第9話 露呈
ー 100日目 ー
「牧田さん、あなたの評価をもう少し上げておきたい。あなたは不正とは無縁で、当選するための言葉を撒き散らすのじゃなく、本当に区民のためを第一に思い、命を張って政治に臨んでいる。こんな政治家は滅多にいないのに、それが皆に気付いて貰っているとは言い難い。どうにかして、この評価を正しく改善できないか?」
「直さん、私は無理に区民の支持を得たいとは思いません。政治に興味を持って貰えず、それで私の行動が知られずに、その結果落選してしまったとしたら、それは私の不徳の致すところ。受け入れますよ。ただ・・・。」
「ただ?」
「私が議会で追求している事。これらは全て事実なのに、区の幹部職員達はあからさまな嘘をついて誤魔化してくる。現場の写真が1枚で良い、手に入りさえすれば、区役所がどれだけ不誠実な事をしているか、区民を裏切っているかが証明できるのに、今の状態では私の方がクレーマーの様に見えてしまっているかもしれない。それが悔しくはありますね。」
「それなら!」マミが話に割り込んできた。
「その動かぬ事実とやらを公表しちゃえば良いじゃない!」
「どうやってするのですか?勝手に立ち入ったらこちらが不法侵入で捕まってしまいますよ。」
「ナオの部屋に往還機あるでしょ?あれ、どうやって持って来た?」
「?」
「ナオの部屋に、誰か不法侵入した?」
「そうか!」マミ以外の全員の声が一致した。「クラス100から送り込めば良いのか。」
「そういう事。どこに仕掛ける?」
マミはこういう悪巧みの時、目を輝かせる。穏やかで美形な顔に少し・・・凄みが出る。
全員で相談した結果、牧田議員が今、一番悔しい思いをしている場所に仕掛けることになった。
それは新築されたばかりの小学校の地下ピット。
建築にあたっては、どこの役所の公共工事でも付き物の談合工事やら何やら、いろいろな不正があったのだが、牧田氏が一番憤慨しているのは、次のことだった。
その工事中には、ずさんな管理が行われていて、排水管の配管をし損ねた箇所があった。排水管が通らなければ雨水も、トイレの排水も外に流れていかないので工事業者は止むを得ず、地下にある太い地中梁に穴を開けてしまったのだという。
本来であれば、穴を開ける場所は構造安全上、細心の注意を払って検討すべきだが、そこはお役所仕事。「ミスが許されない」と考え、担当者達が「時間優先」「隠蔽優先」で適当に穴を開けてしまった。その箇所が何十もある。牧田氏が必死に追求したが、業者と一心同体の区役所幹部達は「そんな事実は存在しない」の一点張りで、現場の写真提出や調査書の公開には一切応じず、議会を乗り切りつつあった。
区役所は調査をしたのだ。ただし、その調査はビジターである職員達によって行われたのであった。
この問題、正確には構造計算をし直してみないと分からないが、建物自体の安全性が不安視される。その建物は小学校であり、子供達がいる場所、災害時には避難所になる場所であった。何が起きているのかは早急に調べる必要がある。
マミの発案により、クラス100から監視カメラが地下ピットに送り込まれた。
地下ピットの映像は大気圏外にある、往還機のために設置してあった衛星に送信。
そこから街中の各所にある公衆無線LANを通してインターネット上に映像を公開することにした。誰も建物に立ち入っていない。
にも関わらず、ネット上の動画サイトには小学校のピット内の配管が鮮明に映し出されていた。
牧田議員が議場の質問席にいた。
「再度質問します。現在、ネット上に溢れかえっておりますから、皆さんもご覧になったでしょう。中川小学校地下ピットの穴について。ネット中継をご覧になっている方は、ウインドウをもう1つ開いて頂いて、動画サイトでご覧ください。」
牧田議員が手に持っているタブレットに地下ピットの映像が流れる。
そこには地中梁と呼ばれる、柱を横にした様なコンククリートの直方体の真ん中に、大きく丸い跡が付いていた。
「この跡はなんでしょうか?前議会において、私が質問させて頂いたコア抜きの疑惑。正に、その穴を隠蔽したあとではないのですか?」
議長が幹部職員に回答を求める。「学校施設建築部長、回答してください。」
