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クラス  作者: 筑紫 献
始まりの日
2/10

第2話 先にたどり着いた者

翌朝。

眠りから覚めると、窓のシールドが空いていた。

赤い大地の火星が間近に見え、よく見ると火星は透明な輪で包まれている。

宇宙船はすでにその話の中に降下して行った。

「みなさま、おはようございます。当艦は火星の循環サークル内に入り、着陸態勢に入っております。あと10分ほどで到着します。」


館内放送を聞いて、個室を出る。昨日のラウンジに行くとマミはもう来ていた。

「おはよう。よく眠れた?」

「おかげさまで。・・・こんな気楽に来ることが出来るとはね。着替えも何も、カバンすら持たずに火星まで来ちゃったよ。」

「そうだねぇ、こちらの世界では、身体一つで動き回るのが当たり前だけど、そちらの世界では大きなカバンを持って歩いてるよね。」

どちらからともなく私達は席を立ち、降り口へと向かった。


船を出てターミナルに入る。こちらの世界と同じようなタラップで宇宙船と空港は結ばれていた。空港の名前らしき文字列が、見慣れない文字で書いてある。サークル内なので宇宙服などを着なくても息ができる。

「あれは、なんて書いてあるんだ?」

「火星宇宙港。なんとなく想像付いたでしょう?」

「そうだと思った。他にも色々な文字が並んでいるけど、あれは全部同じ言語?」

「そう。私たちの標準言語。ええと、日本語で言うと、『基本語』と呼べば良いかな。こちらの世界では、コンピュータプログラムも自然言語で書かれているの。だから、この基本語で会話も出来るし、あらゆるシステムに指示を出すこともできる。」

・・・パソコンのベーシック言語が進化したようなものなんだろう。


しばらくまっすぐ歩くと、突き当たりにゲートがあった。くぐると、列車のホームのような場所に出る。ホームがずらっと並んでいる。昔、上野駅が終着駅だった時の、そんな感じの並びだ。安全柵の役割をなすとみられる透明な膜でホームは覆われており、未来感は満載なのだが郷愁を誘う光景だった。

「居住区の方に行ってみましょう。私達のクラスでも、宇宙の隅々にまで進出している訳ではないの。火星は今、やっと開発が落ち着いたところ。まずはどんな暮らし方をしているか、見てみたいでしょ?」

マミの提案に従うことにしよう。

ホームで待つと、程なく列車が到着し、ドアが開いた。

流線型のSFチックな列車だ。500系新幹線にも似て見えるが、不思議な素材感の色をしていた。おそらく、錆びない金属か何かなのだろう。

10両編成の列車の最後尾車両に乗り込むと、中はゆったりとしていて、右に一人掛けが、左に二人掛けが並ぶ座席配置となっていた。座るとデザインはシンプルなのに、非常に心地よい座り心地だ。

「どれくらい、この列車に乗るの?」

「それほど離れたところに行くわけではないからすぐだよ。居住区まではだいたい50キロ。この列車は時速500キロ出るから、6分くらいかな。」

「何やら、昨日から慌ただしいな。スピードアップも考えものだよな。ゆったり旅というのはテクノロジーと共に消滅してしまうのか。」

「あら、長旅をしたいのなら、そんなコースもあるよ。まだまだ開拓者コースの様な旅だけど。」

「冥王星行きとか?」

「惜しい・・・あなたの世界で言うと、リギルケンタウルス星系の第3惑星には定期便が出てる。」

「どこだか分からないけど、太陽系の外だよな、もちろん・・・。光速は超えられるのだろう?解説を読んでも理解できなかったけど。」

「ワープ航法は出来るよ。ただ、せいぜい0.1光年くらいの距離しか飛べないから、数光年先までの移動には何週間か掛かる。多分、クラス1には数光年をひとっ飛びの宇宙船があるのだろうけどね。でも、だからこそ、このクラスには長旅の楽しみはまだあるんだよ。」

窓から見える景色はずっとトンネルの壁だったが、突如光に包まれて明るくなった。駅に着いたようだ。



駅を降りるとそこは、建物の1フロアの様だった。乗るときにあったゲートは存在しなかった。監視カメラか何かで全てを把握しているのだろうか、それとも、降りた後の客のチェックは不要なのか。

