[第六話]闇の影
黒の教団との激闘を終え、カイとリズは疲労した身体を引きずるようにギルド支部へ戻った。夜のファルミナは静寂に包まれ、遠くに魔導車の音が微かに響いていた。
ギルド支部の扉を押し開くと、温かな灯りが二人を迎えた。支部の奥では数名の冒険者が酒を飲み交わし、談笑している。受付には先程のエルフの女性が座っており、二人を見つけるや否や顔を曇らせた。
「戻りました。」カイは淡々と報告書を提出しながら言った。
「お帰りなさい。……無事で何よりです。」エルフの受付嬢は安堵した表情を見せる。「それで、廃れし塔の調査結果はいかがてしたか?」
カイは短く息を整え、静かに語り始めた。「……黒の教団は本格的に活動を開始しています。塔の内部で禁忌魔法を用い、死者を蘇らせていました。そして……"死神モルティス"復活を目論んでいるのは事実のようです。」
受付嬢は眉をひそめ、奥から支部長を呼びに行った。
数分後、重厚な足音とともにギルド支部長、ガルフ・バーネットが姿を現した。彼は筋骨隆々な体躯を持つ壮年の男性で、無骨な鎧を身に纏い、厳しい表情をしていた。
「カイ、リズ……よくやった。」ガルフは低く威厳のある声で言った。「お前たちが黒の教団と戦ったという情報は、すでにここにも届いている。状況を詳しく聞かせてくれ。」
カイは塔内部での戦闘、アンデッドの召喚、そして自身の不思議な力の発現について淡々と説明した。
ガルフの目がカイの手に浮かぶ青白い紋章へと向けられた。
「カイ、その力について、何か心当たりはあるのか?」
カイは視線を落とし、拳を握る。「……正直、わかりません。ただ、戦いの最中、強く求めることで力が応じた気がします。」
「ふむ……」ガルフはしばし考え込んだ後、深く頷いた。
「その力、迂闊に使いすぎるな。何が引き金になっているのか、慎重に探るべきだ。」
彼の低く響く声には、ただの忠告以上のものが感じられた。戦場を知る者の警戒心、あるいは何かを思い出したような表情——カイは無意識に息をのむ。
「わかりました。」
カイはしっかりと頷いたが、胸の奥に小さな不安が残るのを感じた。
「さて、報酬の150銀貨はここにある。」ガルフは手元の袋をカウンターに置く。「ただし、今回はかなりの危険が伴った依頼だ。追加の報酬を申請するよう手続きを進めよう。」
カイとリズは軽く頭を下げ、報酬を受け取った。
レベル5の冒険者
その時、ギルドの奥から不快な笑い声が聞こえてきた。
「へぇ……これが噂の新人冒険者さんか? 黒の教団に噛みついたって割には随分と疲れ果ててるじゃねぇか。」
カイとリズが振り向くと、そこにはレベル5冒険者そしてB級クラン《紅の牙》のリーダー、ゼルス・ドレイグが立っていた。金髪に鋭い目を持つ男で、華美な装飾の施された鎧を身に纏い、仲間たちを従えていた。
「へっ、どうせギルドにちょっとした手柄でもアピールしに来たんだろ?」ゼルスはニヤニヤと笑いながらカイの肩を軽く叩いた。「レベル2の分際で黒の教団に立ち向かうとは、よっぽど無謀だったんじゃねぇか?」
「……別にお前に報告する義務はない。」カイは冷たく言い放つ。
ゼルスはそれを聞いて鼻で笑った。「おいおい、そんな冷たくするなよ。俺たちはお前みたいな駆け出しがやらかさねぇよう、見張ってるだけさ。」
「カイ、相手にしないで行きましょ。」リズがカイの袖を引きながら言う。
だが、ゼルスの一言がカイの足を止めた。
「それにしても……噂じゃお前、神の加護もねぇんだろ? どうせ仲間に守られてるだけじゃねぇのか?」
カイは静かにゼルスを睨みつけた。「……黙れ。」
一瞬、ギルドの空気が張り詰める。周囲の冒険者たちはヒソヒソと囁き合い、ゼルスはそれを楽しむかのように挑発の笑みを浮かべる。
ガルフが低い声で言った。「ゼルス、ここまでだ。これ以上の挑発は許さん。」
