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短編集(短編及び短め連載完結)

婚約破棄騒動を起こした弟の姉ですが、私の婚約者は頼もしいです

作者: と。/橘叶和
掲載日:2025/08/30

 婚約者と久しぶりに落ち着いてお茶を飲んでいるというのに、私は本日何度目かのため息を吐いた。



「はあ……」

「シャーロット、何度もため息を吐くな鬱陶しい」



 煩わしさを隠しもしない彼の名は、ジュード・ゼル。国軍を纏めるゼル伯爵家の長男で、年は私と同じ二十歳。そして、私の婚約者だ。



「まあ、ジュード。傷心中の婚約者に言うべき台詞ではありませんわね」

「その原因と結果に対応中の献身的な婚約者を労わろうとは思わないのか」

「勿論、家族一同感謝しておりますわ」

「ふん……」



 行儀悪く肘をつき口を覆いながら顔を背けるジュードは、その言動に見合わずほんの僅かに照れている。気安い人には言葉が乱暴になりがちな彼だが、その実、堅実で誠実で頼もしく可愛いところも多い、私にとって理想的な婚約者だった。


 遠くに、小鳥の鳴き声がしてふと顔を上げる。我がアグレアブル公爵家の自慢の庭はあんなことがあったあとだというのに、いつも通りに美しい。そして東屋に用意されたお茶もやはりいつも通りに美味しいのだ。



「本当に、あんなことになるなんて……」

「こちらの台詞だ」

「ぎりぎり高等部に入る前で助かったのか、中等部卒業の年にもなってあれなのかと嘆くべきなのか」

「……難しいところだな。どちらでもあり、どちらでもない」



 あんなこと、とは、先月にあった我が家の大事件のことだ。私の弟であり、アグレアブル公爵家次男フィンレーが盛大にやらかしたのである。婿入り予定のサンティエ侯爵家へ約束もせずに押しかけ、一方的に婚約の破棄を申し出たそうだ。しかも、平民の女子を連れて。


 十五歳のフィンレーは貴族と平民が共に学ぶ王国一の学舎で学んでおり、その時に連れていた女子は同級生だ。彼女の名はポピー・エタンセル。王国でそこそこ大きな商会を営む商家の娘だった。


 ……そう、私たち家族は彼女のことを知っていた。知っていたからこそフィンレー自身に何度も注意をし、エタンセル家にも父が直々に手紙を書いて忠告していた。何故ならフィンレーはサンティエ侯爵家の娘グレースと婚約しており、学院の高等部を卒業後は婿入りが決まっていたから。子どもの恋愛ごっこの熱で、婚姻の契約が駄目になるなんてことは避けなければならない。その後も二人の動向を監視し問題行動を起こさないよう警戒していたが、その甲斐虚しく婚約破棄騒動である。


 騒動を知った父は膝から崩れ落ち兄は目を覆って天井を仰ぎ、母は倒れ義姉に介抱されていた。私も暫く動けなかった。弟が、まさかそこまで愚かな真似をするなんて信じたくなかった。



「まったくです。周辺だけでもひどい騒ぎで、その上あのゴシップ紙」

「名門公爵家の末息子のやらかしだ。鬱憤が溜まっている連中にはいい話題だったろうよ。はっ、好意的に書いている記事もあったじゃないか」

「まさか【平民と高位貴族令息の許されざる恋】という記事のことですか? あれのどこが。一番のこき下ろしでしたよ。公爵家は末息子を愛さず教育は人任せ。生まれる前から決まっていた婚約者も冷たく、その寂しさを埋めた心優しい平民の少女に惹かれる令息。……ああ、舞台上なら面白い設定かもしれませんね」



 何が愛されず、なのか。私と兄は一歳差だが、私とフィンレーは五歳も違う。小さく愛らしい弟は、それこそ家族全員から愛され可愛がられた。ただ皆、甘やかしたつもりはなかっただろう。けれどこうなってしまっては、それが原因だと詰られても否定はできない。


 それに、サンティエ侯爵家のグレースは節度ある素晴らしい女性だ。フィンレーと同じく十五歳であるのにもうとても落ち着いており、けれど心優しく笑った顔が愛らしい淑女である。間違っても冷たいと評されるような人ではない。


