[第十九話]呪詛
王都アルカンダに到着したカイたちは、まず国王への報告をするため、急いで王宮へ向かった。
「リズをどうにかしないと……!」
セリの顔には焦りと不安が浮かび、手を握るリズの手が冷たくなっていくのを感じていた。カイはその手をしっかりと握り返し、彼女を励まし続ける。
「すぐに治療法を見つける。絶対に助ける。」
王宮に到着した黎明の剣の一行は、すぐに国王に報告を始めた。国王はリズの状態を見て、すぐに医師を呼ぶように指示を出し、彼らを案内する間、声をかけてくれた。
「リズのこと、心配だろう……。だが、今は無事で戻ってこれた事を祝おう。お前たちの働きに感謝する。」
国王はそう言いながらも、すぐに医師たちにリズの状態を診察させ、治療の準備を整えていった。その間、カイたちは無言で待つしかなかった。
しばらくして、王宮の奥から魔道管理局の高官が訪れた。彼の目がリズの腕に刻まれた黒い紋章に触れると、その表情が瞬時に固まった。
「これは、禁忌の呪いですね……」その言葉に、カイたちは息を呑んだ。
「今のリズさんの状態を見るにあまり長くは持たないでしょう......」
「呪いを解く魔法は無いんですか?!」
カイは動揺を隠しきれなかった。
「申し訳ございません......魔道管理局の知恵と力を使っても呪いの進行を遅らせるのが精一杯です......」
高官の男が告げるとアッシュが口を開いた。
「くそっ!どうしればいいんだよ?!」
仲間の窮地にどうする事もできず自分を責める様に強く拳を握っていた。
セリは言葉を失い。涙を隠すように手で顔を覆いただずんでいた。
シエンは、ふと何かを思い出したように呟いた。
「……時廃の聖堂に、賢者の石があると聞いたことがあります。お伽話だと言う人もいますが、僕は子供の頃から、きっと本当に存在するんじゃないかと思っていました。……もし、あの石があれば……」
彼は一瞬言葉を切り、相手の反応をうかがうように視線を向ける。
「……何か知っていますか?」
——リズを救うための希望。その言葉には、わずかながらも確かな願いが込められていた。
その時、国王が静かに口を開いた。
「賢者の石は、実在する。それは、300年前の死神モルティスとの戦いで失われたとされていた。だが——賢者の石は、必ず元の場所へと戻る。それが、時廃の聖堂だ。」
国王の言葉に、一同は息を呑んだ。
「……本当に、賢者の石があるんですか?」
セリが震える声で問いかけると、国王は静かに頷いた。
「確証はない。だが、王国に伝わる記録には、賢者の石が戦の後に時廃の聖堂へと戻ったと記されている。問題は、その聖堂が今どうなっているかだ……」
魔道管理局の高官が一歩前に出る。
「時廃の聖堂は、かつて王国の魔導士たちが管理していた遺跡でした。しかし、100年ほど前に封印が施され、以来誰も足を踏み入れていません。その封印が今も健在ならば、魔物は出ないでしょう。しかし、中は迷宮になっており、探査はとてもこんなとなります。」
「けど、そこに賢者の石があるなら、何としてでも行くしかない。」
カイの言葉に、アッシュが力強く頷いた。
「そうだ、グズグズしてる暇はねぇ。リズを助けるためなら、どんな危険でも乗り越えてやる!」
シエンも決意を露わにした。
王宮での話し合いを終えたカイたちは、医務室へと向かった。
「カイさん……本当に助かりますか?」
王宮の医療室で横たわるリズの顔を見つめながら、セリが不安そうに問いかける。リズの肌はさらに青白くなり、腕に刻まれた黒い紋章がじわじわと広がっていた。
「……もちろんだ。」
カイは迷いなく答えた。その瞳には決意の光が宿っている。
「リズを助けるためなら、どんな危険だって乗り越える。」
「俺たちのリーダーがそう言うなら、やるしかねぇな。」
アッシュが肩をすくめながらも、口元にはわずかに笑みを浮かべる。
カイたちは、医務室を後にし、王宮を出ようと城門へ向かう途中、高官に呼び止められた。
「王都から時廃の聖堂へ行くには、深淵の樹海を越えねばなりません。」
魔道管理局の高官が地図を広げながら説明する。
「深淵の樹海は濃い霧に覆われており、簡単には抜けられません。さらに、霧の中には強力な魔物が潜んでいると報告されています。」
「……つまり、迷わずに進むための手段が必要ってことか。」
カイが腕を組みながら地図を見つめる。
「そのために、こちらを用意しました。」
高官が手渡したのは、小さな魔導具だった。青い水晶が埋め込まれた羅針盤のような装置だ。
「これは霧渡りの羅針盤。深淵の樹海を通るために作られた古代の道具です。強い魔力の流れを感知し、聖堂へ続く道を示してくれるはずです。」
