」
本気で聞いたのだが、はぐらかされてしまった。右腕を押さえ、彼の方をじっと見る。腕を走る痛みは相変わらずだった。
「それよりもーーまずはその力をモノにせねばのぉ。この様子では、お主は急いでいるようじゃし」
「———っ、だったら神の力でこの痛みを抑えてください。お願いします」
しかし彼はそれには答えず、代わりにはっきりと言い放った。その言葉には先程の不真面目さは無かった。
「若者よ。魔法というものは一瞬で身につくものではない。血の滲むような鍛錬を重ね、その先で身につくものじゃ。そう、ゼロ・レオンハルトの時代から定められておる。痛みに耐えながら魔法を行使し続けることで、初めて己の力となる」
「そう………なんですか」
俺はうなだれながら頷いた。勿論、この理屈が正しいことは心の何処かで分かっている。だが、同時にこの理屈に従いたくないとも、心の何処かでは思っていて。
「ふむ、まだ少し不服と見えるが。じゃが———時は残っておらぬのじゃろ? お主が『雷電』を習得するお膳立てをしてやろう。お主が魔法を会得する迄、この空間には誰も入れぬように、誰も出られぬようにしておこう。では」
そう言い残し、彼は消えていった。彼がいた場所には何一つ残ってはいなかった。少し経ち、彼のいた場所に魔法陣が現れた。
「———ーええっ‼︎⁉︎」
一気に、余りにも色々な事が起こりすぎて、つい変な声を漏らしてしまった。だが、これから始まるのは魔法を習得する試練だと。それは確かだ。その事を胸に刻み、何が起こるかをじっくりと待つ。
次の瞬間だった。魔法陣が光り輝き、閃光を放った。その閃光は熱く、重々しいものだった。まるで、決して人が踏み入れてはいけない『禁忌』、その様をまじまじと見せつけられたかのような気になった。
光が明けた。そこには一人の女が立っていた。女はどこか、この世のものではないように思えた。女は武者風の佇まいで、弓矢をその手に収めていた。先程の魔法陣といい———まさか。
「お前は…………スピリットか⁉︎」
その問いに対して、女は薄ら笑いで返した。その気味の悪い顔のまま、女は何も言わずに弓を構える。
つまり———俺が課せられた『試練』とは、この女を倒す事という訳か。『雷電』を使うのはまだ荷が重い。ここは体が慣れるまで、魔銃を使って凌ごう。そう思い、空中に描いたのだが———。
「『描画』! ……って、あれ⁉︎」
なぜか俺の手が光ることもなく、魔銃は実体化しなかった。
「『描画』! 『描画』! ……くそっ! どうしてだ⁉︎」
何度試しても結果は同じ。どうして、どうして、どうして———。次第に焦りだけが募っていく。
そんな俺を待つこともなく、女は弓に矢をつがえ、じわじわと弓を引いていく。その様からは卓越した技の一端がうかがえた。加えて———いくつもの修羅場をくぐってきたのだろうか、両目から放たれる威圧感は並大抵ではなかった。
ついに、矢が放たれた。
「やるしかない、か」
拳をぎゅっと握りしめて、決意を固めた。
「『雷電』!」
その掛け声を合図に、右手へ向かって、血液中に痺れが走る。今、自分の中で魔法の力が脈動しているのだと、伝えられたかのような気分だった。
「うっ…………はぁっ……!!!」
苦しみながら耐えて、右手を矢に向かって突き出した。手は微かに震えていた。
「い……けっ……!!」
声を絞り出し、手に宿した力を外へ押し出す。すると、せいぜい十センチほどの稲妻が発生した。僅かだったが、しかし確かにそこにはあった。
当然、この程度の魔法で対抗出来るはずもなく、放たれた矢は左手をかする。
「………っつ」
びゅっ、と血が飛び散った。少し遅れて痛みがやって来た。刺すような痛みだった。
「まだっ……まだだ」
蹌踉めきながらも、女に向かって宣言する。
「ハァァァ……! 『雷電』!」
もしかしたら、俺がいなくてもミューネ達の計画は上手く行くのかもしれない。あちらには、既に優れた戦士が三人もいる。それに、急造で身につけた魔法など、役に立つかすら怪しいだろう。
けれども。俺はあいつの———フィリアの為に何かがしたい。恐らくだけど、フィリアは何かを抱えてる。前、ヴェルゴンド城で苦しそうにしてた時も、どことなくわざとらしかった。多分、何かを隠す為に———。そんなのは、十七歳の、まだ人生がある少女に背負わせちゃいけないと思う。
だったら、俺も僅かながら力になろう。俺なんかじゃ計り知れない不安を抱えてるであろうフィリアの力に。一度死に、何もかも失った俺が出来る事なんてそれぐらいしか無いだろう。
その為に———俺は試練を乗り越えてやる。そして生きて帰るんだ。フィリアの元へ、必ず。
◇◇◇
乾いた空気に、剣を振る音が染み渡る。その使い手はガレス。彼は城の訓練場で、黙々とガラティーンを振っていた。その剣筋はほんの僅か、だが彼にとっては大きく狂っていた。
彼は、ガルドアの森での戦いから三日経った今でも、あの若きスピリット、木宮司義の事がどうにも気にかかっていたのだ。
彼の装いは市販の鎧で、下に着ていた服も一見戦闘向きには見えなかった。にもかかわらず、彼は異国の剣を、しかも熟練の業によって鍛えられたものを使っていた。戸惑いの原因はそれだろう。
剣が一定のリズムで空気を掠める。そのリズムに、コンコン、と扉を叩く音が混ざった。彼は剣を鞘に納め、扉をそっと開けた。扉の向こうにいたのはアドニスだった。ガウェインは一歩下がった。
「おお、ガレス。久しいのう。どうじゃ、元気か? かれこれ一ヶ月、お主が召喚されてすぐ、ワシはミューネ達の元へ密偵に下ったからな。お主の働きには本当に感謝しておる」