 あの記事は真相から離れすぎていて、もはや何か物語を語っているようだった。



「フィクションがすぎる。現実味がない」

「あら、物語ってその茶番を楽しむものでしょう?」

「現実は小説より奇なりというだろう。現実でも信じられないことは多くあるが、それでもそれは現実として成り立つ。現実でさえそうなのに、創作であまりにも突拍子がないとあらすじの時点で冷める」



 つまらなそうにそう言うジュードは、随分と疲れているようだった。無理もない。フィンレーの件で、彼にもかなりの後始末を手伝って貰ったのだ。ゼル家当主は伯爵であるが国の成り立ちより国軍を任されている家柄であるので、アグレアブル公爵家とは違うところに顔が利く。人の口に戸は立てられぬので騒ぎにはなっているが、ジュードが率先して動いてくれたおかげでこの程度で済んでいるのだ。


 私にため息を吐くなと指示したジュードだが、今度は彼がふうと息を吐いた。



「やはり平民と混合の学級編成がよくなかったんじゃないか?」

「あれは国王陛下の肝入りですよ。お隣の大陸が共和国化してから成長目覚ましく、それのあとを追わねばならないと我が国は必死なのですから」

「平民の中にも飛び抜けた天才というものはいる。そして貴族の中にも飛び抜けて馬鹿がいる。ただし、それは本当に飛び抜けた一人だけだ。たかが千人程度の学内で一位を取った者のことを言うのではないし、逆にその程度の規模で最下位を取った者のことでもない」



 苛立ったようにそう話すジュードは、おそらく仕事でも平民といろいろあるのだろう。元々国軍には平民も多く所属しているが、最近は何を勘違いしたのか変な要求が増えていると聞く。貴族のみが許される書類の閲覧や高級将校への昇進、貴族部隊への加入などを許可しろというものだ。それも、何の功績も上げていない者たちが、だそうだ。


 平民であっても多くの功績を上げた軍人は、昔から例外的に貴族特権と同じ権利を持たされている。その説明をし、まずは功績を上げろと言っても話が通じないらしい。いくら言っても聞かない者は最後には肉体言語を使用するそうだが、彼らの言い分は総じて「貴族というだけでずるい」だそうだ。


 貴族と同じ責任を持ってからものを言ってほしい。一挙手一投足は値踏みされ、選択を間違えば自身や家族だけでなく使用人やその家族、多くの領民や領地が危うくなる。我が家など公爵家として自派閥の家も多いので、それら全てを含めると相当な人数になる。生まれながらに血税で生きる我々は、否応なく人の命を背負わされているのだ。その重責に気づいた時、パニックに陥る貴族子女はそれなりにいる。



「貴族には貴族の責務があり、平民にも別の役割でそれは同じくあるだろう。誰しも好き好んだ親の下に生まれるのではないが、つまり平等など生まれた時からありえない。平等を謳う共和国にしても、結局権力を持っているのは元貴族たちだ」

「特に我が国は今後も王制を続ける予定ですからね」

「時代に応じて制度は変えていくべきであるし、一個人が幸福を追い続けることを規制はできない。貧民層の生まれだが苦労して勉学に励み一代で商会を作った人の講演を聞いたが、素晴らしかった。そしてそれは近年の制度改革によって実現可能になったことだ」

「一昔前は平民でも農家の生まれは農民に、商家の生まれは商人にならねばなりませんでしたからね。改革は確か、二十年前だったかしら」

「そういう飛び抜けた人は国家に有益だ。そして貴族に生まれたことを利用して好き勝手犯罪行為をし、その上で正当化までする馬鹿もいる。後者は不利益であり、国家にとって消したい汚点だ」



 軍属として後者を捕まえることもあるジュードは、かつかつと指でテーブルを叩いた。けれど私はむうと口を尖らせる。子どもっぽくてもいいのだ。ここにはジュードと私しかいないから。



