9ー1
里鶴夢が事故に遭ってから、家族の生活は変わった。
家族の口数は減り、皆笑うことなく、リズのテーブルの椅子や、居間のソファで座っていた場所、そして、リズの部屋を見ることもなくなっていた。
リズは、あの日から昏睡状態が続き、一時は脳死寸前とまで言われていたのだ。
苦しみをお互い分かち合うすべも忘れ、家族は崩壊への道を進んでいく……。
病院には、行くのが辛いのと仕事が忙しいと言い訳する家族をそっちのけで、高飛が仕事の合間に通い続け、時には付き添い、名前を呼び続けた。
家族は諦めつつあった。
リズの笑い声の聞こえない家に、高飛以外の家族が重苦しい表情で、次の舞台や、コンサートの楽譜などを見ているだけで……。
すると、父親の憲広のスマホが鳴る。
横でびくんっと怯えるのは悠紀子……。
一瞬ためらったが、取ると、高飛の声が響く。
『父さん!リズが目を覚ました!』
「……えっ!」
信じられない思いで問い返す憲広に、病院で高飛は、
『リズが目を開けたんだ!俺を見て笑ってる。……リズ?今、パパにかけてるぞ?』
「り、リズが目を覚ました……?本当に?」
父親の声に、家族は振り返る。
「あ、貴方!」
「すぐに行く!だから、高飛頼む」
家族は駆けつけるが、英玲奈は病室に近づいていくにつれ、歩みが遅くなる。
「どうしたんだ?英玲奈」
「……行けないわ……だって、リズちゃんの病室にお見舞いに……行けなかったんだもの。ううん。行くのが怖かった……」
兄の海音は表情を強ばらせる。
自分も同じだったからである。
もしリズが居なくなっていたら……その不安がさいなみ、病院から遠ざかるようになってしまった。
歌音も、目を伏せる。
「……僕たちはズルい。けど、高飛兄さんは『リズが待ってる』っていってるなら、行くべき」
蓮斗は呟き、
「リズに謝る……逃げたことを。じゃないと僕はリズのお兄ちゃんじゃない」
「そうだな……行こう」
両親を追いかけ、病室にはいると、
「キャハハハ……」
小さいものの無邪気に笑う声が響く。
そして、やれやれと言いたげな顔で、心苦しそうに顔を覗かせる家族を振り返り、
「リズ。パパとママが仕事終わって帰ってきたぞ。兄ちゃんや姉ちゃんたちは仕事キャンセルだって」
「パーパ?マーマ?」
「そうそう。偉いな~?もう一回言えるかな?」
「んっ!パーパ、マーマ!」
その声に近づいていった家族は、昏睡状態が続き体が弱り、一回りも小さくなってしまった娘に妹に涙を流す。
そして、後悔する。
幾ら不安でも、逃げずに見守っていれば良かったと……。
「り、リズ……ごめんね。お仕事があって……戻ってこれなかったよ」
「ごめんなさい。ママ……」
まだ点滴と、身体中に付けられた器具によって横になったままのリズは、無邪気な笑顔になる。
「お……かえりなシャイ。パーパ、マーマ。お、にーしゃん、おネ、しゃん」
たどたどしいものの懸命に細い声で告げるリズに、悠紀子は泣き崩れる。
「ごめんね、ごめんね……遅くなって、ごめんね。リズちゃん。ママは……」
「おしゅごと、ごくようしゃま」
リズは手を伸ばす。
母親の指を握る。
「ママ、ママ……おかいりのギュッ」
「母さん。リズがハグしてだって。してあげて」
「えぇ、そうね……ごめんなさい。じゃぁ、リズちゃん。ただいま……ママ帰ってきたわ」
涙をぬぐい、ほぼ傷は治癒したものの、痩せ細った娘をそっと抱き締める。
姉二人と母親の4人にし、父親と兄弟と共に休憩室に向かった高飛は、自販機で自分用のコーヒーとリズの好きなジュースを買いつつ、
「……親父も兄貴も、蓮斗も……リズの存在を抹消しようとすんな!」
低い声で、長身の高飛は睨み付ける。
「そんなにリズがいらないなら、俺はリズを連れて家を出ていく!元気になり次第、そうするから!」
「高飛!」
「この後、母さんにも姉貴たちにも言う。じゃぁな。今日はどうしてもリズが会いたいと言った。だから会わせた……でも、もう会わせるつもりはない」
じゃぁな。
もう一度繰り返した高飛は、歩き出したが、振り返る。
「裁判の慰謝料、俺が預かる。リズのリハビリと養育費だ。嵯峨にはもう伝えてる。もう、リズに関わるな!」
強い口調で言い放ち、去っていく高飛を3人はただ見送るしかなかったのだった。
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