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私立探偵 杉下左京  作者: 神村 律子
見えざる狙撃手
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不審な恋人

 母親の由里の落とし物を受け取りに行き、妹の樹里の夫の左京さんと同じビルに事務所を構える坂本さかもと龍子りょうこ弁護士に出会ったために持ち込まれた事件。でも、そうなる前に左京さん自身が依頼人と接触していたのには何かしらのえにしを感じてしまった。

 だが、それにしても、依頼人の斉藤真琴さんはあまりにも呑気に見える。自分が何度か狙撃されているにも関わらず、まるで他人事ひとごとのような顔をしているのだ。神経を疑ってしまいそうだ。

「とにかく、真琴が無事で良かったよ。ホッとした」

 斉藤さんの恋人である芹沢翔さんが言った。斉藤さんを心配して駆けつけてくれた優しい彼氏。上辺にはそう見える。だが、私には引っかかる事があった。斉藤さんが芹沢さんに連絡したのは、警察を出てしばらくしてから。五反田駅の前にあるビルの五階と説明はしていたが、ビルの名前を伝えていなかった。わからなければ、斉藤さんに連絡して来るだろうと思い、私もその時には指摘しなかったのだが、芹沢さんは迷う事なくやって来た。それだけではない。さっき、左京さんから芹沢さんの名刺を受け取り、勤務先の住所を見た。芹沢さんの会社は新橋にあった。会社からではなく、出先から来たのだとしても、早過ぎるのだ。だが、それはあくまで私の見立てでしかない。証拠がある訳ではないので、芹沢さんを問い詰める事はできないのだ。

「本当に心当たりはないんですか?」

 左京さんはヘラヘラしている斉藤さんに苛ついているようだ。だが、当人は全く左京さんの感情に気づく事はなく、

「うーん、いくら考えても何も思い浮かびませんよ」

 ニコッとして返している。更に左京さんが苛つくのがわかり、ヒヤヒヤした。

「ちょっと、もう少し真剣に考えなさいよ、真琴! 貴女、昔からいい加減なところがあるから」

 坂本先生は左京さんのイライラを感じたのか、自分自身でも腹が立ったのかわからないが、斉藤さんをたしなめるように告げた。それでも斉藤さんは、

「龍子にそう言われても、何も思い当たらないんだもん、仕方ないじゃないの」

 逆ギレ気味に言い返す始末だ。これはいくら問い詰めても、身のある答えは返って来ないと思われた。

「すみません、会社から呼び出しが入ってしまいました。後の事はよろしくお願いします」

 芹沢さんは携帯電話を見ながら言い、立ち上がった。

「何かわかりましたら、連絡致します」

 左京さんも立ち上がり、芹沢さんを送り出しながら言った。

「では」

 芹沢さんは斉藤さんを見て、声に出さずに「愛してるよ」と言い、ドアを閉じた。

「あ、芹沢さん、ペンを忘れて行ったわ」

 坂本先生がテーブルの上にあった社名入りのボールペンを見て言った。すると斉藤さんが、

「ああ、それは販促品だから大丈夫。私が預かっとくわ」

 スタジアムジャンパーのポケットに押し込んだ。そして、突然ポンと手を叩き、

「そう言えば、あの時は失礼しました」

 急に左京さんに頭を下げた。どういう事だろう? 左京さんもキョトンとして、

「何でしょうか?」

 斉藤さんはテヘッと笑って、

「撃たれた時に助けてくださったのに、きちんとお礼も言わずに不審者扱いして逃げたりして、すみませんでした」

「ふ、不審者?」

 左京さんの顔が引きつったのがわかった。狙撃から守ったのに不審者だと思われたなんて、可哀想過ぎる。

「だって、探偵さん、口の周りに泥棒髭を生やしていたから……。もしかして、あれって変装だったんですか?」

 謝罪しながら更に追い討ちをかけるような事を言ってのける斉藤さん。どういう人なのだろうか?

