出会い
ふと目が覚めれば辺りは暗闇に包まれていた。
どうやらうたた寝をしてしまっていたらしい。
「マイちゃん…まだ帰ってないのか」
グルリと周りを見回してみたが、人の気配は無かった。
人の気配は無いものの、どこからか視線を感じる。
その視線がやけに気になりもう一度、今度はゆっくり周りを見回してみた。
すると暗闇の中に光る、丸くて小さな玉が二つ…
「あぁ、なんだ、ヤドっちか」
何故だか知らないがヤドっちはよく俺を見ている。
無口で何を考えているのかよくわからない不思議な奴だ。
何回か話しかけた事があるが、返事の代わりに頷いたり首を横に振ったりするだけで一度も彼の声を聞いた事が無い。
「ヤドっちもマイちゃん待ってるの?」
そう尋ねてみるとヤドっちは首を横に振った。
そして右手を上げ、クルリと向きを変えて俺に背を向けた。
相変わらずよくわからない奴だ。
背を向けたヤドっちにそれ以上声をかける事なくボーっと彼の背中を見ていると、突然眩しい光に照らされた。
「ただいまぁー!ごめんね、遅くなっちゃった。ヤス、お腹減ってない?」
やっとマイちゃんが帰ってきた。時間はもう深夜1時だ。
こんな時間まで誰と居たんだろう?
気になる。
そうそう、自己紹介が遅れたが、俺の名前は「ヤス」。
この家には俺とヤドっち、そしてマイちゃんの3人で住んでいる。
いや、正確には『マイちゃんに住ませてもらっている』と言ったほうが正しいだろう。
そう、あれは確か1年ほど前。
大学の授業だとかで海に実習に来ていたマイちゃんと俺は出会った。
その時のマイちゃんはとても暗い顔をしていた。
俺と目が合った時に初めて聞いたマイちゃんの言葉は今でもハッキリと覚えている。
「あ…康弘…」
俺の名前は『康弘』ではない。
何故いきなり『康弘』と言われたのかは後々知る事になるのだが、どうやら誰かと俺をダブらせたようだ。
俺の存在を知ってからマイちゃんは実習の最中も時々グループを抜けては一人で俺の側に駆け寄って来てくれて、何を喋るでもなく空と俺を交互に見ていた。
その瞳は辛さが宿るも優しく澄んでいて、そんなマイちゃんを見ていると不思議と温かい気持ちになれた。
やがて日が傾き、実習が終わったマイちゃんたちは帰って行った。
もう二度と会えないかもしれないと思うと、ギュッと胸が締め付けられた。
マイちゃんは俺に何か伝えたかったんじゃないだろうか…。
いや、俺がマイちゃんに伝えたい事があるような気がして、俺はその場から動けずにいた。
いつしか太陽は完全に姿を消し『今度は俺の番だ』とばかりに海を照らす月をぼんやりと眺めていると、向こうから人が近づいて来た。
「よかった、まだ居てくれたんだね。気になってさ、一度家に帰ったんだけど…戻って来ちゃった」
声をかけてきたのはマイちゃんだった。
俺は嬉しかった。
気にしてくれていた事。
そして俺に会いに戻って来てくれた事。
しかしそれにしても、どうしてこんなに俺の事を気にしてくれるんだろう。
マイちゃんは人間…
俺はタツノオトシゴなのに…。