怪盗シルエイティの婚約破棄 四話
のんびり過ごす自分と雇い主が苦労しているのを比べて、流石に後ろめたい思いを感じていた。
(かと言って、彼女の代わりに浮吉の世話をするのはもう嫌だ)
聞けば聞くほど、面倒そうでやる気が削がれてしまう。
だが、こうも、のんびりしているのはツグモの性に合わなかった。
ぼんやりと天井を見上げていると、愉快げな鼻歌が聞こえてくる。
見てみるとカイがスキップをしながら玄関に向かっていた。
手には何かの鍵が握られている。
気分屋の彼女がこうも元気な事に気になったツグモは呼び止めてみた。
「カイさん、随分、機嫌がいいね。どこかいくの?」
カイはニンマリと微笑みながら答える。
「え! 分かる〜? そうなんだ、姐さんが迎えに来いって連絡くれたんだ〜」
「そうなんですね。でも、いつもはヒスイさんが迎えに行ってるよね」
何かを頼まれてもやる気が出なければ、やらない気分屋のカイに頼むなんて珍しく思った。
「まぁ、毎日、迎えに行くのとか、めんどいし。でも、今日は特別なんだ〜」
彼女はそう言って玄関を出ていく。その後、外からけたたましいエンジン音が鳴り響いた。
今を持て余し、使い捨てウイルスを作っていると、ヒスイがリビングにやってくる。
「ツグモさん、ちょっと良いですか?」
「?」
「実は姐さんの車がガレージにないんです」
眉をひそめ、困り顔をしている。
カイの手にあった鍵を思い出す。
すぐにカイが乗って行ったのだと気づいた。
「あっカイさんが迎えのために乗って行ったよ」
話を聞いて、しょんぼりとしていたヒスイの顔にふんわりと微笑んだ。
「あぁ〜そうでしたか、てっきり、大事な車が盗まれたのかと思いました。あぁ、良かった。これであの人に蹴飛ばされずに済む」
安堵の様な発言だが、彼からは何かを期待する様な思いが伝わってくる。
「ヒスイさん、姐さんの車って?」
ツグモは恐る恐る尋ねた。すると、ヒスイはスラスラと答える。
「青のシルエイティで、お父上の形見なんです。他の人に乗られたりすると姐さんはすごくキレるんですよ」
満面の笑みで答えた。
彼の笑顔にツグモは思わず、唖然としてしまう。
「ところで、先ほどから作っていたアレはなんですか」
張り付いた笑顔で彼は尋ねる。
「え? サーバーに負荷をかける使い捨てウイルスだけど」
「よければ、私に譲ってください。安心してください。悪いようには使いませんから」
ヒスイの言葉にツグモは耳を疑った。
「こんなの悪い事以外に使い道はないだろ?」
財前家に出かけた真子は、浮吉と敷地内に建てられたコースを高速走行でツーリングしていた。
唸るエンジン音、振り回される様なハンドルの中、彼女は必死にシートベルトとアシストグリップを掴む。
「どうだい、僕のドラテクは!」
慌ただしくハンドルを回しながら彼はこちらをみて、笑みを浮かべる。
「前、前、前!」
目の前にコースを仕切る壁が見え、真子は必死に叫んだ。
「よっと」
耳を塞ぎたくなる音と引き寄せられる負荷を感じながら止まる。
「ははは、真子は心配性だな」
軽く笑う浮吉の神経が異常なのだ。と真子は内心叫ぶ。
(あんたの運転がド下手くそでビビってるのよ! 気づきなさい!)
