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宵月の世紀  作者: 愛媛のふーさん
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殺人鬼3

 男は絶望を二度味わった。一度目は末期ガンの宣告を受けた瞬間。二度目は新薬で奇跡的にガンが治り、退院して二週間経った月明かりの中、カップルの首筋を喰い千切った後。絶望から歓喜を経ての再びの絶望は、味わった者にしかわからない深い深淵だ。男の名は添島琢磨そえじまたくま、都内の私立大学の三年生だ。陸上競技で鍛えた身体は均整のとれた長身で、女性にモテる甘いマスクの持ち主である。しかし、その顔はこの最近の苦悩で様変わりしていた。

 カップルを襲った夜はコンビニに行こうとして歩いていて、月を見上げたら体が燃える様に熱くなった。餓えた獣と同じく、獲物に襲いかかりたい欲求が溢れる。目についたカップルの首筋が飛び込んできた。気がついた時には死体が2つ転がっていた。訳がわからない。自分が殺ったのか?手を見ると毛むくじゃらで鋭い爪が生えている。公園のトイレに駆け込み鏡を見れば、返り血を浴びた異形の怪物が映っていた。涙が溢れた。止めどなく溢れる。考えられる原因を想い起こす。新薬か?それ以外にはない。いっそガンで死んでいれば。そんな事も思った。

 誰にも見られてない事を確認すると、異形の姿を隠す様にフードを目深に被った。なるべく人に会わない様にアパートに帰る。眠れぬ一夜を恐怖と絶望と餓えの様な欲求と共に過ごす。朝日の中、鏡を見ればハンサムと言われた顔に戻っていた。それから夜は恐怖の時間になった。曇りや雨の日は安心できる。月夜は餓えとの戦いだった。どうしても抑えきれない夜、准教授と研究員を襲い餓えを満たした。せめて無差別に人を襲うのではなく、新薬の関係者に限定したかったのだ。それで自分に容疑が向くのはむしろ歓迎だった。矛盾した心理だが、自分が怪物だと知られぬ様にする一方、誰かに止めて欲しかった。


 三件目の事件が起こった事により、捜査本部に緊張と安堵感が流れた。緊張は連続殺人が続いている為、安堵は2件目と3件目に繋がりが見えた為だ。完全な無差別殺人では無さそうで捜査にも方向性が出来た。准教授の治験の新薬の開発者、新薬の関係で捜査すれば良いということだ。手口は首筋を喰い千切る物で異様だ。

「甚さん。狼犬はどうだ?」

管理官が老刑事に訊く。

「輸入代理店とブリーダーに関東一円の狼犬のリスト出して貰いましたわ。後、訓練師の線で民間の警察犬訓練所と退職した鑑識の察官のリストも関東一円作ってます。潰してくのに人手いりそうですな」

「18人程廻す。後は治験で死亡した患者の家族当たれ」

捜査本部は方向性が見えた事で活気づいた。老刑事と土井美佳巡査長を含めて20名が狼犬の専従捜査に当たる。捜査本部の見立ては、新薬の治験で死亡した患者の家族か関係者に狼犬に繋がる人物が犯人だというものだ。治験の成功者である琢磨はノーマークである。琢磨の矛盾した望みは果たされそうに無い。

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