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私立探偵 杉下左京  作者: 神村 律子
見えざる狙撃手
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合流

 左京さんとの通話を終え、私は思わず溜息を吐いた。まさか、斉藤さんの狙撃事件と首相の狙撃事件がリンクして来るなんて、夢にも思わなかった。それにしても、警察庁時代の同期である板倉信康さんは、一体何を隠しているのだろうか? それと同時に、左京さん達がいる純喫茶JINのマスターは、以前どこにいたのだろうか? 板倉さんは警察庁の警備局の人だ。OBに怖じ気づくとは思えない。ますますマスターの前職が気になってしまう。沸かしたお湯が無駄になったかなと思いながら、私は準備したカップとソーサーを片づけ始めた。すると、もう一度左京さんから電話がかかって来た。

「斉藤さんが芹沢からもらったお守りの中に発信機が隠されていました。奴が犯人と繋がっているのは間違いありません」

 私は衝撃を受けた。芹沢とは、依頼人である斎藤真琴さんの恋人だ。その人物が実は斉藤さんを狙撃した犯人と関わりがあるのがはっきりしたのだ。斉藤さんはショックで混乱しているらそうだ。

「そちらに捜査一課の加藤が行きますので、加藤と一緒にJINに来てください。何なら、あいつを楯にしても構いませんから」

 左京さんはちょっと笑えない冗談を言った。加藤さんは現在探偵事務所を休職中のありささんのご主人。左京さんとは警視庁の元同僚だ。いくら気心が知れた仲とは言え、言い過ぎではないかと思った。加藤さんは平井蘭警部に言われて来るようだ。蘭さんもありささんと前後して妊娠しているが、捜査の第一線からは退いているものの、まだ警視庁には出勤し、内勤業務をこなしているらしい。私は加藤さんにここまで上がって来てもらうのは気が退けたので、片付けを終えると、戸締まりを確認して、事務所を出た。せめてロビーまで降りていようと思ったのだ。廊下を進み、エレベーターの前まで行く。そう言えば、加藤さんとはほとんど話をした事がない。JINまでの道すがら、どうしたらいいだろう? やはりここは、子供の事でも話すしかないか。

 エレベーターで一階に降り、ロビーに出たところで、加藤さんが外から入って来た。左京さんによると「脱獄囚のような顔」だそうだ。確かに初対面の人はギョッとするかも知れないくらい威圧感のある顔をしている。でも、決して左京さんが言うように犯罪者の顔ではない。むしろ、刑事の顔だと思う。

「申し訳ありません、加藤さん。わざわざご足労いただいて……」

 私は頭を下げながら加藤さんに言った。すると加藤さんは俯き加減になって、

「いえ、とんでもないです」

 左京さんと同じように目を合わせてくれない。嫌われているのかなと思ったが、違うようだ。加藤さんはそのいかつい顔に似合わずと言っては失礼かも知れないが、恥ずかしがり屋みたいだ。という事は、左京さんも恥ずかしがり屋なのだろうか? 