カイはそれを受け取り、力強く頷いた。
「助かる。これがあれば、無駄に迷うことはなさそうだな。」
王都の門を出ると、すでに日が傾き始めていた。カイたちは馬に乗り、一路、深淵の樹海を目指して進む。
王都を出て半日ほど馬を走らせた頃、空気が次第に湿り、霧が立ち込め始めた。
「……そろそろ樹海の入口か。」
カイが馬を止めると、前方には巨大な木々が生い茂る森が広がっていた。高くそびえる木々は、陽の光すらも遮り、内部は薄暗く不気味な雰囲気を醸し出している。
「思った以上に……不気味な場所だな。」
アッシュが馬を降り、森の奥を警戒するように睨む。
「この森、ただの静けさじゃない……何かが潜んでいる気がする。」
シエンが低く呟く。
「慎重に進もう。」
カイは霧渡りの羅針盤を取り出し、魔力を込めた。すると、羅針盤の針が青白く輝き、ゆっくりと回転し始める。
「こっちだ。」
針が示す方角へ向かい、カイたちは慎重に森の奥へと歩を進めた——。
「……強力な魔力を感じないか?」
カイが剣を握りながら警戒する。
「何か近づいている.....?」
アッシュが問い返すと、カイは険しい表情で周囲を見回した。
「何か嫌な気配がします……。」
セリが不安げに話した。
その言葉と同時に——
ガサッ……ガサッ……
どこからか、何かが蠢く音が響いた。
「来るぞ……!」
シエンがすぐに詠唱を開始する。
霧の中から現れたのは、全身に赤黒い炎を纏った巨大な蛇の魔物——フレイムヴァイパーだった。鋭い黄金の瞳がカイたちを捉え、炎をまとう鱗がじりじりと熱波を発している。
シュルルル……
低く唸るような音が森の静寂に響く。フレイムヴァイパーは狙いを定め、するりと地を滑るように動いた。
「厄介な相手が出てきやがったな……!」アッシュが剣を構えながら低く唸る。
「フレイムヴァイパーは高温の熱波を操る。下手に近づけば焼かれるぞ!」シエンが警告を発しながら、素早く詠唱を続ける。
カイはリズのことを思い、焦る気持ちを抑えながら剣を握り直した。ここで足止めを食うわけにはいかない——だが、無策で突っ込めばやられるのは目に見えている。
「まずは距離を取る!セリ、後衛から支援を頼む!」
「分かった……!」セリは震えを押し殺しながら、治癒と防御の魔法の準備を始める。
「行くぞ!」
カイが先陣を切るように地を蹴る。その動きを察知したフレイムヴァイパーが牙を剥き——次の瞬間、口から灼熱の炎を吐き出した。
吹き荒れる火炎が周囲の木々を焼き焦がし、一瞬にして辺りの温度が急上昇する。
「チッ……!」カイは咄嗟に横へ跳び、アッシュもすばやく転がるように避ける。しかし、熱波の余波だけでも肌が焼けるような感覚があった。
「このままじゃ埒が明かない!シエン、頼めるか?」
「任せろ!…...」
シエンが詠唱を完了させると、空間が一瞬電気を帯び、次の瞬間、鋭い雷の槍がフレイムヴァイパーへと飛んでいった。
——だが。
ジュッ……!
雷の槍が魔物の体に触れた瞬間、弾かれるような感覚だった。
「やっぱり……普通の魔法じゃ効かないか......」
シエンが悔しげに歯を食いしばる。フレイムヴァイパーはなおも炎を纏い、次の攻撃の機を伺っていた。
「なら、魔法と物理の連携でいく!」カイが叫ぶ。「シエン、もう一度雷魔法を撃ってくれ!その隙に俺とアッシュで攻める!」
「分かった!」
シエンが再び詠唱を始める。
「アッシュ、行くぞ!」
「おう!」
二人が一気に駆け出した。フレイムヴァイパーはそれを察知し、再び炎を吐こうとした瞬間——
「エレクトリニック・チェーン」
シエンが新たな魔法を発動させた。足元に広がった電気が蛇の胴体に絡みつき、その動きを鈍らせる。
「今だ!」
カイとアッシュが左右から駆け込み、一気に斬りかかる。
——ザシュッ!
アッシュの剣が蛇の胴を深く裂き、カイの一撃がその首元に深々と食い込む。
「ギャアァァァァッ!」
フレイムヴァイパーが苦痛の叫びを上げ、暴れる。しかし、雷魔法の影響で炎の勢いが弱まっており、完全な力を発揮できていない。
「決めるぞ、アッシュ!」
「おう!」
二人が息を合わせ、同時に跳び上がる。
渾身の一撃が蛇の頭部を貫いた。
——ドサッ……
フレイムヴァイパーが地面に倒れ込み、動かなくなる。
「……倒したか……」カイが息を整えながら剣を振るった。
「よし、時間を無駄にするな。先を急ぐぞ!」
カイたちは深く息をつきながらも、足を止めることなく前へと進んだ。
——リズを救うために。
***
一行が森を抜けると、目の前には古びた石造りの建物が姿を現した。