廊下の先の方から、片手を上げてこちらに歩いて来る男性がいる。マミは日本人顔だが、欧米系の顔立ちだ。

「ヨウコソ。」

「ナオを連れて来たよ。」

「いらっしゃい、ナオさん。」

「初めまして。宮崎直と申します。」

「こちら、マイケル。私の同僚みたいなものなの。」

「お噂はマミからカネガネ・・・」

顔が欧米系だが、しゃべり方も少しカタコトっぽい。これもこちらのブームなのだろうか。

合流した3人はマイケルの案内で、火星観光をすることになった。

「観光と言っテモ、工事現場ミタイなもの・・・」

マイケルは言った。火星の地表では、今、次々と開発が進んでいる。都市をそれこそ、本当にゼロから作り上げているのだ。

まず、最初に道路建設現場。これは私達が昔夢みた、まさにチューブの道路だ。都市高速道路の幅くらいの大型機械があり、それには人が1人乗っている。秒速1メートルくらいだろうか、その機械の後ろに次々とチューブが出来上がっていく。材質はなんだろう?「道路はね、作った人が権利を持つの。ここでは。まさに開拓者でしょ?」

「そんなので良いのか?!争いが起きたりは・・・」

「だって、宇宙は広いんだよ。科学者達はもっと深宇宙を探索したがってるし、太陽系の、それも地球のすぐ隣を開拓するのなんて、一般人くらいだよ。普通の、その辺にいる山師たちと同じね。」

マミの説明を受けて、妙に納得した。

テクノロジーを手にした後は、広大な宇宙がフロンティアになる。何も、地球上、太陽系の中で何かを奪い合い、争う必要はないのだ。マイケルの説明によれば、火星を開拓している人達は、ファンタジー好きな人達ではなく、純粋な商売人、いや、ギャンブラー達だという。圧倒的な技術革新を前に、多くの人は遠く、より遠くへと意識を巡らせている。そんな時、一部の人達は地球に一番近い宇宙に目を付けたらしい。宇宙に出て行けるようになったとはいえ、故郷である地球を私達が捨てるはずはない。そうすると、その地球の近くの惑星は都心に一番近い別荘地の様な価値が出る。そう信じて火星を開拓し始めた人達がいるのだ。

人々は、政府 ーこのクラスでは地球全体が1つの政府の下にあるー と交渉し、火星での開拓ルールを確立させた。つまりそれはこうだ。「開拓した者がその権利を持つ。」


火星見学の一行は、次に警察署に行った。火星には地球政府が決めたルールは適用されない。開拓者同士がルール無しに動いていては、奪い合い、殺し合いが多発してもおかしくない。

最初の頃の開拓者は、自分達の生命維持のためにお互いが協力しあった。しかし、安全が確保され、地球から誰でも気軽に来るようになって、人口が増えて来るにつれ、ズルをしようという人間が現れる。先に来た開拓者が揃えた設備、資材を盗み、自分のものとしてしまう事件も多発した。奪い合えば、お互いが傷つく。

人々はルールを作り、警察組織を作ることにした。この警察は市役所機能と裁判所機能も持つ。誰がどこの土地を開発し、どの道路を作ったか、全てを記録し、権利関係の判定、そして犯罪者の摘発を行う。当初は地球政府の発行した通貨(と言ってもデジタルだ)を使用していたが、今は火星独自の通貨がある。インフラ施設が増えるごとに、その価値の分だけ通貨を発生させ、その通貨が各自の財産となり、その中から警察官を雇うためのコストを負担する。このクラスでは、地球にいれば最低限の生活は無料だ。仕事をしなくても生きて行くことができる。にも関わらず、この開拓の地まで来て、都市を作っている。ここにいるのは、そんな人達なのだ。

「マイケルは、何故、火星に来たんだ?理由を教えてくれないか?」

「マイケルはね、テクノロジーを持ち帰って、みんなに公開してから、後は自分は関わろうとせず、火星の開拓移民団の一番船に乗って、ここに来ちゃったの。」

「ボクが考えるより、ソウいうのが得意な人が考えるのが良いヨ。」

「このクラスのテクノロジーはマイケルが持ち帰ったのか?」

「うん、ソウ。10年くらい前ニネ。」

マイケルは、これまでの経験を話し始めた。


マイケルは、社会人になって ーこちらの学校制度がどうなっているのかは分からない。おいおいそんな事も教えてもらおうと思うー 土木の会社に就職した。土木の会社では地下鉄のトンネル掘削工事を主に行っており、マイケルは新人として、トラブルの起きた現場の現地確認に派遣されていたという。

