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私立探偵 杉下左京  作者: 神村 律子
日本の闇の主
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発端

 俺はマジマジと坂本弁護士と土方ひじかたさんを見た。まずは何故ボディガードが必要なのか、それを訊く必要があった。命を狙われたのだから、それなりに危険な状況だという事だ。

「ストーカーですか?」

 俺は言葉を慎重に選びながら尋ねた。すると坂本弁護士が身を乗り出し、

「違います! 私がどうして土方さんを『元国土交通省の職員』と紹介したのか、わかっていないようですね!」

 唾を飛ばして抗議して来た。何なんだ、この女は? 興奮しやすい性質たちなのだろうか? 一度医者に診てもらったほうがいいのではないか?

「そう怒鳴りたてないでくれませんか、坂本先生。私は耳はいい方ですから。それに可愛い顔が台無しですよ」

 俺はお愛想のつもりで言ったのだが、それは想像以上に効果覿面こうかてきめんだったようだ。彼女は顔を真っ赤にしてソファに座り直し、俯き加減で、

「そ、そういうの、セクハラですよ、杉下さん……」

 ボソボソ声になった。言葉はきついが、顔は少しだけ穏やかになった。やっぱり可愛いと言われて怒り出す女はいない。「可愛いは正義」とは至言かも知れない。意味が違うか?

「先生、気をつけてくださいね。この人は美人と見れば年齢に関係なく欲情する色魔ですから」

 ありさが戻って来てロクでもない事を言う。誰が色魔だ!

「え?」

 坂本弁護士より、隣の土方さんの方が「色魔」に反応した。俺に犯罪者を見るような目を向けている。

「加藤君、他人ひと聞きの悪い事を言わないでくれたまえ。私は色魔などではないよ」

 俺はありさの首をへし折りたい衝動を抑え、作り笑いをした。ありさはテヘッと笑ってから、逃げるように給湯室に行ってしまった。後でとっちめてやろう。

「すみません、話の腰を折るような事をして。という事は、仕事絡みですか?」

 俺は嫌な汗を掻きながら、すっかり引いてしまっているのがありありとわかる土方さんを見た。

「はい」

 土方さんは救いを求めるように坂本弁護士を見た。坂本弁護士は小さく頷いてから俺に視線を移し、

「土方さんは、国交省の道路局のシステムエンジニアでした」

「ほう」

 俺は国交省の道路局がどんな存在なのか全然わからないが、一応相槌を打った。

「彼女は局の仕事をハイテク化するためのシステムを作成している一人だったのですが、ある日を境にして何者かに命を狙われるようになったんです」

 坂本弁護士は土方さんを気遣いながら話を続けた。

「具体的にはどんな目に遭ったのですか?」

 俺も震え始めた土方さんを気にしながら坂本弁護士を促す。

「交差点で信号待ちをしていた時、後ろから誰かに突き飛ばされて危うく車にかれそうになったり、地下鉄のホームでも同じように突き飛ばされて転落し、隙間に逃れて助かったりと、悪戯ではすまされない目に遭っているんです」

 坂本弁護士はまた熱を帯びてきたのか、立ち上がって俺に顔を近づけて来た。俺は苦笑いをして、

「先生、落ち着いて話してください。顔が近いです」

 するとまた彼女は茹蛸のように真っ赤になり、ソファに座った。

「す、すみません……」

 ションボリして詫びる姿がちょっと可愛いと思ったが、決して俺は色魔ではないから、それだけの事だ。土方さんに視線を移し、

「心当たりはありますか?」

 型通りの質問をした。すると土方さんは、

「先月、部署内でUSBメモリが紛失した事がありました。それがどんな内容なのかは私にはわからないですし、上司も教えてくれなかったのですが、新たに建設予定の高速道路の発注に関わる内部機密ではないかと思いました」

「何故そう思ったんですか?」 

 素朴な疑問をぶつけた。坂本弁護士もその辺の事を聞いていないのか、土方さんを見た。土方さんは二人の視線を浴びて眩しそうに俯き、

「上司のところに業務スケジュールの確認に行った時、チラッとそんな話を電話でしているのを聞いたのです。上司は私の姿を見ると、鬼のような形相で怒鳴り散らして部屋から追い出しました。ノックをして返事をもらって入室したのに何故それほど怒られるのか、その時は意味がわかりませんでした」

