[第八話]囚われの魂
ダンジョンの奥へと進むカイたちは、慎重に周囲を警戒しながら歩みを進めていた。黒曜の守護者を倒した後も、ダンジョン内には異様な雰囲気が漂っていた。
「アラン、ダンジョンの構造について何か分かるか?」
カイが尋ねると、アランは少し考え込んで答えた。
「こういう古代の遺跡は、大体中央に"核"があるもんだ。そこを叩けばダンジョンの活動を止められることが多い……が、そう簡単にはいかねぇだろうな。」
「核……そこに銀嶺の狼の連中が囚われてる可能性かも。」
リズが心配そうに言う。
「とにかく急ごう。彼らがまだ無事でいるとは限らない。」
アッシュの言葉に、皆は頷き、一層の警戒を強めながら進んだ。
闇に覆われた大広間
やがて、道の先に巨大な扉が現れた。石造りの扉には、カイが手にした石板に刻まれていた紋章と同じ模様が浮かび上がっていた。
「これは……!」
カイが石板を掲げると、扉がゆっくりと震えながら開いていく。その先には、闇に包まれた広大な空間が広がっていた。
「気をつけろ……何かいる。」
アランが鋭い眼差しを向けると、空間の中央に黒い霧が渦巻いていた。そして、その中から無数の魂のような影が浮かび上がる。
「これは……亡者の群れ!?どうしてこんなに……!」
リズの声が震える。
「こいつら、銀嶺の狼の連中じゃねぇだろうな……?」
アッシュが苦々しげに言った。
「いや……まだわからない。」
カイは影の奥へ目を凝らした。すると、霧の向こうに鎖で拘束された冒険者らしき姿が見えた。彼らは弱々しくうめき声を上げていた。
「助けないと!」
リズが駆け出そうとするが、アランが腕を掴んだ。
「バカ野郎!無策に突っ込むんじゃねぇ!」
その瞬間、黒い霧がさらに濃くなり、巨大な影が現れた。それは、かつてダンジョンを守護していた王の亡骸が変異した存在だった。
「――影王、レヴァナントか……!」
アランが低く唸る。
レヴァナントの体から無数の鎖が放たれ、囚われた冒険者たちに絡みついていた。まるで彼らの魂を吸い取るかのように。
「くそっ、やるしかねぇな!」
アランが太刀を構え、突進する。
「リズ、サポートを頼む!俺は囚われてる冒険者たちを助けに行く!」
カイが叫ぶと、リズは素早く精霊魔法を展開した。
「アクア・ランス!」
無数の氷の槍が亡者たちを貫くが、次々と霧から新たな影が湧き出てくる。
「こいつら、無限に湧いてきやがる……!」
アッシュが剣を振るいながら呟いた。
カイは奥へと進み、囚われた銀嶺の狼のリーダー、シエンに声をかけた。
「大丈夫ですか!今助けます!」
しかし、シエンは苦しげに顔を上げ、カイに向かってか細い声を絞り出した。
「……罠だ……気をつけろ……」
その言葉と同時に、鎖が鋭く締め付け、カイをも拘束しようと襲いかかった。
「くっ……!」
カイは咄嗟に剣を振りかざすが、鎖はまるで意志を持つかのように絡みついてくる。
「――カイ!」
リズが焦って叫ぶ。彼女の手には光の魔法が集まり始めた。
「ホーリー・ブレイク!」
眩い光が広がり、鎖が一瞬緩む。その隙を突き、カイはシエンの鎖を斬り払った。
「よし、行ける!」
シエンは力なく頷くが、仲間たちも助け出さなければならない。
しかし、レヴァナントの目が赤く輝き、空間全体に強烈な魔力が広がった。亡者たちが一斉に動き出し、四人を包囲してくる。
「アラン、紋章が浮かび上がっている部分を狙え!俺たちで囮になる!」
カイが叫ぶと、アランは舌打ちしながらも頷いた。
「まったく……やるしかねぇか!」
リズとアッシュが防御魔法を展開し、カイが前へと進む。
(あの時模倣した、禁忌魔法......使ってみる価値はあるコントロールさえできれば......)
一瞬ためらったもののカイは剣を納め左を掲げて唱えた。
「ブラック・ホール!」
闇魔法を発動すると、漆黒の闇が亡者たちを次々と飲み込んでいった。しかし、レヴァナントには効かないようだった。
カイは力の制御で必死になりながら叫んだ。
「効いてる……!もう少しで……!」
その瞬間、レヴァナントが咆哮し、黒い腕がカイへと襲いかかる。避ける間もなく、彼は弾き飛ばされる。
「カイ――!」
カイは最後の力を振り絞り、左手の紋章に魔力を注いだ。紋章は強く発光し、黒い渦がレヴァナントの動きを止めた。
「今だ、アラン!」
「おらぁぁ!!」
アランの渾身の一撃が、レヴァナントの核を砕く。
影が一気に霧散し、ダンジョンの闇が静かに消え去っていった。
「終わったの……?」
リズが恐る恐る尋ねる。
「まだ油断はできない。」
カイは吹き飛ばされた衝撃で頭から血を流していた。
「おい、小僧……今のは禁忌魔法だぞ……」
アランは驚きを隠せなかった。
「そんなものを使いこなすとはな……お前、一体何者なんだ?」
カイは苦笑いしながら静かに答えた。
「俺にも、わからないよ。」
シエンはゆっくりと口を開き、かすれた声で言った。
「……すまない……助かった……」
彼の声には、安堵と絶望が入り混じっていた。
周囲を見渡せば、シエン以外の仲間たちはすでに魂を吸い取られ、冷たく横たわっていた。その無残な姿に、シエンの瞳は虚ろなままだった。彼は地獄から生還した安堵と、仲間を失った悲しみに打ちひしがれ、混乱しているようだった。
アランがシエンの肩を軽く叩き、低い声で言った。
「俺はアランだ。このクランのリーダーを率いてる。礼を言うのはここを出てからにしろ。」
彼は周囲を鋭く見渡しながら、真剣な表情で続けた。
「まだどんなトラップがあるか分からねぇからな。」
リズは優しく頷くと、シエンに回復魔法を施した。
「ヒーリング・ライト……少しは楽になった?」
シエンは微かに頷いたが、深く刻まれた疲労と悲しみは、魔法だけでは癒せないものだった。
「……先に進もう。」
カイが静かに言い、パーティーは警戒を怠らぬまま、さらにダンジョンの奥へと歩みを進めていった。
彼らの背後には、仲間を失った悲しみの余韻だけが、静かに漂っていた。