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私立探偵 杉下左京  作者: 神村 律子
見えざる狙撃手
33/36

釈明

 床にベタンとしゃがみ込んで泣きじゃくる斉藤さん。その斉藤さんにビンタをされた芹沢は、しばらく呆然としていたが、

「真琴、ごめん、本当に悪かったよ」

 そう言って斉藤さんを抱きかかえるように立たせた。言葉をかけられないでいる俺達に最初に気づいたのはロングヘアの女性だった。彼女は小声で芹沢に何か言ってから、俺達に会釈して近づいて来た。

「弟がとんでもない事を致しまして、申し訳ありません」

 女性は長い髪を振り乱して深々と頭を下げた。俺はどういう事なのか理解できず、璃里さんと顔を見合わせてしまった。今、女性は「弟が」と言ったな。芹沢のお姉さんなのか?

「私、これの姉の新見つかさと申します」

 芹沢のお姉さんは肩にかけていたバッグの中から名刺入れを取り出し、俺に名刺を差し出した。新見さんか。また新撰組絡みだな。

「はあ、どうも……。探偵の杉下左京です」

 俺も慌てて革ジャンのポケットから曲がった名刺を出して新見さんに渡した。新見さんの名刺をよく見ると、芹沢と同じ会社名だった。姉弟きょうだいで同じ勤務先なのだろうかと思ったら、新見さんは会社の代表取締役だった。

「まあ! 杉下左京さんと言えば、先日G県で起こった国会議員の殺人事件を解決した名探偵さんですよね?」

 新見さんは俺と名刺を見比べながら言った。まさかそんな事を言われるとは思っていなかったので、俺は面食らってしまい、

「いや、まあ、あれはたまたまですよ」

 居心地が悪くなって、オロオロしてしまった。


 しばらくして、斉藤さんがようやく泣き止んだところで、新見さんが説明してくれた。芹沢は斉藤さんの事を心の底から愛しているが、それの度が過ぎてしまい、彼女がどこで何をしているのか把握したいがために、お守りを偽装し、その中に秋葉原で購入した発信機を仕込んだのだそうだ。その話を聞いている間、店の主であるマスターはニコリともせず、そして我々にコーヒーを出してくれたにも関わらず、二人には水も出そうとしない。不審がっているのがありありとわかった。

「先程、会社に戻って来た弟の顔色が悪いので、何かあったと思い、問い詰めましたら、全部話してくれました。我が弟ながら、呆れ返るばかりで……」

 新見さんはまだ嗚咽おえつが続いている斉藤さんを見て、

「本当にごめんなさいね、真琴さん。許せる事ではないかも知れないけど、ごめんなさい」

 もう一度深々と頭を下げた。すると斉藤さんはしゃくり上げながらも、

「もういいんです、お姉さん。わかりました。大丈夫です」

 弱々しく微笑んで応じた。芹沢が顔色が悪かったのは、発信機の電波が途絶えたからだろう。見つけられたと思い、姉に相談したのが本当のところかも知れない。同じ職場で仕事をしているくらいだから、仲がいいのだろう。きょうだいがいない俺には羨ましい限りだ。

