飼い猫がイケメンにジョブチェンジしました
恋愛ものが書きたくて自重できなかった。
楽しんでもらえたら幸いです。
猫は、十年生きると、人の言葉を理解できるようになるんだとか、
尻尾が二本になって妖怪になるんだとか、そういう話があったりするけど、
うちの場合はまったく違いました・・・
「シホ、朝だよ。朝、起きて・・・」
「んー・・・」
私を呼ぶ声に、ゆっくりと瞼を上げると、目の前にキラキラしたイケメンの顔がありました。
もともと私は寝起きが悪いほうなので、目を開けてもすぐには動けません。
イケメンは「おはよう」と言って、ぼーっとしている私の頬を舐めた。
それでも頭が覚醒しないのは多分、慣れのせいだと思う・・・
反応を示さない私に、イケメンはもう一度頬を舐め、次に首を舐める。
そして、パジャマのボタンに手がかけたとき、ようやく私の頭は覚醒したようで、
イケメンの頭をチョップしてその動きを止めた。
「なにしてんのよ、リクト」
「おはよう。シホ・・・」
そう言って、抱きついてくるとイケメンは私の胸に顔を埋めた。
「リクト、離れて。邪魔。」
「前はシホから俺を抱きしめてたのに、なんで俺が抱きつくと怒る。」
「あんたが猫のままだったら怒らないわよ。」
そう、リクトと呼んだこのイケメンは、元々私の飼い猫でした。
黒い毛並に青い瞳、あまり人に懐かず、自由気ままで、でも時々、構ってほしいと甘えてくる。
そんな普通の猫・・・だったんですよ?
それがある日、なぜか、イケメンになってました。
最初は信じられなかったんだけど、自分はリクトだ。と言って、
私と過ごした日々を語りました。その中には、猫のリクトにしか話してないものもあり、
半信半疑ながら、彼が私の飼い猫のリクトだと認めることになります。
そして、不思議なことに、家族全員が猫のリクトの事を忘れていました。
イケメンのリクトがずっと居候で住んでいた、と言うのです。私は自分の記憶を疑がいました。
しかし、猫のリクトのために買った食器やおもちゃが残っていたので、
自分の記憶ではなく、家族の記憶がおかしいんだと気づいたんですが・・・
どうやらこのイケメン・・・猫だったリクトは、なんらかの力を持っているようで、
それを使って家族の記憶を書き換えたようです。
「妖怪なの?」と聞いた時に「違う」と即答されたので詳しいことはわかりません。
「シホ、ボタンやって」
「はいはい・・・」
さらに不思議なことに、リクトは私と一緒に高校に通っています。
猫に勉強がわかるのかな?と疑問に思ったけど、成績はそれなり。しかし、元が猫、
指先を使う作業はまだ苦手なようで、制服のボタンは私が毎日手伝っている。
しかも、体育がある日は着替えるから、クラスメイトの前でこれをやる羽目に。
なんという羞恥プレイ・・・おかげで、学校では夫婦だと言われていますよ。
それでも最近は、大き目のボタンなら自分で出来るようになったんだよね。
その結果、私のパジャマのボタンを全部外して、身体を舐めるようになったから
素直に喜べないけど・・・
着替えを済ました私とリクトは、朝ごはんを食べて学校へと向かいます。
私はリクトの手を引いて、毎朝通学してるんだけど、
手を繋ぐ行為が嬉しいのか、リクトはすごくご機嫌な顔で歩いてる。
これは、リクトが通学の途中でどこかに行かないように、繋いでるだけ
なんだけどね・・・本人はわかってないと思うけど。
蝶々を追いかけて、車に轢かれそうになった前科もあるし。
猫だから、首輪にリードでもいいかなと思ったんだけど、
それはそれで変な噂が立ちそうな気がしたのでやめました。
「志穂、リクト、おはようー。今日もお熱いね!」
「おはよう、茜。」
「うん、俺とシホはあったかい。」
私の友達の茜が、いつものように茶化してくる。が、
そんなものは猫のリクトに通じない。手を握っているから暖かい=熱い。