「……弟がその前段階になった姉の気持ちって考えたことあります?」

「考えたくもないが、未来の義弟が汚点になりかけた男の気持ちは察したことは?」



 私たちは顔を見合わせ、二人で同時にため息を吐いた。



「過渡期は問題が起きやすい。我々の時は貴族も平民も同じ学舎にはいたが、同じ学級にはならなかった」

「そもそも学んでいた学問が違います。わたくしたちは領地経営や社交、外交など主に政治とそれに関連するものを。平民たちは専門性の高い、建築学や医学などでしたもの」

「文学や芸術の授業を一緒に学ぶ機会はあったが、当時の彼らは学ぶことに必死でよそ見などしていなかったからな」

「当時は本当に頭のいい一握りの平民をほぼ無償で学院に入れていましたからね。あの方々も必死だったのでしょう。よい刺激になりましたわ」

「お互いの理解を深める為に門戸を広げる、までは悪くなかったのかもしれないが……」

「それは身分差の自由恋愛を認める、ということではないのです……」



 私とジュードの世代にも同じ学舎に平民がいたが少なく、そして特別に優秀な人たちだった。そういう人しか学院には入れなかったのだ。それが政策が変わり門戸を広げた結果、フィンレーの世代では同じように学び貴族も平民も関係なく交友関係を築いたらしい。


 しかし、貴族から平民への暴言や平民が貴族のものを盗んだなどの問題も多い。極めつきが、我が家のこれである。実際、複数の家で似たようなことが起きかかっていると聞くが、公爵家から不名誉な始まりを出してしまった。



「とはいえ、もうほとんどの問題は処理済みだろう。解決まではいっていないが、今後そうなる。何故そこまで落ち込んでいるんだ」

「共感性羞恥というものですわ」

「共感、なに?」

「共感性羞恥。他人の感情や状況に共感して自分が羞恥心を感じる現象、です。ましてや、わたくしの場合は弟。他人ですらないなんて……」

「姉弟であろうと別の人間だろう。奴の羞恥は奴のもので君がそんなもの感じる必要はない」

「正論は人を救いませんのよ。それにジュードだって身に覚えがあるでしょう。『お前なんかと結婚しない』と言ったじゃないですか」

「な」



 固まって絶句するジュードをじっと見つめる。そんなことはなかった、などとは言わせない。



「ご、五歳の時の話を蒸し返すな」

「いいえ、蒸し返します。わたくしだってその時『貴方の奥様になんてなってあげない』って言ったもの」



 よく覚えている。売り言葉に買い言葉で、けれどとても悲しかった。ただ、五歳の子どもの喧嘩だ。次の日には二人とも謝って、いつも通り一緒に遊んだ。



「……そう、五歳の時の話ですよ。幼稚舎の帰りに喧嘩をして、確か、お昼寝の場所が気に食わないって貴方が言うから」

「違う。あれはシャーロットが私以外の奴と一緒に寝るって言ったからだ。昼寝はいつも私と一緒だったのに」

「ジュード以外って……。あの日は侍女が絵本を読み聞かせてくれると言っていて、それでその絵本が貴方の好きそうなものでなかったから、別々に寝ましょうと言っただけだったのに」

「だから、それが……っ。……止めよう、不毛だ。そもそもこれは何の話だった?」

「共感性羞恥の話ですわ。……わたくしたちが五歳で騒いで叱られたことを、あの子、十五歳にもなってやっているのですもの。恥ずかしくて……」

「……何となく、言いたいことは分かったかもしれない」



 ジュードは口元をもにゃりと歪めて目を閉じた。私と同じ羞恥を感じればいいと思う。



「まあ、フィンレーもまだ十五だ。……いや、もう十五だが、まだ高等部に入る前でよかった」

「体ばかり大きくなっていてもまだ子どもですものね。刺激的な恋愛に憧れる頃だったのかしら」

「ちょっとした全能感もある年だろう。大人たちの体力も追い越せて、時間があるからと多くの本を読み学び話し、勘違いをする頃だ」

「……ありました? 勘違い」

「……ないとは言わない。学院と家、そして狭い人間関係の中で全てを知った気になるのは、きっと誰でも通る道じゃないか?」

「そうね。わたくしも心当たりがあります」



 フィンレーの件はまだ子どものすること、として何とかお茶を濁せそうなところまで交渉を持っていっている最中だ。それもこれもフィンレーがまだ中等部であるからで、高等部に入っていれば通じなかっただろう。たった一年の違いだが、それが大きい。


 我が国の現在の成人は十八歳だが、祖父母の時代は十六歳で成人でもう結婚ができた。その名残で十六歳、つまり高等部に入る年であればそれ相応の分別はついていて当然だという暗黙の了解がある。もしここから問題を起こすようであれば、切り捨てることも視野に入れなければならない。いくら愛する家族であっても貴族は情を持たず、冷徹に判断を下さなければならないのだ。それは世間の目も同様で高等部に入った時点でいきなり厳しくなるが、逆に中等部までなら多少は子どもだからという理屈が通しやすい。


