[第二話]都市アルカンダ
村は悲惨な状態だった。多くの住民が犠牲となり、生き残った者たちはわずか半数ほどしかいなかった。周囲には村人の亡骸と魔物の死骸が散乱し、そこはまさに地獄の様相を呈していた。
かろうじて生き残った人々が集まり、静かに涙を流していた。
「どうして、こんなことに……」
誰かが声を震わせながら呟く。
その時、カイの耳にリズの必死な呼び声が届いた。
「カイ! 大丈夫!?」
ゆっくりと目を開けるが、視界はまだぼやけていた。
「あれは……何が起きたんだ?」
立ち上がろうとするカイが周囲を見渡すと、昨夜の惨劇が記憶の中で甦り、胸が締め付けられた。
「母さん……父さん……!」
カイは叫びながら、両親の姿を探した。そして見つけたのは、寄り添うように倒れて冷たくなった二人の体だった。
「……そんな、嘘だ……」
あまりの現実に思考が停止し、カイはその場に膝をついた。押し寄せる絶望の中、幸せだった家族の日々が頭を駆け巡る。父と母のために冒険者になり、大金を稼ぎたかった―恩返しをしたかった―その夢が無惨に打ち砕かれたことを痛感し、彼はただ静かに涙を流した。
「.....どうしてこんなことに.....」
空は暗雲が晴れて快晴となっていた。しかし、村を覆う悲しみと絶望は重い霧のようにその場を支配し、人々の心を押しつぶしていた。
数日後
村は生き残った人々の手によって復興への第一歩を踏み出し始めていた。それぞれが悲しみを抱えながらも、未来のために前を向こうとしていた。
カイとリズも、日常を取り戻すために食料を調達するべく森へ向かっていた。
「リズ……俺は村を出て、ルーリア国の都市アルカンダに行く。」
森の中で、カイは思い詰めた表情で切り出した。
「あの力……あれは一体何だったのか。俺は、自分のことをもっと知りたい。」
カイは静かだが力強い口調でそう告げた。
リズは少し驚いた表情を見せたが、すぐににっこりと笑い、間を置かずに答えた。
「なら、私も一緒に行くわ。」
「え……?」
カイが戸惑う間もなく、リズは続けた。
「冒険者になるなら仲間が必要でしょ?私みたいな優秀な人材を仲間にしない手はないわよ?」
そう言って、微笑むリズ。その表情は、どこかいつもと変わらず、彼女らしい明るさを感じさせた。
「ありがとう、リズ……」
カイは彼女の言葉に励まされるように小さく微笑んだ。そして二人は決意を胸に、都市アルカンダへの道を思い描きながら森を後にした。
***
旅立ち
それから3年の歳月が流れた。
村は人々の努力によって復興を遂げ、かつての活気を徐々に取り戻しつつあった。カイとリズもまた、その間に多くの経験を積み、心身ともに大きく成長していた。
カイとリズは旅の準備を整え、村を出発する日を迎えた。村の復興を手伝う人々の姿を背に、二人は東の道を歩き出す。空は澄み渡り、朝日の光が森の木々を照らしていた。
「カイ、本当に行くんだね。」
村長であるエリオが、杖を突きながら二人の後ろから声をかけた。彼の顔には深い皺が刻まれていたが、その目には希望が宿っていた。
「はい。俺に何ができるのか、この力が何なのか確かめたいんです。」
カイは村長に向かって深く頭を下げた。
「そうか……お前の父さんも、母さんも誇りに思っているだろう。カイ、お前ならきっと道を切り拓ける。」
エリオの言葉に、カイはぐっと拳を握りしめた。胸にある両親との思い出が、彼を前に進ませる原動力となっていた。
リズも振り返り、笑顔で言った。
「村は私たちが戻ってくるまでちゃんと守っておいてね。立派な冒険者になって帰ってくるから!」
エリオは静かに頷き、二人の背中を見送った。
試練の森
アルカンダへ向かうには、近くの「試練の森」と呼ばれる場所を通り抜ける必要があった。そこは古くから魔物が住む危険な場所として知られており、冒険者たちが修練える場でもあった。
「カイ、気をつけて進もうね。私、ちゃんとサポートするから!」
リズは杖を構えながら、カイの隣で歩いた。彼女の表情には緊張と興奮が混ざっていた。
「わかってる。でも、無理はするなよ。」
カイは剣を握りしめ、周囲を警戒しながら進む。だがその瞳には、不安と決意が宿っていた。
森の中は薄暗く、鳥や虫の声が響いている。二人がしばらく進むと、不意に茂みが揺れ、目の前に巨大な狼型の魔物が姿を現した。その目は赤く光り、牙を剥き出しにして唸っている。