そう思っているんじゃないかな。私も否定が面倒なのでスルーだけど。
「あんたはいいわねー。リクトみたいなイケメンがいてさー。」
猫ですけどね。
「私も隣を歩く彼氏がほしいなー。」
彼氏じゃないし。てか、いるでしょ。彼氏。
「そういえば、最近の志穂は付き合い悪いよね。やっぱ女友達よりも彼氏ですかー」
「うっ・・・違うよ、そんなことない。でもリクトが・・・」
「外ダメ、シホ、俺の傍にいる。」
「うわ、超束縛!逆にうらやましいわー」
手を繋いだままリクトが抱きついてくる。どこにも行かせないという意思表示だ。
リクトがイケメンになってから、私は自由に外を出歩けなくなった。
なぜか「俺の傍にいる。」とか「外、危険。」などと言って
私を家から出してくれない。一度、強引に家から出ようとしたら、
リクトの部屋に連れ込まれ、彼の力で一日閉じ込められて終わりました・・・
学校がある日は外に出ることを止めたりはしないんだけど、
休日だけは、どうしても外に出してくれないんだよね。
そんな私たちを見て、茜がため息混じりに口を開いた。
「イケメンにこんな愛されて、志穂は幸せねー。
私もこんな愛してくれる彼氏欲しいわー」
「茜は遠距離恋愛中の彼氏がいるでしょう?」
「あいつはこんなに情熱的じゃないし、そうそう聞いてよ、あいつってばさー・・・」
残りの学校までの道のりは、茜ののろけとも聞こえる彼氏への愚痴を散々聞かされた。
なんだかんだ言って、その彼氏のことが好きなんだなってすごく感じたな。
少しだけ、羨ましく思えた・・・
そんなことを言ったら「あんたにはリクトがいるでしょー」って。言われそうだけど。
・・・私にとってリクトは、黒い毛並と青い目をした猫で、
大切な飼い猫で、なによりも大好きで・・・
でも・・・
今のリクトは違う。「シホと同じニンゲンになった。」って
初めて会った時にそう言ってたけど、私はそんなの望んでない・・・
望んでないの・・・お願い・・・返して・・・
私のリクトを返して!!
「・・・シホ?どうした?どこか、痛い?」
「えっ・・・?」
考え事をしていた私の顔を、心配そうにイケメンのリクトが覗き込んでいる。
気がつけば放課後で、どんな風に授業が行われていたのか、まったく記憶がない。
・・・それほど長く、私は考え込んでいたみたい・・・
周りを見れば、クラスメイトは誰もいなくて、残っているのは私とリクトだけだった。
「大丈夫?」
真っ直ぐに私を見つめるリクトの目は、猫とは違う人間の目だ・・・
リクトじゃない、彼はリクトなんかじゃない、違う違う違う違う・・・
私の中で渦巻いていた感情が体全体に広がっていくような感覚がした。
それに居た堪れなくなった私は、目をそらして「大丈夫」と一言告げてた。
そのまま鞄を持って逃げるように教室を出た刹那、
私は再び教室の中に戻されていた。いや、彼が力を使ったわけではなく・・・
教室から出ようとする私の腕を掴み、自分のほうに引き寄せてそのまま
私を包むように、逃げられないように強く抱きしめていた。
「は、離して!」
私は腕の中で暴れるも、しっかり抱きしめられたその体から抜け出せない。
いつもはこんな風に抱きしめたりしないのに。
いつもはじゃれるように抱きついてくるだけなのに・・・
自分の中で、何かがざわめくのを感じた。怖いとは違う・・・何か。
離してほしい、けど同時に、離さないでほしい、とも考えてしまう・・・
いつのまにか抵抗を止めた私に気づくと、リクトは耳元で囁いた。
「シホ、嘘ヘタ。つらい、いつも隠す。でも、俺だけ話す。」
びくっとした。
私はいつも、辛いことがあるとすぐ、猫のリクトを抱きしめて
胸の内を吐き出していた。些細なことも、辛いことも全部・・・
でもそれは、リクトが猫だったから、言葉がわからないから話せたんだよ。
