怪盗シルエイティの婚約破棄 一話
世間ではある怪盗の名が持ちきりである。
「ねぇ、聞いた? また、現れたんだって」
真夏の軽井沢プリンスショッピングプラザに遊びに来た少女が友達に問う。
相手も何のことかすぐに気づき、笑みを浮かべながら頷く。
「うん、知ってる。私も話したかったの!」
二人は息を合わせて、怪盗の名を叫んだ。
「「怪盗シルエイティ!」」
同時に答えられて、おかしく笑い出してしまう。
「あれ? マヤ、よくそんな古い車を知ってるね?」
夏休みの娘達の為に、車を走らせてくれた少女のパパが目を丸くする。しかし、彼女たちは何を言っているのか分からず首を傾げた。
「パパ、何言ってるの? 私車の話なんてしてないんだけど?」
話の腰を折られた娘は眉をひそめてしまう。
「え〜だって、シルエイティって」
頭を掻くパパさんに少女の友達は笑顔で教えてあげた。
「違いますよ。怪盗シルエイティ、今、ちまたで話題なんですよ」
そう言ってスマホの画面を見せる。
そこには夜の街の上で、スポットライトに照らされている誰かがいた。
フードで顔を隠し、ぶかぶかした白のジャケットを羽織っている。
下にはすらっとした足が分かるキャットスーツを身に纏った女性が宙を舞っていた。
「今の時代に堂々予告状を出して、可憐に盗んでしまう女怪盗なんです」
「しかも、その人とっても綺麗で、顔はフードで見えないんだけどね。スタイルがいいの!」
意気揚々と鼻を鳴らす娘に少女のパパはなんとも言えない思いだった。
「ふ〜ん」
シルエイティと聞いて、もしや娘も車に興味を持ったのかと内心喜んだが、そうではない様だ。
パパは肩を落としながら、楽しく怪盗の話で盛り上がる娘と友人の後をついて行く。
蔑ろにされている父親の前で友達との会話に花を咲かせる少女たちを横目に、テラス席でフラッペを飲みながら聞いていたツグモがクスッと笑った。
「言われてますよ。姐さん」
視線の先にはストロベリーブロンドの髪の上に日よけの大きな白い帽子を乗せ、上品なサングラスをかけて、繊細な花の刺繍が施されたワンピースを着た女性がレモンソーダーを飲んでいた。
すらっと長い足を交差させて直してこちらを向く。
喉を潤わせた彼女はサングラスを少し下ろして、したり顔で呟く。
「誰のことかしら?」
見惚れてしまいそうな視線にツグモは少し遅れて何かを察し、肩をすくめる。
「そうでした。なんでもありません。世間を騒がせる怪盗と、竜胆家の主人である竜胆真子様と同一人物な訳ありませんよね」
肩をすくめながらワザとらしく言う。
ふざけるツグモに真子は微笑みを浮かべる。しかし、心はこもっていなかった。
「えぇ、そうよ。それよりツグモ、あんた今度、カイの買い物に付き合いなさい」
「え! 勘弁してよ。姐さん!」
死刑宣告の様な命令にツグモは思わず立ち上がってしまう。
「あの人、すること、やる事気分次第のめちゃくちゃなんだ! 付き添いなんて身が持たない」
彼の嘆きに真子は、ふふと微笑みを少し浮かべるだけだった。
そんな彼女こそ、今、財閥や富豪の金庫から御宝を盗み、世間を賑わせていた怪盗シルエイティである。
真子はコップを机に置いて、それはさておき、と呟いてから本題を切り出した。
「ツグモ、目的を忘れてたりしないわよね?」
目を細める彼女にツグモは首を振って答える。
「そんなわけないじゃないか、覚えているよ」
フラッペをかき混ぜながら話す。
「財前家に保管されているアクアマリンのブレスレットだよね」
答えるツグモに真子は少し目を見開くが、すぐに笑み浮かべて頷く。
「そうよ。ちゃんと覚えていたわね」
彼女はレモンソーダーを飲みきり立ち上がる。
「そろそろ、ターゲットが来るわ」
「はーい」