 両親も兄夫婦もジュードと私も方々に手を回し迷惑をかけた各所に謝罪し、何とか解決一歩手前まで持ってきたのだ。



「サンティエ侯爵家のグレース嬢には勿論、平民のポピー嬢にも悪いことをしたと思うわ」

「それは……。それこそシャーロットが思うことではない。フィンレーはまだ子どもだが、それでも本来言動の責任は奴が自分で取るべきで、奴の養育者は公爵夫妻だ。それに君は弟の為にたくさん働いた」

「ジュードにも手伝ってもらって、ですね。でも、家族だもの。姉として、あんな行動を起こす前に話を聞いてあげていたら……」

「責任感を持つことを悪いとは言わないが、奴は奴で一人の人間だ。思い通りにはならなかっただろうさ」



 ジュードの言葉は正しい。それでも、けれど、と思ってしまうのは傲慢なのだろう。私は私できっとやるべきことはやり終えたのだ。



「それに、我々はそれどころではなかった。こんな時期にあんな問題を起こすなんて……」

「……ねえ、ジュード」

「なんだ」

「やっぱり結婚は延期しましょう」



 フィンレーのことが起こる前、私たちは三か月後に控えた結婚式の準備に追われていた。私たちどころか、両親も兄夫婦も親族も、勿論ジュード側の人々もそうだった。そこに、あれがあったのだ。結婚式なんて、もうそんな状況ではない。……のだが。



「嫌だが?」

「時期が悪すぎます」

「断る」

「意地っ張り」

「ここで延期にでもしてみろ。我々の結婚自体、流れる可能性があるんだぞ」

「……それは、だって、仕方のないことです」

「どこが」



 眉間に皺を寄せて不快感を露わにするジュードにまたため息が溢れそうになって、無理矢理に止める。このやり取りはフィンレーがやらかした次の日から既に何度もしているが、ジュードは決して首を縦に振らないのだ。嬉しくもあるが申し訳なくて、居た堪れなかった。



「貴方の家も一旦我が家から手を引いたほうがいいに決まって……」

「シャーロット」

「何です」

「それ以上言ったら怒るぞ」

「……その台詞はもう怒っている人が使うものです」



 アグレアブル公爵家は長い歴史と広大な領地、そして王族との繋がりも深い。三代前には王弟が婿入りしている。フィンレーは重大な馬鹿をやらかしたが、あの子一人のやらかし程度で全てが崩れるような家ではなかった。けれど暫くは嘲笑の的にされるだろうし、その程度は耐えねばならない。サンティエ侯爵家とグレース嬢が受けた屈辱や衝撃に比べれば、なんてことはないだろう。しかしだから一旦手を引けを言っているのに、ジュードは頑なだった。



「……話を戻すが、フィンレーは平民の女を連れて侯爵家に乗り込んだだけで公衆の面前で婚約破棄発言をしたのではない。まだ打つ手はある」

「サンティエ侯爵家とグレース嬢が許してくれるなら、でしょう。……わたくしとしては、何の落ち度もない彼女がこれ以上傷つくことを第一に避けたいのですが」

「グレース嬢には同情するが、これも貴族に生まれた定めとして身の振り方を考えてもらっている。表面上だけでもフィンレーを許せるのなら、侯爵家は公爵家に貸しをつくれるんだ。奴との間に子どもを作りたくないなら公爵家の遠戚から選んでいいとも言ってあるし、なんなら我々の間にできる子どもの内の一人を後継にしてもいい」

「……」

「何だ」

「……政って嫌だわ、と思っているだけです」

「だが、やらねばならない。それを理解しているだろう」

「ええ、勿論。弱音を吐かせてくれる優しい婚約者もいるのでわたくしは耐えられますとも」



 私がそう伝えると、ジュードはふふんと言いたげに腕を組んだ。こういう単純なところが可愛いし、けれどそれだけでないジュードは本当に頼もしい。ほんの少し肩から力が抜けるのを感じた。



「……フィンレーは、どこまで分かっていたのかしら。平民のポピー嬢を選ぶということがどういうことか」

「何も分かっていなかったんだろうな。僅かでも分かっていれば、サンティエ侯爵家に乗り込むことはしなかっただろう。夢物語みたいな愛を取りたかったのなら準備を重ね、全てを捨てて家を飛び出すしかない。恋愛ごっこを楽しみたかっただけなら、結婚後に愛人として囲い込むのが現実的だ」