「そして、こちらが奥様の樹里さんですね? 元女優さんなのですよね?」

 新見さんは璃里さんを俺の妻の樹里と間違えているようだ。まあ、他人からしてみれば、御徒町一族はほとんど見分けがつかない程似ているから仕方ないだろうが。

「いえ、私は樹里の姉の璃里です」

 璃里さんは笑顔で訂正した。璃里さんも新見さんの事を不審がっているような気がした。実は俺もなのだが。新見さんは目を見開いて、

「ああ、そうなのですか。失礼しました」

「いえ」

 璃里さんは笑顔全開で応じた。俺にも樹里にしか見えない程似ているのは事実だ。

「ほら、 翔、もう一度しっかりお詫びしなさい」

 新見さんが芹沢の頭を押し下げた。

「申し訳ありませんでした」

 芹沢は姉の手を払いのけ、自分で頭を下げた。


 いろいろと疑問は残ったのだが、それは今言っても仕方がないと思い、芹沢と新見さんの謝罪を素直に聞くしかなかった。

 しばらくして、二人は帰って行った。

「連絡するから」

 芹沢は小声で斉藤さんに告げて、早くしなさいという顔で見ている新見さんを追いかけるように店を出る。二人はドアを閉じる時、もう一度頭を下げた。

「良かったね、真琴」

 坂本さかもと龍子りょうこ弁護士が笑顔で斉藤さんに声をかけると、斉藤さんも顔にできた涙の筋をティッシュで拭いながら、

「うん……」

 嬉しそうに応じた。俺は斉藤さんの気持ちを考えると、切り出していいものか不安になったのだが、

「どうも妙だな」

 次のコーヒーを淹れながら、マスターが前触れもなく口を開いたので、ビクッとした。

「マスター」

 俺は斉藤さんをチラッと見てから、マスターを見た。マスターはしかし、

「真琴ちゃんの事を思うからこそ、言うんだよ、杉下さん。あの女、芹沢の姉さんじゃないと思う」

 俺の予想を上回る事を言い出した。俺はハッとして斉藤さんを見た。しかし、斉藤さんはさして驚いている様子もない。

「さすがおじいちゃんね。そうよ、あの人、多分だけど、翔君の彼女だよ」

「ええ!?」

 俺は坂本先生と見事にハモって叫んでしまった。璃里さんもマスターと同意見らしい。

「やっぱり……。新見さんが芹沢さんを見る目は弟を見る姉の視線ではなかった気がしますよ、左京さん」

 どうやら、鈍感なのは俺と坂本先生だけだったみたいだ。すると斉藤さんが、

「もうずっと前からそんな気がしていたんです。新見さんと初めて会ったの、ホテルのロビーなんです。それも、翔君と待ち合わせていたところ」

 その発言に俺は坂本先生と顔を見合わせてしまった。何て奴らなんだろう? 斉藤さんにバレていないと思っているのか。呆れ果てた連中だ。

「だとしたら、答えは一つしかないな」

 マスターが俺にカップを手渡して言う。俺はそれに頷き、

「そうだな。二人は共犯。そして、斉藤さんの狙撃犯と関わりがある」

 坂本先生はムッとした顔で、

「許せないわ。絶対に許せない!」

 親友を騙している二人に怒りが沸いて来たようだ。その時、店の外に鑑識課が到着したのに気づき、璃里さんと目配せして、外に出た。加藤は仏頂面で俺を睨んだが、続けて出て来た璃里さんに気づくと、ニコッとした。こいつ、まさかとは思うが、璃里さんに妙な思いを抱いていないだろうな? ちょっと迷ったのだが、狙撃犯を捜し出すのは俺達では無理だと思ったので、加藤に事情を説明した。奴は目を見開いて驚いたが、

「わかった。芹沢と新見の事はこちらで調べる。それから、ここを撃った場所もおそらく特定できるから、遺留品を見つけられると思う」

 加藤はいつもと違う品のある話し方をしている。璃里さんがいるかららしい。よこしまな事は考えていないのだろうが、何となく不愉快だ。

「よろしくお願いしますね、加藤さん」

 璃里さんが微笑んで言うと、加藤は顔を赤らめ、

「はい。全力を尽くします」

 俺は吐き気がしそうになったが、さっき璃里さんに言われた、

「加藤さんはとても紳士的でした。少なくとも、左京さんみたいに人の悪口を言ったりしませんでしたよ」

 その言葉が引っかかったので、何も言わなかった。

 芹沢と新見さんが犯人と繋がっているのだとしても、盗聴器を発見され、解体されてしまったのだから、今後は狙撃が難しくなるはずだ。だが、犯人自身がどこにいるのかわからない限り、斉藤さんの身の安全は測れない。何とも歯痒いが、しばらくはこのままここにいてもらうしかない。だが、俺達はとんでもない思い違いをしていた。それに気づくのは、もうしばらく時が過ぎてからなのだ。

「射角から狙撃ポイントを割り出す。科捜研に依頼するから、すぐにでもわかりますよ」

 加藤は俺にではなく、璃里さんに説明した。そんな話は、璃里さんにはまさに「釈迦に説法」だ。加藤の愚かさが際立つ。そして、テレビドラマではないのだから、そんなにすぐ射角が判明するはずもないのもわかっている。

「そうなんですか」

 しかし、優しい璃里さんは、樹里と同じく笑顔全開で、樹里の口癖で応じた。大人な対応だと思った。


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