表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霧の奥、星の手前  作者: 星☆
第四章「静かな再会」
16/32

第4話「託されたもの」

 アイリスは、しばらく目を閉じていた。

 記憶の断片が、波のように寄せては返す。

 銀の花に触れたときに流れ込んできた、あの淡い映像たち——


 風に揺れる枝。

 水面のような光。

 そして、彼女の横顔と、確かな“視線”。


 それらは鮮明な物語ではなかった。

 けれど、その断片のひとつひとつが、静かに胸の奥に灯りを残していた。


 わたしは、見せられたのだと思う。

 彼女が何かを伝えようとした——その意思ごと、まるごと、受け取ったのだと。


 そして今ならはっきり言える。


 わたしは、それを託された。



 研究室の片隅。

 端末の光が、夜の静けさにかすかに明滅している。

 コリナは別棟で仮眠をとっているらしく、研究室には誰の気配もなかった。


 アイリスは、記録装置の前に座り、手元の端末にそっと指を滑らせた。

 銀の花の観察記録、反応時の周囲の温度変化、手に伝わった微細な振動、そして——

 自分の中に流れ込んだ映像の記憶を、できるかぎり正確に記していく。


 本当は、まだ“科学的”とは呼べない。

 けれど、今ここで残しておかないと、確かさが薄れてしまいそうだった。


 「彼女は、植物に記憶を託している可能性がある」

 「それを“感じとる”ことができるのは、おそらく私自身だけだ」


 自分で書きながら、ふと笑ってしまいそうになる。

 傍から見れば、ただの幻覚や妄想のように思われても仕方がない。


 でも、それでもいい。


 「わたしは、受け取った」


 そのことだけが、すべてだった。



 眠りにつく直前、ふと思い出したことがあった。

 灰白の谷を出るとき、霧のなかでひらひらと舞っていた小さな葉。


 銀色の花の近くに、たしかに落ちていた——

 あのときは気づかなかったが、今思えば、それも“印”だったのかもしれない。


 彼女は言葉を持たない。

 けれど、かわりに霧を、光を、そして植物を通して、自分を伝えてくる。


 それはとても静かで、でも心を揺らすほど深い。


 なぜわたしなのか。

 どうしてこの“鍵”を、自分に託そうとしたのか。


 答えは、まだわからない。


 でも、彼女が“選んだ”のだという気配だけは、確かにある。



 翌朝、陽が昇る前の時間。

 まだ空気が凍りついたように冷たい中、アイリスは植物棟の温室に向かっていた。


 銀の花は、昨日と同じように静かにそこにあった。

 けれど、目を凝らすと、その周囲にほんのかすかに、新芽のような粒が見える。


 「あれ……」


 アイリスはしゃがみ込み、記録用のマイクロスコープをかざす。


 ——それは、銀の花の根元から、静かに伸び始めた新しい芽だった。

 昨日はなかったもの。


 この星の植物は、多くが気まぐれで、生育のリズムも地球のものとは異なる。

 けれど、この芽はあまりに急だった。


 まるで、“何かに反応した”ように。


 「……わたしが触れたから……?」


 その瞬間、胸の奥に言葉にならない震えが広がった。


 彼女の記憶は、植物に眠っている。

 そして、それを“感じとった”わたしの存在が、なにかを刺激した。


 芽吹き——

 それは、この惑星が答えてくれた印かもしれない。


 彼女だけじゃない。

 この星そのものが、何かを伝えようとしているのかもしれない。



 その日、アイリスは誰にも報告をしなかった。

 芽の記録だけを残し、静かに温室をあとにした。


 言葉にするには、まだ早い気がした。


 けれど、ひとつだけ——


 歩きながら、ふと空を見上げたとき、思ったことがある。


 「この星には、“声なき想い”が、たくさん眠っているんだわ」


 そして、それを拾うために、わたしはここにいるのかもしれない。


 そんな気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