邂逅 ─(3) ─アリス&エアリーゼ─
更新遅くなりました!すみません!
今回は新キャラ視点です。
ブックマークしてくれた方、ありがとうございます!
「キシャアアアァッッ!!」
「……エアリーゼお姉さま!」
「アリス!こっちよ!」
私はアリスの小さな手を引っ張り、洞窟内を必死になって走った。
背後に迫って来るのは、人一人を丸呑み出来るほど巨大な体躯をした黒く輝く物体、ジャイアント・コックローチだ。いわゆる、ゴキブリである。
「こっち来ないで!向こう行ってよ!もう!」
随分長い間このゴキブリに追いかけられており、余裕なども既に無くその事が私をイライラさせてくる。
魔物たちを狩って収入を得る事を生業とする “冒険者" と呼ばれる人たちの間では、かなり嫌われた魔物らしく、六本の脚を細かく動かす独特の走り方が、その容姿と相俟って嫌われているらしい。
あと、もし近寄ったりでもしたら、あまりの臭さに気絶してしまいそうなくらい臭うと評判なんだとか……。
ふざけんな!って言ってやりたい。
「……はぁ……はぁ……」
「アリス、もう少しだから、頑張って!」
「……はっ、はいっ……!」
アリスは走る事に慣れていないから息も切れ切れだし、汗もびっしょりになって可哀想だ。
一度休ませてあげたいのは山々なんだけど、この状況じゃあね……。
私は息を切らしながらもアリスを励まして、何度も地面を蹴る。
私は通路の角を曲がって再び走り出したその時、ぐわんっ、突然視界がぼやけた。
あ、やばい、これは目眩かも知れない。もうそろそろ体力の限界かも……。
「キシャアアアァッ!!!」
……ああもう、五月蝿い!!黙ってよ!
何で私とアリスはこんな魔物なんかに追われなきゃ行けないの?何でこっちへ来る訳!?
……元はと言えば、全部あの男のせいなんだ!あの男さえ居なければ、こんな事にはならなかったのに……!
始まりは今朝の出来事…………
─────────────────
窓の外から明るい日差しが射し込み、外の木にとまった小鳥が朝の調べを奏でるように囀る、朝。
私はベッドから上体を起こし、手を天井に向けてのびーっとした。
私は重たい目をこすりつつすぐ側にある窓に手を掛け、部屋の中に外気を取り込んだ。
夜の少しどんよりとした空気が外へと放出され、代わりに朝の新鮮な空気がどんどん流れてくる。
私はそれを鼻腔からスーッと目一杯に吸い込むのが、心地良くて好きだ。
隣で寝ているはずの妹のアリスを確認する。透き通るような白い髪を散らし、スー、スーと小さな寝息を立てていて、未だ夢の中にいるようだ。
このベッドはダブルサイズで二人で寝ていても息苦しくは無い。
また、素材は上質な絹を使用していてフカフカしているのでとても気持ちいい。
私はアリスの髪に優しく指を絡めるように撫で、その幼く可愛らしい寝顔を見つめた。
「ん……」
アリスが身体を捩らせ、薄く目を開いた。
「……おはようございます、エアリーゼお姉さま」
「あら、アリス。おはよう。
起きてすぐで悪いけど、朝にアレンズの所へ来るよう言われてるからさ。早く行こ」
「……う〜?そうなのですか……私はアレンズ様がどうにも好きになれません……」
そう言いながら、顔を洗って着替えを済ませる。
私は自分の金髪の髪を手で掬い、蒼いリボンで後ろを留めて、サイドを残したハーフアップに仕上げる。
アリスは白髪を腰辺りまで真っ直ぐに伸ばし、頭に大きな白いリボンの付いたカチューシャを着けた。
ちなみに、アリスは碧眼で私はオレンジのかかった瞳の垂れ目だ。アリスの碧眼キレイで羨ましいなあ……。
「じゃあそろそろ行こっか」
「はい!」
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私の名前はエアリーゼ・ローズウェル。そして隣にいる白髪碧眼の少女が私の妹であるアリス・ローズウェル。
私たちはローズウェル男爵家の娘として生まれ、相応しい教育を受けてきた。
ちなみに私の上には長男がいるのだが、ここでの説明は省略させてもらおう。
ローズウェル家は一つ上の爵位を持つハウロス子爵家と仲が良く、私とアリスもハウロス子爵に大層気に入られていた。子爵は気前が良く笑顔が素敵なハンサムな人で、ご婦人もいつもにこにこしていて優しい人だった。
……しかし。
私はハウロス子爵家に訪れる事が嫌だった。
どうしてもあの家には行きたくなかったのだ。
それは何故か?