「前回の先生の質問を受け、精密な調査を行いました。その結果、建築後にコア抜きをした事実はなく、この映像の丸の形は汚れであると断言いたします。」
牧田議員の回答の番になる。議会の質問では1問1答形式で、事前の約束通りに質疑が繰り返されるものだが、小さな会派に所属する牧田には反論する機会は1チャンスしか与えられない。大事に要点を抑える必要がある。
「今、部長からご説明を戴きました。私の方からは一級建築士にも相談をして、昨日までに区長に事実をご説明申し上げました。区長は全てをご理解なさっている筈です。その前提でお聞きします。区長、今の部長のお話は中川区として、中川区長としての意見を代理したものと受け止めてよろしいですか?」
議場がざわつく。あいつ事前通告していない内容をぶつけてきたぞ、という言葉、憎悪の視線が、与党である民民棟の議員達、議会に列席する区の幹部職員から飛んで来ていた。区長が登壇する。
「今の牧田議員からの確認ですが、私は部長を信じております。部長の言葉が中川区、ひいては私、区長の言葉と思って頂いて結構です。」
武藤区長はさすが官僚上がりの堂々たる答弁をした。しかし部長の顔色はみるみるうちに青ざめ、黒くなって行く。
議会が終わると、区長を始め、学校施設建築部長以下、関連する課の職員が蜂の巣をつついたような状況になった。まずはカメラを仕掛けた犯人探し、牧田に情報を提供したのは誰か、という犯人探しだった。
実は、中川区の職員の中にも良識あるものは多数いる。
ビジターが3割を占めているにしても、残りの7割はこのクラスの人間なのだ。その中には、区の不正を好ましくないと考え、「誰かが立ち上がった時には協力したい」と考えている者たちもいた。一人や二人ではない。十人単位の、そうした「正義の職員」たちが、個々に牧田に情報を提供してくれる。
今回のカメラ設置にあたっては、区が隠蔽した箇所を、その隠蔽作業の時に現場にいた職員が図面に落とし込み、牧田に提供した。
カメラの映像はずっと流れ続けている。
動画サイトを通して全世界に公開されているのだ。
しかし、動きのないその動画をずっと見ている視聴者もいない。深夜になると、誰もその動画を見ている者などいないだろうと思われた。そんな時間帯。
視聴者の誰もが興味が失った頃を見計らって、区の部長級職員数名がピット内に現れた。
「来た来た。」・・・マミがあの目付きで画面を見た。
「やはり情報漏洩を恐れて職員には内緒で部長級職員だけで来ましたね。」牧田が映像に映っている人間達の所属を解説する。
「まんまと引っかかるとはな。牧田さんが言った通りだったな。これで一網打尽に出来る。」
地方公務員、特にビジター達は突出した行動、個人行動を恐れる。常に、誰かと一緒に行動することで、自分一人の責任とされない様にする傾向が強いことを牧田から聞いていた。職員の誰かが情報を牧田に流していると疑えば、今回は、部長級職員達だけで動く事は容易に想定できたのだ。
カメラの前を一行が横切る。
しかし、
マミがクラス100から送り込んで設置したそのカメラは、役所の職員たちが探しても見える物ではない。こちらのクラスの常識からしたら信じられないほど小型のカメラであり、配線もない。
それ自体、コンクリートと同じ色の薄い板だから、暗いピットの中で見付けられてしまうリスクはほぼゼロであった。
カメラの方を全員で凝視する。撮影アングルからして、そのあたりにカメラがある筈だとアタリを付けて必死になっているのだろう。
彼らの狼狽し、憔悴し、怒りさえも含む表情が画面に大写しになる。
「えいっ!」
マミがいたずらっぽく、魔法をかける様な号令をかけると、
画面はレントゲンモードに変わった。
区の幹部職員達はガイコツに変わり
・・・地中梁は、内部の鉄筋の位置が露わ《あらわ》になる。
ユーザーのコメントが表示される動画サイトでは
「鉄筋切られてる」「こいつら犯罪現場に立ち会ってやがる」「オワタ」
こんな文字がいくつも流れて盛り上がっている。
幹部職員達のすぐ脇にある丸い汚れ・・・その内部が丸見えになっていた。
建物の構造上、重要な鉄筋を切ってしまったにも関わらず、
慌ててそれをコンクリートで埋めて隠蔽してしまった。
まさに、その場所で、隠蔽部分を犯人達が指差している場面であった。