ツグモは声色を変えて、可愛らしい帽子を被る。
側から見たら女の子だ。
彼の顔には見たものを騙してしまう様な小悪魔な笑みが写っていた。
二人は別々の場所に移る。
ツグモはチラリとスマホでターゲットの写真を確認した。
ヘラヘラと笑う男である。
ツグモが今から狙うターゲットの財前浮吉。
財前家の当主、財前武司の一人息子である。
浮吉は営業としての手腕は高いが、父親の脛をかじるお坊ちゃまだ。
そのため、見かけ通りヘラヘラとしており、信念や強い意志などは微塵もないやつだと真子は語っていた。
ピロンと真子からメールが届く。
『ターゲットが向かっている』
ツグモはチラリと通りを見る。
人混みの中、数人の黒服に囲まれて歩く男がいた。
彼は鼻高く胸を張って歩いており、周囲の人たちは周りの黒服に威圧されて道をはけていく。
「あれか……」
ボソリと呟く。
手筈ではこの後、姿を現して道を尋ねる。
その際、上目遣いとあどけない表情で彼の心を掴むのだ。
前に出ようとする。その時、背後で悲鳴が聞こえる。
振り返ると遠くの方で先程の親子が叫んでいた。
「ひったくりよ!」
ツグモは目を見開く。
なんと昼間から堂々と盗みをするとは。
犯人は人混みを押しのけ、真っ直ぐとこちらに向かって走って来る。
「ドケドケ!」
ツグモの横を通り過ぎて、真っ直ぐ浮吉の元へ走っていく。
ボディーガードは慌てて、取り押さえようとした。その時、人混みから飛び出す者がいた。
白いワンピースにツバの広い帽子を被った真子である。
彼女は可憐な身のこなしで、犯人の上にのし掛かり、取り押さえる。
「盗むならもっとマシにやりなさい」
呆れた様に見下ろしながら呟く。
(流石、天下の大泥棒様は言うことが違うな)
物陰に隠れながらツグモは感心してしまう。しかし、この状況は非常に不味かった。
ターゲットの目の前に現れてしまったのだ。
これでは当初の目的が果たせない。
真子も今の自分に気がつく。
おしゃれなワンピース姿で堂々と泥棒の上に乗り掛かっている。
野蛮な姿に思わず顔を赤くする。
「あら、やだ! わたしったら……公共の場でみっともない」
顔を抑えて恥ずかしがる彼女に浮吉が手を差し伸べた。
「そんな事ないよ。君はすごい事をしてくれた」
彼は真子の手を引き、泥棒の上から立たせて自分の元に抱き寄せた。
突然の事にツグモも真子も目を丸くする。
「お前たち、こいつを警察に突き出しておけ!」
浮吉が呼ぶとボディーガードが泥棒を立たせて連れて行ってしまう。
見えなくなるのを確認すると、彼は真子の顎に指を添えた。
「君の様な正義感あふれる子は素晴らしい。良ければこの後、僕とお茶しないか?」
溶けてしまいそうな甘い笑みを浮かべて彼は言う。
うっとりとした表情で真子は、はいと頷いた。
彼女の返事に満足した浮吉は満面の笑みを浮かべる。
ボディーガードに後始末を言いつけ、自分は真子のエスコートを始めた。
雇い主が連れて行かれるのは流石にまずいと思ったツグモは慌てて後を追おうとする。しかし、すぐに足を止めた。
目線の先にはペロッと舌を小さく見せて、したり顔の真子が、こちらに合図を出していた。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
いいですね。僕も夏休みに軽井沢に行きたかったです。
真子の仲間は全員、カタカナで表示します。理由は読みずらいからです。
小説家になろうの機能を使いこなせていませんね。
ちなみにツグモを漢字で書くと「白」になります。これは変装達人である彼の特徴から取りました。
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