「はっ。お褒め頂き、有り難き幸せ」
彼は胸に手を当てて、整ったお辞儀をした。
「……さて」
アドニスが一息つき、話を切り替えようとする。アドニスはローブの中から目を光らせた。
「風の噂じゃが……今夜あたり、緑衣隊に何やら動きがあるそうでのう。後で王にも、孫を通じて伝えておくが、念の為お主にもな」
「———そうか。情報提供感謝する、アドニス殿」
アドニスの素性は彼にもよく分からない。だが、王に忠誠を誓う一人の魔道士であることには変わりない。その為、彼は深々とお辞儀した。
「いやぁ、礼には及ばぬよ。王の臣下として当然の事をしたまでよ。ではの」
アドニスは笑いながら去って行く。彼はその姿を怪しみながら見つめていた。
————————————————————————
「はぁ……」
洞穴で、私は一人溜息をついた。キノミヤが旅立ってからもう三日経った。なのに、一向にアイツは帰ってこないのだ。
スピリットが死ねば、主人との契約が切れる。そうなれば体に『違和感』が訪れる、とお父様は言っていた。でもこの三日間、そんなことは一度たりとも無かった。
ならば余計に気になる。アイツがどこで何をしているのか。魔法を習得するのに時間がかかってるにしては遅すぎるし。
「———おっ、どうした、魔道士さん? そんなに絵描きさんが恋しいか?」
「あ、貴方いつの間に⁉︎」
ふと声がしたと思ったら、ロビンフッドがいた。彼は相も変わらず陽気そうだった。
「ったく、キノミヤが帰って来ないってのによくそんなに明るくできるわね……」
「まっ、自分はあんま絵描きさんのことが好きって訳でも無いし」
彼はまるで無責任に言った。その時、彼は腕を頭の後ろに組んでいた。
「あら、戦いが終わったら敵同士になるからって、酷い言いようね」
私は皮肉を込めて言った。すると、彼の声色が僅かに変わった。
「いや? そうでもないぜ。あんたらなんか、自分達が本気を出せば———」
彼は握り拳を作った。そして。
「ほら、ご覧の通りあっという間さ」
手をパッと開いてジェスチャーをした。つまり私達、いや、キノミヤが取るに足らない最弱のスピリットとでも言いたいのだろう。確かにその見解は正しいーー客観的に見れば。
だが———不思議なことに、私はキノミヤがいないことに対して不安感を、少しだけ抱いている。それは戦力云々の話ではなく精神的な話だ。アイツがいると、どこか安心できる。三年間の孤独を味わってきた私には、やはりお兄様のような存在が必要だったみたいだった。
「ーーん? その顔だと、反論したいことでも?」
「あるわよ、山のようにね。まあ、私もわざわざ言うほど暇じゃないけど?」
「ふぅん」
まだこの感情に名前は付けられていない。もし、私が名前を付ける、その時が来るのなら———私は何と名付けるのだろうか。
————————————————————————
「申し上げます! 城下に緑衣隊が現れました! 数は二十ほどかと!」
その報告が玉座の間に齎されたのは陰の時六時半頃だった。ハダーは少し驚きながらも、落ち着いて聞いていた。
「———やはりか。で、被害状況は?」
「はっ! 主に市街地を中心に、建物に損害が出ております! このままだと死傷者も出るかと!」
「そうか。奴らは民草の心を煽って勢力を伸ばす。早急に対処した方が良いだろう」
彼は玉座から立ち上がり、右手を突き出して命令した。
「五百の兵を出せ、今すぐに! 完膚なきまでに叩き潰せ!」
「はっ!」
ハダーの配下が続々と部屋を出ていく中、リアンが彼に向かってヒソヒソと話す。
「…………そうか、流石はアドニス老———君の祖父だ。情報を仕入れるのが早い。ということは、ガレスも即動員できるな?」
彼女ははっきりと頷いた。それを見た彼は満足そうに笑った。そして、彼女の耳めがけて小声で命じた。ーー『ガレスを出せ』と。
「ええ……了解しました。この戦い、必ずや私達が制してみせましょう」
彼は何度も、強く頷いた。彼女は素早い動きで玉座の間から出て行った。
————————————————————————
暗闇の中、ヴェルゴンド城がたいまつの火によって怪しく照らし出される。それを眺めるのはロビンフッド。彼は相も変わらず飄々とした態度だった。
「よし、いよいよこの時が来たって訳か。感慨深いなぁ、お嬢ちゃん。いよいよあんたの夢が叶うって訳だ」
「いや、まだまだです。私の夢はこの国の人々が安心して暮らせるようにする事ですから。それを実現させるために、ただ戦いをしているというだけで」
ミューネは短い髪をたくし上げる。その表情は大人びていた。私はそれをまじまじと見つめていた。恐らく、この戦いを終わらせると意気込んでいるのだろう。その覚悟は大したものだ。真似できる人物はそういないだろう。
「さっすが、王女になるべき血の持ち主だな。さて———自分達はそろそろ、行きますか」
彼が指をパチンと鳴らすと、大量の機械人形が起動する。兵士達も群をなして動き出す。大体、兵士と機械人形とで三千体ぐらいか。
「………?」
突然、体が震えてきたかと思うと、何事もなかったかのようにすぐ収まった。恐れから震えていたのだろうか? その割には、どうにも違和感がある。
それはともかくとして。ひっそりと息を潜めて、城壁の裏へまわる。緑衣隊のお陰だろうか、兵は出払っていて閑散としていた。足音を立てずに素早く走った。時間はかかるけど、安全第一だから仕方ないわよね?
