Stage3 幸せを歌声に乗せて
光が収まり、ステージに立っているアイデレラ・オーシャン。そんな状況に気づいたオーシャンは我に返る。そして違和感を覚え、自分の体に視線を向ける。
水色の長いポニーテールで、インカムをつけている。リボン付きで、胸元だけが覆われた波模様のチューブトップと、音符や真珠の飾りがついた二段フリルのパニエを身につけている。ファー付きのロングブーツを履いている。
「えっ!? な、何これ!? 私アイドルみたいになってる!? これはどうなってるの!?」
オーシャンは赤面し、パニエの裾を強く握っている。
「オーシャン、聞こえるか? 君はアイデレラになったんだ」
オーシャンのインカムに、トーンの声が流れてくる。オーシャンは、先ほど名乗っていたときのことを思い出す。
「この声はトーン……!? 私何をしたらいいの……?」
「ここで歌うんだ。戦う必要はない」
「えっ……? でも私、歌なんて下手だし……」
ますますパニックになっていくオーシャン。そうしているうちに、曲が流れ始める。
「……!」
オーシャンは、声を出せなくなっていた。そのとき、オーシャンの心には、自己否定的な感情が渦巻いていた。
自分には価値がない。消えるべきだ。そんな考えに支配されていた。
「あいつ全然歌えてない。今のうちにサッドン、倒すんだ」
歌えないオーシャンを、遠くで見下すダーコン。サッドンはステージに上がり、オーシャンに近づいていく。
そのとき、オーシャンは、声を出そうとするが、喉がそれを拒否しているのに気づく。
「オーシャン! 自分の気持ちを歌ってみるんだ!」
トーンの言葉と近づくサッドンに気づいたオーシャンは、声を振り絞ろうとする。
「私は……みんなと……幸せに……なりたい……」
1つずつ言葉を発するオーシャン。その声は震えていたが、普段の自分の声とは少し違っていた。聞いていると、心が癒される感じがするのだ。また、メロディーに少しだけ乗っていた。サッドンの動きが止まる。
「ずっと……つらかった……何もかもが……」
オーシャンの声は、震えがなくなっていき、音程を合わせるようになっていく。ステージの端で、倒れていた少女がオーシャンを見る。その隣にいるトーンは、小さくわあ、と声を出した。
「でも……みんなが悲しいのは……いやだから……」
悲しんでいる観客たちも、ブルーとピンク色のサイリウムをゆっくりと振り始める。モノクロだったオーシャンの視界に、色のついたサイリウムの光が飛び込んでくる。サッドンは、すっかり弱った状態となる。歌っている間、オーシャンは、悲しい気持ちが薄れていくのに気づく。
「幸せの……歌を届けたい~……」
曲が終わり、オーシャンは最後まで歌い切った。観客たちが大きく拍手する。オーシャンは、感情の麻痺によってぼーっとしている。
「オーシャン……素晴らしい歌声だったよ」
トーンの声が、オーシャンのインカムから聞こえ、我に返る。するとオーシャンの頭上に、虹色の音符が現れた。ゆっくりとオーシャンの手に乗る。
「これは……?」
「ミュージックプリズムだ。君の歌声と観客のサイリウムから生み出される、虹色のかけら」
ミュージックプリズムは、オーシャンの手のひらに吸い込まれていく。
「オーシャン・トロピカルウェイブ!」
オーシャンが呪文を唱える。すると周囲に、きらめく波が現れ、サッドンを巻き込んでいく。サッドンは、波に溶けてなくなった。観客たちが歓声を上げる。
「オーシャン、よくやったな」
「私が……? 私の歌声、普段はこんなに綺麗じゃないよ……?」
「アイデレラの歌声には、みんなを幸せにする綺麗な声が、込められているんだ」
トーンが、オーシャンのもとに来る。オーシャンは、ステージで歌ったことと、自分の素晴らしい歌声が、いまだ信じられない。
「ありがとう、助けてくれて」
先ほど倒れていた少女も、オーシャンのところまで歩いてきた。傷は癒え、すっかり元気を取り戻している。
「あの……あなたは……?」
「あたしはアイデレラ・スノー」
アイデレラ・スノーと名乗った少女はそう言うと、姿を消してしまった。オーシャンは、呼び止めようとするのをやめた。
「あの子……まだよく分からないけど、助けられてよかった」
オーシャンがそう言うと、ステージ全体が光り輝く。オーシャンたちは光に包まれた。
★
「あれっ……? 元に戻ってる……?」
気がつくと、ここなは元の場所にいた。変身も解けている。
「アイデレラの歌声と観客の力で、悲しみから救ったんだよ」
ここなの隣には、トーンがいる。トーンは続ける。
「さっきの怪物はサッドンといって、みんなを悲しい気持ちにさせちゃうんだ」
「そうだったんだ……でもこの前、どうしてアイデレラになってほしいって、私に声をかけたの……?」
「さっきステージにいたスノーが、先にアイデレラデビューしたのは知ってるよな? だけど一人だけだと、強くなっていくであろうサッドンに対抗するのは難しいと感じたんだ。もう一人のアイデレラを探していたら、ここなからその素質を感じたんだ」
「私に……アイデレラの素質が……?」
「アイドルになりたい気持ちと、みんなを幸せにしたい気持ち。それが特別高い少女が、アイデレラになれるといわれている」
ここなは、トーンの言葉にどこか心当たりがあるのを感じた。
「私……実はアイドルに憧れていた。毎日いじめられてきた私にとって、アイドルは私を元気にしてくれるから。私もアイドルになって、みんなを元気にしたい。そう心の片隅で思っていた」
ここなは、初めて自分の気持ちを打ち明けたのだった。
「ここな、これからもアイデレラとして、みんなを幸せにする歌声を届けてほしい」
「……分かった!」
ここなは、珍しく笑顔になれた。アイドルになることが、叶えられたように感じた。
アイデレラとしてデビューしたここなは、悲しむ人たちを歌で救うことを決意したのだった。




