第6話「構造体の消失」
その夜、空は今までにないほど澄んでいた。
霧は早々に引き、空一面に星が広がっていた。コリナとアイリスは並んで温室の外に立ち、静かに夜を見上げていた。地平線の向こう、どこまでも続く群青の中に、かすかな震えが走っていた。
「……今日が、境目になる気がするの」
アイリスの声は、夜気に溶けるように小さかった。
「そうなんだね。なにか……始まる?」
コリナの返事は問いかけのようで、やさしい余白を含んでいた。
星々は、確かに動いていた。否、正確には、構造体が姿を明確にしつつあった。まるで無数の光が集まり、宙に巨大な骨組みのようなものを描いていた。繊細で、緻密で、けれどどこか人の手によるものではない、自然と意志の境界を超えた存在感。
その形が、わずかに軋むように振動をはじめた。
「……崩れてる?」
コリナの言葉に、アイリスは小さく頷いた。
構造体は、ゆっくりと輪郭を崩しはじめていた。星と星を繋いでいた光の線が、ひとつ、またひとつとほどけていく。けれどそれは破壊ではなかった。まるで、役目を終えた何かが、自然に還っていくような、静かな消失だった。
そのとき、足元の植物たちが応えた。
葉が光を帯び、蕾がわずかに震えた。地中の根が、音もなく目覚めたような感覚があった。アイリスの意識に、またひとつ波が流れ込む。
それは、“彼女”の想いだった。
もう言葉に近いほど、明瞭だった。
ありがとう。
見つけてくれて。
これで、託せる。
アイリスは息を呑んだ。それは決して別れの言葉ではなかった。そこには未来へと続く強い意思があった。自分が“受け取った”という実感が、確かに胸に刻まれていた。
空では最後の構造体の欠片が、粉雪のように光を散らしていた。そのきらめきは音もなく降り注ぎ、宙に溶ける前に、コリナの瞳にも映った。
「……きれいだね。なにかは分からないけれど、ずっと、見ていたくなる」
アイリスはその言葉に微笑み、そっと頷いた。
「うん。わたしも」
コリナが、そっとアイリスの肩に手を添えた。
「何が起こってるのか、全部はわからない。でも、ね……わたしにも、何かが始まったってことだけは、ちゃんと感じてる」
アイリスはゆっくりと彼女の方を見た。その瞳に映っていたのは、言葉ではなく、この先に続くなにかへの静かな期待だった。
「ありがとう、コリナ」
小さく笑って、ふたりはまた空を見上げた。
構造体はもう見えなかった。けれど、夜空は確かに広がっていた。霧の奥にあった何かが、いま確かに、星の手前で動きはじめている。
それは終わりではなく、はじまりの光だった。




