逃亡2
遼は事の顛末を老刑事と女刑事に話して聴かせた。
「馬鹿らしい!そんな話信じられる訳無いでしょ」
「待て。お嬢ちゃん。添島がホシなら全ての事件の筋が通る。最初が信じがたい副作用の突発的な物、後の事件が自分を怪物に変えた関係者への報復。月夜に限って起きているのも納得いく」
「しかし、幾らなんでも新薬の副作用で狼男に為ったなんて、まるで漫画。製薬会社もそんな事が起こり得るなら新薬を治験なんかしないでしょう?」
千堂が口を挟む。
「姉ちゃん。人間に対して癌を抑制出来たんが、添島だけやったんやから副作用に気いつかんかったんや。逆に人工的に狼男作る薬やったら適性あったのが添島だけちゅう事やな」
「何はともあれ月夜には、人を襲う餓えに苛まれるモンスターが大都会の中にいるってことです。マスコミに知られたらパニックに為りますよ」
蓮も思いついた事を述べる。老刑事は厄介な事に為ったという様に。
「その二宮て、製薬会社のお嬢ちゃんに口止めしといたんだろうな。で、遼。お前さん達で方をつけるから、警察は手を引けって事か?」
「それを決めるのは甚さんですよ。自分達は任務をこなすだけです」
遼はかわす様に答える。それに長い間考えて老刑事は答える。
「下手打つと死人がでそうだしな。狩りはハンターに任せたほうが良さそうだ。最終的な身柄は後で相談だな」
「片山さん、民間人に殺人鬼の身柄確保任せるんですか?それじゃ警察の威信が」
「昨晩は撃退してる。それに威信じゃホシは確保出来んぞ」
遼は老刑事に礼を言う。
「任せてもらってありがとうございます。必ず身柄おさえます」
「管理官には報告させてもらう。そっちの上は警察の上層部に顔利くんだろ。お嬢ちゃん帰るぞ。」
老刑事は不満気な土井刑事に声を掛けると捜査本部に向かう。
添島琢磨は電車で郊外ではなく渋谷に行った。潜伏にうってつけの物件が有ったのだ。そこはつぶれたボーリング場だった。人の出入りが無く、雨風はしのげる。追手が迫って来ても迎撃し易いと思われた。以前バイト先が近くに有り土地勘があったのが幸いした。コンビニで食料と飲み物を仕込んで籠城の構えだ。月夜の餓えに耐えて過ごすのは地獄だが。
「刀使うなんて警察じゃないよな。けど、俺を狩ろうとしているんだろうし、用心すべきだ」
そう決意して気を引き締める。アパートから持って来た寝袋に入って仮眠をとることにして、ボーリング場の出入り口にアラームのブービートラップを仕込む。防犯ブザーとワイヤーが有ったら作れる簡単なものだ。途中のホームセンターで購入した。出来うる限りの用心をして初めて、安堵の溜め息を吐いた。しかし、ここを嗅ぎ付けられて襲われるのも時間の問題だろう。今は只眠りたかった。眠りだけが安息を与えてくれる。餓えに苛まれる事の無い昼間でも、心休まる事は無い。だが、不思議と悪夢を見る事は皆無で眠りは穏やかだった。