第4話 真実は一番高い山の頂上にある
ー11ヶ月前ー
35歳の誕生日を迎えてから、山登りをする様になった。
山登りと言っても、本格的な登山じゃない。高尾山とか、鋸山とか、関東近郊のちょっとした山にハイキングレベルで登りに行く。普段、事務所でパソコンに向かってCAD操作をしているばかりで運動不足が酷い。週末にドライブがてら、「歩く為に」近くの山に行く様になった。おかげで、今のところ、メタボ体型とは縁がなく済んでいる。もっとも、歩き始めた理由は、この年齢で何度もぎっくり腰をやってしまったからなのだが。
今日は、いつもと違って高い山へ向かっている。そう、日本一高い山。富士山。ウォーキングにしてはハードすぎる。本気で山に登る気は元々ない。静岡のこども達は幼稚園行事でこの山に登るらしいが、慢性運動不足な私にはまったく分不相応な山だ。しかし、実は、先週の週末にも富士山に登った。
何のために慣れないことをしているのかって?
私は、何かあると突き詰めて夢想する癖がある。身近なところでは、道路の陥没のニュースもそうだ。建築士だから道路や建物の不具合のニュースには自然と目が行く。まったく建築にも関係なく、壮大なところでは、宇宙のダークエネルギーのニュース。宇宙を観測すると、見えている物だけでは説明出来ない「何かの重さ」が存在することが明らかになったらしい。
そんなニュースをいくつか見ている間に、私の中で1つの線が繋がった。先週に引き続き、今日、それを確認するために、この高い山に登っている。
建築士が普段、どんな仕事をしているかについて、少しお話しておこう。
昔は「紙と鉛筆だけで開業できる」と言われた設計屋だが、今はIT化が進み、CADというアプリケーションでパソコンのディスプレイに向かって図面を描く。
CADの操作では、パソコン上にトレーシングペーパー、薄い紙のことだが、それを何枚も重ねて、その1枚1枚に図面を描く様な作業をしていく。トレーシングペーパーはレイヤと呼ばれ、あるレイヤには1階平面図が、その上のレイヤには2階平面図が、といった具合に載せられていく。1階の壁の上に2階の壁が乗っているかどうか、重ね合わせてあるから簡単に見比べる事が出来る。
いずれかのレイヤだけを表示して印刷すれば、「1階平面図」「2階平面図」が出来上がるし、全てを表示して横から見れば「立面図」が出来上がる。
CADにはこのほか、「クラス」という概念も存在する。このクラスの使い方はこうだ。「電気クラスに照明器具」を、「給排水クラスに水道管」を描く。1階平面図のレイヤを選んで、その時、「電気クラス」だけを選んで「給排水クラス」を選ばないでいれば、画面には「1階電気平面図」が表示される。つまり、ベースとしては同じ図面も、「クラス」を換える事でまったく違うものを見るための図面になる。
何かに似ていないだろうか?1階電気平面図には、水道管は見えない。しかし「違うクラス」に、それは存在する。重さも大きさもある物が、別のクラスからは見えていない。
◯
五合目の駐車場に車を置いて登り始めてから約5時間。初心者登山者のゆっくりの歩みで、やっと九合目の辺りに到着した。目当ての場所は、登山道から少しだけ外れた岩場。少し大きな石と石の間のくぼみのところだ。先週来たその場所、その隙間を覗き込む。ライトを照らすと、
「よく気付いたね。あたり。」
奥まった岩場にメッセージが見える。やった!思った通りだ!
