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私立探偵 杉下左京  作者: 神村 律子
見えざる狙撃手
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思えばあれが始まり

今回のお話は、左京と璃里の二視点進行になります。

「璃里、悪いけど、警察まで行って、届けられた私の財布、受け取って来てくれない?」

 随分大きくなって来た歳の離れた三つ子の妹達を器用に互い違いにあやしながら、母の由里が言う。

「もう戻って来ないからって、新しい財布をお義父さんに買ってもらったのに?」

 私は次女の阿里ありをベビーベッドに寝かしつけながら呆れ気味に返した。すると、

「あのお財布には、白蛇の抜け殻が入っているのよ。戻って来るのなら、絶対に手許に置いておきたいの。でないと、金運を逃しちゃうんだから」

 母はムッとして私を睨みつけた。フウッと溜息を吐き、

「わかりました。行って来ます。でも、本人じゃないと結構面倒よ、拾得物の受け渡しは」

 母はニヤリとして、

「そこはそれ、じゃの道はへびって言うでしょ? あんたも警察官だったんだから、何とかなるわよ」

 その諺、使い方が微妙に違っていると思ったが、反論したところで、私には何もいい事がないのはわかっている。

「じゃあ、実里みりと阿里の事、頼んだわね、お母さん」

 実里は私の長女。幼稚園から戻るまでには帰っては来たいけど。

「ガッテンだ!」

 時代劇の岡っ引きの配下の下っ引きのような台詞を言って、母は嬉しそうに笑った。私は苦笑いを返して、家を出た。

(そう言えば、左京さんの事務所にも行かないとならないんだっけ)

 左京さんは妹の樹里のご主人。元警視庁の敏腕警部だったのに、その地位を捨てて、妹と結婚してくれた。左京さんはよく、

「俺なんかと結婚してくれて」

 そう言って、樹里を持ち上げるけど、そんな事はない。左京さんが結婚してくれなければ、樹里は「行かず後家」になっていたのではないかと今でも思っている。あの子のズレた感覚は一体誰に似たのだろうかと思うが、恐らく、父だろう。今はアメリカで働いている天才科学者だが、相当な天然だった。だから、母は幼い妹達の事もあったので、父とアメリカへ行くのを断念し、離婚したのだ。それから何年経ったのか、すぐには思い出せないが、母は再婚した。勤めていた居酒屋の店長である西村夏彦さんと。お互い再婚同士だったので、決まったら入籍までは早かった。母が妊娠したのも理由の一つかも知れない。

 落とし物が届けられたのは、樹里達が住んでいる文京区の所轄署だった。電車を乗り継いで行かなければならないが、左京さんはまだアパートにいるだろうから、うまくすれば車に乗せてもらえると思った。私の思い過ごしかも知れないが、左京さんは私の顔をあまり見てくれない。嫌われているのだろうかと思った事もあったが、

「それは絶対にないから安心して」

 ありささんがゲラゲラ笑って言ってくれたので、信じる事にした。


「あ」

 警察署の前まで来た時、私は見覚えのある女性に気づいた。クリーニングしたてに見えるグレーのスカートスーツを着た、楕円形の黒縁眼鏡をかけた長い黒髪のスレンダーな美人。左京さんの事務所と同じビルの最上階に事務所を構える坂本さかもと龍子りょうこ弁護士だ。何度かロビーや事務所で顔を合わせているので、すぐに気づいた。だが、坂本先生は私には気づいていない。一緒にいるロンドンブーツみたいな靴で、ショートパンツとピンクのタイツを履き、袖だけ白であとは黒いスタジアムジャンパーを着たショートカットの女性に話しているからだ。その女性は坂本先生の迫力にジワジワと後退あとずさっているように見えた。一瞬迷ったのだが、知らないフリをして通り過ぎる訳にもいかないので、