しっかし、何て高さなのよ、この壁……。これじゃ登るので一苦労ね……。魔法を使うにしても魔力を喰いそうね……。
「よしっ」
握り拳を決め魔力を滾らせる。両手を地面に向けて、大地の力を解き放つ。
「『岩柱』」
合図に応えて、地面がまるで植物かのようにメキメキと伸び始めた。見込み通り、一分もしない内に城壁と同じくらいの高さになった。私は城壁を超えて、裏庭の上空を目がけて飛び上がる。
「『防御』」
次に、腕をクロスさせて魔法を発動させる。これには落下時の衝撃を和らげる役割がある。本当は単純な防御魔法なのだが、応用を効かせた、という訳だ。
「よしっ……」
急スピードでの落下にもかかわらず、私の体には傷一つ無い。流石は天才魔道士の私。相変わらずイカしてるわね。これなら……キノミヤがいなくたって何とかなったりして?
「さて、と……」
精神を落ち着けて、気配を探る。ガウェインがどこにいるのか、これは最重要事項だ。アイツは正攻法では勝てない。勝てたとしても、魔力を恐ろしく使う事になるだろう。そうなれば次の行動に支障が出る。
あくまでも、ガウェイン討伐はヴェルゴンド城侵攻作戦の経由点に過ぎない。それを意識して動かなければ。
「……? これは……⁉︎」
微小な魔力が点となって動く中、一つだけ、こちらへ向かって動く点がある。ガウェインか⁉︎ いや、それにしては魔力が小さすぎる。じゃあ、一体誰が……?
「ハァーッ!」
「なっ⁉︎」
不意に、何者かが蹴りかかる。その動きはまるで蝶のように華麗で。つい防御が遅れてしまい、後ろに吹き飛ばされる。そして、その場に倒れ込んでしまった。
「くっ……貴方、何者⁉︎」
顔を上げる。そこには黒服を着た女がいた。その立ち振る舞い。その顔。それには見覚えがあった。
「リアン……ハダーの命令で、侵入者を始末しに来たのね。悪いけど、貴方を相手にしてる暇は無いわ」
彼女は何も言わず、淡々と歩き出した。靴音が芝生を撫でる。一歩ずつ、その距離は縮められていった。
「ハァッ!」
リアンの威勢のいい掛け声が響き渡る。多分、並の兵士なら怯んでしまうだろう。だが———私は怯まない。
「『炎狼』!」
拳から炎を放出し、即座に狼型に整える。本来は遠距離魔法だが、こうして近距離でも生かせる魔法だ。強力な魔法で、これを使えば大体の相手は根を上げる。恐らく、今回もーー。
「はぁーっ!」
炎が彼女を覆い、その後に煙が上がった。私は後ろへ跳び、煙を避けた。煙がジワジワと晴れていく。多分、彼女は倒れ込んでいるだろうとたかをくくっていた。だが。
「なっ……⁉︎」
確かに、彼女は足をよろつかせていた。だが、『炎狼』を打ったにもかかわらずそれ?外は全くの無事だったし、決して弱音を吐くような事も無かった。寧ろ、その目は闘志に燃えている。
厄介ね、こういう相手は———。
私は心の中で拳を握り、気合いを入れた。
「『火炎連弾』! はぁっ!!」
両腕を猛スピードで動かして火の玉を放つ。一つ一つ狙いを定めて、彼女に当たるようにして。それらは等速で進んでいき、次第に彼女を取り囲んでいく。
「ふっ……ハァァッ!」
だが、彼女は無謀にも、火の玉の嵐の中を手で払いながら駆け進んで行く。幾ら何でも、無茶にも程があるだろうに。いやーーだが、待て。あの火の玉、消えてないか———?
