怪盗シルエイティの婚約破棄 六話
満月の夜、長野の狭い峠道を高級車が何台も登っていく。
今日は財前家の跡取りである、財前浮吉の結婚を祝した前祝いのパーティーだった。
その為、数多くの資産家たちが集まっていた。
「紗雪お嬢様、お気をつけて」
車から降りる令嬢にジイヤは呟いた。
「心配しないで、真子の舞台を見に来ただけだから」
彼女はそう言いながら、暗闇の奥の方に見える建物をジッと見つめた。
財前家の屋敷から離れた場所にもう一つ、落ち着いた物腰の建築があった。
内装はダークブラウンのシックなデザインで、多くの骨董品が置かれている。
ここは財前武司のコレクションが保管されている。
パーティー会場と同じぐらいの警備が建物周辺に付いていた。
彼らは三日前に届いた予告状により財前武司が雇った警備会社の者たちだ。しかし、肝心の室内は無人である。
建物の中は暗くシーとしていた。
そこに一匹の泥棒猫が忍び込む。
天井から入ってきた彼女は音もなく着地した。
物音を立てずにある場所へと向かう。
「……」
そっと扉を開けた先には大きな一室が広がっていた。
窓も絵画もなく。
家具など何一つない部屋だった。
その部屋に唯一置かれているものが中央にある展示台ただ一つだ。
中には水色の淡い光を放つ、ピンポン球サイズのアクアマリンのブレスレット。
泥棒猫はお宝を見つけられて、ほんのりと口元を緩めてしまう。
今すぐ手に入れようと足を前に出しかけた。しかし、焦ってはいけない。
彼女はジャケットのポケットからサングラスを取り出す。
かけて見ると不思議な事に何もない室内に真っ赤な線がそこら中に貼られているのが見えた。しかも、触れれば燃えてしまう危険なレーザーだ。
これでは取りにいけない。
だが、彼女は違った。
数歩後退りをしてから一気に走り出す。
張り巡らされたレーザーの中に飛び込んだ。
可憐な身のこなしと柔軟な体をくねらせて、レーザーの網を通り抜ける。
あっという間にお宝の目の前まで辿り着く。
彼女はかけていたサングラスを外し、自分とブレスレットの恋路を邪魔する分厚い防弾ガラスに押し当てた。
フレイムのつまみを押すと小さな細い針が飛び出てくる。
彼女はゆっくりと捻り、ガラス板に傷を付けて、穴を開けてしまう。
「ふふ……」
笑みをこぼしながら、そっと手を入れた。その時、ブレスレットの下から何かが飛び出す。
カチャッと泥棒猫の手首に手錠がはめられてしまった。
次の瞬間、館全体に照明が灯る。
同時に室内を覆う様に鉄の壁が周囲を囲い、泥棒猫の周りに檻が降ってきた。
「いやぁ〜全く恐ろしいですなぁ。我が家の防犯システムをまんまと通り抜けてしまうなんて」
振り返ると扉を開きながらぷっくらとした体と肉のついた顔でニヤニヤする財前武司が立っていた。
彼の手には一枚の紙が握られている。
「しかし、予告通り来てくれるとは」
背後からゾロゾロと警備員たちが入ってくる。
あっという間に周囲を取り囲んでしまった。
「流石と言うべきか? 怪盗シルエイティ」
ジロリと視線の先にはお宝に目が眩み、まんまと罠にかかった女性が立ち尽くしている。
白いフードを深く被り顔を隠している。
フードはハーフジャケットに繋がっている上着を着ていた。
中には滑らかに体のラインがはっきりと見える黒のキャットスーツを着用している。
後ろ姿を見ていた財前武司は、視線を下に向けて舌なめずりをした。
「うん〜警察に引き渡すのは勿体無いな。このまま、ウチで捉えておくのもいい」
ニヤリと薄汚れた笑みを浮かべる。
シルエイティは体をくねられせて、甘い声で叫んだ。
「いや〜ん、どうか、お慈悲を財前様〜」
「盗みに入っといて図々しいね。君」
財前武司は肩をすくめながら彼女に近づく。
「大丈夫さ、悪いようにはしない。だから、ほら、その邪魔なフードをとってみておくれ」
白いフードに手をかけた。次の瞬間、ヒョコンッと二つの耳が立つ。
なんと、フードの下から猫耳をした可愛らしい顔があらわになる。
髪はストロベリーブラウンを後ろに束ね、整った顔は涙を浮かべて財前武司を見上げている。
「き、君は⁉︎」
財前武司の館に忍び込んだ怪盗は猫耳をしていた。
彼女は慌てて隠す。
「いや~ん、見ないで」
「なんだその耳は! ふざけているのか」
顔を赤くする財前武司にシルエイティは気にせずフードを被りなおす。
カチンと音が響く。
彼女を捕らえていた手錠が外れていた。
檻の中、ブレスレットを手にしたシルエイティはペロッと財前武司に舌を見せながら、いつもの口調で伝える。
「予告通り、お宝はいただいていくわ」
自信に満ちた顔に彼は一瞬、冷や汗をかいた。しかし、状況的に考えて不可能だとすぐに気づく。
「いただく? 何を言っているんだい。君はまだ檻の中にいるじゃないか。お前たちこいつを気絶させろ!」
警備員たちは一斉に銃を構える。
引き金を引こうとした。その時、シルエイティの袖からペンライトの様なものが出てきた。
彼女は迷いなくそれを地面に叩きつけた。
次の瞬間、室内は眩い光に包まれる。
「それじゃあ、もらって行くわね」
目が眩んだ財前武司の耳元にそっと声が響く。
悪寒に感じた彼は慌てて耳を塞いだが、隣には誰もいない。
視界が戻ってきて目にしたのは、破られた鉄格子と空っぽの台座だけだった。
この状況に財前武司は目を見開き、赤い風船の様にパンパンと顔を膨らませる。
「泥棒だ! 追え、怪盗シルエイティが出たぞ。なんとしても捕まえるんだ!」
彼の怒号の声が館に響き渡るのだった。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
怪盗シルエイティには耳が生えていたんですね。ふっしぎ~
「怪盗シルエイティの婚約破棄」が面白いと持ったという方は、
是非、ブックマーク、高評価をよろしくお願いします。
他作品も是非、読んでみてください。
よろしければ、X(Twitter)のフォローもお願いします。
https://x.com/28ghost_ran?s=11&t=0zYVJ9IP2x3p0qzo4fVtcQ