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私立探偵 杉下左京  作者: 神村 律子
日本の闇の主
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作戦会議

 鷲鷹建設の裏の顔を知った俺は恐怖よりむしろ興味を感じていた。長く失っていた刑事としての本能が甦ってきた感じがする。

「マスターの同級生である鷲鷹わしたか兵庫ひょうご氏から何か情報は入らないか?」

 俺はダメで元々と思い、訊いてみた。するとマスターは首を横に振り、

「兵庫は半隠居状態だからな。今は息子の重蔵じゅうぞうが全権を握っているようだ。兵庫には詳しい事はわからんらしい」

「でも、ある程度の事なら当たりをつける事は可能なんだな?」

 俺は身を乗り出して言った。マスターは渋い顔をして、

「どうかな? 昨日も言った通り、兵庫と息子との仲は最悪に近い。息子が父親にどこまで本当の事を話してくれるか、疑問だよ」

 確かにそうかも知れない。虎穴にいらずんば虎子を得ず、かな? だが、相手が何を企んでいるのか、そして何が目的で土方ひじかた歳子さいこさんを陥れたのか、それがわからないうちに下手な接近は命取りだ。俺は腕組みして考え込んだ。

「本丸に攻め込むのは難しいかも知れんが、出丸でまるなら何とかなる可能性はあるぞ」

 マスターは空になった俺のカップにコーヒーのおかわりを継ぎ足しながら言った。

「出丸?」

 俺は鸚鵡おうむ返しに尋ねた。ありさと坂本先生と土方さんの視線もマスターに向けられている。マスターはニヤリとして、

狛犬こまいぬ興業だよ。あそこは本丸ほど守りは堅くないだろう? 突破口になると思うぞ」

 狛犬興業か。だが、そこは暴力団の隠れ蓑だと元同僚の加藤が言っていた。そこを突破口って、マスターも無茶を言ってくれる。

「もちろん、正面突破をしろと言っている訳じゃない。探りを入れて、ボロを出すのを待つのさ」

 マスターは妙に嬉しそうに言う。やっぱりこの人、昔は警察にいたに違いない。

「ボロを出す?」

 坂本先生が不思議そうな顔で尋ねる。マスターは頷いて、

「そう。連中が何もかも知っているとは思えないが、実働部隊の構成員なのは確実だ。だから、あちこちから揺さぶりをかけて、動揺して飼い主に泣きつかせる」

「なるほど。全てを知らないからこそ、心理戦には弱い。いや、暴力団そのものがそうだな」

 俺は得心がいき、思わず膝を叩いた。

「狛犬興業ならそうだね。もっと上の組織なら、その程度でボロを出すとは思えないが、鷲鷹建設のみで事業を展開しているあそこには、その程度の作戦が十分通用するはずだ」

 マスターは作戦を説明してくれた。俺とありさで狛犬産業の事務所に行き、黒塗りのワゴン車の一件を話し、知らないか尋ねる。シラを切るのは想定内で、連中が鷲鷹建設の誰かと連絡を取るのを誘発するのだ。そして、坂本先生が弁護士として連絡を入れ、捜査が終盤を迎えており、犯人検挙は時間の問題だと告げる。尻に火が点いて来たと勘違いしたらしめたものだ。これで嫌でも飼い主にお伺いを立てるはず。

「杉下さんとありさちゃんは決して連中を怒らせないようにな。そこで警察沙汰になってしまうと、飼い主が警戒して次の段階に進めない」

 マスターは三段構えで作戦を考えていたのだ。こうなって来ると、警察関係者どころか、公安調査庁か、防衛省の情報本部辺りにいたのではないかと勘繰ってしまう。

「黒塗りのワゴン車が狛犬産業の資材置き場の奥に幌をかけて隠してあるのまでは突き止めてあるから、必ず奴らは動揺して動き出すよ」

 マスターの話を聞いていて、俺は元同僚の平井蘭達を哀れんだ。恐らく蘭達は、組織の壁に邪魔されて、そこまで辿り着けないだろうから。坂本先生と土方さんは少し引き気味にマスターを見ていた。