「フッ!」
思案にふけっている僅かな間に、彼女は私の懐に潜り込んでいた。下からの突き上げるような一撃が、私の腹に直撃する。口からは飛沫が飛び出し、辺り一面に広がる。地面に叩きつけられ、再び私は倒れ込んだ。
———こいつは不味い。
弱い魔法なら打ち消せる程度の魔道士には会ったことがある。だが、ただの人間が、それも派手な魔法を使ったというのに全く動じないとは。彼女は危険だと、一層認識を強める。
「そのやり方で、私に勝てると思わない事だな」
彼女は上から目線で、きっぱりと言った。負けじと私も、強がってよろよろと立ち上がって抵抗する。
「そう。なら、これならどうよ……。『竜巻』!」
手から放たれた竜巻が、彼女を飲み込む。彼女は抵抗していたようだが、成すすべもなく吸われていった。何だ、さっきのは見掛け倒しだったのか? あまりの呆気なさについ、気が抜けそうになる。すると、彼女が叫び出した。
「まだだ……この程度で終わるかっ! ふっ……ハァァッ!!」
風の中に光が見えたかと思うと、周りの風が一瞬で打ち消されていった。風は音も無く消滅し、その中にはリアンが立っていた。
彼女は不敵に笑い、加えてその手袋を光らせていた。よく見ると、僅かな風が手袋に吸い込まれていくようだった。
この手袋……確か昔見たことがある。この手袋は『魔法を消滅させるマジックアイテム』だと、ロベルトお兄様が言っていたような。特徴的な、大樹のマークがついてたお陰で、すぐに気づくことが出来た。
「ふふ」
タネが分かればどうって事はない。思わず、笑みをこぼしてしまう。
「ああ、そういう事だったのね。なら……生身で勝負よ」
「なっ⁉︎」
彼女の顔が険しくなる。私は右手を握りしめて、左手を開く。そして勢いよく、右手を左手に打ち付けた。
「我が肉体よ、燃え滾れ! 『筋力増強』!」
瞬時に、体に力がみなぎる。体内の魔力が一時的に筋力に変換され、私の肉体が引き締まる。この魔法は、本来肉弾戦を得意とする武道家が補助として覚える、風変わりな魔法だ。魔道士は使う必要が無いのだがーーこのような、魔法が通じない相手においては、有効な時がある。
「ふうっ……はぁっ……」
深呼吸をしなから戦闘の構えを取る。拳をぎゅっと握りしめて、狙いを定める。
「はぁっ!」
狙いが定まった。目を見開き、攻撃を宣言する。
「さあ来い。魔法を使わない魔道士など、赤子同然!」
彼女は挑発を交えて、堂々と構える。私は勢いを込めて、右手をふりかざす。
「はぁーっ!!」
彼女は手を開き、必死で私の一撃を受け止めようとした。その厚みは岩のようで。
「魔道士風情が……私の、ハダー様を守るために鍛えられた肉体に勝てる訳が無い! そのやり方では国は動かせないーー!」
だがーー。
「そうっ……かしらっ?」
「ぐぐぐっ……何だと⁉︎」
腕に力を込める。すると、私の拳が次第に彼女を押していく。じわじわと、彼女が後ろに下がっていく。それに合わせて彼女の顔が歪んでいく。
「貴方がそう言うなら見せてあげるわ。これが私のっ……やり方よ!」
最後の一押し。それが効いたのか、遂には彼女は、ばたりとその場に倒れ込んだ。彼女は苦悶の表情を浮かべていた。
「ぐっ………は、ぁっ……」
「さて、と……」
彼女は踠き苦しむ。だが、その最期を見届けている暇は無い。私はハダーの元へ向かい、この国の主権をミューネ達に受け渡さなければいけないのだから。私は目線を城へやり、淡々と歩き始める。
が、突然、ガッと足を掴まれ、私の動きは止まった。少し遅れて声がした。声は掠れていて、すぐには分からなかったが、しばらくしてリアンのものだと分かった。
「………行かせるか」
「———悪いけど、貴方なんかに構ってる暇はないのよ」
私は目線も向けずに、鉄のように冷たい態度を取った。すると彼女の声色が変わった。
「……何だと? 王の腹心である私を愚弄するというのか?」
彼女の手がぶるぶると震え出した。掴む力もじわじわと強くなる。
「王は……絶対的な力を持って国を守ろうとしている……! お前のような部外者にその信念が分かるはずがない!」
「分かりたくもないわよ……国を思いがままにしようとする奴の気持ちなんか」
冷たい視線を向け、キッパリと突き放した。
「何だと⁉︎ 王を愚弄する気か? 王は……ハダー様は……!」
だが、余計に向こうを刺激してしまったらしく、彼女の瞳の炎は益々盛んに燃えている。その証拠に、彼女の手の震えは激しくなっている。そして、彼女が足を強く握った。
「隣国の脅威は日々増している! それを防ぐ為に権力を一点に集中させる、それこそが王の御考えだ……! たかが一貴族、そのお前に王の偉大さが分かるはずもない! そもそも! 親から人として扱われず、暗闇の中でうずくまっていた私を救い上げて、忠義の素晴らしさを教えてくださったのもハダー様なのだ! ハダー様は私にとっての太陽だ! 貴様がなんと言おうと……私はハダー様の為に生きる!」
彼女は語気を荒げて、思いを吐露した。とても激しく、とても熱烈に飛び出す彼女の思いに、思わず気を取られてしまった。
ああーー確かに、絶望のどん底にある中で手を差し伸べられたらならば、どんな奴の言うことだって信じてしまうに違いない。彼女の言い分は正しいのかも。