「変装じゃないです」

 左京さんは引きつった顔のままで応じていた。そうか、左京さん、髭を剃らずに瑠里を保育所に送って行ったのね。

「真琴ったら、命の恩人に向かって何て事を言うのよ! 失礼よ」

 坂本先生が斉藤さんをまた窘めた。だが、斉藤さんはニコニコして、

「そんな事ないですよね、探偵さん?」

 左京さんは斉藤さんに笑顔でそう言われて「失礼ですよ」と言える程気が強くない人だから、

「ええ……」

 それだけ言って、また顔を引きつらせている。可哀想な左京さん。

「貴女がそんな訊き方したら、左京さんはそう言うしかないでしょ」

 更に突っ込む坂本先生に対して、

「ああ、そうかあ。龍子が好きな人って、この探偵さんなのね。だから私にきつく返すんだね」

 名探偵ばりの鋭い推理を披露してくれた。途端に坂本先生の顔が真っ赤になった。

「な、な、な、何を言ってるのよ! 違うわよ!」

 坂本先生は端から見ても酷く動揺しているのがわかった。

「貴女とは二人でじっくり話さないとのちのち誤解を生じるから、私の事務所に行きましょう」

 そして、斉藤さんを引き摺るようにしてドアへと歩き出した。

「何よ、龍子?」

 それでもマイペースな斉藤さんはニコニコしたままだ。

「左京さん、また連絡しますね」

 坂本先生は火照った顔を手で扇ぎながらドアを閉じた。私は思わず左京さんと顔を見合わせてしまった。そして、コーヒーカップを片付けながら、

「一つ気になる事があるんですけど」

 芹沢さんの事を言ってみた。すると左京さんは、

「それは俺も感じました。あの人、俺に話しかけて来た時、『実は私の婚約者が銃で撃たれたと聞きまして、仕事を切り上げて駆けつけたんです』って言いました。俺が探偵だと名乗った後でなら不思議ではないんですが、俺がどこの誰なのかもわからないうちにそんな話をするなんて、変ですよね?」

「確かにそうですね」

 さすが、警視庁の元警部だ。芹沢さんが怪しいのは間違いないだろう。

「只、犯人と繋がるのかどうかは微妙ですね。只単におっちょこちょいなのかも知れませんから」

 左京さんはそう言いながらも、芹沢さんへの疑惑は払拭できないと考えているようだ。彼が斉藤さんを狙撃したとは考えにくい。何故なら、恋人として身近にいる事ができるのだから、わざわざライフルで撃つ必要はないのだ。ナイフで刺したり、毒を飲ませたりする方が確実だろう。

「考えられる可能性としては、手引きをしている人間ではないでしょうか?」

 私の推理に左京さんは同意してくれた。芹沢さんが犯人側の人間であるとすれば、このビルにすぐに現れたのも説明がつく。彼は仕事をしているフリをして、ずっと斉藤さんをマークしていた。だから、ここにもすぐに来られた。左京さんに恋人が狙撃されたという話をしたのは、左京さんの事を知っていたのではないかと思われる。

「どちらにしても、用心するに越した事はないですね」

 左京さんは洗い物をしながら言った。手際がいいので、樹里がいつもやらせているのだろうか、などと詮索してしまいそうだ。

「ライフルで何度か撃たれているのであれば、情報屋が知っているはずです。マスターに訊いてみますよ」

 左京さんが「マスター」と 呼んだのは、このビルの裏路地を更に入ったところにある純喫茶JINのマスターの事だ。新興ゼネコンの事件の時にはいろいろ助けてくれて、謎は多いけれども信頼が置ける人物だ。

「そうですね。私も、警察庁の元同期に当たってみますね」

「ありがとうございます、お義姉ねえさん」

 年上の左京さんに「お義姉さん」と呼ばれると何だかこそばゆい。左京さんはマスターに連絡し、経緯を説明した後、坂本先生にも連絡し、純喫茶JINに行く事になった。狙われている斉藤さんを匿うにも絶好の場所でもあるからだ。私も一緒に行って、マスターのコーヒーを飲みたかったが、警察庁への連絡をする都合もあり、諦めた。

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