「では、ご案内します」

 蘭さんはJINを知っているが、加藤さんは知らない。だから自然と私が先導する形になった。

「あ、すみません」

 加藤さんは頭を掻きながら応じてくれた。ロビーから出て、ビルの壁伝いに路地へと曲がり、そのまま更に裏手へと歩を進める。私はずっと黙ったままなのは嫌なので、

「ありささんはいつ出産なんですか?」

「三月の下旬です。でもすでにあいつ、何もしなくなっています」

 加藤さんはそう言いながらも、少しも不満そうではない顔をしている。ありささんをそれだけ愛しているという事だろう。

「お子さんのお名前を母が決めたそうですね」

 ちょっと申し訳ない気持ちで言ってみた。すると加藤さんは、

「本当にいい名前を考えてくださって、妻共々感謝しております。お母様によろしくお伝えください」

「それなら良かったです。母は自分の考えを押しつける傾向がありますので、ご迷惑ではなかったかと思っていましたので」

 私はホッとしてそう言ってみた。

「いえいえ。画数までお考えくださって、字面も本当に希望以上にいいものになったので、夫婦で決めなくて良かったと思っているんですよ」

 加藤さんはようやく私の顔を見ながら話してくれた。

「そうなんですか」

 つい、妹の樹里の口癖で応じてしまう。確か、左京さんの話では、最初は加藤さんも樹里の事が好きだったのだとか。今はもう刑務所の中にいる亀島馨さんも、樹里に惹かれていたそうだ。亀島さんがすさんだのは、樹里が左京さんと結婚し、瑠里を出産したかららしい。それにしても、どうして樹里はそこまで男性に好かれるのだろう? あの子は、中学生の頃から男子に人気があった。本当に不思議だ。

「やっぱり、璃里さんと樹里さんはそっくりですね。ほとんど見分けがつきません」

 加藤さんは何故か顔を扇ぎながら言った。暑いのかしら?

「そうですか? 私は母似で、樹里は父似だと思うのですが」

 意外な事を言われたので、私はびっくりして加藤さんを見上げた。加藤さんは百八十センチ以上身長がありそうで、私とは二十センチくらい差がある。しかも、胸板も厚くて、夫の竹之内一豊の倍くらいありそうだ。

「自分から見ると、お母様も璃里さんも樹里さんも見分けがつきませんが」

 加藤さんは更に激しく顔を両手で扇ぎながら言う。私はさすがに苦笑いした。樹里はともかく、母と見分けがつかないというのは、ちょっと心外だからだ。でも、他人から見ると私達はよく似ているのだそうだ。何年か前、左京さんが私を樹里と見間違えたし、亀島さんも母と樹里を見間違えたそうだから。

 そんな取り留めもない話をしているうちに私達はJINの前に着いていた。

「ほお。なるほど、ノスタルジックなたたずまいですね」

 加藤さんはつたが絡まっている壁を見上げて呟いた。そして、入口のドアのガラスが破損しているのを見て、

「これが狙撃された痕ですね」

 すぐに刑事の顔になった。すると左京さんがドアを開いて、

「話は中で。早く入ってください」

 まずは私を通してくれた。そして、

「お前は鑑識を連れて来いよ」

 続けて入ろうとする加藤さんを押し戻した。

「わかったよ」

 加藤さんは渋々路地を表通りへと歩いて行く。

「何もなかったですか?」

 左京さんがドアを閉じながら尋ねてきたので、私は首を傾げて、

「何もありませんでしたよ」

「加藤は樹里に気があったので、少しだけ心配でしたから」

 妙な事を心配されていたみたいだ。私は笑って、

「加藤さんはとても紳士的でした。少なくとも、左京さんみたいに人の悪口を言ったりしませんでしたよ」

 ちょっと釘を刺しておこうと思い、指摘してみると、思った以上に左京さんはギョッとした顔になった。

「え、あいや、そ、そうですか?」

 何だかそんな左京さんを見たら、おかしくなってしまった。

「璃里さん、久しぶりだね。取り敢えず、新作の感想を聞かせてくれないか」

 マスターがカウンターに置いたカップに淹れたてのコーヒーを注いでくれた。

「ありがとうございます」

 私は坂本さかもと龍子りょうこ弁護士と斉藤さんに会釈してから椅子に腰掛け、カップを手に取った。その時、入口のドアが開き、誰かが入って来た。振り返って、私は目を見張った。そこには左京さんと同年代くらいのおろしたてのようなネイビーブルーのスカートスーツを着たストレートのロングヘアの女性が立っていた。目を見開いたのはその女性のせいではない。彼女の後ろに芹沢さんが立っていたからだ。

「翔君!」

 斉藤さんは芹沢さんに気づくと、すぐに駆け寄った。あっと思った瞬間、斉藤さんは女性を押しのけて、芹沢さんの左頬をビンタしていた。

「どういうつもりなの、翔君!? 何で私を……」

 そこまで言うと、斉藤さんはその場にしゃがみ込み、泣き出してしまった。

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