だが、是か否かに関係なく、私は彼女を否定しなければならない。
「へぇ、そう。貴方の言うことにも一理あるわね。でも……。私にだってちゃんと理由はあるのよ」
「何をほざく⁉︎ 所詮、貴様の理由などラグナロクでの勝利だろう? 己の無意味な繁栄、私利私欲の為、戦おうとしているに過ぎない!」
案の定、彼女が激情した。握力も増して、怒りが肌から伝わってくる。だが、予定通りだ。ここですかさず、反撃をかける。
「私利私欲だなんて……酷い言いがかりね。私は『滅びの日』で失った家族を取り戻したいだけなのに……」
すると、彼女の眼が見開き、じわじわと手から力が抜けていく。
「なっ……⁉︎ 貴様も、あの事件の犠牲者の一人だというのか……⁉︎」
彼女は露骨に動揺していた。私としてもこれ?上喋りたくはない。彼女には悪いが、この隙に脱出させてもらおう。
「……まあね。私だけってよりかは一家全員だから……四人かしらね?」
「その服装といい、まさかストレイス家かっ……⁉︎ た、確かあのい———」
「お話中のところ悪いけど、ここらで失礼するわ。『風結界』!」
私は手を交差させ、両腕に風の力を宿す。そして、超スピードで腕を広げて、風を全方位に撃ち放った。
「ふんっ!」
「なっ……⁉︎ 謀ったな⁉︎」
不意の攻撃に、さすがの彼女も対応できなかったようだ。彼女は風に飛ばされ、庭の木に激突した。このチャンスを逃すまいと、私は間髪入れずに岩の矢を打ち込む。
「岩よ、矢となりて空を駆けろ! 『疾岩矢』!」
魔法を詠唱しながら、弓を引くポーズを取った。じっくりと、弓を引き取っていく。
そして、手を離した。風の如きスピードで岩の矢が彼女の元へ向かっていく。
「ぐわぁぁぁ⁉︎」
程なくして、矢が彼女の右脚に命中した。彼女は苦しそうな顔で、見ているだけでも痛みが伝わってきそうだった。
しかし、同情してる暇はない。この計画は時間が重要だ。ガウェインの能力は陽の時に大きく強化される。だから、その前に仕留めなければならないのだ。
私は、彼女の顔をチラッと見てから、城の中に向かって歩いていった。
◇◇◇
王都の空に黒煙が上る。それはもくもくと膨れ上がり、辺りを覆った。その下には当然火が。緑衣隊の一部がつけたものだろう。
「行くぞー! 俺達が、この国を変えるんだ!」
「ほざくな、反逆者どもめ! 貴様らは我々が統制する!」
城下町では、緑衣隊のメンバー達と騎士達が戦闘を繰り広げていた。緑衣隊は血気盛ん、革命を成し遂げようとする決意に満ちていた。対する騎士達も国家体制を、民を守ろうと必死だった。
剣筋と剣筋がぶつかり合い、金属音を奏でる。まさに、一進一退の戦いと言えるだろう。
また、混乱の中、必死になって逃げる者もいれば、日頃の不満を爆発させ緑衣隊に味方する者もいた。その民衆の動きが、ますます混乱を加速させていく。
「チッ……何勝手にやってやがる……⁉︎」
その混乱の中で、疑問を抱くものがいた。それは意外にもロビンフッドだった。彼は大声を張り上げ、仲間に呼びかけた。
「いいかお前ら! 盗みや放火はするんじゃねぇって、言ったはずだろ! あと、無駄な戦いもだ! 戦っていいのは兵士だけだ!」
その声を聞いたのか、民家を襲おうとしていた者が動きを止めた。中には既に襲っていた者もいたが、彼の声を聞くや否や、逃げ出すように手を引いた。それほどに、ロビンフッドが信頼を得ているということだ。
だが、それでも従わない者はいた。元々、緑衣隊には低い身分の者が多い。教養が無く、平気で略奪を働ける者も少なくはない。そういった者を見つけると、彼は止めに入っていた。
「おい、ドンガ。なんで民家襲ってやがる? 今回は盗んでもらっちゃ、お嬢ちゃんに迷惑かかるぜ?」
隊員の一人、ドンガがけだるそうに答えた。
「ロビンさぁん……そんなの知るかよ。俺はなぁ、日々の暮らしを良くしようとアンタについてるんだ。別にアイツの、王女の為にやってるわけじゃねーんだよ」
無性ヒゲをけだるそうに撫でながら、ドンガは答えた。それを聞いて、ロビンフッドはドンガをなだめようとした。
「分かった分かった。あんたの言い分は分かるぜ。だがよ、結局のところ、革命が終わって誰が国をまとめられるかって話なんだよ。そうなると、正統な血筋をを引くお嬢ちゃんこそが、とりあえずの統治者に相応しいって訳だ。勿論、王の国にはさせねぇ。頃合いを見て民に政権を渡す。上級階級だけが利益を得る国は、もう終わるんだ」
ロビンフッドは真摯に語った。だが、ドンガの心には刺さらなかった。ドンガはぶっきらぼうに切り返す。
「口ではそんな事を言っちゃいるが、実際出来るとは思えねぇなぁ? とりあえずの統治者、だと? ふざけんな。上の奴らが、一度掴んだ実権をやすやすと手放すとは思えねぇ。そこんとこ、どうなんだ?」
彼は長髪を触りながら答えた。相変わらず口調は軽いが、声色は真剣味が増してきている。
「あ〜……えっと、だな。勘違いさせしちまったか? お嬢ちゃんは御飾りだよ。表に立って、あんたらが決めた命令を実行してもらうだけの、な。急に統治者が変われば国民だって不安だ。だから、王女を残しておいてトコトン利用するって訳さ」