私とアリスはその答えの居る部屋の前へと辿り着く。
扉をコンコンッとノックする。
「おはようございますアレンズ様。エアリーゼとアリスです」
「おお、やっと来たか。部屋に入り給え」
部屋にはテーブルを挟んだ向かいに二つのソファが置かれていた。
その一つに座りふんぞり返った、茶髪のどこか色っぽくて気持ち悪い(何故か知らないがモテるらしい)男。
名をアレンズ・ハウロス。
私がハウロス子爵家を訪れたくない原因だ。
私がアレンズを嫌う理由は幾つかある。
「昨夜は良く眠れたかな?我が愛しの妻よ」
理由その一。毎度会う度に愛しの妻だの何だの言ってくる事。一々五月蝿いのだが、仕方無い。
アレンズは私の婚約者なのだ。
アレンズが私を妻として迎えたい、そう言って他からの縁談を全て蹴ったらしい。そのお陰で私の所にアレンズとの縁談がやって来たのだ。
私は嫌だったけれども、懇意にして貰っていて、しかも自分達よりも上の爵位の家からの縁談を蹴る事など出来るはずも無く、仕方無く受けてしまったのだ。
貴族にとって爵位というのはかなり重要となる。
偉い順に、公爵→侯爵→伯爵→子爵→男爵→準男爵となっていて、基本的に自分より上級の貴族からの縁談等を何の理由も無く無碍にする事は、貴族社会での死を意味するのだ。
だから私はアレンズからの縁談を断る事が出来なかった。
「そんな扉の近くに立ってないで僕の横に座ったらどうだい?あ、なんならそっちのアリスちゃんでも……」
「親切にありがとうございます。向かいに座らせて頂きますね。アリスも隣においで?」
「え?でも……」
「良いですよね、アレンズ様?」
「……勿論だとも。それよりも出来ればそろそろ敬語はやめて欲しいんだが……」
フンッ、お前なんかとため口きく訳ないだろう。一生距離を置いてやる。
理由その二。アリスに手を出そうとする事。
私に矢鱈と触ろうとしてくる事はあるが、アリスにまで触ろうとするのは宜しく無い。
この前なんか二人っきりにまでなろうとしたぐらいだ。
理由その三。女癖が悪い。
夜はあちこちに出掛けて、朝にふらっと戻ってくる事が度々あるのだ。
自分から人を娶ったクセに他の人と関係を持とうとするなど言語道断。
なんて最低な男なんだ……。
終いには、自分の思い通りにいかないとこちらに嫌がらせをして来るのだ。多分だが、今日呼び出したのもその嫌がらせの一環だろう。
「今日はどういった御用件で?」
アレンズが口を開く。
「今日は我が愛しの妻とアリスに頼みがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「……聞きたいかい?」
う……うざい。喋るなら早く喋りなさいよ!
こめかみに青い筋が入りそうになるのを何とか抑える。
「君たちに頼みたいのは他でもない。僕と一緒にアイレーン迷宮に行って欲しいんだ。」
「はあ?」
おっと、口が滑った。自重せねば。
「僕はね、昔から妻と一緒に迷宮に潜る事を夢見ていたんだよ。二人で協力して闘い、時には生死を分かち合い、苦難と障害を乗り越えて二人の愛を育む……ああ、素敵だと思わないかい?」
「ええ……すごくロマンチックですね……」
脳内はお花畑なのかこの人は?なんかすごくうっとりしているけど、こうロマンチックっぽい事を言っている時は、あんまり嘘ついて無いんだよな……。嫌がらせなのか本気なのか良く分からない。まあ、言い出したからにはこちらに拒否権は無いのだろう。
「分かりました。じゃあ、アリスは私たちが帰ってくるまでこの屋敷で待機してて?」
「何を行っているんだい?アリスちゃんも一緒に行こうね〜」
は?
本日、二度目の「は?」が脳内に響いた。
「え?いや、でもアリスは闘いなんて……」
「大丈夫大丈夫、僕がきちんと守るから!ね、アリスちゃん」
「え、えっと……」
アリスは困惑した様子で私に顔を向ける。
まさか……アリスに自分のかっこいい姿を見せたいから、その為に迷宮まで行くの……?そういう事なの?
