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クラス  作者: 筑紫 献
始まりの日
3/10

第3話 気付きの前の些細な事件

ー1年前ー


昔、人気のあったアメリカのSFドラマをご存知だろうか。


ある日、突然、空を大量の大型宇宙船が覆い尽くす。

その中から出て来た人間そっくりの宇宙人は、地球人に向かって「私達の為に協力をして欲しい。海水を借りてある化合物を生成したい。協力のお礼として、私達の持つテクノロジーを皆さんに供与しよう。」

そうやって友好的に語りかけて来る。

地球人の多くは熱狂し、彼等を支持する。

しかしながら実際には、宇宙人達の目的は、人間を補食することだったのだ。

熱狂的な支持は、たくみな洗脳による結果だった。

そのことに気付いた一部の人間達は、宇宙人だけでなく、シンパの地球人達からも狙われながら、抵抗運動を始める。

特殊メイクを剥がれた宇宙人は、トカゲの様な爬虫類の容姿を見せた。

レジスタンス達は、彼等を「ビジター」と呼び、勝ち目の無い抵抗戦争を仕掛けて行く。


そんなドラマだ。

私が見たのは、再放送で、深夜枠だったが、

アメリカでも日本でも大ヒットしたSFドラマだった。


ところで、

実は、地球上には本当にビジターがいる。外から来た訪問者だ。少し長い話になるが、このビジターについて私が知っている事をお話しようと思う。

彼等はテレビドラマの様に、派手に宇宙船で現れたりはしない。だから、彼等の存在に気付いている人は非常に少ない。

本物のビジター達は、1年や2年で私達を補食しようというのではない。50年、100年単位で、私達を支配し、奴隷にしようとしているのだ。その動きは既に最終段階に達している。





私の名前は宮崎直。設計事務所を経営している一級建築士だ。

所長の自分と、大学時代の後輩のスタッフ、図面を描くのは二人だけだ。

小さな事務所だが、おかげさまで、開業して15年。色々と口コミで評判が出来、今は年間3〜4棟のマンションを毎年、設計させてもらっている。喰うに困らない程度の仕事はあるから、悪い事とか、辛い仕事をしなければならない様な事にはならない。

零細設計事務所としては、非常に恵まれている環境といえる。


設計事務所というのは、どうしても工務店や不動産屋の下請けが多い。

そう。何も知らないオヤジ達に、作れるわけもない不安定な構造物を作れと言われるのが仕事だ。断れば仕事を干されるから、多くの同業者は言いなりに、彼らの奴隷になっている。

考えてみて欲しい。「家を建てたい」と思った時に、どこに行くだろうか。

最初から「設計事務所に行きます!」という人はほとんどいないだろう。大抵は、住宅メーカーか工務店に行く。何故か不動産屋に行ってしまう人もいるだろう。

家を設計するのは工務店じゃない。本当は設計事務所なんだけど、何故か、設計の「せ」の字も知らない不動産屋さんに相談に行ってしまう人がいるのだから、この業界のアピール不足には気が遠くなるばかりだ。


家を建てるために、最初にやる事は「設計」なのだが、その設計をする設計事務所に、お客さんが直接来ないっていうのは、一体全体どういうことなのか。

一般的なケースでは、お客さんを捕まえた人が、設計事務所に「設計」を依頼して来る。「依頼して来る」というと、聞こえは良いが、実際には、そこにいる営業マンが「建築士でもないのに間取りをお客さんと適当に」作って、設計事務所に「この図面で役所の認可を下ろして」と言ってくるのだ。言ってみれば設計はオマケの下請作業。大事な作業とは認知されていない。だから、設計事務所の仕事は報酬が安いし、建築士は、本来すべき「建築主との打ち合わせ」をさせて貰えないことがほとんどなのだ。


多くの設計事務所が「下請け」に甘んじて、時には、建築コストの帳尻を合わせる為に、色々な不正を強要されたりする。以前、大きな事件になったものもあるが、実は、建築系のニュースサイトをネットで検索してみれば、小さな事件はいくらでもある。技術者がだれかの言いなりに下請けをやっていて良い事など1つもない。