その上には先週、私が岩を削って書いた文字が残っている。「ここで良いのか?」
先週、私は、頂上まで登った。まだ暗い時間に登り終え、登山者全員が東の方角を向く中、一人、観測所の裏手に行き、山肌に石で「そちらへ行く方法を教えてくれ」と書いた。少し強めに。
その後は皆と同じ様に壮大な日の出を見て、朝食に山小屋のラーメンを食べ、登山者らしく楽しんでいた。これはすぐに結果が出る様なものじゃないし、そもそも常識的に考えたら私の単なる妄想に過ぎない。
でも、せっかくこんな大変な思いをしたのだから普通に登頂気分もと思い、1時間ほど堪能していたのだ。
そろそろ帰るか。
先ほど落書きをした所をもう一度見てから下山する事にした。何かをしたら、いちいち、もう一度見て確認しないと気が済まない細かい性格は面倒だがたまに良いこともある。
先ほどの場所、そこを見てみると、ちゃんとメッセージは残っていた。1時間で風で消えてしまう様なことはない。その程度には強く書けていた。安心して去ろうとして、そこで、少し気になる事に気付いた。少し手前にうっすらと矢印の様な傷がある様に見えた。私達が書くそれとは少し違う形の、矢印。
それを真似て、その先に続けて私も同じ印を書いてみる。すると・・・数秒後には、私が書き足した矢印の先に、新しい矢印が浮かび上がった。
今度は、その矢印の向きに少し離れて、5Mほど先に、同じく矢印を書いてみる。するとどうだろう。更に5M先に次の矢印は現れた。それを延々と繰り返してたどり着いた場所が、さっきのくぼみだ。
先週はそこに「ここで良いのか?」と書いたところで、反応が途絶えた。時計を見ながら3時間待ったものの、一向に返事がないので諦めて下山。今日の再挑戦となった。
◯
先週の様に、私は続けて文字を刻んでみた。
「返事をしてくれ。そちらの世界に行きたい。」
待つ事、1分ほど。今日はすぐに返事が返って来た。
「どう し て こ こ だと 気 付 いた の ?」
ゆっくり、文字が浮かび上がった。私も返事をする。
「日本で一番高い山には、そちらの世界の観測場所もあるはずだと思った。」
「する ど いね。 そ ん な 探 しかた をした 人 は はじめ て だよ。」
文字の浮かび上がるタイミングを見ていると、相手の感情が分かる様な気がした。今の文章には、きっと最後に「(笑)」が付いている。錯覚かもしれないが、そう思える。
「なんで、日本語が使える?そちらの世界でもまさか同じ言語を使うのか?」
「わた し は クラ ス 100 マ ニア な の。とく に 日本 語 が おきに いり。 文 化 もね。」
「君のいる世界はなんと呼べば良い?」
「クラス 99」
文字が浮かび上がるスピードがどんどん上がって来る。
「きょう は ここ まで。7日 後 にまた 来 て。」
そのメッセージを最後に、今日もパッタリ返事が途絶えた。
十分だ。私が仮定した理論が・・・素人の妄想が理論と呼んで良いのならばだが・・・正しい事が証明されたのだ。信じられない気分だ。しかし、必然の様にも思えた。
タブレットに今日の成果を日記としてまとめた私は、今日も意気揚々と下山した。
その後2ヶ月。
毎週末に富士山に登って、私の知りたいこと、私のやるべきことは一通り、揃った。次のステップに進むには、一般人には不可能な、巨額の費用が掛かる計画を実現しなければならない。丁度、頼りにするのに適任な奴がいる。
私は、高校の同級生の東村に連絡を入れた。
◯
「やあ、久しぶり。悪かったね、そちらからの電話なのに俺の相談になっちゃって。」
「俺の相談も後で聞いてもらうぞ。」
東村の話は、海外への輸出規制の話だった。住宅に使われる部材と、兵器に使用される部品の区別。その境目を知りたいとの事だった。建築の部材とはいえ、最近はソーラーだ、燃料電池だ、とハイテク化してしまったために、経産省も理解を深めなければならないらしい。
ビールを飲みながら、東村の相談はだいたい解決した。
18時に待ち合わせたビアホールで、1時間ほど経っている。
「で。宮崎の相談てのはなんだ?」
「あのさ、お前、もともとは航空関係の部署だって言ってたよな。」
「うん、よく覚えてるねぇ。それで?」
「大手航空機メーカーとかにも顔利くんだろ?」
「そりゃぁ、利くけど、なんなん?相談ってのは。」
「実は、異次元への入り口を見付けた。」
「・・・」
「厨二病だと思っただろ!今!!!」
「いや、だってさ」
私はこれまでのことの話を順を追って話して行った。
途中から東村の顔付きが変わる。最後まで聞いた東村は声をひそめた。
「今日、4月1日じゃないよな。本当の話なんだな?」
「東村の信頼できるメンバーだけで、実現できないか?」
東村はさらに具体的な説明を求めてきた。
自分なりに疑問点はマミにぶつけ、大体の理論はなんとなく理解している。
それを東村に説明する。
「やってみるよ。この権利は日本が勝ち取るべきだ。しかし、関係者達をどうやって信じさせよう。誰も信じないよなぁ。」
「なら、テクノロジーを1つ見せてやったらどうだ?」
私は、カタコトメッセージでなんとか受信できた、一番簡単なもの ーただし、それは私たちがまだ知らないものー を東村に教えた。