……なんて馬鹿な人、呆れた。
結局、アレンズと私とアリスの三人であの三大迷宮の一つ、『アイレーン地下迷宮』に行く事になったのだった。
********
迷宮に潜るには、冒険者ギルドの中にある、転移門と呼ばれる迷宮内に直結した門を潜る必要がある。
転移門は主に三ヶ所に接続されていて、魔物が一番弱いとされる最下層、闘いに慣れてきた人がよく使う下層階中域、そして上級者向けの上層階、の三つだ。
私達が潜ったのは下層階中域。
三人しか居ないのだから最下層に行こうと行ったのだが、アレンズは「大丈夫」の一点張り。
迷宮というのは冒険者の間では常に四人パーティーで探索するのが普通で、三人、ましてやアリスが全く闘えないのに迷宮中域へ向かうなど自殺行為だ。
道中、何体か魔物が出てきたのだが、アレンズにしては弱かったようで、頻りに首を捻っていた。
さっさとアレンズを満足させて帰らなければ、最悪の場合は全滅も有り得るのだ。そう考えていたのに……。
幾らか進んだ所でそいつは現れた。
ドスンッ。
そこに現れたのは一つの黒い物体……「ジャイアントコックローチ」だった。
見た目はゴキブリの魔物でとても気持ち悪い。
……あれ、ちょっと待てよ。確かアレンズって……
「うわわあああああああああ!!!! 」
突然奇声を発し、アレンズが後ろに走り出し、懐から何かを取り出た。
……何してるの?それって、迷宮から戻る為の「帰還石」だよね?
……戦ってアリスにいい所見せるんじゃないの??
だがアレンズは突如現れたゴキブリに錯乱した様子でその帰還石を地面に叩き付け、消えてしまった。
はああああああ!???ちょっ、ふざけないでよ!!
その帰還石を持ってるのはアンタだけなのに!なに使ってるのよ!
私たちはどうやって帰ればいい訳!?
本当は転移門まで戻ればいいだけなのだが、ここへ来るのに一方通行の道を通ってきてしまったのだ。
だから、戻る事は出来ない。
くそっあのヘタレ男……!!
「……アリス!逃げるよ!」
「……アレンズ様は私たちを見捨ててしまわれたのですか……?」
「あんな男の事は気にしない!とにかく逃げるわよ!」
「……はいっ……」
私はアリスを連れて走り出した。
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そして今に至る。
ゴキブリは体が大きいからなるべく小さな通路を選んでいるのだけど、中々距離が離せない。
ああもう、あの男、よくも……!
目眩が酷くなってきた。やがて、足元がふらふらと覚束なくなる。
そこで私は道端に転がる小石に躓いてしまったのだ。普通だったらあの程度の小石に躓くことは無いだろう。しかし、私は目眩のせいで注意が散乱していたてだ。
私は盛大にこけた。
「……!!エアリーゼお姉さまっ!!」
目の前で転んでしまった私に動揺するアリス。アリスだって相当疲れているはずなのに、私が先に転んでどうする……。
「大丈夫だから、……痛っ!」
嘘……捻挫……?最悪だ。
アリスは私がもう動けない事を悟ったように目を見開いた。
「アリス……先に行ってて」
「……嫌です、エアリーゼお姉さま!死んでしまうなんてダメです!一緒に逃げましょう!?」
「……何言ってるの。ちょっと疲れちゃったから休憩したいだけよ。すぐに追い付くから先に行ってなさい」
「嫌です!お姉さま、死ぬ時は一緒にって約束しましたよね!?だったら、私もここに残ります!」
アリスが私の元へと寄ってきて、私を抱きしめた。
「アリス……」
「嫌です、嫌です……」
アリスはぽろぽろと大粒の涙を流していた。その涙につい甘えてしそうになってしまう。
でも、アリス、貴女だけは死んじゃいけないわ……。
私は心を鬼にしてアリスを精一杯の力で突き飛ばす。
「きゃっ!」
アリスは尻餅を着いた。だが痛みなど忘れたかのようにそれを気にする事は無く、ただ茫然としていきなり突き飛ばした私を見つめた。
「……冗談じゃない!そんな約束した覚えなんて無いわよ!第一、あんたと一緒に死ぬなんて御免だわ!!」
「……エアリーゼ……お姉さま……?」
「さっさと向こうへ行ってよっ!!!」
私は悲鳴のように、叫んだ。
アリスは一度目をぎゅっと瞑り、覚悟したかのように立ち上がり、そして通路の奥へと走り出した。
これでいい、これでいいんだ。
「キシャアアアァ!!」
すぐ背後に迫って来る巨大な黒い塊。
ああ……アリス。どうか貴女を守れない私を許して……。
どうか貴女だけは……生き延びて……。
私は固く目を閉じる。
私の目から溢れた大粒の涙が、地面に落ちた。
次話は主人公視点に戻ります。