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私立探偵 杉下左京  作者: 神村 律子
日本の闇の主
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活動開始

 警察に必要以上に敵対心を持っている坂本さかもと龍子りょうこ弁護士を差し置いて、土方ひじかた歳子さいこさんと直接交渉しようと思った俺の企みは、純粋過ぎる土方さんのせいで崩れてしまった。彼女にはどうしても坂本弁護士の協力が必要なようだ。

「先程の杉下さんの態度は見過ごせない裏切り行為ですが、そんな事で言い争っている時間が惜しいですね。了解しました。その態勢でよろしいのではないでしょうか?」

 イチャモンをつけられると踏んでいたのだが、意外にもあっさりと承諾してくれた。その辺りはやはり法律家なのだろう。依頼人の利益を最優先した結果という事か。

「その代わり、一つ条件があります」

 坂本弁護士は勝ち誇った顔で俺を見た。さっきのあのしおらしい顔とは別人だ。百面相みたいな女だな。

「何でしょうか?」

 俺は微笑んで尋ねた。すると弁護士先生は、

「土方さんのアパートは家捜しされたくらいですから、非常に危険です。寝泊まりするのは別の場所の方がいいと思われます」

 俺はその提案に思わずありさと顔を見合わせた。そして、

「どこですか? あまり遠いとそれも危険ですよ」

 一応釘を刺しておく。ところが弁護士先生は、

「遠くなんかありません。杉下さんの事務所の入っているビルです」

「え?」

 今度はキョトンとしてしまった。何を言ってるんだ? 俺の事務所も敵に知られているんだぞ? あのビルもやばいだろ?

「最上階の私の事務所があるフロアは、セキュリティシステムが万全です。そこなら遠方でもないし、安全面も不安がありません」

 坂本弁護士の更に勝ち誇った顔を見て、俺はうんざりしてしまった。このままずっとこいつにリードを許して仕事を続けなければならないのであれば、胃に穴が開く。本気でそう思った。

「でも、寝泊まりはできないでしょ、貴女の事務所も?」

 俺は苦笑いして指摘した。昼間の間身を潜めるのであればいいだろうが、事務所で寝るのは無理だろう。

「同じフロアに私の部屋があります。そこに土方さんと加藤さんに泊まっていただけば、安全だと思います」

 坂本弁護士はまさにドヤ顔だった。俺は自分が可哀想になってきた。

「杉下さん、弁護士先生の勝ちだな。まあ、良かったじゃないか、いい場所が確保できて」

 黙って聞いていたマスターがニヤニヤして口を挟んだ。俺は肩を竦めて、

「まあ、そう考える事にしましょうか」

 するとありさが、

「そこまで安全なのなら、私が土方さんと一緒にいる必要はないみたいですね」

 早速サボり癖を発揮し始めた。だが、坂本先生は、

「いえ、セキュリティシステムも完璧ではありません。いざという時のために、加藤さんには一緒にいて欲しいのです」

 ありさのサボりを許してくれないみたいだ。今までサボった分をここで全部埋めて欲しいので、弁護士先生にありさをこき使って欲しいと思った。

「じゃあ、昼間は仕事はお休みよね、左京?」

 ありさが何故か笑顔全開で尋ねて来た。俺は拒否したかったが、労働時間云々で弁護士先生に突っ込まれると困るので、

「そうだな。加藤君にも家庭があるからな」

「ええ? 加藤さんも結婚しているんですか?」

 また坂本弁護士が驚いた。ありさは左手のどう見ても安物の指輪を見せて、

「ええ、既婚者ですの。若く見えるから、同世代だと思ったでしょ?」

 とんでもない事を言った。さすがにその冗談とも本気とも区別がつかない話には、弁護士先生も土方さんも顔を引きつらせていた。

「そうと決まったら、即行動ですよ、杉下さん」

 坂本弁護士はそう言ってカウンターを離れた。そして、

「マスター、これから私もここに通っていいですか?」

 するとマスターは腕組みをして、

「私は独身だが、再婚するつもりはないぞ」

 これもまた冗談とも本気ともつかない話だったので、坂本弁護士は苦笑いした。

「鷲鷹建設の方は、私が調べておく。何かわかったら連絡するよ」

 マスターが言ってくれた。


 俺達はマスターにカレーの礼を言い、店を出た。それほど長居をしたつもりはなかったのだが、もう既に時刻は午後八時を過ぎていた。ありさと共に周囲を警戒しながら歩く。坂本弁護士と土方さんは固まって俺の背後に隠れるように歩いた。ビルに入ると、ありさを弁護士先生の事務所へ行かせ、俺は自分の事務所に向かった。荒らされたままにしておくのが嫌だったからだ。エレベーターで別れ、俺は事務所に戻った。また誰かいるのではないかという疑念が起き、慎重に歩を進めた。だが、誰もおらず、あの後荒らされた形跡はなかった。ホッとして携帯を取り出し、妻の樹里に連絡する。

