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私立探偵 杉下左京  作者: 神村 律子
日本の闇の主
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進展

 ありさの奥の手作戦で、予想以上の戦果を上げられた俺は、ここから先は警察の仕事だと判断し、蘭に連絡した。

「何よ、左京、蘭なんかに手柄を譲る必要はないでしょ」

 得意満面だったありさが口を尖らせて不満そうに言う。ありさと蘭は、実のところ、仲がいいのか悪いのか、よくわからない。

「手柄も何も、連中を聴取するのは蘭達の仕事だろう? それとも、加藤に連絡したかったのか、新婚さん?」

 皮肉混じりに言うと、ありさは目を見開き、

「バカな事言わないでよ! 只でさえ、あんたのところで働いているのが完全にバレて気まずいんだから、できれば顔を合わせたくないわ」

 プイと顔を背けてプウッと頬を膨らませた。何度も思う事だが、全然可愛くない。同年代でありさに似ている女優がいるが、彼女が同じ仕草をしたら、きっともっといい感じだろう。顔はよく似ているのに印象が全然違うのは、ありさの性格の裏の裏まで知っているからなのかも知れない。


 しばらくして、蘭達が家宅捜索令状を持って現れた。加藤が一緒に来なかったので、ありさはホッとしたようだ。

「バ加藤はどうした? もうコンビ解消か?」

 俺は笑いを噛み殺しながら蘭に尋ねてみた。すると蘭は、

「加藤君、ありさと顔を合わせるのが気まずいみたいよ。だから、資材置き場の方に行ってもらったわ」

 そう言って肩を竦め、荷物を運び出す捜査員達を鼻歌混じりで見ているありさをチラッと見た。

「それにしても、よく車のある場所がわかったわね? あんた、いい情報屋を見つけたの?」

 蘭は声を低くして訊いて来た。俺は苦笑いして、

「まあな」

 それだけ言って、誤摩化した。蘭もJINのマスターとは顔見知りなので、ヘタなヒントを出して気づかれたらまずいからだ。マスターは警察との関わりを持つ事を嫌がっているように見受けられるので、それは避けなければならない。出入り禁止にされたら、俺は逃げ込む場所を失ってしまう。もちろん、妻の樹里が待つアパートでも、安らぎを感じるが、樹里には仕事の愚痴は言いたくないし、だらしない姿も見られたくないから、あの喫茶店の奥の隠れ部屋は貴重なのだ。

「さて、行くぞ、ありさ」

 俺は荷物をあらかた運び出した捜査員がフロアを出て行くのを見て言った。

「はいはい」

 ありさは気怠そうに生欠伸をして応じ、俺を追い抜いて部屋を出た。蘭は意識を回復した社長の狛犬こまいぬ厳三げんぞうに声をかけ、出頭するように告げた。狛犬社長は渋るかと思ったが、抵抗する事なく立ち上がり、蘭に促されるまま、フロアを出て行った。俺はありさが恨めしそうな顔でこちらを見ているのに気づき、ニヤッとして歩き出す。