「王女を残す、か……。でもよ、貴族どもが王女を担いで、反乱したらどうする? そんな事になるってなら、俺は迷わず王女を殺す」
ドンガは反論した。口調にも怒りが見えるようになり、実際、話すスピードも早まった。
「殺すなんて野暮な事はしないぜ。そうなったら、力尽くで王女を取り返すまでさ」
対するロビンフッドは、ジェスチャーまでつけて、余裕綽々な態度で対応した。だが、ドンガには受け入れられなかった。それどころか反感を買ってしまった。
「ヘッ。わざわざ火種を取り返すなんてよぉ、訳分かんねぇな……。やっぱり、アンタも所詮は王族の味方だったって事か……!」
彼は溜息を吐き、顔をうなだれた。だが、最後まで諦めずに説得を試みようとした。
「ハァ……やれやれ。分かってくれねえか? 王女が死んじまうと自分は弱体化する。主人からの補助を失う訳だからな。あんたらの力になれなくなるかもしれ———」
「てめぇの事情なんか知ったこっちゃねぇよ!! くらえっ!」
しかし、それは途中で遮られた。ドンガは懐からナイフを取り出し、狂ったように襲いかかってきた。
「うおぁぁぁ!!」
彼は体を俊敏に動かして、攻撃を素早くかわした。夜だという事もあってドンガの視界は悪く、攻撃は乱れていた。彼はそれを利用し、一撃も食らわずに回避を続けた。
「自分の事情だけ語っといて人の事情を聞かないなんて、自分勝手な野郎だな、あんた」
「うるせえっ!!! 」
「仕方ねぇ、矢の無駄撃ちはしたくなかったんだがなっ……。『眠りの矢』!」
彼は弓矢を構え、サッと引いた。矢の気配がするや否や、ドンガは寒気を感じた。しかし、遅すぎた。
「しばらく眠ってな」
矢はドンガの左腕に命中した。ドンガは声も出さずに、あっさりと倒れた。それを見届けると、彼は足早に去っていった。
荒れた街並みを歩く中で、ロビンフッドは考えていた。———ー果たして、自分の在り方は正しいのか。さっき、自分は略奪を許さずに正義を貫いた。命を奪うことすらなく。
確かに、英雄として、ヒーローとしては理想的な行動だっただろう。けれども、現実的に考えて正しい行動だったと言えるのか? 反乱には士気が肝心だ。だが、先程の行いは、明らかに士気を削いでしまっていた。そんな調子じゃあ、お嬢ちゃんの目的は果たせやしない。
いやーーそもそもの行動理念、王女の為に力を尽くすと決めた時点で、英雄としての自分の在り方に反してないだろうか? 自分は権力者を翻弄し、戒め、民の平穏を求める英雄。ーー異世界であろうと、誰に仕えようと、その在り方は変わってはいけないはず。
王女が平和な世の中を作り出せるかは、未知数なところが多い。自分だって、そんなに教養がある訳でもないし。もし、それが出来なかったら———?
「俺は……どうすればいいんだ……?」
そう口に零すほどに、彼は迷っていた。右手は顔を抑え、身体中は震えていた。彼は戦火の街を力無く歩く。歩き方もおぼつかないもので、その姿に英雄、ロビンフッドの威厳はなかった。
————————————————————————
一方、その頃。
未だに木宮司義は、雷の神殿の試練を攻略出来ずにいた。与えられた『雷電』の魔法を制御し、使いこなせるようになる事が、この試練の目的。だが、試練が始まってから二日が経つというのにこの有様だ。
「『雷』……くっ……ぐわっ‼︎」
この光景が、何度続いただろう。白い空間の中にいる限り体力の心配はないが、『時間』は等しく過ぎていく。もう約束の時間は過ぎた。彼が魔法を習得できるかどうかで、雌雄は決すると言っても過言ではない。
「くそっ……またかっ! サッサと身につけんか!」
実際に、雷神は苛立ちを見せ始めていた。彼は、木宮司義を見込んでいた。理由は詳しくは分からないが、彼が異質だからだろう。この世界にとっても、あちらの世界にとっても。
「そんな事言われたって……」
「のう、ここに来たばかりの頃、お主はこう言った筈じゃ。『フィリアの為に、何かがしたい』と」
彼は顔を赤らめた。無理もない。これは彼が思ったことで、言った訳では無いのだから。
「そ、そんな事俺は言ってなーーハッ⁉︎ まさか、心を読んだんですか……⁉︎」
雷神は声だけだったが、わざとらしくニヤニヤと笑った。それから彼は読み上げたーー。木宮の、フィリアへの思いを。
「初めてフィリアと出会った時、お主は彼女に人ならざる美しさを感じたーー」
それを聞くとすぐに、木宮は赤面しながら静止しようとした。
「えっ、ちょっ、今こんな事してる場合じゃ」
「じゃが、その後すぐに考え直した。こんな無理矢理な女にはついていけないと」
しかし、無駄だった。彼はその後も、木宮の心、いや記憶を読み続けた。そして、記憶を読み続ける事十分程。
「ほうほう、初めて魔法を覚醒させた時もフィリアの事を思っとったのか。それに、旅の最中に彼女の裸を見そうになったのかーーふむふむ。中々やるのう。グェッフェッヘーー!」
まるで変態かのように笑うトロヴァルス。そこに雷神としての威厳は微塵も感じられなかった。
「も、もう……やめてくれ!!」