「我が家のことを置いておくという前提でも、それが結果ポピー嬢を苦しめると理解できなかったのかしら。全てを捨てて夜逃げしたとして、逃げ切れる確証はないわ。捕まればポピー嬢は貴族令息を唆した女として裁判にかけられるでしょうし、情状酌量で罪が軽くなったとしてもきっとまともに生きていくのも難しくなるでしょう。逃げきれたとして、十五歳の二人に何ができるの? あの子たち二人とも特殊技能は持っていないわ。魔法が使えたとしても、あの程度ならあからさまに訳ありの子どもを雇う人も登録させてくれるギルドもないでしょうに」



 言っても仕方のないことだ。これは、フィンレーが問題を起こす前に教えておかねばいけないことだった。でも、やめられない。



「愛人にするにしてもそうよ。どうあっても正妻になれず表に出れず、それを無視して連れ回せば愛人に現を抜かす愚かな夫と悪女として、やはり世間の目が厳しくなるわ。もし子どもが生まれてしまえば、その子に罪がなくともどんな目に遭うか……。フィンレーはグレース嬢だけでなく、愛していると言ったポピー嬢の幸せや将来のことも何にも考えてあげていなかった。恋すると盲目になるというけれど、あそこまで独りよがりだったなんて」

「……冒険譚を読んだあとに、自分でも頑張ればできると錯覚する年代でもある。なまじ公爵家でよい教育を受け、学院では常に上位だった奴であれば、面白そうな困難に立ち向かう程度の気分だったのかもしれない。それに、奴ばかりが悪いのではないだろう。女も女だ。愛だのなんだの頭の悪いことを言って……。奴も女も権力とは何か、身分とは何かと十五にもなって一度も深く考えたことがなかったなんてお粗末にも程がある。五歳じゃないんだぞ」

「……これを言ってしまうと最近の政策に反するのかもしれませんが、公爵家に生まれ最良の環境で育ち教育を受けた者と、平民のそこそこ裕福な家で生まれて自由に育った者では、前者に責任が偏るのは当然のことです。権力と責任は比例するのですから」



 十五歳は、やはりまだ子どもだ。けれど、公爵家に生まれた男児と商家に生まれた女児では生まれた時から差がある。その差の善悪はここで語るべきでなく、語ったところですぐどうにかなるものではない。しかし、あるのだ。確実な、格差が。


 共和国にこれ以上の後れをとらないよう平民でも優秀な人材を育てたいという政策の思惑は理解できるが、今回のこれはその弊害ではないかと思ってしまう。貴族と平民を混合で同じ学級に入れた学院では、学院内では平等を心がけるよう指導していたそうだから。……そうでなくてもフィンレーは何かをしでかしたかもしれない。それでもこの問題は起きなかったのではないか、と。



「奴が平民の女に走り、侯爵家のご令嬢を捨てるのなら公爵家と侯爵家は冷戦状態に陥る可能性があった。貴族には面子が必要だ。身分差はあれど、確実に公爵家に非があるのだから侯爵家は黙っている必要はない。内紛が起きれば多くの人が傷つき、そこまでいかなくとも経済に緊張が走るだろう。血は流さずとも、飢える民が出ておかしくない」

「それと同じことを、父が弟に怒鳴っていました。けれど二人とも興奮していて、弟がそれを理解したとは思えません」



 現在、フィンレーは自室に軟禁してある。興奮が収まらず、叱ろうとも諭そうとも咎めようとも頑なになるだけで、とても話ができる状態ではなかった。



「学院のお勉強だけできても意味がない、という典型例だな。今後のいい反面教師になるだろうさ」

「……」

「そ、そんな顔をするな。元通りとはいかなくともどうにかするから」



 そんな顔とは、どんな顔だろう。どちらにしろ、複雑なのだ。可愛かった弟がひどい問題を起こして、家族だけなく入り婿先や婚約者、ほかにも多くの人を巻き込んだことが辛くて。でも加害をした側の家族である私が、そんなふうに思うのはおかしいのかもしれない。……では、どんな顔をしたらいいのだろう。