「リズ、下がれ!」
カイは剣を抜き、魔物に向き合った。
狼は低い姿勢から勢いよく飛びかかってきた。カイは剣で受け止めようとするが、その力の強さに押され、地面に叩きつけられる。
「カイ!」
リズは慌てて水魔法を放つが、魔物の硬い毛皮に弾かれてしまった。
「くそっ!」
カイが立ち上がろうとする瞬間、胸の奥から熱い何かが湧き上がる感覚があった。あの夜の戦いで感じた、あの得体の知れない力だ。
剣を握る手が無意識に光を帯び、その光が剣全体に広がっていく。
「これが……俺の力?」
呆然とするカイだったが、狼が再び襲いかかるのを見て、本能的に剣を振り抜いた。
光の刃が放たれ、狼は怯んで大きく後退した。その隙を見逃さず、カイはさらに力を解放し、一気にとどめを刺した。
戦いを終えたカイは膝をつき、荒い息を吐きながら剣を見つめた。
「すごい……あの光、一体何だったの?」
リズが駆け寄りながら興奮気味に尋ねる。
「わからない。でも、俺にはこれを制御する力が必要だ。」
カイの声には、確かな決意が感じられた。
「なら、なおさらアルカンダで学ばないとね!」
リズは元気よく言いながら手を差し伸べた。カイはその手を取って立ち上がる。
「行こう。すべてを明らかにするんだ。」
二人は再び歩き出した。試練の森を抜け、彼らを待つ新たな冒険と出会いへ向かって――。
都市アルカンダ
カイとリズは試練の森を抜け、ついに都市アルカンダへたどり着いた。
「わあ! こんなに大きな建物、初めて見た!!」
リズは目を輝かせ、まるで子供のように無邪気にはしゃいでいる。陽気な音楽が流れ、多くの店が立ち並ぶ通りは賑やかで活気に満ちていた。
「いらっしゃい! 旅人さんだね? 名物のシャンディア、食べてかないかい?」
道端の屋台の店員が笑顔で声をかけてきた。
「いや、大丈夫です。」
カイは軽く頭を下げながら静かに断った。
店員は少し不満そうな顔をしながら、「はいよ」とだけ言い、次の客に目を向けた。
「ねぇ、カイ。やっぱり村とは全然違うね。見たことない食べ物や、こんな大きな建物……本当にびっくりだわ!」
リズは楽しそうにあちこちを見渡しながら話しかけた。
「そうだな。ここなら、たくさんの情報が集まりそうだ。それに、冒険者登録をしておけば何かと便利だろう。まずはギルドへ行こう。」
カイは慎重に周囲を見渡しながら提案した。
「賛成! 審査を受けたら、美味しいものでも食べましょ!」
リズの笑顔を見て、カイは少し心が軽くなった。この数日間で初めて見る彼女の明るい表情に、カイはふと決意を新たにする。
(絶対にリズを守る。そして、父さんと母さんの仇を必ず討つ。)
しばらく歩くと、【ルーリア国承認 ギルドヘブン】と大きな看板が掲げられた建物が目に入った。
「あっ、ここがギルドね! 本当に大きな建物ね!」
リズは看板を指さして嬉しそうに叫び、カイの腕を引っ張った。
「早く行きましょ!」
ギルドの扉を開けると、中は多くの冒険者たちで賑わっていた。テーブルを囲んで酒を飲む者、地図を広げて話し込む者、武器を磨く者――それぞれが思い思いに過ごしている。
「いらっしゃいませ。」
受付には、優しげなエルフの女性が立っていた。彼女は落ち着いた声で話し始める。
「どういったご用件でしょうか?」
「あの、僕たち、冒険者登録を……」
カイが話し始めたその時、不意に背後から何かがぶつかり、彼はよろけて倒れてしまった。
「ちょっと、何してるのよ!?」
リズは驚きながらも、怒りを隠せない様子で声を張り上げた。
「おい、ここはガキが来る場所じゃねぇんだ。帰れ。」
声の主は、焦茶色の肌をした大柄な男だった。鋭い目つきと粗暴そうな口調が、彼の性格を物語っている。
「兄貴、ほっときましょうよ。」
隣にいた仲間が軽く肩をすくめて言う。
カイは静かに立ち上がり、相手を睨み返した。
「ほう、やる気か?」
男は挑発的に笑い、周囲の空気が一瞬で張り詰めた。その時、低く響く声が二人の間に割って入る。
「私のギルドで、一体何をするつもりだね?」
場の空気が一変するほどの威圧感を持った声の主は、銀髪を持つ男性だった。彼は静かに歩み寄ると、冒険者たちを睨みつけた。
「アラン、新人をいじめるのはやめなさい。」