大切で、恥ずかしい思い出を勝手に見られて、今や木宮のメンタルはズタボロだ。それでも、必死になって懇願する。その声を聞いて、彼は咳払いをすると、声色を真面目なものに変えた。
「さてと、おふざけはこのくらいにしてーーどうじゃ。気も和み、決意も固まったじゃろ? 気を新たに、フィリアの為に魔法を開花させてみよ」
木宮の顔がパッと明るくなる。そして、トロヴァルスに聞いた。
「まさか、さっきのも全て計算してーー?」
「いや、半分くらいはアドリブじゃ」
『あっ、やっぱりか』。そう言いたげに、彼は頭を抱えた。しかし、その顔は決して暗いものではなかった。未来を見据える瞳。口角もニッと上がり、再び活気が湧き上がっている。
「では、行けい。あの偽物が倒せぬようでは、白亜の騎士なぞ倒せはしまいぞ!」
彼は堂々と立ち、深呼吸をした。そして、女武者の影に向かって右腕を突き出す。
「はい。『雷電』………くっ………諦め…………てたまるかっ!!………うおおおおお!!!」
その時、彼の体中のタガが緩んだ。緩んだ隙間から膨大な魔力が飛び出し、体の外に纏わりつく。彼は確信した。ーーこれが雷の魔力だと。そして自らに言い聞かせる。この魔力を、使いこなせるのは俺なのだとーー。
「右腕に宿りし雷電の魔力よ! 悪を貫け! 『雷電』!」
その言葉の通り、膨大な魔力は一斉に右腕に移った。腕からは電気が飛び散り、バチバチと音を立てる。彼は右腕を見て自らの成功を確認すると、掌を閉じた。
「はっ!」
そして、掛け声に合わせて掌をバッと開く。すると、掌全体から電撃の攻撃が飛び出した。それは勢いよく飛び出し、影に追突して往く。影も負けじと薙刀を振り回し、雷を切り裂こうとする。
だが、彼の強靭な精神から放たれた一撃が、出来損ないに切り裂ける筈は無かった。影はあっけなく電撃に巻き込まれて、蒸発した。
木宮はただただ眺めていた。自分が放った雷で、女武者の影が溶けていったさまを。まず、彼は単純に嬉しかった。長きに渡る(といっても、せいぜい二日程度だったが)過酷な修行が終わったのだから。
だが、同時に呆気にとられてもいた。雷はあの凛として不気味だった女武者を、一瞬で消し飛ばした。そこから、自らが手にした力の強大さ、自分との不釣り合いさを実感させられて、彼は頭を抱えた。
これから自分は、どうこの力と付き合っていけばいいのか。俺如きでは、この力を制御出来ないのではないか、と。
「若者よ……」
「うわ、ビックリした……。トロヴァルスさん、どうかしましたか?」
気づけばトロヴァルスが姿を現していた。ビックリされてしまったからか、彼は少しキレ気味に、しかしおふざけを含めて返した。
「お主の方がどうかしとるわい。第一に、儂はずっとここにいて、お主と話しとったではないか。ビックリするには唐突すぎじゃい」
「……すいません。この力を、上手く使い熟せるのか悩んでて……」
すると、彼は声をくぐもらせて木宮を諭した。
「まあ……分からんでもない、か。お主が魔法を真の意味で使い熟せるようになるには、これからも努力を積み重ねて行かねばならぬからな。特に、お主の体質の場合は———ー」
『体質』という単語を聞くや否や、木宮の目の色が変わった。彼は一呼吸置いて、雷神に聞いた。
「ーーすいません。さっきからよく言ってる『体質』だとか『性質』ってどういう意味なんですか」
雷神はしどろもどろになりながらも、きっぱりと答えた。
「ええと、そいつが気になったか……それはだな………………………………まっ、その内分かるわい」
「えっ⁉︎」
「さてーー急いでる事じゃろうし、儂の力で城までワープさせてやろう」
予想だにしなかった答えに加えて、話の筋まですり替えられてしまって、木宮の脳内はぐちゃぐちゃになった。
「えっ⁉︎⁉︎⁉︎ さっきの話は⁈⁉︎」
「一時間も経てば着くわい。では、達者でな。デドゼダババ!!」
「いや待ってくださいよ神さ——————」
彼の杖から光が放たれた。その光が開けた時には、既に木宮は姿を消していた。
————————————————————————
そうして、時は過ぎ。王都戦が始まってから、かれこれ一時間は経っただろうか。ロビンフッドが気落ちしてしまい、緑衣隊の戦力は少しずつ、しかし確実にダウンしていた。他の戦士も頑張ってこそいるが、やはり士気高揚の面で相手に劣ってしまうのだ。
その隙にハダーとガウェインは進撃を進め、緑衣隊は徐々に劣勢に傾いていく。そして、彼らの次なる手は———。
「君がロビンフッドーーで当たっているよな?」
王と従者が組んで、大将を潰すことだ。普段のロビンフッドなら、気配を察知していち早く回避していただろう。しかし、今の彼は意気消沈していてそれどころではない。彼は疑問も持たず、力が抜けたかのように答えた。
「……? ああ………」
「そうか。討つべき私が目の前にいるというのに、薄情なものだ。君にその気がないならーー死ぬがいい。『雷電』」
普段の彼ならあっさり避けられた魔法すらも、今の彼にとっては危険な魔法と化した。ハダーの指先から電気の光線が、彼へ向かい放たれた。
「なっ……⁉︎」
