1 プロローグ マリアンヌ・ヴァイザー 9歳
離宮の花園で、マリアンヌは自分の婚約者と初めて対面した。
「初めまして。ヴァイザー侯爵が娘。マリアンヌでございます。この度、フェルディナンド殿下の婚約者となり、光栄の次第でございます」
染み1つ無い純白のドレス。金色の長い髪を揺らして、エバーグリーンの瞳が輝く。8歳とはいえ、洗練された所作であった。殿下は、優しく、私に微笑んだ。
「国母となり、民を支え、そして我を支えてくれ」と、フェルディナント殿下は、緊張しながらも王族の威厳を持って答え、離宮に咲いていた朝顔の花を摘み、マリアンヌに渡した。
「不肖ながら、努力致します」とマリアンヌはその花を受け取り、殿下の言葉を胸に刻みながら答えた。
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婚約者となってから、三日と日を置かずにマリアンヌは王宮に行った。二人で王宮の中を駆け回り、お付きの人間を鬼に見立てて、二人でかくれんぼをしたりした。1歳年下で、まだ文字を読むことに難があるフェルディナンド王子に、図書館でマリアンヌは絵本を読んであげた。
王子に会えない日は、将来、フェルの傍らに立つ女として恥ずかしくないようにと、ダンス、礼儀作法、国の歴史、地理、政治学なども必死に勉強をした。指導は厳しく、時には泣いてしまうこともあった。しかし、大好きな殿下のためだと思うと、不思議とがんばれた。
幸せな日々だった。その頃の私の日記は、未来への希望に溢れている。しかし、それは2年後に跡形もなく崩れ去ったのだ。