「だから俺、ニンゲンになった。シホの話聞く、涙拭く、抱きしめる。」
リクトの吐息が耳にかかる。それは少し、くすぐったくて
でもなぜか、とても落ち着く感じがした・・・
「なのに、どうしてシホ、何も言わない。どうして俺、頼らない。」
悲痛とも聞こえる声で言葉を発していく。声が震えているのがわかる。
「俺、シホが好きなのに、シホ、俺を好きじゃないの?」
抱きしめていた腕の力が緩んだので、私はリクトを見上げた。
リクトは今にも泣き出しそうな顔で、不安そうに私を見つめている。
こんな顔は初めてかもしれない。
だから私も、嘘をつけなかったんだと思う・・・
「私が好きなのは・・・猫の、リクト・・・あなたじゃない・・・
返して・・・私のリクトを、返して・・・」
私は涙を流しながら目の前にいるイケメンのリクトの胸を叩いた。
ずっと我慢してた、リクトのいない日々に。
ずっと寂しかった、リクトがいない日々が。
でも・・・
ぽたり、とリクトの瞳から涙が落ちた。私は驚いて見入ってしまった。
初めて、リクトは泣いた・・・
リクトは腕を離し私を解放すると、そのまま何も言わずに教室を出て行った。
もしかしたら私は、彼に酷いことを言ったかもしれない・・・
あんな顔をさせるつもりなんてなかったのに・・・
私はしばらく途方にくれたけど、帰りが遅くなると家族が心配するから
遅くならないうちに帰路についた。
きっとリクトも家に帰っている。そう、思いながら・・・
家に帰ってもリクトはいなかった。夕飯になっても帰ってなくて、
家族に「リクト、帰ってこないね」と言ったら「リクトって誰?」と返された。
まただ・・・
また家族の記憶が書き換えられていた。今度は「リクト」が記憶から消えていた。
猫のリクトも、イケメンのリクトも、誰も覚えていない・・・
酷い喪失感に襲われた私は、夕飯もそこそこに部屋に逃げ込んでしまった。
そして、ベッドに潜り込むと、全てが夢であるようにと祈って目を閉じた・・・
どうか、目が覚めた時は、いつもの日常でありますように。と・・・
朝、いつものように目覚ましが鳴り、私は目を開けた。
自分の隣に目をやると、そこには、
丸くなって気持ちよさそうに眠る黒い毛並の猫がいた。
私は、目頭が熱くなって大声で泣き出しそうなのを必死にこらえ、
まだ眠っている猫のリクトの背中を撫でた。
「・・・おかえり・・・リクト。」
私の声に目を覚ましたのか、耳をぴくんと動かし、
私の顔を見て「にゃー」と鳴くと、ベッドから降りた。
そして、いつものように猫専用の出入り口を通り、私の部屋を出てった。
「・・・帰ってきたんだ、私の、日常が・・・」
やっぱりあのイケメンのリクトは、自分が見ていた夢だったんだろう。
夢で片付けられない部分もあるけど、きっと夢だよ!
だって、リクトは猫のままだし、自由気ままで気まぐれで、でも
時々構ってちゃんで、私の大好きな、愛しい存在・・・
日常が戻った私は幸せだった。家に帰れば猫のリクトが出迎えてくれて
それに感激して抱きしめようとすれば、するりと逃げる。
それでも、部屋で勉強をしていれば、「構って」といわんばかりに
部屋にやってきては足に擦り寄り、机の上に乗っては勉強の邪魔をしてくる。
そんなリクトを抱きしめれば、嬉しそうに鳴いて体を預けてくる。
これを幸せと言わずなんと言う!っていうのは、さすがに言い過ぎかな?
でも・・・ふとした時に、イケメンのリクトを思い出すんだよね。
あっちのリクトは、いつも構ってちゃんで、私から離れなくて、
抱きついてきては勉強の邪魔をして、ボタンも1人じゃつけられなくて・・・
手のかかる弟みたいな感じだった。
「もう・・・会えないのかな・・・」
ぽつりと口から零れた言葉に、私は自分で驚いた。
私はまた、あのリクトに会いたいと思っているのかな?