その時、彼は本能で攻撃を避けた。茫然としていても英雄は英雄。幾多もの戦いを潜り抜けてきた、その経験が彼には刻まれている。スピリットという偶像の具現化として成立した時から、それは変わらなかった。
「ハッ、やはり一筋縄ではいかないらしいな」
「くっ……油断したっ! お二人でお出ましとは、本気のようだなっ……!」
ロビンフッドは汗を拭いながら言った。その顔はさっきまでの気が抜けたものとは違って、真剣そのものだった。
「次はお前だ。行け、ガレスよ」
「ーー了解しました」
ガウェインが歩みを進みながら、鞘から剣を抜いた。彼は剣を向ける。剣は、夜の闇の中でもなお、火の明かりを反射して輝いていた。
「さてーー貴殿には、戦う気がお有りか? 無いと言うのならば、無理に戦いを強いる事はしないがな」
ロビンフッドは面食らった。張り詰めた雰囲気の中で、戦うしかないと腹をくくっていたからだ。
「は? あんた、何考えてーー」
その問いを遮って、ガウェインは整然と答えた。
「戦いを望みし、力を秘めし者とのみ戦う。それが我が矜持だ」
「なるほど……な。流石は太陽の騎士。昔読んだ物語通りで、高潔な騎士道精神だ。弟さん達も、さぞかしあんたに憧れてたんだろうな」
その言葉を聞いた瞬間、彼の表情が崩れた。
「……っ、何故それをーー」
その動揺を、ロビンフッドは見逃さなかった。彼は短剣で威勢良く斬りかかった。
「油断したなっ! さっきのお返しだ!」
ガウェインは先制攻撃を許してしまった。短剣の一突き一突きが、力を持って彼に襲いかかる。遅れながらも、彼は剣で攻撃を的確に防いでいった。歴戦の強者だけあって、やはり一筋縄ではいかない。
「フッ! フッ! ハァッ!」
ロビンフッドも負けじと攻撃を繰り返す。彼の剣技もまた、巧みな物だった。彼を周りの環境は過酷だった。だから、弓矢の技術だけでは生き延びられなかった。
生き延びるためなら何でも吸収して、自分の物にしていった。罠の仕掛け方も学んだ。奇襲方法も学んだ。短剣の使い方もまた、その中で学んだものだ。
「その腕前、お見事っ……!」
ガウェインは賞賛しながらも、攻撃の腕を緩めてはいなかった。当然だろう。彼は一人の武人として、相手を賞賛しているだけなのだから。
「騎士様に褒められるなんて光栄だねぇ。あんがとさん」
ロビンフッドが軽口を叩いて返した。彼は確かに意気消沈していた。だが、並ならぬ闘気に浴びせられて、彼は再び立ち上がった。騎士を討ち果たす為に。主人との誓いを守る為に。
短剣と聖剣が舞う。こうして剣技は続くかに見えた。
「けど、自分はこれだけじゃあ無いってことは、忘れないでくれよな?」
しかし、それは打ち止めになった。彼が背後へジャンプして距離を取る。そして、愛用の弓矢を構え出した。
「おらよっと!」
華奢な腕が弓を引く。その一連の動作は、手馴れたものだった。
「……やはりか!」
放たれた一筋の矢。それは闇を切り裂き、ガウェインの鎧に命中した。
「……っ!」
たかが矢ひとつ。致命傷にはならなかった。が、一撃の重みは、一般的な弓使いとは格段に違った。そして彼は推察した。一撃でこれ程の圧ならば、それが雨となって襲い来る時にはーーと。
その途端だった。通常ではあり得ない筈の速さで、ロビンフッドが弓を引いた。ガウェインはそれを察知し、剣で打ち消す。
だが、それで終わるような男ではない。彼は打った矢の行き先を見すらせずに、即座に次の矢を放った。余りの素早さに、流石のガウェインも狼狽えた。
「これが貴殿のっ、本気か……!」
撃ち落とす間も無く、矢は牙を向いて空を飛び交う。正確無比にして高速。この弓術こそが、英雄ロビンフッドの真髄。自然の流れを読み、ここに撃てばこう当たると熟知しているからこそ、出来る技。
ガウェインも必死で躱す。神経を研ぎ澄まし、一つ一つを丁寧に避けていく。その避け様は正しく英雄だった。しかし、矢は四方八方から襲い来る。単純に避け続ける程、彼も愚かではない。彼は剣を地に突き刺し、呪文を唱えた。
「はぁぁぁっ………。『聖炎壁』!」
すると、彼を守るように炎の壁が形成された。今は太陽が出ていない為、彼の力は3倍になっていない。それでも彼の魔力は一流。さっきまで何も無かった場所に、高密度の炎を出せる程に。放った矢は続々と燃え尽きる。それを見たロビンフッドは、嫌そうな顔で舌打ちをした。
「チッ、こいつは厄介だな……」
矢の雨は、その後すぐに止んだ。彼は弓の構えを解く。流石の彼も諦めたかに見えた。
「ふむ、降伏のつもりか? 貴殿とはもっと、戦いを続けていたかったのだがな。我が壁に恐れをなしたか?」
「ーー確かにな」
淡々とそう言い放った。だが。
「でもよ、真上がガラ空きだぜ!」
直後、彼はニカっとした、満面の笑みを浮かべた。
「なっ⁉︎」
彼は民家の屋根を利用して、助走をつけ飛び上がる。そして、空中で弓を構え、力強く引き始める。
「『純然たる……』」
詠唱が始まる。矢には光が集い、やがて一本の巨大な矢の形を創り出していく。彼は目を見開き、右手を弓から離す。
「『正義の矢』!!!」
その一撃は、流星が如く。
解き放たれた矢は、ガウェイン目がけて急降下した。彼に避ける暇は与えられず。次の瞬間、辺りは土煙に遮断された。