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最弱竜、人間になる  作者: 日暮
【旅立ち編】
3/21

第2話

主に世界観の説明回です。

 同族たちはユイのことをこう呼ぶ。

 ――最弱の白銀竜、と。


 竜といえば、生きとし生けるものの頂点に君臨する生物だ。

 身の丈ほどもある翼で、大空を自由自在に飛び回ることのできる機動力。炎や雷などのエレメントが付与されたブレスを吐き、力強い四肢と尾であらゆる敵をなぎ倒す、圧倒的な攻撃力。さらには、全身を覆う美しい鱗でどんな攻撃をも跳ね返す、鉄壁の防御力。

 これらをかんがみれば、竜が地上最強と言われるのにもうなずける。

 ところがどうしたことか、ユイは見た目こそいっぱしの竜ではあるものの、雌竜であることを差し引いてもさほど体格に恵まれず、満足にブレスを吐くこともできず。肉体を竜から人間ヒューマンのそれに変化へんげさせる人化じんかの術を使えるということ以外に、これといった能力がなかったのである。

 強いものが偉いという、動物としては至極まっとうで原始的な価値観を持つ竜たちにとって、ユイは恥ずべき存在で蔑みの対象だった。なまじ竜族の中でも特別とされる白銀竜として生まれてきてしまったため、同族たちの落胆も大きかったのかもしれない、とは今にして思えることだが。

 生まれて間もない幼竜にそれを理解せよというのは、いささか酷な話であったろう。


『君は本当に我々と同じ竜なのか? こんなに体が小さくて弱々しい同族なんて、生まれて初めて見た』

人化じんかの術以外の魔術が使えねえってのも笑えるよな。竜よりもずっと貧弱な人間ヒューマンなんかになってどうすんだよ』

『やあだ、そんなにはっきり言ったらかわいそうじゃない。ユイだって、好きでそんなふうに生まれてきたわけじゃないんだから! まあ、ブレスも吐けないなんてことになったら、アタシだったら恥ずかしくて死にたい気持ちにはなったかもしれないけど。そんなんでどうやって戦うっていうのよ、ねえ』


 ユイのちっぽけな胸には、こうした同族たちの心無い言葉の刃が、いくつもいくつも突き刺さった。

 彼らにしてみれば、思ったことをそのまま口にしただけで、もう覚えていないのかもしれない。けれど、得てしてこういうものは、言った側は覚えていなくても、言われた側はいつまでも忘れられないものだ。普段は気にしないようにしていても、心の傷は治りにくく、ふとした瞬間にじくじくとした痛みがぶり返した。

 唯一の救いといえば、ほかの竜と比べても魔力量が多かったおかげで、一日どころか数日間にわたって人化じんかしたままの状態を維持できることだろうか。睡眠をとることで消費した魔力を回復できるため、試したことはないが、実質何日間でも人化じんかの術を使い続けられるものと思われた。

 莫大な魔力量に反して、使える魔法が人化じんかの術だけというのは宝の持ち腐れというよりほかないのだが、こればかりは生まれ持った資質の問題である。ユイ自身にはどうすることもできない。

 とはいえ、そのおかげで人里に降りて生活することを思いついたのだから、ユイにとっては幸運だったといえるだろう。

 何が役に立つかわからないものだ。

 そんなわけで、ある日を境に同族たちとの暮らしにすっかり嫌気の差したユイは、彼らと共に生きる未来を完全に放棄して、いずれ必ず竜の里を出て行ってやろうと決意した。

 同族たちの考え方も理解できないではなかったが、共感はできない。長い年月を経て培われた彼らの価値観がこの先変わることに期待するほど、ユイは楽天的ではなかった。


 目的が定まってからの行動は迅速だった。

 人間ヒューマンとして生活するために必要なものは何かと考え、ユイはまず、言葉や文字、文化などを学び始めたのである。

 当然のことながら、竜の常識と人間ヒューマンの常識とが同じであるはずがない。郷に入っては郷に従えという言葉があるように、これから人間ヒューマンとして生きていくつもりなら、彼らの流儀を正しく理解しておくことは必須であるといえた。