彼の低い声に、さっきまで威勢の良かった男――アランは小さくなり、「すみません、マスター……」と謝罪しながら立ち去った。
「君たちは冒険者登録をしに来たんだね?」
彼は優しげな表情でカイとリズに微笑みかける。
「私はこのギルドのマスター、セシルだ。先ほどのことは申し訳なかったね。あの二人も悪い奴ではないんだが、少し粗暴なところがあってね……。」
カイはまだ緊張が抜けきらない様子で答えた。
「いえ、大丈夫です。怪我もしていませんから……」
しかし、リズは頬を膨らませながら不満げに言った。
「でも、あの態度はひどいわ!」
セシルは一瞬考えるように視線を落とし、ゆっくりと顔を上げた。
「……さて、それじゃあ冒険者登録の手続きをしよう。ついてきなさい。」
セシルの案内で二階の検査室に向かい、カイとリズはそれぞれ席に座って待つこととなった。
「それでは、君たちの加護とレベルについて確認させてもらおう。リズ、君の加護は何かな?」
セシルがリズに尋ねた。
リズは自信満々に胸を張りながら答えた。
「私は精霊神エレウスと水神アルナス、二つの加護を受けています! 精霊術と水魔法には自信があります!」
そして少し恥ずかしげに続けた。
「レベルはまだ......1です。」
セシルは頷きながら答える。
「レベルは経験を積めば上がっていくさ。しかし、加護を二つ受けるとは、非常に珍しい。神に愛されているね。」
続いてセシルはカイに視線を向けた。
「では、カイ。君はどんな加護を持っているのかな?」
カイは少し暗い表情で口を開く。
「レベル1です。そして僕には......加護がありません......」
室内の空気が一瞬静まり返った。リズは少し暗い表情をした。セシルの目には何かを見透かすような光が宿っていた――。
室内の静寂を破ったのは、セシルの穏やかな声だった。
「加護がないか......特殊魔法は使えなくとも努力次第では立派な冒険者になれるさ。」
セシルの言葉に、カイは戸惑いながらも昨夜の出来事を話し始めた。
自分の中から湧き上がった熱い感覚、剣を包んだ光、そして試練の森での戦い。そのすべてを正直に語ると、セシルはしばらく目を閉じて黙考した。
「カイ君、その力は『神の加護』ではない。だが、加護に勝るとも劣らぬ潜在能力を秘めているようだ。」
セシルは静かに語り始めた。
「稀に『遺失の力』と呼ばれるものが、この世界には存在する。それは人間が生まれ持つ力ではなく、古の時代に封じられた力や、世界そのものが与えた力だと言われている。どんな魔法が使えるかも未だ解明されていない。......その力の正体を知りたいのなら、ここアルカンダはいい手がかりになるだろう。」
カイは真剣な表情でセシルの言葉に耳を傾けていた。そして、小さく頷くと決意を新たにしたように答えた。
「その力の正体を突き止めます。そして……これを使いこなしてみせます。」
リズは隣でカイを見つめ、彼の言葉に微笑みながら小さく頷いた。
ギルド試験への挑戦
セシルは二人に冒険者登録に必要な試験を説明した。
「冒険者になるためには、まず基礎能力を測る試験を受けてもらう。内容は簡単だ――『ダンジョン・エントランス』と呼ばれる初心者用の地下遺跡に入り、指定された『光の石』を持ち帰ってくること。それができれば、正式に冒険者として認められる。」
カイとリズは顔を見合わせ、息を合わせて頷いた。
「やります。」
「そんなに緊張しなくても大丈夫。このダンジョンは国が管理する『模擬ダンジョン』だよ。300年前に突如出現した自然のダンジョンとは違って、魔物の大量発生や突然変異が起きることはないからね。」
セシルはそう説明した後、ふっと表情を引き締め、一言付け加えた。
「でも、忘れないで。中にいる魔物は本物だ。これはあくまで試験だけど、油断すると命を落とす危険もある。」
その言葉に、カイとリズは緊張した面持ちで深く頷いた。
「今日は遅いから、ゆっくり休んで明日改めて来なさい。」
セシルは優しく微笑みながら、話した。
「はい!宜しくお願いします!」
リズとカイは明るく答えた。
ギルドを後にした。外はすでに日が暮れかけ、赤く染まった夕陽が街全体を優しく包み込んでいた。
ゆっくりと沈んでいく夕陽を眺めながら、二人は言葉少なに宿へと向かった。その足音だけが、静かな街路に響いていた。