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私立探偵 杉下左京  作者: 神村 律子
日本の闇の主
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見えて来た闇

「私に恨みでもあるの、左京?」

 まさに射殺いころしそうな視線で俺を睨みつける元同僚の平井(旧姓:神戸かんべ)蘭。そう思われても仕方がない。何しろ、同じ日に三度も顔を合わせる事になったからだ。

「そんな事言っちゃってえ、ホントはさ、左京に会えて嬉しいんでしょ、蘭?」

 無神経を具現化したような阿呆であるありさがニヤニヤしながら言う。すると蘭は、

「何トンチンカンな事言ってるのよ、ありさ? 私にはこいつよりずっとかっこいい旦那がいるのよ?」

 俺を半目で見ながら嘲笑って見せる。一度は付き合った仲なのに、その言い草はないと思った。

「それはお互い様だぞ、蘭。俺だって、若い女房がいるんだからな」

 少しムカついたので、軽く反撃してみた。

「それにさ、今は美人の弁護士先生ともいい感じだしね」

 また歩く無責任のありさがとんでもない事を言い出す。当の坂本さかもと龍子りょうこ弁護士は、蘭と一緒に来たありさの夫でもある加藤に事情を訊かれている最中で、こちらの会話は耳に入っていないようだ。彼女は依頼人の土方ひじかた歳子さいこさんを気遣いながら、加藤の質問に答えていた。

「それホント? 樹里が可哀想」

 蘭はありさの出任せを真に受けて俺を更に睨みつけてくる。

「んな訳ねえだろ? 彼女はあくまでクライアントだよ」

 俺は目を逸らすと本当だと思われてしまうので、蘭を睨み返した。すると蘭は肩を竦めて、

「それはそうね。あの先生にお似合いなのは、もっと知的な若い男よ」

 また憎らしい事を言われた。別にあの女に好かれたいとは思わないが、その言われようは腹が立つ。

「例えば、あんたの旦那の平井君みたいな?」

 ありさが思わぬ援護射撃をした。いや、ありさにはそんなつもりはないだろう。こいつは蘭をやり込めるためなら、誰だって利用する女だ。仲が悪いのかいいのかわからない。

「彼はそんな軽い男じゃないわよ」

 蘭はそう言って笑ってみせたが、しきりに横目で坂本弁護士を見ていた。本当は不安なのだろう。若さは最高の武器だからな。

「加藤君、そいつに見覚えない?」

 蘭は話を終えたいのか、不意に加藤に近づいた。加藤は弁護士先生への聴取を終えて、蘭に視線を移した。

「どこかで見た気がするんだが……。多分、狛犬こまいぬ興業のチンピラだと思うんだが」

 加藤はさっきとは違って全く意識が回復する様子がない襲撃者を見下ろして言った。襲撃者は担架に乗せられ、運び出された。俺もありさも、何故そいつが気絶したのかは蘭達には説明していない。どうやら、蘭はありさの特技を知っているので、わかってはいるようだ。ありさも夫の加藤に特技を説明したくはないのだろうか?

「狛犬興業?」

 俺と蘭が異口同音に尋ねた。思わず顔を見合わせてしまう。加藤は真剣な表情のままで、

「ああ。表向きは建設業の会社を装っているが、まだまだ裏の顔を持ってる暴力団だ。そこの構成員なのは間違いないが、名前まではわからないな」

「もしかして、鷲鷹わしたか建設と繋がりがあるか?」

 俺の問いかけに加藤はキョトンとした顔をしていたが、

「ああ。狛犬興業の主な元請け先は鷲鷹建設だが。それがどうした?」

 俺は弁護士先生があっという顔をしたのも構わずに話を続けた。

「今回の一連の事件、鷲鷹建設が絡んでいるようなんだが?」

 加藤は鷲鷹建設の名前が出た途端に元々怖い顔を更に険しくして蘭を見た。

「ちょっと左京、鷲鷹建設が絡んでいるって、どういう事よ?」

 蘭が加藤より怖い顔で詰め寄って来た。

「話していいですよね、先生? このままじゃ、貴女方の命が危ないんですから」

 同意を求めるというより、ほとんど事後承諾のような感じだった。俺は返事を待たずに蘭と加藤に全てを話した。蘭と加藤の顔がますます険しくなった。何かあるのだろうか?