「グレース嬢のこと、わたくしは妹ができたと嬉しくて、あの子がとても可愛くて。あんなに可愛いあの子のことを悲しませたのが弟だという事実が辛いのです」

「も、もう一発、殴っておこうか?」

「何でもかんでも暴力で解決しようとなさらないで」

「では、どうしろと」

「……愚痴を、言っているだけだわ。聞いてくださるだけで嬉しいのです。所詮、あの子たちの処遇を決めるのはわたくしではないのだもの。でも部外者というには近すぎて」

「私だけに聞かせるくらいならいい。それに、部外者ではない。君も私も、な」



 ジュードは立ち上がり椅子を移動させて隣に座り直すと、ぐ、と私の肩を引き寄せた。その優しい温かさが心にしみて、目頭が熱くなる。



「……結婚の延期はしないの?」

「しない」

「ごめんなさい」

「シャーロットが謝ることじゃない」

「ええ、でもごめんなさい、ジュード。それからありがとう」

「感謝は受け取ろう」



 やれることは全てやった。これ以上、私がフィンレーの姉としてできることはもうない。


 ジュードとゼル伯爵家が結婚の延期を望まないのなら、私は私のやるべきことをしていかなければならない。フィンレーのような問題を起こす気はないが、アグレアブル公爵家への風当たりが強い現状では小さな失敗すら許されないのだ。けれど、不思議と不安は少ない。



「ジュード」

「うん?」

「大好きよ」

「……ふ、まあ? そうだろうとも?」

「ふふ、もう、恥ずかしがり屋さん」

「う、煩いな。……私も、君が好きだよ。だから何も心配しないで、嫁いできてくれたらいいんだ。て、わ゜」

「んふふふ」



 何故か向こう側を見ながらぽそぽそとそう言うジュードの頬にキスをすると、彼はぴゃ、と小さく飛びあかった。その姿を見て笑いながら、私は絶対に彼を幸せにしなければらないのだと決意した。


―――


 あのあと、事態は収束に向かっていった。


 社交界の噂は移ろいやすくすぐに別の話題が提供されたというのもあったが、意外なことにあんなに頑なだったフィンレーが、ある日を境にひどく素直になったというのが大きかった。誰が何を言っても聞かなかったのに、自身の犯した過ちに向かい合いグレース嬢にもポピー嬢にも謝罪して王都の学院も自主退学した。そしてなんと、サンティエ侯爵領の学院に入学しなおしたのだ。これにはそれを許してくれたサンティエ侯爵の懐の深さもあったが、その入学しなおした学院で人が変わったように真面目に勉学に取り組んでいるらしい。そしてフィンレーは自身で交渉をし、このまま間違いを起こさないのであれば、婚約は継続でもいいと許しも得たのだ。


 ポピー嬢とフィンレーが結ばれる未来は初めからなかった。物語のように都合のいい能力があったり世界が滅亡に瀕していたりと、何かしら特殊な状況であればその限りではなかったかもしれない。また、愛の為に共和国に亡命するというのなら話は違っただろうが十五歳の子どもたちにそこまでの考えはなく、ポピー嬢もなんだかんだ言いつつ結局は家族が助けてくれるとばかり思っていたらしい。


 しかし商会の長である父君に「本気ならば親子の縁は切る」ときっぱり言われ、ポピー嬢も目が覚めたらしい。フィンレーの謝罪を受け入れ自身も方々に謝り、彼女も学院を自主退学して平民が多く通う商業と行儀作法が学べる専門校に入りなおした。手切れ金と迷惑料として公爵家からいくらか包んだが、ポピー嬢の父君には「うちの娘も同罪であるので」と受け取ってもらえなかったらしい。あちらとしても婚約者がいる貴族令息に手を出した娘という汚名を定着させたくなく、また、貴族と平民の問題という性質上何かあった時に手のひらを返されて不利になることを避けたかったようだ。賢い人だと思う。


 グレース嬢は、元々フィンレーたちとは別の女学院に通っていたのでそのままだ。アグレアブル公爵家の縁戚も多く在籍しており、彼女の学生生活に不都合がでないよう公爵家としても万全の体制をとっている。外から眺めているだけであれば、グレース嬢はあの問題が起きる前とあまり変わらない生活を送っているそうだ。彼女が何を思い、感じたのかを私は知ることはできない。けれど、変わらずに「お義姉さま」と言って慕ってくれる彼女はやはり愛らしく、大事な義妹である。今度一緒にカフェに行く予定だ。ちなみにフィンレーのことは「次期侯爵として真面目に仕事さえしてくれれば、まあ」と笑い飛ばしてくれている。アグレアブル公爵家はこれから暫く、サンティエ侯爵家に頭が上がらないだろう。