「へっ、わかってるよ。」ゼルスは肩をすくめ、去り際にカイへ目を向けた。「ま、せいぜい死ぬなよ……加護なし冒険者さん」
カイとリズはゼルスを無視し、ギルド支部を後にした。
都市アルカンダへ
ギルド支部を後にしたカイとリズはファルミナの街を後にすることにした。都市アルカンダへ戻る道中、リズは小さくため息をついた。
「カイ、あんな人の言葉、気にしちゃダメよ。」
「……別に、気にしてないさ。」カイは前を見据えたまま歩を進める。
「本当に?」リズは不安そうに見つめる。
「ただ……」カイは自分の左手を見つめる。「俺は……この力をもっと知る必要がある。」
リズはそっと微笑みながら頷いた。「うん、きっとわかる日が来るよ。」
二人は夜明けの道を歩き、都市アルカンダへと足を進めていった。
アルカンダへ着くとすぐにギルドヘブン(本部)に報告へ向かった。
「リズさん、カイさん、お久しぶりです。」
いつもの受付嬢のエルフが笑顔で声をかけてくれた。
「すみません。セシルさんはいますか??」
カイが尋ねた。
「申し訳ございません。マスターは現在外出中でございます……」
受付の言葉に、カイは少し考えた後、丁寧に頷いた。
「そうですか……ありがとうございます。また改めて伺います。」
報告を急ぎたい気持ちはあったが、カイとリズは一度ギルドを後にすることにした。
「セシルさんも出かけてることだし、少し息抜きに買い物でも行かない?」
リズが嬉しそうに提案する。
「防具も傷んできたし、お金も稼いだから、新しいのに買い替えようよ!」
いつにも増して元気なリズに、カイは小さく苦笑しながら頷いた。
「そうだな……またあんなヤバいやつらと戦うかもしれないし、今のうちに装備を整えておくか。」
カイとリズは街へ向かった。
何度か訪れていた防具屋さんにより、新しい装備に着替えた。
「なんか、前の防具より軽い!!」
リズは満足そうだった。
確かに、いい防具は違うな。カイは心の中で共感していた。
街をしばらく歩いていると広場の方に人だかりができていた。
「まただ!?」
「何てこった....一体誰がこんな酷いことを...」
「世界の終わりだ.....預言書通りになるぞ....」
町の人々の悲鳴や驚きの声が響いていた。
中央に死体があった。
その死体は普通ではなかった。
全身がミイラのように干からびていて目玉をくり抜かれていた。
その異様な光景にリズとカイも足を止めた。
「こんな奇妙な死に方普通じゃないわね....」
リズも少し怯えていた。
「まさか....黒の教団....」
カイがそういうと、背後から声がした。
「その可能性が、かなり高いかもしれない。」
そこにはセシルが立っていた。
いつも冷静なセシルだが、苛立ちを隠しきれない表情だった。
「セシルさん!!」
カイとリズは同時に答えた。
二人は少し安堵の表情を浮かべた。
「ここは人が多い。ギルドで話そう。」
セシルはそういうと、その場を後にした。
ギルドへ到着すると受付のエルフがセシルに向かって話し出した。
「お帰りなさいませ。マスター。お戻りになられたところ申し訳ございません。只今、来客室にハン様が見えています。」
「そうか、ちょうど良かった。」
セシルはそう答え、リズとカイを連れて来客室へと向かった。
「久しぶりだな。ハン」
「マスター。ご無沙汰しております。」
ハンと呼ばれるその男は、黒髪でキリッとした目に青い瞳、冒険者の様にみえるが、武器などを身につけていなかった。
「こちらの方々は?」
ハンが質問するとセシルは答えた。
「紹介するよ。こちらはカイとリズ。冒険者になりたてだが、私が一目置いてる冒険者さ」
カイとリズは照れくさそうな顔をしながら挨拶をした。
「初めまして、カイ・ルシウスです。」
「私はリズ・エステルよ。」