建築士としては、そんな事をしていたら、資格がいくつあっても足りたものではない。しかし、そんな仕事しか無いのが実情だ。そんな中で私の事務所が、なんとか超低空飛行でやって行けている理由。それは、「役所と戦う設計事務所」という特徴が、知る人ぞ知る武器になっているからである。愚痴が続いてしまったが、ここからは戦いの話。もう少しお付き合い願いたい。



専門的な話になるが、

建物というのは、好き勝手に建てて良いのではなく、法律により用途や規模を制限される。

「確認申請を下ろす」というのは、よく聞く言葉だと思う。

これは、設計図を役所に提出し、「建築基準法に合致しているかどうか」を審査してもらう行為だ。「法律に合致しているかどうか」を審査するものだから、「許認可」とは違う。

役所は「この図面が合法だ」となれば、「法律で決められた期限内」に、確認申請を下ろさなければならない。また、確認申請が提出されて、そこに書類上の不備が無ければ、全て受け付けなければならない。

つまり、一方的な許認可ではなく、役所の側にも義務がある、そういう制度になっている。



今日は、つい先ほど、役所の検査を受けた所だ。

「法律にもとづく検査」じゃない。中川区が独自に作った条例に基づく「完了検査」だ。

中川区が決めた基準通りに、設計され、工事が行われたか、建物が完成した時に、区職員がチェックにくる。



区職員は、出来上がったばかりのマンションの植え込みの中をズカズカと歩き、植木にスケールを当てて行く。「1.5mの中木にしろと言ったのに、1.4mしか無いじゃないですか!違反ですネ!」「低木が区の指定した樹種ではないです。違反ですネ!」彼の後ろにくっ付いて歩いている私はボロボロに言われる。区職員は、自分らと一緒に条例を作ったメンバーである「区内の植木屋」に仕事を依頼しなかったことで腹を立てているのだ。

このマンションを建てたオーナーを見ると、私が頭ごなしに怒られているのに背を向けて、何やら携帯でどこかに電話を掛けている。


「まあまあ、1ヶ月したら木はのびるからさ、伸びたら呼ぶから、また検査しに来てよ。」

私は、必死に誤摩化すが、職員も譲らない。「条例違反ですネ!」をオウムの様に繰り返している。


「今、係長呼びましたから!」

「え?」

「うちの大事なマンションの植え込みを無神経に踏み荒らすし、公務員のくせにうちの前の道路に違法駐車して、近所の方に迷惑を掛けるし、どういう事か説明してもらいます。あなたは帰って下さい。」


職員を必死になだめて、この場はおさめようと思っていた私のすぐ側で、お客様は黙っていたが、怒りは沸点を超えていたらしい。この辺りでマンションを何棟か持っている黒田さんという地主だ。私も心の中では怒りが喫水線のすぐ下まで来ていた。しかし、私はあくまで代理人。依頼者の意図に反して職員と喧嘩を始める訳にはいかないので堪えていたのだ。そんなとき、黒田さん自身が宣戦布告してくれた。

しょうがない。こうなってしまったら本腰入れて喧嘩するとしよう。




50分ほど待ち、まちづくり課係長が来るや黒田さんは開口一番、「公務員が路上駐車するとは何事ですか?」と軽いジャブを打った。なかなか喧嘩慣れしていて頼もしい台詞だ。すかさず私も援護射撃を入れる。

「あのね、中川区まちづくり条例ではさ、駐車場を何台作れとか定めているよね。その主旨として、近隣住民に迷惑をかける路上駐車をさせない為だ、とうたっている。今日はその検査にあんたの部下が来た訳だが、その人間が途上駐車をしているというのはどういう事だ?」


どうやら私達は良いコンビの様だ。

係長は、何も言い返すことはできない。




黒田さんは「人間として、今日来た職員の態度はどうなのか?」と追求している。

さっき帰らせた職員はまちづくり課の中でも札付きの人間らしく、係長は「彼の言動は苦情を受ける事も多く、いつも私も注意しているのですが、至らずに申し訳有りません」そう謝罪している。

べらんめい口調の職員。私は各地の役所に行き、そんな公務員をいくらでも見ているから珍しくもないが、一般人であるお客様には信じられない光景だったのだろう。市役所にいる彼等は市民に対して、自らを「支配者」として振る舞う。建築関係の課においては、敬語を使う職員の方が珍しいくらいだ。課の特殊な事情として、そこには建築確認申請を出しに建築士が多数やって来る。おとなしい建築士達が言いなりで言う事を聞くので、彼等の感覚は日々の業務の中で、完全に麻痺してしまうのだが・・・ある時、正論を吐く建築士が現れ、「法的根拠」を問い詰めるられる様なことになると彼等とて目を醒ますことになる。