「そんな事になっていたの……」

 蘭は腕組みして考え込んだ。加藤も顎に手を当てて押し黙ってしまった。

「おい、こっちは情報を提供したんだ、そっちも何か教えろ」

 俺は無視されるのを覚悟で言ってみた。すると蘭が、

「実は、鷲鷹建設の営業の人間が転落死しているのよ」

「何だって?」

 俺はギョッとして坂本弁護士を見た。坂本弁護士も目を見開き、蘭を見ている。蘭は続けた。

「その人の名前は、神流かんなけい。将来を嘱望されていた営業課のエースだったらしいわ」

 蘭は持っていた写真を見せてくれた。まさかここまで情報を教えてくれると思わなかったので、

「お、おう」

 思わず躊躇いがちにそれを受け取った。一見するとチャラい感じに見えるが、能力は高かったという事か。

「土方さん、ご存知ですか?」

 弁護士先生が土方さんに写真を手渡した。すると、

「この人です。設楽君と密会していた鷲鷹建設の社員の人は」

 土方さんとは思えないくらいの大声だった。いや、俺は土方さんの全てを知っている訳ではないが。

「何だって!?」

 今度は俺ばかりではなく、蘭も加藤も大声を出してしまった。二つの事件が奇麗に繋がったのだ。

「設楽って、さっき連行した男ですよね?」

 蘭は坂本弁護士ではなく、土方さんに尋ねた。それがあまりに露骨だったので、弁護士先生はムッとしたが、蘭は気にしてない。

「はい、そうです。設楽は国土交通省の道路局の職員で、ある入札に参加予定の鷲鷹建設の社員と会っていたんです」

 土方さんは相変わらず弁護士先生の動向を気にしているようだが、蘭の目の方が怖いのか、話し始めた。坂本弁護士も諦めたようだ。それにしても、何て事だ。密会していた一人が転落死して、もう一人が土方さんを襲撃した。更にその後に鷲鷹建設の下請けをしている暴力団の隠れ蓑の建設会社の社員が登場してきた。こいつは奥が深いぞ。

「左京、危険よ。探偵の貴方の手に負える事件じゃないわ。浮気の調査や素行調査とは訳が違うのよ」

 土方さんに写真を返してもらいながら、蘭が真剣な表情で言う。するとさっきは我慢していた坂本弁護士が、

「でも、鷲鷹建設に出入りしてる警備会社は警察OBが役員の大半を占めていますので、あなた方の事は全面的には信用できません」

 また始めてしまった。振り出しに戻すつもりか、この偏屈女は? 俺は頭痛がしそうになった。

「信用できようができまいが、もうこれはあなた方民間人の手に負える事件ではないんですよ! 関わるのはやめてください」

 蘭は坂本弁護士を睨み据えた。普通の女性なら、蘭の一睨みで引き上がるのだろうが、さすがに弁護士先生はヤクザとも渡り合った事があるらしく、それくらいでは引き下がるつもりはないらしい。

「そちらはそちらで公権力を使ってでも何でも、事件をお調べくださいな。でも、私達は私達で活動は続けますので」

 俺は蘭を逆に睨みつけた女を初めて見た。ありさでさえ、そこまではできない。いや、しないだろう。

「加藤君、行くわよ。こんな命知らずの人達は、面倒見切れないから」

 蘭はくるりと踵を返すと、スタスタと弁護士先生の部屋を出て行ってしまった。

「おい、平井……」

 加藤は困り果てた顔で俺と蘭の後ろ姿を交互に見てから、

「ありさ、危険だからこの件からは手を引け」

 小声で自分の女房にそう告げて、蘭を追いかけた。

「まあ、初めて私の事を名前で呼んでくれたわ」

 ありさはヘラヘラして喜んでいる。そこかよ、と思ってしまった。そして、溜息交じりに弁護士先生を見た。

「坂本先生、平井の言う通りです。危険ですよ。少なくとも、貴女はこれ以上関わらない方がいい」

 すると弁護士先生は、

「何を言っているんですか、杉下さん! 貴方を見捨てた警察の鼻を明かすチャンスなんですよ。そんな事を考えてはいけません!」

 妙な事を言い出した。いや、俺は別に警察に見捨てられたんじゃなくて、見限っただけだし、鼻を明かしたいとも思った事はない。

「なるほどね。やっぱり、先生は杉下のためにこの依頼を持って来たんですね?」

 ありさが見当違いのバカ推理を展開し始めた。俺は弁護士先生が怒り出さないうちにと思ってありさを見た。

「そうです。その通りですよ!」

 ハッとして弁護士先生を見ると、何故か彼女は涙をポロポロ零していた。


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