「運転していた男の方はどうなっている?」

 マスターがコーヒー豆を挽きながら尋ねて来た。俺は携帯を取り出し、

「訊いてみるよ」

 蘭にかけると、2コールで出た。

「出るのが早いな、蘭。予感がしたのか?」

 冗談混じりに言うと、

「今、こっちからかけようと思っていたのよ。あんたの依頼人の土方さんの元上司が死んだわ」

 蘭の返しは衝撃的だった。俺は携帯を強く握り締め、

「死んだ? どういう事だ?」

「状況的には自殺のようだけど、昨日起こった事件と照らし合わせてみると、そうとは限らない気がするのよね」

 蘭の話に俺は焦りを感じた。敵はこちらが思っている以上のスピードで活動しているんではないかと。

「で、何か用なの? 私、忙しいんだけど?」

 相変わらずツッケンドンな物言いだが、それが蘭だから仕方がない。俺は苦笑いして、

「昨日引き渡した男はどうしているかと思ってさ。洗いざらい吐いたか?」

「何も喋らないわ。何かに怯えているようで、見ていて痛々しいのよ」

 蘭は溜息混じりに教えてくれた。可哀想な立場だな、あの設楽したらという男は。全容など知るべくもないのに、脅かされているんだろう。喋ったら只ではすまないとな。

「そいつには上司が死んだ事は伝えたのか?」

 俺は更に質問した。答えてくれそうにない気がしたのだが。

「伝えてないわよ。あそこまで怯えている容疑者にそんな話を聞かせたら、精神が崩壊してしまうかも知れないから」

「ああ、そうだな」

 気が小さいのは見た目でわかるような男だった。だから、大人しい土方さんでも注意できたんだよな。ますます同情してしまった。

「左京、これでもまだ仕事を続けるつもり? あんたも敵のターゲットかも知れないのよ?」

 何だかんだ言いながらも、蘭は俺の事を心配してくれている。自惚れではなく、それがわかる。かつてコンビを組んだからこそ感じられるものだ。

「ここで手を引いたからって、敵さんが許してくれるとも思えないけどな」

 俺は少しだけ皮肉めいた言い方で返してみた。

「その可能性は否定できないわね」

 蘭は呆れたようだ。声のトーンが変わった。

「この事件の背後には、警察のOBが関与しているらしい。気をつけろよ」

 俺も蘭を気遣ってみた。

「誰に向かって言ってるのよ? 私はそんな事で遠慮するような腑抜けじゃないわ」

 蘭は鼻で笑ったみたいだ。昔から上司とぶつかるのが大好きな女だったから、また派手にやり合うつもりか? 夫の平井拓司の立場も考えろよ、と言いたいが、何倍も言い返されそうなのでやめておいた。

「ああ、そうだったな。それから、念のためにガイシャの名前を教えてくれ」

芝塚しばづか晋吾しんごよ。神経質そうな男に見えたわ」

 蘭に礼を言い、俺は通話を切った。土方さんが坂本先生以上に身を乗り出して俺を見ているのがわかった。

「芝塚さんが亡くなったんですか?」

 彼女も怯えていた。俺は携帯をしまいながら、

「ええ。自殺に見えるのですが、疑問点もあるようです」

 土方さんは震えて隣にいる坂本先生にしがみついた。坂本先生が小声で何か言っている。

「マスター、作戦を変更した方がよさそうだな?」

 俺は腕組みをして口を横一文字にしているマスターを見て言った。

「そのようだな。荒技を使うとは聞いていたが、そこまでするとはな」

 マスターの呟きに俺は昨日の話を思い出した。

「それから、鷲鷹建設の営業マンも転落死している。土方さんの元同僚と接触していた奴だ」

 マスターは目を見開いた。

「おいおい、相当やばいんじゃないか? こいつは慎重に動かないと危険だな」

 するとありさが、

「左京、もう樹里ちゃんに会えないかも知れないから、電話しておいた方がいいんじゃない? 愛してるよって」

 こんな状況でも下らない冗談が言えるのがありさのありさたる所以ゆえんだが、俺は無視した。でも、妻の樹里と話したい気持ちは湧いてきた。死ぬつもりはもちろんないけどな。

「取り敢えず、狛犬興業へ行くのはそのままで、坂本先生の電話は中止にしましょう。危険ですから」

 坂本先生はビクッとして俺を見た。改めて自分が危ない事件に関与している事を思い知ったのだろう。

「そうだな。二人はここにいた方がいい。これから先は、杉下さんとありさちゃんに任せてな」

 マスターがコーヒーをカップに注ぎながら微笑んで言った。

「ああん、マスター、私もここにいたいんですけど」

 冗談ぽくありさが言うと、

「ありさちゃんは顔が行きたがっているから、そんな事を言っても却下だよ」

 マスターにそう返され、ありさは落語家のように頭を叩いてテヘッと笑った。バカめ、全然可愛くないぞ。


 人心地つけてから、俺とありさは純喫茶JINを出た。そこから十キロメートルほど離れたところにある狛犬興業に行くために。

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