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霧の奥、星の手前  作者: 星☆
第六章「夜空の開示」
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第3話「記憶の連鎖」

 夜の霧が、いつになく早く引いていた。空気は澄み、雲ひとつない夜空が温室の外に広がっている。光害のないこの星では、星々の明滅が生々しいほど近く感じられる。だがその日は、その“瞬き”がどこか不自然だった。


 アイリスは、重ね着した上着の襟を握りながら、植物の群れの間を静かに歩いた。薄明かりのなかで葉がわずかに揺れている。風はない。それでも、何かが呼吸をしているような気配があった。


 その中で、一株だけ異様に静かな植物が目に留まった。風に乗ってもなお、他の葉がそよぐなか、その個体だけがまるで意志を持ったように、微動だにしない。色合いも少し違う。深い緑に、ほんのわずかだが、金属光沢のようなきらめきが見えた。


 「……あなたなの?」


 アイリスは小さく呟きながら、しゃがみ込み、指先でそっとその葉を撫でた。その瞬間だった。


 胸の奥に、何かが流れ込んできた。


 強烈な光。焼け付くような音。まばたきの間に、意識は遠くへ引き離された。


 視界のすべてが裏返るような感覚。目の前に広がるのは、知らない建築――石で組まれた半円状の回廊。そこを歩く、柔らかな輪郭の誰か。風が吹き、髪のようなものが揺れる。音にならない声が届く。「ここは、昔の……」


 言葉にならない感情が押し寄せてきた。孤独、祈り、断絶。そして希望。


 アイリスは自分がどこにいるのかわからなかった。ただ、見ていた。彼女の記憶を、彼女の視界から。


 その世界は、静謐で美しかった。けれど、どこか痛みをはらんでいた。誰かに届けたいと願いながら、誰にも届かない想いのような――そんな哀しさと共に、景色は波のように押し寄せては去っていった。


 どれくらいの時間が経ったのだろう。


 まぶたが重く開くと、そこには天井ではなく、温かい光と揺れる髪の影があった。ぼんやりと焦点が合いはじめる。アイリスの頭は、誰かの膝の上にあった。


 「……コリナ……?」


 「よかった……! 気がついた?」


 見上げた先には、優しく微笑むコリナの顔があった。表情には安堵と心配が入り混じっている。アイリスはその膝の上で、しばらく言葉もなく、深く息をついた。


 「ごめん……びっくりさせたよね」


 「ううん。私こそ、ごめん。どうすればいいのか分からなくて……ただ、こうしてるのが一番落ち着くかなって」


 アイリスは微笑み、体を少し起こすと、コリナの手をそっと取った。


 「……見えたの。すごく……はっきりと」


 「何が……?」


 「記憶。たぶん、“彼女”の……。私、見ていたの。彼女の目で」


 アイリスの言葉に、コリナはすぐには返事をしなかった。ただ静かに手を握り返し、そばにいることを伝えるようにそっと頷いた。


 「それは、辛かった……?」


 「ううん。怖くはあったけど、それより……“繋がった”って感じた。私が、彼女の記憶を受け取る器になってるみたいで」


 ふたりは並んで空を見上げた。星の瞬きが、再び揺れていた。今度は、ひとつ、ふたつではなかった。星々のいくつかが同じ周期で脈を打ち、まるで空に何かが“浮かび上がろうとしている”ようだった。


 その瞬間、アイリスの視界がわずかに広がった気がした。重なりあう構造、繰り返す記憶、そして“誰か”の願い。


 「まだ、全部はわからない。でも……きっと、これは始まりなんだと思う」


 「アイリスが感じた“はじまり”、一緒に見ていこうね」


 そう言って、コリナはそっとアイリスの肩を抱いた。その腕の温かさが、夜風よりもやさしくて、アイリスは目を閉じた。


 ふたりはしばらく黙って、揺れる夜空を見つめていた。星々の奥に、まだ見ぬ誰かの想いが確かに宿っていると、そんなふうに感じながら。


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