 百年も生きれば寿命を迎えるような人間ヒューマンとは違い、竜は力のない者でもゆうに千年は生きる。そのためあらゆる事柄に対して造詣が深く、人間ヒューマンらの暮らしぶりを詳しく知る竜も探せば一体や二体はいるものだ。そうした知識自慢は自分の知っていることを誰かに披露できることを喜びとするため、勉強の機会には事欠かなかった。

 特にイオネラと呼ばれる里で最年長の青竜は、穏やかで物静かな性格をしており、ユイのことを可愛がってくれる珍しい同族だった。ユイもまたそんなイオネラにはよく懐き、おばあちゃん、おばあちゃんと呼び慕った。

 そして彼女は、どんな質問にも的確な答えをくれる、頼もしい先生役でもある。

 ユイは疑問に思ったことはそのままにしておくことのできない性質タチで、思い浮かぶままに様々な質問をぶつけた。

 そう、たとえばこんなふうに。


「おばあちゃん、竜の里はなんていう国にあるの?」

「わしらが住んどるのはアストレリア王国という。竜の里はその北端に位置しておる。アストレリアは国王をはじめとした王族が一番偉く、次に貴族、平民というように身分制度がしかれておる国じゃ。とはいえ、どうやら階級制度は必ずしも支配関係とつながるものではないようじゃのぉ」

「身分がすべて、っていうわけでもないんだね」

「貴族や王族に逆らうと罰せられるという決まり事がある以上、彼らは恐れ敬われておることじゃろうて。じゃが、わしら竜とても力の強い者に従っておるが、その責務を理解せずにおごり高ぶる者もおるし、同族のために心を砕く者もおるであろう。人間ヒューマンであっても、それは同じではないかの?」

「むむ、それはたしかに」

「それにの、平民が貴族になる方法もないわけではないんじゃ。一代限りのようじゃが、騎士の称号をたまわることで、平民出の者も貴族と同等に扱われるようじゃし、羽振りのいい商人は金で爵位を買うこともあるらしいのぉ」

「へえ。じゃあ、平民が政治のお仕事したり、貴族が畑仕事したりってこともあるかもしれないのね」


 またあるときには。


「おばあちゃん、アストレリア王国で使われている貨幣について教えてくれる? 何か欲しい物があるときは、物々交換の代わりに何かを得るための対価としてお金を支払うのよね」

「ほほ、そのとおりじゃ。ユイはよく勉強しておるのぉ。この国で使われておる貨幣はすべて金属製の硬貨で、金貨、銀貨、小玉銀、銅貨、鉄貨の順に価値が高いとされておる」

「全部で五種類あるのね」

「さよう。それぞれの貨幣の価値を金貨一枚を基準にして考えると、銀貨なら一○枚、小玉銀なら五○枚、銅貨なら一○○枚、鉄貨なら一○○○枚という風になっておるようじゃ。わしも実物を見たのは数えるくらいじゃが、硬貨の裏面に翼の生えた女性の姿が刻まれておるからすぐわかるじゃろうて」


 ユイが質問して、イオネラが答える。

 このようなやり取りは、ユイの知識欲が満足するまで何度となく繰り返された。

 時間が許す限り物知りなイオネラについて回って教えを乞うたことに加え、ユイ自身の努力の甲斐もあり、一年が経過するころには外界で使われている一般的な文字の読み書きには不自由しなくなっていた。

 同族たちは『そんな下等な言語など』と言って馬鹿にしたが、ユイは一向に構わなかった。竜の里ではイオネラくらいしか話し相手がいなかったため、しゃべるのは文字の読み書きほどには上達しなかったが、それはおいおい慣れればよい。

 夢中で過ごした日々は瞬く間に過ぎ去り、気づけばユイは人間ヒューマンが独り立ちする年齢に差し掛かっていた。

 指折り数えて待ちわびた、十五歳の誕生日。ユイはその日を旅立ちの日にすると決めていた。

 それ以上は、一日たりとも待ちきれそうになかったから。

貨幣はわかりやすく百円、千円、五千円、一万円、十万円、になっています、たぶん。

2015/7/10 国名を微修正しました。

2015/7/24 貨幣の説明も全てイオネラとの会話文に改めました。

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