 私は予定通りジュードと結婚し、次期伯爵夫人として忙しい毎日を送っている。社交も家政も習った通りにはいかず、覚えることばかりで大変だがやりがいの多い日々だ。忙しいばかりではなく、たまの休みにはジュードと別荘でのんびり過ごすこともある。



「……フィンレーが問題を起こしたすぐの頃、こんな穏やかな時間をすごせるようになるなんて思いもしませんでした」



 別荘の庭にある湖畔を歩いていると、あの日々が遠い昔のことのようだった。



「私はいち早くこういう時間を過ごす為に奔走したんだが? それなのにシャーロットは結婚しないと言い出して」

「あら、しないなんて言ってません」

「あれは言ったのと同じだ」

「きゃあ、ふふふ」



 ぐいと手を引かれ、ジュードの腕の中に閉じ込められる。こんなふうにじゃれ合いができるのも、彼が私との結婚を諦めないでいてくれたからだろう。



「……でも、フィンレーはどうしていきなり考えを変えたのでしょう。あんなに『これからは自由と平等の時代だ』なんて言っていたのに」

「ああ、私たちの話を盗み聞いていたらしいぞ」

「わたくしたちの話を、いつ?」

「シャーロットが五歳の時のことを蒸し返して、ねちねちと詰ってきた日があっただろう」

「ねちねちも詰ってもいません」

「どうだか。まあ、とりあえずあの時だそうだ。部屋を抜け出したところで我々を見つけたんだと。自分の行動がいかに幼稚であったかを自覚したと言っていた。姉の結婚に与える不利益や家族がどれだけ苦労したかがやっと見えて、親族や友人、領民にまで迷惑が及びそうであることをやっと理解できたと。ゴシップ紙も全て読んだそうだぞ」

「それで……」



 フィンレーのあの変わりようは歓迎したが、疑問でもあった。いくら言っても聞き入れなかったフィンレーが真っ青な顔でいきなり謝ってきた時は驚いたものだ。



「ん、あら? では、どうしてフィンレーから話を聞いたその時に教えてくれなかったのです?」

「……」

「ジュード?」

「い、忙しかったから」

「……呆れた。貴方また、フィンレーに嫉妬を?」

「黙秘する」

「わたくしの一番はジュードです、って何度も言っているのに」

「それとこれとは話が違う。兎に角、あの時は我々の結婚に向けて忙しかったんだ」

「よそ見をしてほしくなかった?」

「……」

「ふふ、もう、困った人だわ」



 私が笑うと、ジュードは苦々しい表情で口を閉じた。話題がずっとフィンレーであるのも嫌なのだろう。ジュードは昔から、私が弟を構うとこういう顔をする。フィンレーのことが嫌いという訳ではなさそうだが、私の夫は嫉妬深いのだ。まあ、別に困らないからいいのだけれど。



「さ、もう少し歩きましょう。エスコートしてくださる?」

「ふん、いいだろう」



 弟の話は、これで終わりだ。フィンレーがやらかした事実は残っており消えないのだけれど、それは彼自身の問題でもう私がやれることはないしこれ以上はやってもいけない。私はこの嫉妬深く言い回しが素直でなく、けれど頼りになる愛する夫と人生を歩んでいくのだから。



「ジュード」

「うん?」

「大好きよ」

「ぅ、ぐ、う、あ、ああ、私もシャーロットが好きだ……」

「んふふふ」

「か、揶揄うなよ」

「ふふ、あら、そんなことしないわ」

「君は、まったく……」




読んでいただき、ありがとうございます。

よければブックマーク・評価・いいねなどしていただけるととても嬉しく思います。


弟はやらかしたけどほかの家族はまともな場合、かなりしんどいかもしれない。まともな家庭で愛されて育ったのなら、まだやり直す可能性もあるかもしれない。今回は、いろいろな大人たちがいろいろと話し合った結果、折り合いをつけてくれたというだけの話。素直じゃない系男子が子ども頃からベタ惚れの婚約者と結婚できなくなるかもというところまで追い詰められて、すごく頑張ったという話でもありました。

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