表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧の奥、星の手前  作者: 星☆
第七章「芽吹く星」
31/32

第4話「未来への沈黙」

 静かな広がりが、少しずつ現実を包み始めていた。


 観測所の端末には、他地域からの報告が次々と届いていた。

 早すぎる発芽、予定外の展葉、安定しすぎた水分吸収。

 どれも微細な変化にすぎなかったが、重なれば確かに——星のどこかが、少しずつ応えているようだった。


「ついに来たね、みんなが気づく日が」


 コリナがそう呟いたとき、わたしは少しだけ戸惑った。

 “気づく”というのは、どういうことだろう。目に見える現象のことか、それとも——

 わたしがその続きを考えるより早く、彼女はふっと笑って言った。


「でも、アイリスはずっと前から気づいてたんだと思うよ」


 その声がやわらかくて、どこかくすぐったかった。

 否定も肯定もせずに、わたしは視線を逸らした。


 午後、ふたりで観測フィールドに出た。

 草木は穏やかに揺れていた。特別な光はなかったけれど、霧の底に沈んでいた何かが、静かに地上へと戻ってきている気がした。


「今日はちょっと、風が甘いね」


 コリナがそう言って、風上に顔を向ける。わたしもその空気を吸い込んだ。たしかに、土と葉のにおいに混じって、ほんの少しだけ、懐かしいような香りがしていた。


 ひとつの株にそっと手を触れる。

 反応はあった。けれど、かつて強く押し寄せた記憶の波とは違っていた。

 ただ、誰かの想いが、ほんの微粒子のように、葉のなかでゆっくり漂っている。


 それを“記録”とは呼べない。

 ただ、“残っていた”だけだ。

 名前もなく、意味もなく、ただそこにあったものが、植物に宿り、また別の誰かの中で揺れ動く。


「……知識じゃないんだよね、きっと」


 わたしが呟くと、コリナは小さく頷いた。


「うん。ぜんぶはわからなくても、触れたっていう感覚は残るから。

 それって、きっと……ちゃんと届いてるってことだよね」


 彼女の言葉は、風の音にまぎれることなく、まっすぐ耳に届いた。

 わたしはその横顔を見た。髪のすそが風に揺れて、ふと、その一房がわたしの腕に触れた。

 少しだけ心が跳ねて、でも不思議と、嫌じゃなかった。


「コリナはさ……こういうの、こわくないの?」


「うん。……こわいよ。でも、アイリスがいるなら、大丈夫かなって思ってる」


 その言葉が、胸の奥にまっすぐ刺さった。

 それは痛みではなくて、確かなぬくもりとして、そこに残った。


 観測端末に今日の反応を記録しようとして、ふと動きを止めた。

 数字では、きっと届かない。

 この星に眠る記憶のようなものは、数字には変換できない。


 わたしは端末を閉じ、見上げた空の向こうに、もう構造体の光はなかった。

 でも、光っている気がした。霧の奥で、誰かの“まだ言葉にならない気配”が、

 いまもきっと、風に乗っている。


 わたしたちは、それを「沈黙」と呼ぶけれど——

 本当は、未来にいちばん近い音なのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