「申し遅れました。私はハン・レヴァントと申します。ギルド支部所属の冒険者です。」
ハンは丁寧に挨拶を返した。
「とりあえず、座って話そうか。」
セシルは席へとハン、リズ、カイを座らせた。
「わざわざ、遠方から呼びつけてすまないね。」
「いえいえ、セシルさんが僕を呼ぶと言うことはかなり大きな問題があったのかと思い急ぎで駆けつけました。」
カイとリズは深刻な状況に唾を飲み黙って話を聞いていた。
「まだ大きな問題かはわからない。だが、君なら調査できると思ってね....この街で不審な死体が相次いでいるんだ。」
セシルにしては珍しく深刻な表情をしたいた。
カイが尋ねた。
「不審な死体って先の死体のことですか?」
「そうだ。ああいった奇妙な死体がかなり増えているんだ。私も調査を進めていたが手掛かりが全くつかめない....」
「そう言う事でしたか.....承知致しました。調査の方は私にお任せ下さい。」
そう言って、ハンはすぐさま立ち去った。
「セシルさん....ハンさんって一体何者なの?」
リズが興味深そうに質問した。
セシルは少し微笑み答えた。
「彼は都市エリオンから来てもらった、レベル5の冒険者、そして時間神クロノスの加護を持つかなり珍しい冒険者だね」
「クロノス...確かに村や他のギルドでもクロノスの加護持ちなんて人いなかったわ」
「クロノスの加護は時間を司る神、だからスキルもかなり特殊な物が多いんだ、彼のスキルはダンジョン探索、魔物狩り、調査依頼....どんな時にも役立つんだ。」
「そして彼は《時の旅団》A級クランのリーダーでもある。」
「あの人の魔力確かに尋常じゃなかった....」
「同じレベル5の冒険者でもファルミナで会った、ゼルスとは大違いね。」
リズは腕を組みながら、ファルミナで出会ったゼルスを思い浮かべ、皮肉交じりに呟いた。
「……ああ、確かに。」
カイは淡々と返しながらも、ハンが持つ威圧感と落ち着いた雰囲気を思い出し、ゼルスとはまた違ったオーラが漂っているのを改めて実感していた。
セシルは椅子の背もたれに寄りかかり、少し表情を和らげた。「まぁ、ゼルスみたいな奴はどこにでもいるさ。だが、今はそれよりも黒の教団の動向が気になる。」
リズとカイはファリミナでの出来事を話した。
「それで、私たちには何をすればいいですか?」リズが真剣な表情で尋ねる。
セシルは一瞬考えた後、静かに答えた。「君たちには、しばらくアルカンダで様子を見てもらいたい。黒の教団がこの都市に潜伏している可能性がある以上、動きを探る必要がある。」
「でも、黒の教団の行動範囲は広がっています。このままでは後手に回るばかりではないですか?」カイが鋭く指摘した。
セシルは頷きつつも、厳しい口調で言った。「わかっている。だが、焦りは禁物だ。君たちもファルミナで十分痛感しただろう? 黒の教団は単なるカルトではない。組織的かつ強力だ。」
「……はい。」カイは握りしめた拳を緩め、静かに頷いた。
「とはいえ、しばらくは自由に動いていい。」セシルは微笑みながら言った。「君たちは今や、ギルドの期待を背負う冒険者だ。自分たちで考え、行動しろ。」
リズは頷きながらも、疲れを滲ませた声で言った。「……じゃあ、少し休みましょ。カイ、休憩も必要よ。」
カイは少し戸惑いながらも、リズの言葉に頷く。「そうだな。防具を買ったばかりだし、ちょっと試しに鍛錬でもしよう。」
「ギルド近くの訓練場なら使えるぞ。」セシルが助言した。
「ありがとうございます。」
カイとリズは軽く礼を言うと、その場を後にし、ギルドを出た。
外に出ると、心地よい風が吹き抜け、街の喧騒が耳に心地よく響く。
「さて、どうしようか?」
カイがリズに問いかけると、彼女は笑顔を浮かべながら少し考え、こう答えた。
「せっかくだし、少し街を見て回ろうよ!」
二人は並んで歩き出し、次の目的地へと向かっていった。