「何だよ?」

 ありさの不機嫌な理由がわからないので、追いついて声をかけた。ありさはまた俺を突き放し、

「蘭に何か言ったでしょ? あいつ、すれ違い際にドヤ顔をしたわよ」

「何も言ってねえよ。あいつはいつもドヤ顔だろ?」

 本人に聞かれたら絞め殺されそうな事を言ってありさを見た。ありさはポンと手を叩いて、

「ああ、そうか。あいつ、そういう女よね」

 急にご機嫌になり、口笛まで飛び出した。どうもあの二人の関係はわからない。

「万事解決ね、左京。ちょっと早い気もするけど、長引かなくて良かったし、これで報酬がこんなにとは夢のようよ」

 ありさはどこから出したのか、電卓を叩いて俺に数字を見せた。思わず二度見してしまうような金額だ。

「おい、まさかこれを請求するつもりか?」

 俺は唾を呑み込んで尋ねた。今度はありさがドヤ顔になり、

「もちろんよ。でも、ボッてないからね。ごく普通の興信所の請求額よ」

「そうかも知れないが、失業した土方ひじかたさんには酷なんじゃないか?」

 あのおとなしい土方ひじかた歳子さいこさんが卒倒するのではないかと心配になった。

「なるほど、若い女性の方が好きな左京としては、私のお給料より土方さんの就活の方が気になる訳ですかそうですか」

 始まった。ありさの被害妄想劇場だ。相手が自分より若い女性だと、いつもこれだ。警視庁時代から変わっていない。少しは進歩して欲しいものだが。

「土方さんは、坂本先生にも支払いがあるんだぞ。可哀想だと思わないのか、お前は?」

 俺は土方さんが若い女性だから言った訳ではない。相手が年上の男でも、同じ事を言ったと思う。

 結局俺とありさは、坂本先生と土方さんが待つ純喫茶JINに着くまで、請求額の事で揉め続けた。


「報酬の方は、納得してお願いしていますから、気にしないでください。懲戒免職ではないので、退職金も出ていますし」

 俺が恐る恐る土方さんに請求の事を告げると、彼女は予想に反してにこやかに応じてくれた。

「そ、そうですか」

 俺は気まずさから顔を引きつらせてしまった。そうか、退職金は出たのか。それは何よりだった。

「何だ、だったらもっと請求するんだった」

 ありさが小声で言ったのを聞いてしまった。この女は……。

「ありがとうございました、杉下さん。もっと時間がかかると思っていたのですが、ホッとしました」

 坂本先生も嬉しそうに頭を下げた。こそばゆい感じがして、居心地が悪かった。

「だが、鷲鷹建設の方はこれからなんだろう、杉下さん? 警察がどこまで切り込めるかだな」

 マスターはまだ心配そうな顔をしていた。確かにそうだ。俺達は出丸の狛犬興業を落としただけだ。まだ本丸がそっくり残っているのだ。めでたしめでたしとはならない。

「マスターの言う通りだ。脅かすつもりはないが、安心するのはまだ早いですよ、先生」

 俺は先生と土方さんが不安にならないようにと微笑んで言った。

「そうですか」

 何故か先生は嬉しそうだ。どういう事だ? するとありさが嫌な笑みを浮かべた顔で、

「なあるほどお、坂本先生は、もう少し杉下と会える時間ができて、嬉しいのですね?」

 とんでもない事を言い出す。

「はい、そうです」

 否定するかと思ったのに、先生は微笑んだままでありさを見ている。ありさもそんな反応をされるとは思っていなかったようで、呆気に取られていた。何だか俺も恥ずかしい。

「告白する前に失恋したんですから、嬉しいです」

 坂本先生はそう言うと、顔を赤らめて俯いた。土方さんは微笑ましそうに先生を見てから俺を見た。

「それくらい、大丈夫ですよね、杉下さん?」

 俺はその視線に堪え切れずに、

「そ、そうですね。クライアントとしてなら、妻も怒らないでしょうし……」

 それだけ言うので精一杯だった。


 取り敢えず、目の前の危機は脱したので、土方さんと先生は先生の部屋に戻って行った。一応心配だったので、ありさがついて行く事になった。

「おかしな事を言うなよ」

 俺はありさに釘を刺して送り出した。そして、マスターを見た。

「何だか、納得がいっていない顔だな?」

 マスターはズバリと言い当てて来た。さすがだ。恐らくマスターも何か引っかかるものがあるのだろう。

「マスターの情報網を疑う訳じゃないが、車があまりにも呆気なく発見された気がする」

 俺はカウンターに陣取り直して言った。マスターはコーヒーのお代わりを淹れながら、

「そうだな。それは私も感じていた。それに狛犬興業が無抵抗だったのが気に入らん」

「ああ」

 いくら犯行に使われた車が発見されたとしても、狛犬社長はいくらでもシラを切る事ができたはずだ。あの従順さはおかしい。

「マスター、悪いんだが、もう一度当たり直してくれないか? 俺は俺で調べてみるから」

 淹れたての熱いコーヒーを一口飲み、言った。

「わかった。今度は別ルートで探ってみるよ」

 マスターは妙に嬉しそうだ。やっぱりこういう事が根っから好きなのだろう。俺もだが。

「どこを調べるつもりだね、杉下さん?」

 マスターが真顔になった。俺は席を立ちながら、

「国土交通省さ。あそこには、昔馴染みがいるから、そこから突っついてみるよ」

「気をつけろよ。相手は人を殺す事を厭わない連中だからな」

 マスターの声を背中で聞き、俺は右手を上げて応じると、店を後にした。

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