 よほど聞かれたくない事を話していたのだろう。警視庁時代にも、政治家の元秘書の転落死事件絡みでその手の人間を事情聴取したが、皆神経質そうな顔で、胃が悪そうだった記憶がある。

「その後でUSBメモリがなくなったと騒ぎになりました。その大元が、私を怒鳴った上司です。彼は私を疑い、呼びつけて尋問紛いに尋ねました。でも、私には思い当たる事がないので、知りませんと言ったのですが、どうしても信じてもらえず、その上自宅謹慎を命じられました」

 土方さんは涙ぐんでいた。ふと見ると、坂本弁護士も目を潤ませている。やっぱり、感情の起伏が激しい女だ。本人はともかく、聞いている者が泣くほどの話とは思えない。

「それから数日して、上司から電話があり、私が犯人だという証拠が見つかったが、公にしないから、退職届を出せと言われました」

 ムチャクチャな話だ。謹慎中に証拠が見つかったなんて、欠席裁判みたいなものだろう。

「退職届は自筆で書かないといけないから、出勤するようにと言われました。もう仕事を続けるのは無理だと思ったので、私はその指示に素直に応じ、局に行って退職届を書いて帰りました。アパートに戻って何故呼び出されたのか、わかりました」

 土方さんは涙を一粒零した。歯噛みしているから、悔し涙だろう。

家捜やさがしされたんですね、その隙に?」

 こいつは想像以上にヤバい事件かも知れない。土方さんは頷いて、

「机の引き出しが全部床に放り出され、クローゼットの服は全て切り刻まれていました。キッチンの戸袋も壊されて、中にあった鍋や食器が散乱していました」

「警察へは通報しましたか?」

 俺は念のために訊いた。土方さんは首を横に振り、

「怖くて通報できませんでした。それで、以前ストーカーにつけられた時にお世話になった坂本先生に相談したんです」

 俺は弁護士を見た。なるほど、土方さんが本当にストーカーにつけ狙われた事があったから、さっきあれほど感情的になったのか。彼女はまだ火照っている顔を手で扇ぎながら、

「近くにあるファミリーレストランに土方さんを行かせて、私もすぐに行きました。それから、知り合いの刑事さんに現場に行ってもらったんです」

 もしその家捜しに裏があるとしたら、窃盗犯に見せかけているはずだ。

「一時間ほどして刑事さんから連絡があって、手口が付近で横行している連続窃盗事件と類似していると言われました。でも、私はその間に土方さんから職場であった事を聞いていたので、泥棒の仕業とは思えなかったんです」

 坂本弁護士はまた震え出した土方さんの肩を抱き寄せて俺を見た。

「その話を警察にするか迷いましたが、捜査の方向が窃盗犯に決まりそうだったので、話しても無駄だと判断しました」

 この弁護士、感情の起伏が激しいだけではないようだ。事件を冷静に分析し、最善の策を見出す能力がある。

「それからなんですね、貴女が命を狙われるようになったのは?」

 俺は土方さんを怯えさえないように言葉を選んで尋ねた。土方さんは充血した目で俺を見て、

「はい。最初は窃盗犯が顔を見られたと思って襲って来たのかと思ったのですが、私は犯人を見かけてもいないですから、その可能性はないと先生に言われました」

 誰だかわからないが、土方さんがUSBメモリを持っていると考え、家捜しした結果、見つからなかった。彼女に気づかれるとまずいと思い、窃盗犯を真似た。部屋になければ、彼女が持っている。そう判断したのか。だから、彼女を襲った。しかも事故に見せかけようとする用意周到さだ。USBメモリから情報が漏洩するのを恐れているのだろう。轢死れきしを狙ったのは、土方さんの命を奪うだけではなく、メモリも粉砕する計画だったと思われる。一体どんな情報が入っているんだ、それには?

「私も刑事だったので、何となく感じるんですが、局内で違法な事をしていた、あるいはしているような雰囲気の職員はいませんでしたか? 貴女を亡き者にしてまでそのUSBメモリを始末したいと思ったとすると、まともな考えの持ち主ではないですよ」

 俺の言葉に土方さんはビクンとした。心当たりがあるという事だろう。急き立てても悪いので、彼女が口を開くのを待つ事にした。いつの間にか、ありさが給湯室から戻って来て、自分の席で仕事をしているフリをしながら、聞き耳を立てていた。

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