喉のところまで出かけた言葉を出さない様にした。
「運転も飽きてきたし、家に戻ろうか」
彼はエンジンを切って外に出てしまう。
真子は目を見開いて立ち去る彼を呼び止める。
「え、ねーちょっと! 車戻さなくて良いの?」
彼女の問いかけに浮吉は、キョトンとした顔を浮かべるが、肩をすくめて答えた。
「あぁ、どうせ、適当に買ったやつだし、使用人が戻してくれるよ」
さすが金持ち、と言いたくなる話だが、後始末をするにしても、もう少しやり方があるよる様な気がする。しかし、今は何も言わずに彼についていく事にした。
「……」
したいいのだが……ドアが開けられない。
先程の急ブレーキで、車は曲がりながらコーナーの壁までやって来てしまった。
幸いぶつかってはないのだが、ドアを開く程の隙間すらないのだ。
立ち去っていく浮吉を見ながら、申し訳なさそうに呼び止める。
「浮吉さ〜ん、隙間が狭くてドアが開かないの〜動かしてくれないかしら」
「え、あぁ……うん、ごめんね」
手を合わせながら謝る。
結局、財前家の豪邸まで車で連れて来てくれた。
車から降りた真子は、今にも目眩と吐き気で倒れそうになる。
満身創痍の彼女の元に、一人の男が近づいてきた。
プックラと太ったほっぺたとお腹に、うすらハゲの頭。
アロハシャツを着てバカンス気分を堪能しているおじさんだった。
彼に気づいた浮吉は目を輝かせる。
「父さん!」
「おかえり浮吉、また、新しい彼女を連れて来たのかい」
浮吉の父親、つまり、財前武司である。
彼はじっくりと真子の体を下から上へ、上から下へと見た。
真子は慌てて、頭を下げる。
もちろん、演技だ。
「は、はじめまして、竜胆真子です」
「おぉ、真子ちゃんか、可愛らしい名前だね」
うんうんと何度も首を動かす。
車を使用人に任せた浮吉は、ふと、何かを思いつき、突然叫び出した。
「そうだ! ねえ、父さん。真子ちゃんにアレを見せてもいいかい?」
彼の言うアレに財前武司は一瞬、首を傾げたが、すぐに気づき頷く。
「あぁ、アレか、いいとも」
ふっくらと太った彼は歩き出しながら言う。
「ついて来なさい」
真子は浮吉に寄り添われながら後をついていく。
案内されたのは、入り口から大きな廊下を通り過ぎて、併設された館だった。
「ここは私の趣味だけに建てさせたんだ。世界中の珍しい物を置いているのさ」
通って来た本館よりも落ち着きのあるダークブラウンが貴重とされた室内には、中世のヨーロッパの鎧や有名な陶芸家が作った壺なども飾られていた。
圧巻の光景である。
「すごいですね」
辺りを見渡しながら感心の声を漏らす。しかし、内心ではある物を探していた。
(まだ、見当たらないわね……)
「見せたい物は二階にあるんだ」
浮吉は二階を指差すながら登っていく。
真子もついて行くと一室に案内された。
大きな部屋で中央に一つ台がある。
周囲を見渡すが、家具などは置いてない、殺風景な部屋だった。
「ご覧なさい、これが私のお気に入り、アクアマリンのブレスレットだ」
財前武司は手を伸ばし見せびらかす。
そこには、中央にピンポン玉ほどの大きさをしたアクアマリンに、銀色の装飾が施されていた。
「まぁ〜すごいですね!」
真子は口を隠しながら驚く。しかし、内心では、人前で見せないほど喜んでいた。
(よっしゃー! 見つけたわよー!)
「およそ、百五十カラットのアクアマリンを贅沢にぶら下げている。どうだい、贅沢だろ?」
鼻を鳴らすのは、息子の浮吉だった。
なぜ彼が誇らしいのか、分からない。
真子は気にせず、じっくりと眺める。
(ガラスは安心と信頼の防弾性ね。分かりづらいけど、センサーもありそう。どんな仕掛けかしら? でも、これだけじゃ……とにかく、あの子に何とかしてもらわないといけないわね)
じっくり堪能した彼女は、他に防犯システムがないか、キョロキョロと辺りを見渡す。
「素敵なブレスレットですね。でも、こんな風に置いていていいんですか?」
辺りには不思議な程、何も置いていない。
不思議そうに見渡す真子に、財前武司は含み笑いを浮かべる。
「ふっふふ、はははは! なーに、安心したまえ、財前家の財力を持ってすれば防犯対策は完璧さ。真子ちゃん、ちょっと部屋を出ようか」
浮吉に肩を添えられながら外に出た。
財前武司は外に出るとくるりと振り向き、中に名刺を投げ入れる。
次の瞬間、ジュッと焼ける音と共に名刺は灰に変わった。
「例え、今、世間を賑わせている怪盗シルエイティなどと言う泥棒だろうと盗めやしないさ」
肉厚の笑みからは慢心が溢れ出ている。
横にその世間を賑わせている怪盗がいるとも知らずに。
このまま黙っていれば、真子は有利のままだろう。しかし、煽られては怪盗の名が廃る。
彼女は見上げる様に姿勢を低くして呟いた。
「それはどうかしら」
二人の顔が揺らぐ。
いかんいかん、本性を見せかけた、と咳払いをする。
「ごめんなさい、わたし彼女のファンで、あんな風にスタイルのいい女性は見惚れちゃうんですよ」
微笑みを浮かべる彼女にギョッとしていた浮吉が何かに察して頷く。
「あぁ、そう言うことか。君もあれを着たらきっと似合うと思うよ」
真子は乾いた笑いを浮かべた。
(そう言うことじゃないのよ。変態)
怒りを覚え、眉が吊り上がる。
浮吉は視線を首飾りに向けている。
「君がつけるのを見てみたいな……」
ボソリと呟く彼は、次の瞬間、目を輝かせた。
「そうだ!」
浮吉は真子の前でしゃがみ込み、その手を取る。
ギュッと握りしめながら、囁く様な優しい声で言う。
「真子ちゃん、僕と結婚してください」
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
お宝を見つけた真子の内心テンション高いですね。
ストレスも多かったでしょうし。
では、今回は尾船 灰に軽く触れておきましょう。
彼女は尾船 翡翠とは双子でイタズラ仲間です。とても、気分屋でやる気のない時は大事な時でも使い物になりません。いつもと違う事やスリリングな場面を喜ぶのは彼女らの特徴です。
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