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グランギニョルの蟲遣い -Insector's flood-  作者: 津上夏哉
第一章 正義の証明
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#04 『今日、街の見える丘で』

「実は――――」


 放課後。静馬は未咲と荷物を届けるために下校している時になって、ようやく昨日の話題を切りだす覚悟ができた。


「昨日、変なモノを見てね。そのせいなのか、どうも気分が優れない」

「変なモノ? というと、変質者か何か?」


 横に並ぶ未咲が言う。

 静馬はかぶりを振って否定する。


「変質者ではないんだけどね。危害を加えられていないから、ホントに変な、モノ」

「へえ……」


 今ひとつ実態を理解できず、首を傾げる未咲。

 言えるはずがなかった。いや、言っても信じてもらえると思わなかった。かつて人間だったと思われるモノが凄惨な姿で踊り場に立っていた、だなんて。

 だから別段、この話をするつもりはなかった。黙っているだけなのも釈然としないので、一応報告として話したまで。この話題をこれ以上広げるつもりはなかった。

 しかし、


「なんだかちょっと、気になるわね」


 未咲の表情は、笑顔とは別のものになっていた。


「変なモノを見たって話、もっと詳しく聞かせて欲しいな」


 語りかける目は、妙な事件に遭遇した静馬を気づかうというより、好奇に満ちている。

 それを感じ取った静馬は「あー……」と若干口篭りながらも、重い口を開く。


「うーん、多分疲労が生んだ幻覚だとは思うんだけどね。全身をひどく負傷した男性が、その、この荷物を届けに行った先のマンションの階段の踊り場に、立っていたんだ。少ししたら、何事もなかったように消えてしまったけどね」

「やっぱり、体調が悪くなったから行かなかったっていうのは、嘘だったのね」


 うぐ、と静馬は呻く。

 未咲はまた、くすくすと笑う。


「んー、でも秋月くんの言うことが嘘とは思えないからなあ。実はそのマンション曰くつきで、特定の時間に訪れると戦死者の幽霊が出るとか。あ、戦死者じゃなくて罪人かな。あの辺り、昔処刑場だったって噂もあるから」

「え、縁起でもないこと言わないでよ、雛沢さん……」


 楽しそうに言う未咲に対し、苦い表情を浮かべる静馬。

 昔処刑場だったと噂される場所。あの光景が、拷問を受ける男の姿だと考えると、納得がいって仕方がなかった。かすかな寒気が、背筋を走る。


「あはは、ごめんね。変な話しちゃって」


 未咲は今度こそ静馬を気づかう声で言って、ととんと楽しそうに足元を鳴らす。


「ねえ、秋月くん。まだ日も高いし、ちょっと寄り道しない?」

「寄り道?」

「うん。秋月くんに見てもらいたいものがあるんだ」


 そう言うと未咲は静馬の袖をひっつかみ、住宅地に続く坂を登りだす。

 半ばコケそうになりながら、慌てて静馬も後を追う。

 帰宅時、途中まで方向が同じなので委員会後は一緒に帰ることもたまにあったが、こうして連れ回されるような真似はされたことがなかった。

 静馬より少し小さな未咲の後ろ姿は、住宅街をするりするりと抜けていく。

 やがて二人の前に現れたのは、新興住宅地の外れに残されている小高い丘だった。

 子ども用の遊具がいくつか並んでいるので公園かもしれない。大きな樹がいくつも並んでいて、花壇も設えられている。隅っこの砂場では子どもたちが山のトンネルを作っていた。家屋が密集している区域にこんな場所があるなんて、全く聞いたことがない。


「ここに来るとね、なんだか不思議と気分が落ち着くんだ」


 丘のいちばん高いところで、未咲は袖を離す。

 そこからは、三城市の街並みを一望することができた。発展している中心部から外側に広がる田園風景まで、すべてを見下ろすことができる。それなりに坂を登ってきたが、まさかここまで良い景色を眺められるとは思ってもみなかった。


「私、この街が好き」


 未咲は言う。


「きっと秋月くんなら分かってくれると思ったから、連れてきたんだ」

「僕?」

「秋月くん、暇さえあれば街の写真撮ったりカフェに居座ったりしてるでしょ。外出してる時によく見かけるから、三城のことが好きなんじゃないかなーって思ったの」

「えっ、バレてたんだ」


 不意に図星を突かれ、声がうわずる。

 確かに静馬はよく写真撮影の旅に出たり、カフェ巡りをしていることがある。基本的に周囲の目は全く気にしないので、クラスの誰かに見られているかもしれない、なんてことは考えたこともなかった。

 ただ、今さら隠すようなことでもない。


「うん……そうだね。僕も、この街が好きだ」

「やっぱりね。分かってくれる人がいてよかったなあ」


 丘の上からは、三城の街に日が沈んでいく様子も眺望できそうだった。よく晴れた日の夕暮れには、朱に染まる景色を焼きつけることができるかもしれない。


「はっ、いけないいけない、荷物を届けないといけないんだったね」


 そうだ。静馬もようやく、本来の目的を思い出す。

 黄昏色に染まりゆく景観も捨てがたいが、今日ここまで来た理由はそれじゃない。学校を休みがちな生徒にプリントや荷物を届けるため、ここまで馳せ参じたのだ。


「ともかく、まだ明るい内に届けてしまわないとね。どの辺りだったっけ?」

「えーと、場所は三城団地Aの二〇五号室だね」


 プリントに書かれた住所を読み上げる。


「三城団地Aか。それだったら、結構奥のほうまで行かないとね」

「……え?」


 静馬は少し間を置いて、疑問の声を上げた。

 未咲がそれに答える。


「私、この辺のマンションに住んでいるから、大体の場所なら分かるのよ。三城団地Aはここから、もう少し奥に入ったところだね」

「あ、そうなんだ……」


 静馬の疑問など意に介さず、さも当たり前といった調子で未咲は言う。

 未咲の斜め後ろを歩きながら、静馬はふと見つけた看板を眺める。


 昨日、静馬が確認した場所には――――全く違う名前のマンションが書かれていた。

 三城団地Aは、その遥か北方。

 全くもって、謎めいている。

 こんなに離れた場所を見間違えるなんて、そんなことが有り得るのだろうか。


「あ、ほら見えてきたよ」


 未咲が指差す方向を見ると、たしかにそのマンションの壁には大きく「三城団地A」と書かれていた。

 静馬は一抹の疑念を浮かべながら、足早になる未咲の後を追いかける。

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