「あのね、建築基準法では市区町村が定めても良い条例の内容が決められている。それ以外の規制を作っては行けない事になっている。それは当然、知っているよね?中川区まちづくり条例の内容は、木の高さが何センチとか、低木の種類は何だとか、くだらないことをたくさん決めて、強制しているが、これらは全て建築基準法に反する違法な条例だ。にも関わらず、あなた達は、この条例を守らなければ、建物は建てさせないと言っているのだが・・・何故、平気で違法なことをするの?」

私は係長にそう聞いた。

畳み掛ける様に、もう一つ。

「大きな室内ゴミ保管庫を作りなさい、と、条例で決めている。だから私達はそれを作った。しかし、清掃局はそのゴミ置場にはゴミは取りに来ないという。自分達が収集する時間に、道路に面した敷地内にゴミは出しておけという。ならば、収集日の朝に、各自で収集場所に出しておく事にするよ。それならば、大きなゴミ保管庫はいらないよね。でも、君たちは作れと言ったんだ。使いもしない部屋をね。これはなんで?」

「条例で決まっていることですので、使わないものであっても造ってもらわなければなりません。」係長はそう答えた。


私は少し声を荒げる。

「あんたらの作った条例が違法だと言っているんだ。それがまだ分からないのか!中川区では、条例を守らないと確認申請の受付をしないと言うが、これは違法だろう。私は次の物件からは、中川区に条例の申請をせずに確認申請を出すことにするよ。確認申請を受け付けなければ、その時点で『確認申請の受付拒否』という事で、中川区を訴える。次回は受付拒否してみるか?条例は一切無視して、確認申請を出すからな!」

「出さない様にお願いします!」

「お願いなのであれば、聞けない。違法な事に従う必要はない。次回から条例は無視する。」

「確認申請は出さない様に、お願い致します・・・」

係長の声はもう消え入るようだった。


係長自身は悪い人間ではなさそうに見えた。

組織の歯車の中で、自分がおかしな事を市民に強要している。それは分かっているが、立場上、譲る事は出来ない、そんな感じだった。



「あのさ・・・このまちづくり条例ね、どう考えても、市民のことを考えて作られていないと思うんだ。何の為に作っているのか教えてくれないか。この条例の言う通りに設計プランを作れば、道路面に機械式駐車場が隙間無く並び、こどもが近づけば危ない計画になる。それでも無理に駐車場を作れと言う。植え込みを作っても、無理矢理指定された面積のものを作るから、どこのマンションも、日当りが悪くてすぐに枯れてしまっている。」

「私の推測だけど・・・係長さん、あんた、中川区民じゃないよね?」

「今年の3月まで中川区民でした。中川2丁目に住んでいて・・・」

「いや、細かいプライベートな事は聞かないよ。ただ、あなたはこの中川区から出て行ったんだよね。さっき、『この街が暮らし易くなる様に』と言っていた。でも、あなたにとっては、この街は離れがたい土地ではなく、事情があれば離れる、その程度の街だったんだろう。ところで、まちづくり課の職員は何人いるの?」


「7人です」


「そのうち、何人が中川区民なのかな。半分もいないでしょ。過半数が中川区民であれば、こんな条例は絶対に作られる筈が無い」

「3人です・・・」

「過半数が中川区民じゃないんだね。聞かなくても分かるよ。でも、そういう事だ。あんた達は、この中川区がどうなっても良いんだ。自分の街じゃないからね。ただ、ここに来て、給料をもらう為に仕事をしているだけだ。もし、あなた方が本当に、さっきあなたが言っていた様に『この街を良くする為に』と思っていて、それを実行出来ていたとしたら、この街は少なくとも、あなた達にとっては魅力的な街だよね。でも、あなたの課の誰も、この区に転入してはこない。つまり、あなた達は魅力的な街を作ろうとしているのではなく、ただ、私達中川区民を支配したいだけなんだ。」


ここで私は自分の言葉でふと気付いた。


「こいつら・・・ビジターか。」

なんとなく、比喩として思っただけだ。そのときは、それが重大な意味を持つとは考えていなかった。

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