会いたいと考えれば、心の奥でなにかが騒ぎ出すのがわかった。
この感じは一体なんだろう?寂しさ?それとも・・・
「ううん。急にいなくなったから、寂しいって思ってるだけよね。
きっとすぐに慣れるわ。だって今は、リクトがいるんだもん。」
私はそれから、猫のリクトと毎日を楽しく過ごしていた。それはもう幸せで、
あのリクトのことも、すぐに忘れられるぐらいだった。だけど・・・
忘れられなかった。
それどころか、日増しに会いたくてたまらなかった・・・
苦しくて苦しくて、猫のリクトをどんなに抱きしめても、撫でても、
その気持ちを抑えられなくなってた・・・
私は、リクトが好きなんだ・・・
認めてしまえば、すんなりと心の奥で落ち着いて、けれどそれは、
自分の感情をさらに溢れさせてしまう。どうしようもなくなってしまう。
気がつけば涙は溢れ、どんなに拭ってもそれは止まらなかった。
会いたい・・・
ただそれだけを望む。今は、今だけは、人間の姿になったリクトに会いたい。
ぱたん、と猫専用の出入り口の扉が閉まり、猫のリクトがやってきた。
泣いている私に気づいたのか、その足に擦り寄ってきた。
私はリクトを抱きあげて、つい、いつものように胸の内を語ってしまった。
「リクトに・・・会いたい・・・」
私はすぐに自分の発言に後悔した。
ぼんっと大きな音と煙が猫のリクトからしたと思ったら、すぐに
私を抱きしめる大きな腕、そして聞き覚えのある声がした。
「待ってた!俺、ずっと待ってた!」
私を抱きしめているのは、ずっと会いたいと思っていた人間のリクト。
猫のリクトが、目の前で人間になったんですから、さすがにもう信じますが
本当に同一人物だったんだね・・・あ、猫だから違うか。
「俺に会いたい、言った。やっぱりシホ、俺のこと好き!」
「た、たしかに、会いたいって言ったけど・・・」
「俺、シホ好き。シホ、俺好き。違う?」
「う・・・うぅ・・・」
確かにリクトが好きって認めたけど・・・認めたけど!
なんだろう、ものすごく認めたくない!否定したくなってきた。
・・・ていうか・・・
「なんで裸なのよ、ばか!!」
「うわっ!シホ、怒る、なんで?猫は服着ない」
「あんたは今人間でしょうが!早く服を着なさい!」
ベッドからタオルケットを掴み、リクトに投げつける。
それを巻いて体を隠したリクトは不満そうに私を見た。
多分、さっきの返事を聞きたいんだよね・・・でも今は、
「着替えてきて。」
「シホ、俺、まだ聞いてない。シホ、俺す」
「着替えて。」
「シホ・・・」
「着替え。」
「・・・・・・」
根負けしたのか、リクトは渋々着替えに部屋から出てった。
途中で弟の叫び声がしたけど、記憶の書き換えでも忘れたのかしら?
とりあえず、リクトが戻ってきたらなんて言おうかな?
おかえり?
ずっと猫の姿でここにいたから、それはなんか違うよね。
会いたかった?
これはなんか、リクトが調子に乗りそうだから言いたくないな。
好き?
・・・絶対言いたくない・・・
しばらくして、バタバタという足音の後、ドアが勢いよく開けられた。
ノックぐらいはしてほしいな。
「着替えた!シホ、俺好き?」
「嫌い。」
「え・・・」
ちゃんと服を着てきたリクトが、部屋に入っくるなりそう言ってきたから
つい嘘をついちゃったんだけど・・・
うん。後悔してます。
まさか、この世の終わりみたいな顔で、今にも泣きそうになるなんて・・・
「ごめんごめん、冗談だよ。」
「冗談?嫌い、嘘?」
「うん。」
その言葉に、ぱぁっと笑顔になるリクトを、単純だなぁって思った。
くすっと笑ってたら、リクトの両手が伸びてきて、私の頬を包んだ。
リクトは顔をよせて額をこん、と当てると、にっこりと笑った。
「じゃあ、好き?」
「・・・・・・」
これは答えたくない。というか・・・
絶対私の気持ち知ってて聞いてるよね!
リクトの自信満々の笑顔がなんか悔しいから、決めた。
好きなんて絶対答えてやらない。
「言わない。秘密。内緒。」
「なんで?俺聞きたい。シホ、俺好き、違うの?」
違わないよ。だから言わないの。だって、聞かれて好きって答えるよりも
自分から「好き」って言いたいじゃない。
読んでいただきありがとうございます。
設定をあまり考えず突っ走ったのでグダグダな感じもします。
いつか連載版書けたらいいなー・・・とか、思ってみたり。
よくよく考えると、飼い主を舐めるのは猫じゃなくて犬ですね・・・
しくりました。
ペットを飼ってないので、それは違うなーって所があっても
気にしないでください。全てイメージです。