「掘ろうとしたら陥没して、先にススメなかったんだ。君の世界でもあるデショ。」

地下を掘削しようとする度に、どこかが陥没して先に進めない。発注者に報告するためのレポート作成がマイケルの日々の業務だった。どこのクラスも同じような雑用があって大変だ。

マイケルが現場を何箇所か回ると、変わったことに気付いた。陥没した穴を見ると、落ち込んだ先は横から見れば楕円状の短いトンネルの様になっているのだ。だいたいは3m程度の長さでトンネルと言える代物ではないが、ある1箇所だけ10mほどの長さに渡って、その状態になっていた。

「誰だ、先にトンネル掘ったヤツ!」

ふざけて、そんな言葉をトンネル状の穴の壁面に、指でなぞって書き込んだ。すると、閉じていた筈のトンネルの先が突然開いて、目の前に未来都市のようなものが見えたのだという。その先に行ってみると、そこはクラス1の世界だったという。

「なんだよ、そんなに楽な行き方があるのかよ。俺はどんだけ怖い思いをして、ここに来たか・・・」

「ボクが行ったのはクラス1だからね。モウシわけないけど、僕らはクラス1からテクノロジーを供与される立場であって、君をこのクラスに呼べたのも、クラス1の許可を得られてのことなんだ。その許可を取るためには来るための方法なんかも申請する必要があった

。詳しくは分からないケド、クラス1の人達は、『自分の幸せは自分で掴むもの。』と言う意識を大事にしているミタイ。それは、何か宗教ポイなにか・・・そんな感じもシタ。」


マイケルはそうしてテクノロジーをこの世界に持ち帰ったのだ。

クラス99に戻った時、一番信頼できる人間として、学生時代からの友人のマミに協力要請をした。それ以来、一緒にテクノロジーを守り、普及させて来たらしい。

二人は、この扱いに非常に悩み、何日もかけて結論を出した。クラス1からクラス98までの世界は、かつて存在した。しかし、今そのクラスは全て無くなってしまっている。その事実が意味する重要性を考えると、どれだけ心配をしてもし過ぎはないというのは当然だろう。悩んだ挙句、二人が出した結論は、「全て投げ出してみんなに任せよう」だった。

「よく、それでうまく行ったね。争いも全く起きなかったのか?」

「うん、小さい小競り合いはあったよ、それは。だけどね。結局は人間は信頼に足る存在だったということだと思う。」

二人は、テクノロジーの全てをネット上で公開し、誰にでも利用出来るようにした。情報格差が詐欺師を生むのだという考え方。誰もが同じ情報を持ち、誰も騙されなくなれば、詐欺という犯罪そのものが存在できなくなる。また、膨大な太陽エネルギーの99%を利用出来るようになった世界では、何かが不足するということはない。他者と争うよりも、誰かが無尽蔵に手にしているエネルギーを分けてもらい、また、自分も与えた方が、より楽なのだ。

「二人は賢いな・・・僕らの世界で、それが通用するかどうか。」

「ボクらだって、自信があった訳ジャない。ただ、他のクラスが滅亡した歴史を見て、テクノロジーを隠せば隠すホド、争いは起きやすく、滅びるまでの時間も短かった。だから、もしかしたら、少しずつ小出しにして行ってうまくいくバランスがあったかもしれないけど、思い切って全部公開したんだ。それも、同時に。そして、全ての国の政府に。ネットに公開するだけジャナク、データを同封した手紙も使って、マスメディア達にも情報を開示シタ。」

「そんなアナログなことをしたのか。」

「ボクらのクラスは、もともと、君のクラスより少しだけ後ろのクラスだったからね。クラスナンバーはテクノロジーを手にした時に、その順番がつけられるモノだから・・・だから、本来だっタラボクらのクラスが100で、きみのクラスが99。」

「テクノロジーを手にする前の順序は何か法則があるのかな。」

「ナイけど、蒸気機関とか太陽光エネルギーとか、イロイロある。それらが、きみらの世界ノ方が少し進んでた。本当はテクノロジーを手にしたのも君らの世界が先だったのにケッテイ的な要素を使わなかったから。」

「アインシュタイン博士だね。昨日、マミから聞いたよ。」

「理性的な博士でヨカッた。しかし、君らミタイに大量に核兵器を作ったらアブナイよ。」

「本当だよ。なんとかしなきゃな。」

「お、ナオやる気になったの?」

マミが嬉しそうに言った。

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