「おはようございます、坂本先生」

 すると坂本先生と相手の女性が一緒に私を見た。坂本先生は私を見るとああっという顔になり、

「竹之内さん、おはようございます。こんなところで会うなんて、奇遇ですね」

 私は微笑んで、

「母の財布がこちらに届けられたというので、受け取りに来たんです」

「そうなんですか。私は傷害罪で逮捕された被疑者と面会して来たところなんです」

 如何にも弁護士らしい理由だと思った。そして、私が隣の女性を見ているのに気づき、

「ああ、紹介しますね。この子は私の友人の斎藤真琴です。この先の大通りの舗道で、銃で撃たれそうになったんです」

「ええ!?」

 あまりにも衝撃的な紹介のされ方だった。だが、当の斉藤さんはそんな恐ろしい事に遭遇したとは思えないくらい冷静、と言うより、他人事のような顔をしていた。

「もう何度かそういう目に遭っちゃうと、ひょっとしてどっきりかな、とか思っちゃうんですよね」

 しかも今回だけではないらしいのを知り、更にその豪胆さに唖然としてしまった。

「でも、どっきりで実弾使うはずないからと思って、被害届を出そうとしたら、たまたま龍子に会って、面倒臭い事になって……」

 斉藤さんは苦笑いしてそう続けたが、それを聞いた坂本先生は顔を赤くして、

「面倒臭いって何よ! 警察は当てにならないから、もっと頼もしい人に相談しなさいって言っただけでしょ!」

 斉藤さんに噛みつかんばかりだ。斉藤さんはそれでも、

「でも、探偵って、お金かかるんでしょ? 私、お金ないよ」

 探偵? 私はハッとして坂本先生を見た。 ありささんの話だと、坂本先生は左京さんに思いを寄せているらしいのだ。もちろん、左京さんが妻帯者で、子供もいる事も知っている。それでも、いろいろ理由をつけては、事務所に顔を出しているのだそうだ。健気な人だけど、ちょっと樹里の姉の私としては困った人だ。

「お金なら、私が立て替えてあげるから」

 坂本先生は暴走し始めていた。そんなにしてまで左京さんに会いたいのか。昔、左京さんに命を助けられたのは聞いているが、ちょっとね。

「どういう事?」

 斉藤さんはそんな経緯いきさつを知らないだろうから、ポカンとしている。坂本先生は業を煮やしたようで、

「こちらの竹之内璃里さんは、その探偵事務所の人よ。もうこれは運命としか言いようがないわ。行くしかないのよ、貴女は!」

 とうとういかがわしい占い師のような事を言い出した。母が占い師なのにこの例えはまずいかな? 

「そうなのかなあ。じゃあ、お願いしちゃおうかなあ」

 斉藤さんは私を見て微笑んだ。私は顔を引きつらせながらも何とか笑顔を返した。

 行きがかり上、私は左京さんに連絡を取らざるを得なくなってしまった。

「おはようございます。今から事務所に依頼人を連れて行きますので、よろしくお願いします」

 私は事情を説明してから、

「坂本先生のお友達が、今朝狙撃されたそうなんです」

 すると左京さんから思いもよらない答えが返って来た。

「ショートカットでスタジアムジャンパーを着て寒いのにショートパンツを履いた巨乳の子ですか?」

 巨乳の情報はいらないかも知れない。ふと疑問が湧いた。

「でも、どうしてご存知なんですか?」

 左京さんは斉藤さんが狙撃された現場に居合わせ、間一髪で彼女を助けたのだそうだ。今日は奇遇な出会いが重なる日だと思った。そして、現場を知ってゾッとした。樹里と左京さんの娘である瑠里の通う保育所からさほど離れていないのだ。

「とにかく、事務所に行く間にいろいろ事情を伺っておきますので」

 私は手早く自分の用事をすませるためにあまり使いたくない手を使った。警察庁の元同僚に連絡を取り、私の経歴を説明してもらい、顔パスで受け取れるようにしてもらったのだ。そして、母にも事情を説明し、左京さんの事務所へ向かうべく、坂本先生の車に乗せてもらった。

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