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霧の奥、星の手前  作者: 星☆
第七章「芽吹く星」
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第1話「静かな変化の兆し」

 朝の空気は、まだ白い靄に包まれていた。

 わたしはそのなかを、静かに歩いていた。呼吸のたびに、肺の奥へと冷たい湿気が染みこんでいく。薄く差し込む陽の光さえ、まだ地表までは届かず、音のない世界が丘を覆っていた。


 昨日記録した観測ポイントへ向かう途中、足元の土がわずかに柔らかくなっていることに気づく。夜のあいだに降った霧が、地面に沁みこんだのだろう。靴底から伝わる冷えは、どこか懐かしいものに似ていた。


 斜面をのぼる途中、わたしはふと足を止める。視界の端に、光の粒がひとつ、朝靄のなかで瞬いた気がした。目を凝らすと、そこに——


 ひときわ鮮やかに葉を広げた株があった。


 記録では、発芽まであと三日。成長も緩慢なはずだったその植物が、今は三段階ほど先まで進んだかたちで展葉していた。葉脈のひとつひとつに、露をまとった光が宿っている。色は深く、厚みがあり、重力に逆らわず、ゆっくりと朝に向かって開いていた。


 わたしは無意識に息をのんだ。

 異常——そのはずだった。けれど同時に、それはまるで、

 「正しい時が来た」とでも言うような、静かな確信をまとっていた。


 ——この植物のなかに、なにかが宿っている。


 わたしはしゃがみこみ、そっと指先でその葉に触れる。

 霧の水気が肌に沁み、ひやりとした感触が走る。だがその奥に、さらに微かな気配がある気がした。


 やさしい感情の粒が、わたしの胸の奥でふるえる。

 それは言葉にはならないが、確かに知っている感覚。

 “彼女”の存在が、ここに触れている。


「……また、来たの?」


 呟いた声は、霧に包まれてすぐに消えた。返事はない。ただ、風がひとすじ、葉を揺らした。露の雫が一滴、葉先から落ちる音がした。


 あの夜空の構造体が崩れたあと、静かな余韻がすべてを包んでいた。

 それが「終わり」ではなかったことを、わたしは知っている。

 だからこそ、いま目の前のこの植物が——その続きを、たしかに芽吹かせていることにも、気づけた。


 わたしは端末を取り出し、成長異常としてデータを記録する。数値だけでは説明しきれないなにかがあると、いまは確かに思える。操作を終えても、しばらくその場を離れられなかった。


 コリナに、一番に伝えよう。

 きっと耳を澄ませてくれる。声ではなく、気配のほうに。


 そう思えた自分に、ふと気づく。

 そして、それが少しだけ、嬉しかった。


 ——その日の午後、わたしはフィールドの記録を報告したあと、コリナの作業小屋を訪ねた。


「ちょっとだけ、時間いい?」


 声をかけると、いつものように髪を結い上げた横顔が、ゆるやかに振り向いた。

 彼女の瞳は、わたしのなかにあるまだ言葉にならない思いに、すでに気づいていたかのようだった。


「うん。行こうか、丘のほう?」


 わたしは小さく頷いた。


 それだけで、すこし心が軽くなる。

 彼女と一緒にあの植物を見にいく。それだけのことなのに、なぜか、この星がすこしだけちがって見えるような気がした。


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