「遅くなってすまない、樹里。今日は急な依頼が入って戻れそうにない。俺を待たなくていいから、休んでくれ」

 そう告げると、いつもの穏やかな調子で、

「そうなんですか」

 口癖の一言が返って来た。

「お休み、樹里」

 そう言って通話を終えた。考えてみると、電話でお休みなんて初めて言ったような気がする。携帯をウィンドブレーカーのポケットにねじ込み、俺はエレベーターへと向かった。

「うん?」

 エレベーターは上がり始めていた。この時間、ビルに入っている店子で、まだ仕事をしているのは弁護士先生のところだけだ。まさか……。嫌な予感がした。

「くそ!」

 タッチの差で逃してしまった俺は、悲鳴を上げている足腰に鞭打って、階段を駆け上がった。最上階は十階。つまり、五階分も昇らなければならないのだ。

(間に合うのか?)

 息を切らせながらも、俺は手すりにすがりついて昇り続けた。途中の階で確認すると、すでにエレベーターは九階に到達していた。俺はまだ六階だ。全然間に合わないぞ。すぐさま携帯を取り出し、ありさにかけた。

「どうしたの、左京?」

 ありさが不安そうな声で出た。呼吸を整えながら、

「今、エレベーターが上がって行った。誰かがそっちに向かっている。警戒してくれ」

「わかった」

 俺は無造作に携帯をポケットに突っ込むと、再び必死になって階段を駆け上がった。畜生、もし敵の誰かなのなら、一体どこに隠れてやがったんだ? 全く気づかなかった。八階まで辿り着いた時、ありさから連絡が入った。

「左京、早速収穫よ。襲撃犯をとっ捕まえたわ」

 上から目線がありありとわかる声で、ありさが言った。

「そうか、でかした、ありさ」

 ここは誉めておかないと、いじけてしまうからな。俺は半分だけ安心して、階段を駆け上がった。


 最上階に到着した時、俺の膝と腰はすでに限界を超えてしまっており、痛みどころか、感覚が麻痺しかけていた。

「左京、早く! 襲撃犯は思った通りの人物だったわよ」

 ありさは自分の手柄を誇りたいあまり、廊下まで出て来ていた。

「おい、ありさ、大丈夫なのか、放っておいて?」

 俺は坂本弁護士と土方さんの身を案じた。

「平気平気。弁護士先生がスタンガンを持っていたのよ」

 またウィンクして言うありさ。気持ち悪いのでやめて欲しいのだが、今はそれは置いておく事にした。さすが弁護士先生。そういうところも抜かりがないな。エレベーターの扉の方を見ると、廊下の天井から防犯カメラが狙っていた。あれでは角度的に見つからずに廊下には出られない。確かに警備体制は万全のようだ。

「早く、早く!」

 よろけながら進む俺を待ち切れなくなったのか、ありさが肩を貸してくれた。

「加藤君には内緒よ」

 何故か耳元で囁かれ、全身総毛立った。頼まれてもお前の旦那にこんな事を話せるか! 意外に嫉妬深い元同僚だからな。ええと、あいつの下の名前は何だっけ?

 襲撃犯は弁護士先生の部屋ではなく、事務所の方に確保していた。ドアを開いて入ると、広いエントランスがあり、受けつけのカウンターが出迎える形式だ。まるで大きな会社のロビー並みになっている。凄いな。結構腕利きの弁護士なんだと思った。すでに職員達は帰宅したようで、他には誰もいなかったが。

「あいつか?」

 襲撃犯は後ろ手に荷紐で縛られており、床に寝転んでいた。足首も同様に荷紐で縛られている。

「お見事でした、加藤さん、さすが元警視庁の刑事さんですね」

 奥から出て来た坂本弁護士がニコニコして言った。土方さんはまだ怖いのか、彼女に隠れるようにしてついて来ていた。

「えへへ、それほどでもありませんよお」

 ありさはクネクネしながら照れ笑いしている。相変わらず気持ちの悪い動きをする女だ。もしかすると、得意の幽体離脱で倒したのかも知れない。

「誰なのかわかりますか?」

 俺は襲撃犯をジッと見ている土方さんに尋ねた。恐らく顔見知りなのだろう。でなければ、あれほど見たりはしないものだ。

「はい。同じ部署にいた設楽したら道茂みちしげです」

 土方さんは憤懣やる方ないという表情で言った。それは名前をすぐに忘れる俺でも覚えていた。土方さんをストーキングした男だ。急転直下、事件は大きく動いたと思われた。だが、そう単純ではなかった事をしばらくして思い知る事になるのだった。

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