市役所
勇者一行はトール引率の元、市役所に訪れていた。
「ふぅ……やっと着いたなー……」
トールは市役所に入るなり、ため息をつく。
それも無理はない。
建造物を見るたび足を止め語り始めるドンテツを説得し、知らない物を見つけると「これはなんですか?」とずっと聞いてくるカルファに応え、生き物に会いたいと言っていたはずなのに、何故か散歩中の犬に威嚇するチィコをなだめる。
トールがここへ着くまでに体験してきたものは、子供達を遠足に連れて行くのとほぼ変わらず、通常なら徒歩でも十分前後で着くというのに、一時間を要したのだから。
(まさか、市役所に来るだけでこんな時間かかるとは思わんかったわ……)
疲れ果てたトールの数歩先を歩くドンテツとカルファは、勝手に開閉するドアに、異世界の役場と比べて人数が多いことに及び腰となっている。
カルファに関しては、先程まで清潔感や美意識とあーだこーだと語っていたのに、自分より背の低いドンテツの後ろに隠れているほどだ。
「お、おい……カルファよ。ここの役所はえらく人が多くないか? ドアも勝手に開いたぞ?」
「しー! 静かにして下さい。余所者だと知られたら、どこかの研究所に攫われてしまいますよ? トールの話によれば、そういった研究所も存在するとのことでしたし」
「警戒していおる儂が言うのもなんだが……カルファよ、お主少々、ビビり過ぎではないか?」
「何を言っているのですか! 用心に越したことはないでしょう?」
「いや、わかるが。姿に関しては魔法で姿を変えているんだから、問題ないだろう? というか、お主さっきまで注目の的になって当然とか言っておっただろうに――」
「それとこれとは別です。得体の知れない物が多過ぎますから……ドンテツ、貴方だって受付の人を見たでしょう? こちらが用件を言う前に指示してきたんですよ。どう考えたって只者ではない。思考を読む魔法の使い手か、それとも先の先を読む武芸の達人か……あるいは――」
「む、むぅ……そう言われると不安になってきたな……もう姿がバレておる可能性もあるやも知れん……となれば、どうするか――」
(なんていうか、あれやな。異世界に行った直後の僕やな)
一年前の自分を重ねながらも、トールは勝手に盛り上がる二人へツッコみを入れた。
「いやいや、違うからな。あれがこの世界の普通や。ちゃんと手順書があって皆、それに則って働いているんや!」
「へぇー、じゃあ、みんな魔法使えないの?」
トールの横を歩くチィコが言う。
「魔法はそうやな……使える人もおるけど、ほとんどが使えへんやろうな」
「えっ!? じゃあさ、トール以外にも使える人っているの?」
「おるおる! いけすかんけど、ものごっつ強い人がな」
(強いっていうか、なんていうか……色々と常識の通じん人やけど)
すると、そのトールの内なる声に応えるかのように、背後から低い声が響いた。
「――うぃーっす、トー坊元気にしてたか?」
魔王を討伐した勇者であるトールの背後を容易に取る身のこなし。さらには歴戦の猛者であるそのパーティですら声を掛けられるまで気付かなかった。
やっていることはとんでもないこと。
だというのに、偉ぶる様子もない。
思い当たることしかない。
トールは、ゆっくりと振り返った。
その前には、白のカッターシャツに黒のスラックス、そして艷やかな革靴を履いている色黒でサングラスを掛けた大柄の男性がいた。
「相変わらずやな……ヒロおじ」
予想通りの人物に、トールはボソリと呟いた。
だが、その声は他の三人には、届いてなかったようで、瞬時に臨戦態勢となった。
獣人ならではの、発達した聴覚と嗅覚、それにより誰よりもいち早く気配察知したであろうチィコは、すぐさま距離を取って、四つん這いに。
「ガルルルッ! みんなコイツ強い。気をつけて」
そう、チィコが声を上げた瞬間。
残り二人が振り返り戦闘体勢を取る。
「すまぬ、反応出来んかった。儂もチィコに同意だ。まさか得物を持っていないときに、こんな強敵と出くわすとは」
「ええ……本当に、しかもここには庶民の方々が多数いらっしゃいますからね……下手に魔法を使えません……」
「だの……どうにかして避難をさせねば」
「先に風の障壁を使います! その間に住民の皆さんの避難誘導を」
「おう! 任された!」
「じゃあ、ボクが時間稼ぎをするよ! その間にみんなを避難させて!」
「お願いします。チィコ」
「うん!」
「よぉし、儂が補助魔法をかけてやる! いくら攻撃を受けようとも、ダメージを受けん硬化の魔法だ! 金剛装甲」
詠唱後、チィコの体を土色のマナが覆い黄金色に光る。
その動きと声を見聞きしたことで、職員や訪れていた住民達の視線が勇者一行に向けられ、ざわざわとし始めるが――。
カルファの的確な判断の元、ドンテツ、チィコは見事な連係をみせた。
まずカルファ本人が自分達の周辺に風の障壁を張る。
それと同時にドンテツがチィコへと補助魔法を施し、終えたあと職員達へと避難を促す。
ドンテツの補助魔法を受けたチィコは自分より、強い可能性がある相手に対して、スピードを生かし上下左右に高速移動からのヒットアンドアウェイで応じるといったように。
「おうおう! 速いし、良い連携だな! だが――」
大柄で色黒の男性はサングラスをゆっくり外すと、縦横無尽に動き回るチィコの右足をいとも容易く掴み、ニヤリと笑みを浮かべる。
衝撃の光景を目の当たりにしたカルファ、ドンテツの二人は間髪入れず、助けに向かう。
「「チィコ!」」
が――。
そんな二人の前に勇者トールが立ちふさがり止めた。
「そう慌てんでいい。僕が言うてたんは、この人や」
「えっ?! ですが! チィコが」
「そうだ! チィコが」
信頼しているトールの言葉を受けたというのに、ドンテツとカルファには、引こうとしない。
それどころか、トールを押しのけようとするくらいだ。
(僕も含めて油断してたってことやな。あんまいい気はせんけど、いい薬にはなったってことか……なぁ、ヒロおじ?)
「やけど――」
そう口にすると、トールは全身の力を抜いて、ドンテツとカルファの腕からスルリと抜け出した。
そして、ゆっくりと歩みを進めると、一気に急加速。
「やられっぱなしはありえへんなっ!」
ダン! と地面にめり込むほどの踏み込みを見せると、宙を舞った。
そして、瞬きをする間もなく、全体重を乗せた飛び膝蹴りがヒロおじなる大柄な男性を襲った。
けれど。
「おうおう。久しぶりだってのに、なかなかな挨拶じゃねえかよ。ヒー坊」
ニヤリと笑みを浮かべて、片手で防いだ。
「そういうけど、防いでるやん。相変わらず、頭おかしい強さやな。ほんま」
「ふっ、なかなか強くなったと思うぞ! それよりもだ」
ヒロおじは、一度言葉を切ると、
「そいつらは、いいのか? 冷静さを欠いているように思えるが」
トールの後ろで、この場を消し飛ばし兼ねない魔法を放とうとしていた、ドンテツとカルファを指差した。
「ちょっ、ちょい待ち!」
予想外もしていなかったピンチに、トールはすぐさま体の向きを変えて二人に駆け寄り、体力精神も回復させる作用のある魔法を使った。




